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後日談。そうして二人は伝説となり

 肌を刺すような冷気が吹き荒れる城の中庭を、一人の女性が歩いていた。

 短い金髪は風に揺れ、碧い瞳は前を向く。

「おはようございます、セレス隊長」

「おはよう。スミア」

 栗色の髪の少女が声をかけてきたので、セレスはそれに返事をする。

 この少女は最近変わった。そして、その変化は、とても好ましいものだ。

「なんだか、かわいくなったんじゃない?」

「……元からですよ?」

 彼女は確かにかわいい。

 しかしながら、以前の彼女ならば、このように冗談めいて、それでも本音を漏らすことはなかっただろう。

 



 トレリ王国を震撼させた、王の生誕祭。

 民は炎の一夜の真実と、ルミエハ崩壊を噂のネタに選んだが、そんな暗い話は、やはり長続きはしない。

 今のところ大人気なのは、ルミエハとオブスキィトという二百年の対立を乗り越えて、無事に結ばれたとされる、大カップルの話だ。

 黒髪の美女ルフレ、正確には、ミオ・ヴェントスと、赤銅色の青年、デュエル・オブスキィトが、正式に婚約を発表しなおしたことは、それも、二人が両想いであることまで公表されたことは、民にとって、かっこうの話のネタらしい。

 数多くの歌や詩、それから小説が出版され、そのどれもが、対立する両家に生まれた二人のラブロマンスなのだ。

 もはや二人は伝説化していた。


 なにもそれは城の外の話だけではない。

 軍の中でも、かなりの話題になり、二人が並んで歩けば、一瞬にして好奇の目にさらされた。

 当初は、それによる二人の不和の可能性を危惧していたセレスだったが、その心配は、数日のうちに消え去った。

 血はつながっていないといえ、ルミエハとして生きてきた人と、オブスキィト家の時期後継者だ。そういう周りの視線を集めることには非常になれているようだった。

 二人の雰囲気は甘い、というものではない。

 少なくともセレスからすれば、あれほどお互いの間に高い壁があったわりには、その反動が少なすぎるのではないかというぐらい、あっさりとしているように見えた。

 結論から言えば、二人はとても堂々としていた。

 そして、そんな浮いた噂が広まろうと、彼らの仕事ぶりになんら変化は見られず、一時的に異動の話があったシリヤや、ある意味一番の功労者であるジオことグラジオラスの助力もあって、城内は、二人を静観する方向へとすでに進んでいた。

 


 そして、もうひとつ危惧していたのは、スミアの反応だったのだが、どうやらどこかで振り切れたらしい。

 しかも後から聞けば、彼女はどうやら二人が両想いであることを知っていたらしいのだ。

 それ以降、彼女は態度を豹変させ、男にこびなくなった。そして、それゆえか、ずいぶんと仕事に誠実になり、意外なことに、できる部下へと変貌している。

 正直言って、研修期間がもうすぐ終わってしまうのが惜しい。


「ねえ」

「はい?」

「あなた、この隊に残る気、ある?」


 だから、半分は戯れのつもりで、聞いてみた。

 本来ならば、それなりに書類を書きあげて、もう少し護衛科の科長とも話をしてから、ことを進めるべきだろう。

 特にセレスの隊は、ユーフェミア付きであり、他よりも人選には厳しい。

 

「まあ、近衛隊でも、王女付じゃない方が―――」

 出会いはあるか、と言おうとしたセレスの言葉を、スミアが遮る。

「―――本気ですか?」

 栗色の瞳が、じっとこちらを見据えている。

 強くなった、とセレスは思う。


「本気よ。今のあなたなら、私は欲しい」

 

 このセレスのわがままが通るかどうかは別として、その言葉に嘘はない。

 そもそも、セレスは嘘をつかない。プライドが許さないからだ。

 栗色の少女が、ぐっと視線を下げた。


「……ありがとう、ございます」


 声が震えている。

 そのことに気付いたセレスははっとして、スミアの方を見つめた。


「必要とされる時が、来るなんて……思わなかった」


 栗色の瞳にうっすらと涙を浮かべて、スミアはそれでも笑顔を浮かべる。


「デュエル隊長の相手が、ミオ隊長でよかったと思います。そして、彼女がルミエハでないことも、私は、素直に喜べた。……きっと、彼女だったからです」

「ルフレ……ミオには、勝てない?」

「たぶん、違うんですよ。勝つか、勝たないかじゃないんです」

「え?」


「デュエル隊長が、誰を選んだか、なんですよ。隊長は、相手がルミエハであろうと、ルフレさんを選びました。ミオさんだから婚約したんじゃないんです。きっと、ルフレさんだったとしても、デュエル隊長は、なんとしてでも、その隣に立とうとしたでしょう」


