壱章‐五話:初仕事
大変お待たせしました。
第五話です。
翌日、普段よりも早く目が覚めた。夕方の見回りが楽しみなためなのか、はたまた通知表の評定が心配なためなのかはわからないが……。どちらにせよ早く起きられたので、その分だけ余裕を持って朝を過ごせた。
学校に到着し、教室に入ると、昨日よりも雰囲気が暗かった。昨日騒いでいた人達も成績を気にしているのだろうか。それとも課題を恐れているのだろうか。
ホームルーム終了後、終業式になった。話は昨日の学年集会よりは興味を引かれる内容だったが、何しろ長かった……。一時間近く話していたと思う。
教室に戻った後、夏休みに関する連絡や注意があり、その後に大量の配布物が配られた。初めのうちは手紙が配られたが、薄い冊子になり、分厚い本になった。冊子はドリルやら基本問題集やらで、本は過去問題集だった。……間違いない。この学校名物、大量の課題だ……。
配布が終わった後、朝よりも確実に教室内の雰囲気が暗くなっていた。俺自身もかなりテンションが下がっていた。いくら夏休みとはいえ、冊子三冊と過去問二冊は多すぎるだろう。部活もあるというのに……。
しかし先生は暗い雰囲気を無視して通知表を渡し始めた。俺は出席番号順では比較的前の方なので、渡されるのも早い。名前が呼ばれ、ドキドキしながら受け取った。席に着き、恐る恐る成績を見た。……良かった、赤点はない。全て五段階中三以上だ。極めて平均的だ。坂井は受け取った後、危なかった……、危なかった……、と繰り返していた。恐らく赤点はなかったが二があったのだろう。
成績の心配はこれでなくなった。今度こそ明るい気分になれる。……課題? とっとと片付ければ問題ない。……多分どんなに頑張っても七月中には終わらないと思うが。
全員分の通知表を配り終えると、先生が、良い夏休みを、と言って終わりの礼をし、解散になった。今日は昨日よりさらに早い。まだ十時過ぎだ。
……そういえば坂井が先生に呼ばれていたな。恐らく追加課題のことだろう。この学校はあまりに成績が悪いと長期休みに追加課題が渡される。……坂井、ご愁傷様。
風見も今日が終業式だったはずなので、もう放課になっているだろうと思い、帰りの列車の中で風見に、今日何時に何処に集合して見回りをするか、というメールを送った。
しばらくすると返事が来た。場所は神社がいいだろう、時間は十六時くらいがいい、ということだった。俺も今日は特に用事はないので、その時間と場所にしようと返信した。
家に着いた後、いつも通り昼食を済ませ、予定の時間まで課題を片付けることにした。
……終わる気がしない。もうすぐ十四時になるが、全くもって先が見えない。まだ薄い冊子の五分の一に届いているかいないかぐらいだ。どう考えてもやはりこの量は多すぎるっ! もともと集中力が続かない方なので、もっと進めることは早々に諦めた。
……残り二時間は気分転換をしよう。そうでもしないと、この後の初めての見回りを、とてつもなく暗い気分で行うことになりかねない。せっかくの初仕事なのだから、明るい気持ちで行いたい。
結局、残りの時間はテレビを見たりゲームをしたりして過ごした。約束の時間が近づいたので、親に友達の家に行く、と言って出かけた。……いつも出かける時の口実を友達の家に行くことにしているので、そろそろ怪しまれるかもしれない。次に出かけるまでに、別の口実を考えておこう。
神社に着くと、すでに風見が待っていた。私服姿の風見は初めて見たが、結構格好良かった。俺よりも随分とファッションセンスがあるようだ。……俺自身は人並みだと思っているが。
「お待たせ」
「そんなに待ってないよ、じゃあ見回りに行くか」
「ああ、行こう」
風見とそんな会話を交わした後、二人とも龍の姿になり、飛び立った。
空を飛びながら、地上に異変がないか確認していく。龍の視力は非常に優れているので、遥か上空からでも人間くらいの大きさなら簡単に見つけることが出来る。時々、動物のようで動物でない、見慣れないものを見かけるが、あれが恐らく物の怪なのだろう。
『あれが物の怪なのだな……』
青嵐も同じことを考えていたらしい。
『……恐らくな。我らが龍になっているからその姿が見えているのだろう』
