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壱章‐閑話:龍の子

今回は閑話ということで、序章のさらに前から壱章二話までの出来事を宮本義継からの視点でお送りします。

 「そろそろ龍の子の候補を決める時期じゃな……」

 

 儂は一人呟いた。

 儂等──龍は、二年に一度龍の子の候補を決め、龍の力を与えている。候補になるためには、それぞれの龍が守る地域に住んでいること、十五歳から二十五歳の間であること、力を扱えるだけの高い知能と正しい心を持っていること、などの条件がある。二十六歳以上の人にも龍の力を与えることは出来るが、その場合は龍の子とは呼ばない。

 条件に当てはまる人を探すと、十人程に絞り込まれた。まずは、この十人に対してあらかじめ神通力を使い、龍の夢を見させる。こうすると、儂が龍の姿を見せても怯えたり逃げたりする確率が減るのだ。その後、この十人を一人ずつ呼び出し、本人の意志を聞く。嫌がる人に力を与えても意味が無いためだ。

 目的の人が念話の届く範囲内に入ると、龍宮神社に来るように念話で伝える。この方法では空耳だと思う人が圧倒的に多く、ほとんど神社には来てもらえない。しかし、それ以外に方法がないのも事実だ。直接話そうものなら確実に怪しまれる。

 そういう訳で、二人目まで呼んだが、来てもらえなかった。実際、一人も来ない場合も珍しくない。大体二十人に一人来るかどうかだ。

 気を取り直して三人目が範囲内に入るのを待ち、神社に呼ぶ。

 

『……御主、儂の声が聞こえておるなら龍宮神社まで来てもらえぬか……』

 

 ……果たして来るだろうか。ちなみに儂は、色々とあったが今は龍であり、龍の力を持った人ではないため、人の姿のままでも神通力が扱え、念話も出来る。しばらく待っていると、入り口近くに誰かの気配を感じた。

 

 

 来たのは高校生くらいの少年だった。少年は儂に挨拶してきた。礼儀は問題ないようだ。

 

「こんにちは、そなたは不思議な声に呼ばれてここに来たのかの?」

 

「はい、駅前をうろうろしていたら急に声が聞こえて……」

 

「なるほどな、では最近龍が出てくる夢を見たかの?」

 

「今朝見ました、それがどうかしたのですか?」

 

どうやらこの子が龍の子の候補で間違いないようだ。

 

「少し聞きたいことがあってな、儂は五月雨守、普段は宮本義継と呼んでおくれ。そなたの名前は何じゃ?」

 

「……風見颯斗です」

 

「風見君じゃな。風見君は龍になりたいと思うかね?」

 

「えっ、龍……、ですか?」

 

風見君は驚いた顔をしている。それもそうだろう。普通は龍はいないと思われている。今龍の姿を見せた方が良いだろう。

 

『……そうだ。儂も見ての通り龍だからな』

 

先程よりもさらに驚いている。本物の龍を見たのは初めてだろうな。

 

『……儂ら龍は日本の自然を守っている。今回御主を仲間に迎え入れたいと思ったのだが、どうだ?』

 

「……あなたのような龍になれるのですか? でも俺に自然を守れるのでしょうか?」

 

思ったよりも乗り気だ。これなら上手くいくかもしれない。

 

『……そうだ。龍になれば自然を人から守ることなど容易い』

 

「俺はなりたいですが、親に見つかったらどうなるか……」

 

『……姿を消すことも出来る。親には神社の手伝いと説明すれば良かろう』

 

「……わかりました。俺も仲間にしてください」

 

良かった、上手くいった。三人目で龍の子の候補が決定するとは上出来だ。もしかしたらもう一人くらい決まるかもしれない。

 

「……それでは、儂の後に付いてきておくれ」

 

儂は人の姿に戻り、別殿へ向かった。

 

 

 別殿は主に龍達が利用しているが、神主はよくここに来る。儂が着いた時も、神主が掃除をしていた。

 

「龍の子が決まった。すまぬがこれから儀式を行うから戻ってくれぬか」

 