 静かに語られる言葉に、セレスは驚いてしまった。

 それは、セレスが知るデュエルやルフレ像にとっても合致している。

 付き合いが浅いはずの、彼女が。


「祝福できる? 二人を?」


 答えは分かっていたが、セレスはあえて問う。


「……別れたら、怒りますね。身を引いた私が、祝福するんですから」


 そのどこか強気な返答に、セレスは思わず笑ってしまった。

 それにつられて、スミアも笑う。

 城の中庭で、二人は笑っていた。







「レイラ……」

 目を閉じて、妻の姿を思い出す。

 トレリを震撼させた王の生誕祭。

 新たなシュトレリッツ王国記に載るであろう、歴史的日の後、すぐに国王アレクシオスの許可を得て、クロッカスはしばらくの間休暇をとっていた。

 明かされた真実に、憤ったことは否定しない。

 黒髪に黒い瞳のあの男を、自分の剣で貫いてやりたいと思ったのは、一度ではない。


 しかし、それを踏みとどまらせたのは、妻が命を懸けて守った少女の姿だった。

 すでに少女と呼ぶには大人すぎたが、レイラが守ろうとしたのは、まぎれもなく一人の少女だったはずだ。

 レイラから聞かされていた人物像と、ルフレ・ルミエハとして入隊してきた彼女は、驚くほど一致した。

 しいていえば、クロッカス自身が、レイラがいうほどルフレの能力は高くないだろうと高をくくっていたのだが、それをあっさりと覆され、レイラの評価が正しいことを、時間がたてばたつほど思い知らされた。


 今、町では、吟遊詩人がさまざまな歌をうたっている。

 内容こそ違えど、そのどれもが、対立する両家に生まれた後継者二人の恋をテーマとしている。

 二人の恋模様は、もはや伝説化しており、トレリの歴史書に刻まれてしまうのではないかと思うくらいの勢いだ。

 

 その物語というのは、二人はどうにか結ばれ、幸せになって終わるのが、どの語り手の物語でもそうなのだが、クロッカスは、どうにもその内容を好きにはなれそうになかった。


 町でうたわれているほど、二人の物語はきれいでも、幸せでもない。

 隣に立つことを互いに許された二人は、とても堂々としていて、並ぶことがごく自然に思えて、それは幸せではあるのだろうと思ってはいる。

 しかしながら、二人が結ばれるまでに流れた血は決して少なくない。

 ヴェントス家の使用人たちをはじめ、ヴェントス家当主や、その実行犯のアンナとその家族。もちろんレイラも。

 

 軍人としては、ルフレのあの時の言葉は、確かに一理あると思ったのだ。

 ヴェントス家に生まれてきたのが、男ならば、あるいは、オブスキィト家に生まれてきたのが、女ならば、ルミエハはヴェントス家の人間を殺すことにはならなかったし、それ以外にも、さまざまな人間が、その人生を狂わされることはなかったのではないかと。

 

「レイラは、怒るのだろうな」


 クロッカスがそんなことを言えば、きっと彼女は怒って口をきいてくれなくなる。

 それに、ルフレ、あるいはミオ・ヴェントスと、デュエル・オブスキィトが出会っていたことにより、ルミエハとオブスキィトの二百年にわたる対立を終焉させられたのだから、やはり歴史的には、価値のある出来事なのだろう。

 命を数で数える軍人の悪い癖だが、ルミエハとオブスキィトの対立がなくなっただけで、これから先のずいぶんと多くの命が救われる結果となったはずだ。

 たとえそこにある過程が、ミオ・ヴェントス自身と、その周囲の血と涙と努力であろうとも。


「ありがとう」


 ストケシアの名に縛られ、動けなかったクロッカスのかわりに、レイラのかたき討ちをしてくれた少女に礼を言う。

 クロッカスはこれからも見守っていくのだろう。

 