逆に物の怪からこちらの姿は確認出来ないだろう。隠形術を使っているためだ。隠形術を使っている間は、自分と同格か自分よりも能力が上の龍にしか姿を見られないのだ。……特定の相手にだけ見えるようにしている場合も、能力が自分以上の龍には見られてしまうことになるため、注意する必要があるが。
『悪事を働いているようには見えぬな。あれは放っておいて良いだろう』
『我もそう思う』
時折話しながら、見回りを半分程終わらせた時、青嵐が質問をしてきた。
『ところで、何故滝津瀬は自分の事を我と呼ぶのだ? あまり我と呼ぶ者はいないと思う。私は私と呼んでいるが……』
『……そう言われてもな。無意識に呼んでいるようなものだから変えられぬ。我と呼んでも不都合はないだろう』
『それもそうだな……』
話している間も地上の確認は忘れていない。現時点では、特に変わったところは見受けられない。
『そういえば……、何故青嵐は龍の子に選ばれたのだ?』
『五月雨守から念話で呼ばれて、龍宮神社に向かったためだ』
『……御主もか? 我も同じだ、他にも龍の子はいるのか?』
『いや、今年はこの地域は私達二人だけらしい。五月雨守は十人近く呼んだらしいが』
『……よく知っているな』
『……一ヶ月の差は大きい。答えられることであれば何時でも聞くぞ』
『……頼りにしているぞ』
話を続けていると、市内を一周し終わった。
『……今日は平穏無事ということだな』
『……平和が何よりだ。神社に戻るとするか』
特に異常はなかったので、神社へと戻ることにした。
神社に着くと人の姿に戻り、別殿へ行って宮本さんを呼んだ。
「見回りに行って来ました。特に問題はありませんでした」
「ご苦労様。初めての見回りはどうじゃったか?」
「物の怪があんなにたくさんいるとは思いませんでした」
風見が言った。
「そうじゃな、初めて見る時は驚くかもしれぬな。じゃがみんな大人しかったじゃろう?」
「そうですね、野生の動物と同じような感じでした」
「普段はほとんど悪させぬからな。神野君はどうじゃったか?」
「二人だったのできちんと見回り出来ましたが、一人だと見落としができそうで大変だなと思いました」
正直な気持ちを言った。
「見落としの防止は慣れじゃな。初めのうちは皆見落としをするものじゃ。だから二人でさせておるでの。そなたらが成龍になったら儂も含めて三人で交代しようと思っておる」
「どのくらい経つと成龍になれるのですか?」
「難しい質問じゃな……、ある程度力がついたらとしか言えぬな。早い者は一週間で成龍になることもあるが、平均は一ヶ月くらいじゃな。青嵐……、風見君はそろそろかもしれぬな」
もうすぐ成龍になれると聞いて風見は嬉しそうだった。
「何か前兆のようなものはあるのですか?」
「ああ、あるぞ。多くの場合は身体がだるく感じるな。無意識のうちに元服に備えて力を溜めるためじゃな」
「元服とはなんですか?」
「幼龍から成龍になることだよ、合ってますよね?」
「風見君、その通りじゃ。幼龍から成龍へと変わるのは短い時間で終わるのじゃが、その変わる現象を元服と呼ぶのじゃ」
「なるほど、ありがとうございます」
「……すっかり話が逸れてしまったな。見回りありがとう。次は三日後じゃな。よろしく頼むぞ」
「「わかりました」」
「おお、そうじゃ。神野君、もし見回り中に風見君に元服の前兆が現れたら、必ず儂に知らせて、二人で龍谷神社まで来てもらいたい。この間集まりがあった神社じゃな。元服はその地域の龍全員で見守ることになっているのじゃ。まだ先じゃろうが、風見君も神野君をよろしくな」
「「わかりました」」
「頼み事ばかりで悪いが、よろしくな。……解散じゃ」
俺と風見はお礼を言い、それぞれの家へと向かった。
家に帰った後、出かけるための口実を考えていたが、なかなか良い案が思いつかなかったので、しばらくはそのまま友達の家に行くという理由で通すことにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
──深山市内のとある山の森の奥深く。
「見回りの龍が成龍一頭から幼龍二頭に変わったか……」
「幼龍ならば力は弱い。二頭だろうと成龍一頭にはかなわないだろう。今が好機かもしれないな」
「お前もそう思うか? ならば早速、作戦実行に移るぞ」
「了解」
森の暗闇に紛れて、二つの影が動き始めた。
これにて壱章終了となります。
次回は少し余談を載せようと思います。