「そうですか、決まって何よりです。それでは失礼します」

 

神主は社殿へ向かった。ここの神主はかなり面倒見が良い。別殿の掃除までしてくれるのはありがたい限りだ。ただ儂と対等な立場であるにも関わらず、いつも敬語なのが気になるが……。

 

「あの……、儀式とは?」

 

「説明していなかったか、すまぬな。そなたに龍の力を与える儀式じゃ」

 

「それじゃあ、本当に……」

 

「儀式が無事終わればそなたも龍になれるぞ。話はこれくらいにして、中に入るぞ」

 

中に入った後、風見君にここで待つように言い、儂は儀式に必要な狩衣を取りに向かった。

 先程とは別の部屋に入り、箪笥の中を確認する。風見君の身長に合いそうな若草色の狩衣を取り出した後、自分のものも取り出し、それに着替えた。……それにしても今日は風が強い。障子が音を立てている。

 

 

 広間に戻り、風見君に狩衣を渡す。案の定着方がわからないようだったので、儂が着付けた。脱いだ服は、先程の部屋に置いておいた。これで準備完了だ。

 

「準備完了じゃ、そなたの心の準備は大丈夫かね?」 

「………………大丈夫です」

 

一呼吸おいて風見君が答えた。

 

「広間の中心に立っておくれ」

 

風見君は素直に従った。

 

「それでは儀式を始めるぞ……」

 

 何回やってもやはり緊張する。儂は力を与える呪文を唱え、龍の姿になった後、ありったけの力を光っている水晶玉に込めた。力を受けて、水晶玉から中心の風見君に向かって光が放たれる。

 ……しばらくすると、風見君がいた場所には緑龍が横たわっていた。術は成功だ。あとは彼が正しい心を伝えられるかどうかだ。

 

 

 目の前の龍が動き始めた。自分の姿をしげしげと見つめている。……どうやら成功のようだ。安心した。

 

『……成功だ。龍になった気持ちはどうだ?』

 

「グルゥゥ……、グォ?」

 

風見君は鳴き声を出した。念話の使い方がわかっていないのだろうか。

 

『……聞こえてますか、これで大丈夫でしょうか』

 

その直後、風見君が念話を使ってきた。使い方を教える必要はなさそうだ。

 

『大丈夫だ、聞こえている。……改めて聞くが、龍になった気持ちはどうだ?』

 

『感覚が今までと全然違うので、非常に驚いています』

 

『そうか、……話は変わるが、御主に龍の名を授けぬとな。……今日は風が強い。この風のように強くなるように、という意味を込めて、青嵐とする。良いか?』

 

『ありがとうございます』

 

『名は大切にするのだぞ。……ところで、これから基本的な知識を教えようと思うのだが、これから時間はあるか?』

 

『……あまりないです』

 

それもそうだろう。高校生ならば勉強などがある。今は六月なので休みも少ないのだろう。

 

『……ならば、こちらに頭を出してくれ。儂が御主に直接知識を送る。少し辛いと思うが、手っ取り早いのでな』

 

『辛いとはどのような?』

 

『……頭に直接知識を送るため、脳に大きな負荷がかかるのだ』

 

『そのくらいなら大丈夫です』

 

青嵐はそう言い、頭を差し出してきた。

 儂は彼の頭に前脚を当て、最低限必要だと思う知識を送る。

 

「グゥゥ……、グァァァーッ」

 

青嵐は苦しそうに鳴き声を上げた。念話を送る余裕もないのだろう。儂も同じことをされた時は頭がおかしくなるかと思った。便利な方法ではあるのだがな……。

 それほど多くの知識は送らなかったので短時間で終わったが、それでも青嵐はぐったりとしていた。

 

『……大丈夫か?』

 

『……ちょっと、待って……、ください……。頭が……、まだ、混乱、していて……』

 

……仕方ないだろう。儂もあの時はしばらく動けなかった。

 ……それから五分くらい経った。そろそろ落ち着いた頃だろうか。

 

『……大分収まったので、もう大丈夫だと思います』

 

