#5 入学するのは駄目ですか?
「ふむふむ、お前の格好は珍しいな」
校長はクレアから買い物袋を渡される。朝明の格好を見ながら、買い物袋の中身を物色する。
朝明と羽衣は無言を通す。ノエルたちも扉近くで立っている。張りつめた空気が校長室の中に漂う。
「名は、なんといったか」
「鉄 朝明。こっちが羽衣だ」
「くろがね……鐵。二人は兄妹なのか? 似ていないような気がするが」
「そうです。羽衣は妹です」
場の空気から、そのように言うしかなかった。
「はい、兄です」
羽衣も空気を読んだのか兄妹ということが確定した。最近の兄妹関係では、兄を呼び捨てという状況もあるとかないとかなので、トモアキと呼んでも違和感はないだろう。ただし、この世界では不明だ。
「そうかそうか兄妹そろってか……。ふむふむ、むっ!?」
校長がかばんの中身をあさっていたら、何かを見つけたらしく動きが止まる。
「どうなさいましたか? 校長」
クレアが心配になって声をかけ近づくこととする。
「ゴホン、いや大丈夫だ」
校長は咳払いをして、冷静さを取り戻す。一瞬だけ、校長が焦っているようにも見えた。
「そうかそうか、身元不明者か、ここらへんでは、魔法が不安定になることもある。いままで起きても気付かなかっただけで、もしかしたら、このようなことが起きていたかもしれない。クレア、この件の調査を任せた」
「わかりました」
「それで、そこのトモアキと言ったか。いいものを持っておる。これを譲ってくれたら、考えてやろう」
「何ですか?」
校長は買い物袋の中身に手を入れたまま言う。しかし、朝明は袋の中身を知らないので、反応が出来なかった。
「こっちにこい。こっちに」
校長が呼ぶため、朝明が近づく。その動作を注意深く見ながら剣を抜く態勢を構えるノエル。フローラはノエルの一歩後ろで状況を静観していた。
「これじゃ、これ」
校長の近くに良き、袋の中身を見ると、
「むふーん♪ 巨大な果実詰め合わせセット!……。こ、これは……」
ただのエロ本だった。もちろん言っておくが、18禁の本である。
「これを譲ってくれたら、いいようにしてやる」
男子大学生が買ったものだろう。インターネットがある世の中で、エロ本とは、勇者だったのかと、朝明は見知らぬ男子大学生を尊敬した。
「はい、どうぞさしあげます」
エロ本は朝明の本ではないため、快く校長に譲ることにした。
「それでは、趣味も同じようなので、仕方ない。このタカテハラ学園への、乳がくおめでとう!」
趣味が同じ。朝明は、勝手に巨大な果実好きの仲間に加わってしまった。
「にゅうがく?」
校長が言った入学が、なんだか違った風に聞こえたのは気のせいだということにしておき、朝明は問いただす。
「そのままだ。タカテハラ学園の入学おめでとう。鐵朝明。鐵羽衣」
「いやでも」
突然、入学と言われて反応が鈍る。
「おまえさんたち、行くあてもないのだろ」
「確かに」
このまま野放しにされても、困ることには間違いなかった。
「二人には、学園に入学してもらう。もちろん、無料だ。授業費も、生活費も援助してやろう。ほれ、とりあえず、この紙を舐めろ」
机の中から、付箋のような紙を取り出し、二人に渡す。
「ほれほれ、はよはよ」
急かされながら、二人は紙を口の中に入れて舐める。
「色は……やっぱり鈍色か」
「鈍色?」
「そうだ。お前たちは魔法を持っておる」
「魔法!?」
羽衣は変化なく反応もしない。それよりか、朝明が驚く。
「おれは魔法使い」
あの都市伝説の魔法使い……と考えてしまい、そんな考えを霧散させる。まだ、30歳じゃないと、自分に言い聞かせる。
「校長! 鈍色なんて、聞いたことありません」
初めて口を開くノエルが驚きの表情を作る。
「この学園には、しいてはこの世界でも珍しいから、聞いたことないのも当然じゃ」
「鈍色は何の魔法ですか?」
「鈍色は、金属魔法じゃ」
「金属魔法ですか?」
「珍しいから、入学を認める。精進しろ。それでは、あとはクレア。頼んだ。わしは、このあと忙しいからのう」
校長は話を素早く切ってから、かばんを大切そうに抱えている。
「わかりました。入学手続きを済ませます」
「すべて任せた」
そう言いながら、クレアが扉を開けて校長室を出ていくところに、ノエルとフローラも付いていく。何やら、ノエルは不服そうな表情をしている。
羽衣も三人に付いて出て行った。朝明も慌てて追いかける。扉を閉めるとき、校長はぽつりと「金属魔法。出自不明。これは、面白いことになりそうじゃ」と言ったのを朝明は聞いてしまった。
こうして、タカテハラ学園の入学が決定する。
朝明と羽衣は兄妹になり、金属魔法の魔法使いになった。
クレアの後を追う羽衣は振りむき、
「お兄さん、よろしくお願いします」
「そうだな、妹」
「物語は始まりましたか?」
妹になった羽衣が質問する。相変わらずの無表情だ。
「わからない。でも、まぁ、物語が始まらないのもありだろう」
朝明は首を横に振る。羽衣が安心したように見えた朝明だった。
「話をしないで、はやく歩け」
ノエルが後ろから高圧的なもの言いをしてきたために、お代えしと言わんばかりに朝明が言い返す。
「いやいや、慌てている様子のほうが、よかったんだけどな」
「下着姿は、トモアキ…兄の大好物です」
それに乗っかり羽衣が余計な情報を漏えいさせた。朝明は内心、ゲームの話だけどな、ゲームの話だけどな、と何度も心の中で連呼していた。
「し、したぎすたがた、記憶から消して!」
「おい、剣を抜くな! 殺すきか!?」
「あらあら、ノエルちゃん。手加減しないと駄目ですよ~」
ノエルは抜刀する様子に見惚れているのか、うっとりしているフローラ。
「ちょ、フローラさん。止めてくださいよ。斬りかかるな!」
「忘れない限り、無理!!」
「殺す気か!?」
朝明の叫び声を聞いたものは、残念ながら学校が休日で人がいなかったために、少なかったようだ。