#1 最初は物語をはじめないと駄目ですか?
「まちなさぁっっーーーーーい!!!」
背後から恐ろしい声が聞こえる。
「ひぃーーーーごめんなさい!!」
さてさて、一人の少年が懸命に走っている。
どこにでもいる普通の少年である。ただちょっとゲームが好きで本を読むことを趣味としている、ごく普通の高校2年生。
「ハーレムもののゲームなんてして! 恥ずかしくないの!!」
「大声で言ったほうが、恥ずかしいから!!」
少年は、姉から追いかけられている。これもなにも親友からもらった少しばかしエッチなゲームをしていて、それを見つかってしまった。
何もここまで怒る必要性もないのだが、姉は追いかけてくる。
「あれほど、エッチなゲームはしちゃ駄目だって、言ったのに!!」
「エッチとかハーレムとか言うな!」
「私はロボットアニメしか許さん!!」
姉は大のロボットアニメ好きであり、それを弟まで強要してくる。
「ロボット兵器は私の恋人だ!!」
「現実味のない二足歩行なんて、無理だよ!」
「侮辱するつもり!!」
「ひぃーー」
かくいう少年も幼いころから姉の影響でロボットアニメばかりを見てきた。それこそ、昔から最近のものまで雑多に見せられた。
そして、少年も年齢を重ねるごとに、ロボットアニメ以外のことに興味を持ち始める。たとえば……エッチなゲームとか?
「ロボットアニメ以外見るな!」
「ロボットアニメ限定か!?」
「そうだ! この世界、ロボットアニメ以外存在しなくていいのだ!」
「暴論な、いろいろと楽しいアニメが存在するんだから!」
走りながら大声で怒鳴りあっている二人は、ただの近所迷惑だ。
たとえば、剣が出てくるアニメなどは少年の心をくすぐった。そのために、剣道部に入部して、アニメに出てきた技を使おうとしたのだが、そんなことは到底できるはずもなかった。やめようとも思ったが姉には「ロボットアニメに出てくる剣がかっこよくて」という理由で入部を許可してもらった手前、3年間剣道を続けないといけない状況だった。
「とにかく、おとなしく降参して、私のロボットアニメ講習を受けなさい!」
「いやだよ!」
姉のロボットアニメ講習は、約1週間にわたってロボットアニメ漬けの日々が始まってしまう。それこそ、学校へ行く以外は、すべてロボットアニメが付きまとうのだ。さも、姉がロボットアニメを持った背後霊のように。
だから、少年は逃げる。少年は走る。
そのさなか、不運にも幸運な出来事が起きてしまう。
少年が気づかなかった道の曲がり角。
トラックの運転手が居眠りをして曲がった瞬間、スリップをする。
慌てて老人は車のハンドルを急に回したためにスピンした。
通りかかった犬が驚いて吠える。
吠えた犬に驚いた飼い主はバナナで転ぶ。
後ろから接近していた男子大学生が避けようとした拍子。
買い物袋が宙に舞った。
その買い物袋が……
「えっ!?」
少年の視界をふさぐと同時に、意識はなくなった。
「おはようございます」
女の子の透き通った声によって目を覚ます少年。
倒れていたために、起き上がる。
周りを見渡すと、500年以上前に建てられたのではないかという壁と床一面石で敷きつまっていた、どこかの神殿のような景色。
白い大理石の台座の上には、一人の少女が。
人形のように可愛らしい姿をした少女だった。
「お目覚めのようですね」
台座に座る少女は、見下ろしながら声をかけてくる。
「えっ?」
状況が呑み込めていない。ここはどこなのか、確か普通の道を走っていただけだ。
そして、
「買い物袋がぶつかって」
下を見ると、買い物袋が落ちていた。
「これは夢か、おやすみなさい」
恐らくゲームをやりすぎたために現実との境が失われてしまったと思い、再度横になって寝ることに。
「おはようございます」
「ぐぅ~。ぐぅ~」
「下手ないびきですね」
「聞こえない。聞こえない」
少年は現実逃避をする。大得意の現実逃避である。
これもきっと夢なのだ。
神殿らしき景色の中。台座には神々しい少女がいるなんて現実的ではない。
「またロボットアニメの見すぎかな」
それでも気になり、少し目を開けると、
「やっと目が合いました」
ロボットアニメだと1話目に、入れ物から出てきそうな少女だ。
「物語が始まる?」
つい声に出してしまう。それほどまで、頭の中が錯乱している。
「何の物語ですか?」
「そりゃ、あれだ。物語だ」
少年は少々混乱していた。このパターンで行くと、確実に主人公の立ち位置にさせられる。
「では、物語を始めましょう。あなたの物語を……」
「えっと、どんな?」
少年は恐る恐るたずねる。
「あなたが望む物語を作ってください。そのお手伝いをします」
「さっきから何を」
少女は台座から飛び降りる。
きれいに着地をし、少年の近くまで行く。
「あなたの望む物語を」
目の前まで来てしまう。
そういって、少女は手を差し伸べる。本当なら怪しいと疑うところなのだが、触れてしまった。ついつい手を握ってしまった。
視界が真っ白になる。
「あなたが望む物語を。あなたが望む魔法を」
意識が途切れた。