『……そうか、では人の姿に戻ってくれ。戻ろうと思えば出来るはずだ』

 

 青嵐──風見君は、すぐに人の姿に戻った。儂も元に戻る。

 

「一気に知識を送ったが、大丈夫かい?」

 

「新しい知識も元からあったみたいに馴染んだので大丈夫です」

 

「それなら良かった。まだ先だとは思うが、儂等の集まりが月一回くらいの頻度であるから、その時はまた呼ぶからの。……忘れておった、携帯の番号とアドレスを交換してくれぬかの? 何かと便利じゃからな」

 

「わかりました。……あっ、携帯はカバンの中です」

 

「今制服と一緒に持ってくるから、少し待っていておくれ」

 

 儂は先程の部屋に荷物を取りに向かった。

 風見君に荷物を渡し、着替えてもらった後、番号とアドレスを交換した。……他に忘れていることはないだろう。

 

「今日はこれで大丈夫じゃ。いつになるかは分からぬが、連絡を入れるからその時はよろしくな」

 

「ありがとうございました」

 

そう言って風見君は去っていった。

 

 

 その後も、目星を付けた人に声をかけたが、神社に来てもらうことさえ出来ず、七月の中旬になると候補は残り二人となった。

 時期的には学生はテストがある頃なので来てくれるかもしれないと期待しながら声をかけた。

 しばらくすると、神社に誰かが現れた。現れた少年は、こちらに気付くと、挨拶をしてきた。

 ……これはもしや、二人目だろうか。一回の呼び出しで二人も来たことはほとんどない。儂は久々に舞い上がった。

 

「おお、こんにちは。……儂が先程呼んだのはそなたかの?」

 

 少年は困った顔をした。……先走り過ぎたな。折角の機会を無駄にする訳にはいかない。

 

「誰もいないところから声が聞こえてこなかったかの?」

 

 少年は、不思議な声にここに来るように言われた、と話した。間違いない。候補の二人目が現れたのだ。

 儂は先走らないように気を付けながら自己紹介をした。少年は神野龍輝という名前らしい。

 

「神野君とな、それでは神野君、突拍子もないことを一つ聞くが、そなたは龍に興味がおありかの?」

 

そう言うと、神野君は一瞬驚いた顔をした。……また先走ってしまった。しかし、神野君は素直に興味があると答えた。それどころか、自分が龍になってしまう夢を見たということを、自分から言ってきたのだ。……これなら少しくらい先走っても、上手くいくだろう。むしろここからは勢いが必要だと思った。

 

「なんと、それは誠か? ……ならば話は早い、そなた、龍になろうとは思わぬかね?」

 

 神野君は先程よりも驚いていた。無理もないだろう。普通の人ならば龍が本当に存在するとは思わない。

 

「儂の言っていることが信じられぬという顔をしておるな……、良かろう、これが儂がそなたに龍にならぬかと聞くことができる証拠じゃ」

 

 儂はそう言い、龍の姿になった。神野君はこれ以上ない程に驚いていた。……神野君は面白い人だな。

 その後は、神野君から質問攻めに遭った。儂は時々冗談を交えて神野君を驚かせながら、その質問に答えていった。

 途中から何度も急かしたせいでもあるが、神野君はしばらく考えた後、ついに言った。

 

「……分かりました。龍の力を私にください。お願いします」

 

『……そうか。御主に頼んだ甲斐があった』

 

 神野君も龍の子になることを認めた。二人も認めるなど今回は本当に運が良い。

 

 

 儂は神野君に龍の力を与えるために、別殿へ案内した。

 道中で、神野君はまたいくつか質問をしてきた。好奇心があるのは良いことだ。知識を蓄える助けになる。

 別殿に着くと、いつものように神主が掃除をしていた。儂が神野君を連れているのを見て、また儀式だと気付いたようだ。神野君は神主にも挨拶していた。

 

「こんにちは、……五月雨守が一緒にいらっしゃるということは、君も今回の龍の子かな?」

 

「そうじゃ。これから儀式を行うでの」

 

「そうでしたか。それでは私は失礼させていただきます。君、頑張ってね」

 

