#4 校長室に行っては駄目ですか?
「生きてますか?」
羽衣は頬をつつく。朝明は眼を開くと、羽衣の顔があった。床の上で倒れている。
「何者?」
朝明に剣を突きつけるノエル。下着姿ではなく、何やら制服らしい恰好をしている。その隣にはフローラもいる。
「これ本物?」
剣先は鋭い。朝明の顔の横には羽衣が座り込んでいた。どうやら、羽衣より朝明だけに狙いを定めているようだ。
「試してみる?」
「遠慮しておきます」
全力で首を横に振る。本当に試されそうな気がするほどの形相だ。
「もう一度聞くけど何者?」
「何者と言われても、人?」
「人ではなかったら猿とでもいうの?」
先ほどあわてていた様子を想像できないほど威勢よく言う。
「俺たちもわからないんだって」
羽衣もコクリと頷く。この場に連れてきた本人にもわからないのだから、朝明には余計にわからないだろう。
「まって、ノエルちゃん。この恰好も見たことないし、いったん先生か校長に相談したほうがいいと思う」
助け船を出してくれたのはフローラだった。
「しかし……」
「このままだと、何も動かないから、とりあえず、先生に相談をしに行って」
「私が? でも、それだとフローラが危ない」
「大丈夫、いざとなったら、魔法で逃げるなり、何なりするから」
「いやでも」
「大丈夫だから」
フローラに押し切られて、ノエルは渋々先生を呼びに部屋から出ていく。
「さて、ふたりとも、逃げないでよ」
その笑みには、何か言い表せない怖いものを感じた。
「どうしますか? トモアキ」
「どうするもなにも、逃げられないんだから、待つしかないでしょ」
「ともあきくんっていうんだ」
羽衣と朝明の会話に参加するフローラ。
「そちらさんは、フローラでいいのか?」
「あらあら、名前を聞かれちゃってたのね。おとなしくしてくれるならいいかな」
手を頬に当てて驚きながら微笑んでいる。
「そちらのかわいいお嬢さんは?」
「羽衣と言います」
「あらそうなの」
フローラは危機感なしに、羽衣の頭を撫でる。羽衣は何も抗議せず黙って撫でられていた。どうやら羽衣には危機感というものをなくさせる魔法が元からあるようだ。
「あなたたちは、本当にどこから来たの?」
羽衣の頭を撫でながら、朝明に質問する。
「わからない」
「わかりません」
二人そろって似たような返事しかできない。
「なるほど、本当のようね」
二人の返答に満足したのか、フローラは納得していた。
「トモアキ、また信じてもらいました」
「あぁ、そうだな」
「あなたたちの顔を見てると、そんな気がしてくるの。これでも、いろいろな人の顔見てきたのだけれど、あなたたちの顔には、迷い込んだ子犬のよう」
「トモアキ、子犬になってしまいました」
普通なら目をうるうるとさせながら子犬ように言うのだが、羽衣は無表情のままだ。その様子がなんともおかしく思えた朝明だった。
「そういえば、羽衣ちゃんに服を用意しないと、ちょっと待っててね」
そういいながらフローラは、タンスをあさり、羽衣のための服を見つくろう。サイズが合わないのは仕方ない。ようやく、羽衣は服を着たのだ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
羽衣の感謝の気持ちに、フローラは心のまま受け取り柔らかな笑みを見せた。
そこから数十分間、会話らしき会話はなかった。沈黙が流れるだけだったが、思いがけないほど、ゆったりとした時間が流れた。
音楽も流れていないのに、何もしなくてもいることができた。
「フローラ! 大丈夫?」
ノエルが扉を思い切り開けて入ってくる。その後ろから、眼鏡をかけた女性が入ってきた。年齢は20代前半に見える。
「この人? 不法侵入者という人は」
いぶかしむ視線を送りながら、じっくりと朝明を見る。
「はい、そうです。フローラ。大丈夫だった?」
「大丈夫って言ったでしょ。何もされなかった」
ノエルの前で微笑むフローラ。相も変わらず眼鏡をかけた女性の視線は朝明から外れない。朝明は固まったまま動けないでいた。
「二人を校長室に連れて行くように言われたので、連れて行きます。ついてきてください」
校長室という単語が飛び出す。想像するに、どこかの学校だろうか。
朝明は考えることはできても、何もすることができない。そのため、眼鏡をかけた女性のことを聞くことしかできない。
「クレア先生、私もついていきます」
「それじゃあ、ノエルとフローラも」
「あなたたちの荷物は、それだけ?」
男子大学生らしき人物の買い物袋を指し示す。
「はいそうです」
念のために買い物袋を持っていくことにした。
初めて朝明と羽衣は部屋の外に出る。そこは赤い絨毯が床に敷いてあり、カーテンから陽の光が漏れている。ところどころにおかれている調度品は高価そうなものばかり。
きれいに掃除が行き届いているのか、床も壁も窓もきれいだ。
先頭をクレアが歩き、その後ろに朝明と羽衣、さらに後ろからノエルとフローラがついていく。特にノエルは、いつでも剣を抜いて斬りかかってきそうなほどの剣幕で朝明を見ている。
廊下らしき場所から木造の階段を降りる。その間、ちらほらとノエルたちと同じ制服を着た女性を見る。
広いエントランスらしきところに出て、建物から出ていく。いまさらだが、部屋の中でも靴を履いていた。建物の中でも、見かけた人は靴を履いている。
建物から出て、太陽の日差しを浴びる。風が少しばかり髪を揺らす。
「もう少しです」
ノエルが、砂利で整備された道を歩く。周りは庭のように整備された空間があり、その奥には、三階建てぐらいの石造りの建物が見える。朝明が本で見た古い石造りの建物と外見がそっくりだ。
少しばかり砂利道を通ると、また建物中に入る。そこの中には、今度は女性以外にも、男子が制服を見かける、ノエルと似たような先生らしき人もいる。
この建物に入ってからは人が多くなった。
階段を上がっていき、三階に到着して、歩くと扉の前でノエルが止まる。
「ここが校長室」
扉をノックして「校長、怪しいものを連れてきました」と言うと「入れ」と返事があったため入室する。
「その二人か」
豪華なテーブルがあり、そこの上には紙の束が山積みされていた。本棚が左右にある。
椅子に座っている人物こそが校長であろう。白髪をはやした老人がいた。顎には立派な髭を蓄えている。
絵本の中だと、良い魔法使いか、悪い魔法使いか、どっちかで登場しそうな校長だ。
その人を前に朝明は緊張する。羽衣は表情の変化はなかったが、ふと朝明の袖を握った。