 やはり神主は物分かりがとても良い。……性格が真面目過ぎるせいで少し話しにくいところがあるのが何とも言い難いが……。

 中に入ると、儂は前回のように狩衣を取りに行き、自ら着るとともに神野君に着付けた。脱いだ制服はいつも通りに片付けた。後は障子を閉めれば準備完了だ。

 

「儀式の準備は出来たが、そなたの心の準備は大丈夫かの?」

 

神野君はゆっくりと頷いた。

 

「そなたがこれから得る力は、この辺りの自然環境を簡単に変えられるほどの力じゃ。だがそなたは決して正しい心を忘れるでないぞ。心を失えばそなたは力に呑まれるであろう」

 

「私が正しい心を持っているのですか?」

 

「儂が前から見ておった。心配はいらぬ。そなたなら大丈夫じゃ」

 

 正しい心があるか聞くなど、神野君はかなり真面目なのだろう。ここの神主とどちらが真面目か比べたら良い勝負になるかもしれない。 ……ここからは儂も真面目にやろう。失敗は許されない。

 

「広間の中心に立っておくれ」

 

神野君は素直に従い、中心に立った。

 

「それでは儀式を始めるぞ……」 

 

 

 儀式は無事成功した。目の前には、龍となった神野君がいる。

 この神社のそばに唐沢川という川が流れている。儂は神野君がその川のように清らかな心を持ち、その流れのように力強くなるようにという意味を込めて、彼に滝津瀬という龍の名を与えた。……我ながらなかなか良い名を思い付いたと思う。

 

『……それでは滝津瀬、龍としての作法は後で教えるとして、一旦人の姿に戻るぞ』

 

 今は夏休みが近いので、恐らく時間に余裕があるだろう。後でじっくり知識を教えれば良いと思った。……儂も出来ることなら風見君に使った方法は使いたくない。人が苦しむのは見ていて決して気持ちの良いものではない。

 

『どうすれば元に戻れるのですか?』

 

『……戻ろうと強く考えるだけで良い』

 

 数秒後、神野君は人の姿に戻っていた。儂も人の姿に戻り、神野君に龍になった感想を聞いた。思った通り、不思議な感じだったということだった。大概の人はそういった感想を持つ。

 しばらく話していると、神野君が質問をしてきた。

 

「そういえば、私の龍の名前は自然の様子からとっていましたよね? もしかして宮本さんは五月雨と何か関係あるのですか?」

 

「そうじゃ。儂が力を授けら……、いや、生まれた時はちょうどこの時期で、雨が降っていたらしいからの。……ところで、どうして儀式にあれだけ時間がかかったのじゃ?」

 

 ……危うく口を滑らせるところだった。この話題は出来れば触れて欲しくない。話題を変えることにした。

 

「力をくれた龍と色々と話していたら、急に空間が崩れ始めて、龍がこのままだと魂が消えると言ったので、大急ぎで終わらせてもらいました」


「あの龍と問答以外で話したのか? 儂は問答しか……、あ、いや、それにしても神野君、そなたはやはり良い心を持っているな」

 

 ……また口を滑らせるところだった。しかし、神野君は本当に変わった人だ。真面目なのは分かっていたが、友好的で思いやりがあるとは。……もしかしたら滅多に出会えない逸材かもしれない。

 その後、儂は風見君の時のように荷物を返し、着替えてもらった後に携帯の番号とアドレスを交換した。ふと時計を見ると六時近くになっていた。

 

「普段はメールで連絡するが、緊急の時は電話を掛けるからの、……遅くなってすまぬな、もう帰って大丈夫じゃ」

 

「ありがとうございました」

 

 神野君はそう言い、帰っていった。

 

 

 その後、残りの一人に声を掛けたが、結局神社に来ることはなかった。

 ……それでも二人も龍の子が入るとは、今年からは少しは賑やかになりそうだ。二人の面倒見で忙しくなるな……。

中途半端な伏線の回収と解説を兼ねて閑話としました。次章以降も章末に閑話を載せようと思います。

次回より弐章となります。

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