 レイラの代わりに、オブスキィトと元ルミエハの後継者二人の行く末を。









「ウェディングドレスは……やっぱり白かしら?」

「婚約発表したばかりで、まだ式の日取りも決めてないぞ。しかも、親が口を出してどうするんだ」

 赤銅色の髪の女性がうっとりとつぶやけば、隣にいた、赤みがかった茶色の髪の男性が、あきれたように女性をたしなめる。

「別にいいでしょう。シェリアの娘よ? 飾り立てがいがあるじゃない」

「あいつの娘だからこそ、何を着せても美人だろ。実際、よく似てるしな。外見だけは」

「中身も似てるとおもうけど?」

「どこが? どっちかといえば、レンだろ。中身は」

「そうかしら?」

「そうであってほしい。シェリア二世がうちに来るっていうのは、どうにも複雑だ」

 アベルが顔をしかめると、マリエははっとしたような顔をして、アベルをにらむ。

 アベルは突然睨まれて、何が何だかわからない様子で、問う。

「どうしたんだよ?」

「……この期におよんで反対する気!?」

「は……? いや、いやいや。いくらシェリアの娘といえ、半分はレンの娘だから。反対はしないって」

「そう。ならいいわ」

 ほっとしたようなマリエの顔を見つめながら、ふと、アベルはつぶやく。

「なんか、ちょっとシェリアに染まってきてるよな。いまさらだけど」

「え?」

「婚約者候補をつぶしまくったのはお前だろう? そういうことは、シェリアのほうがやりそうだった」

 マリエは首に手を当てて、沈黙する。

「……まあ、否定はしない、かも」

「頼むから、お前はそのままでいてくれよ」

「……私は、ミオに関しては、シェリアの代わりになりたかっただけなのよ。最初は、私だけが、知っていたから」 

 シェリアなら、娘のために、なんだってしただろう。

 彼女は自分の大切なもののためなら、普段から人並み以上の行動力を、さらに倍増させて、その多種多様な才能で、たいていのことは自分の思い通りにことを進めてしまうのだ。


「これからは、代わりじゃない。俺たちが、ほんとうに義両親(おや)だ」


 そういって、アベルはマリエを抱き寄せる。


「そう、そうね。義娘(むすめ)なのよね」



 それぞれの親友の子供は、もうすぐ、自分たちの子供にもなる。

 それはとても不思議な感覚で、そして、とても幸せなことだった。


 できれば、黒髪の二人と、その喜びを分かち合いたいぐらいには。









「ずいぶん派手に広まったわね」

 昼間に外を出歩ければ、そこらかしこで、対立する二つの家の後継者同士のラブロマンスがうたわれていたり、小説になっていたりする。

「……俺の両親のせいかな」

 黒髪に深い緑色の瞳の美女は、隣にいる赤銅色の青年と向かい合っていた。

「まあ、婚約の話を広めてしまえば、急進ルミエハでさえも動きにくくなるしね」

「でもあらかたレンティがつぶしてたんだろ? 父親が言ってた。レンティが手を回しまくってくれたおかげで、オブスキィトが一本立ちしても、国内の混乱が最小限に収まったって」

 二人がいるのは、王都の一角にある店。

 本来ならまだ開店していない、早朝の店に、二人はテーブルを挟んで向かい合って座っていた。

「国外に出る気だったから、ロイの迷惑にならないようにって思ってたのよ」

 そのとても整った顔立ちで優雅に微笑まれて、赤銅色の青年は、動きを止めると同時に、わずかに頬を赤く染める。

「ひどいよな。俺をおいて、国外に出る気だったなんて」

 赤銅色の青年が少し拗ねたようにそっぽを向く。

 それは赤い顔をごまかすための手段でもあったのだが、その行動は見事に裏目に出ることになった。


「期待はしてたわ」

「え?」

 つぶやかれた言葉の意味が分からずに、思わずレンティの方を向く。

「ロイが引き留めてくれるって、ね」

 そういっていたずらっぽく笑うレンティに、今度は耳まで真っ赤になったロイ。


「本当に仲がよろしいんですね」

 からかうように、一人の少女が、二人に紅茶とパンを差し出した。

「ありがとう、ディーナ」

 レンティはディーナにも笑みを向けて、紅茶に口をつける。

「ありがとう」

 ロイもまだ顔が赤いながらも、うけとって、紅茶に口を付けた。


「婚約者とは思えないほど初々しいですよね」

「ごほっ!」


 ロイは紅茶を吹きそうになって、どうにか飲み込み、はげしくせき込んだ。 

 

 レンティとディーナは、二人で顔を見合わせてそうして声をあげて笑う。










 のちに、語り継がれる伝説のカップルは、さまざまな人々に見守られながら、今日も、トレリの一日を、精一杯生きている。


 その背中に、数多くの想いを背負いながら。









 


これも一応リクエストの一部です。


本編終了後の周りの反応、ということで書かせていただきました。




二人を中心にして、後日談を書けるかどうかは、微妙なところです。

でもこれを書いてみて、書けるような気もしてきました。


ただ、さすがに完全に二人がないのもあれかなと思って、ワンシーンだけ、短いですが、このお話にも後日談として二人の会話を入れておきました。

甘くないですね。

でも甘い二人って想像できない。どうしてでしょうね。



番外編にやたらとセレスが多いのは、意外と気に入っている割に、

本編で出番が少なかったからです。


そのうちレオ×ファリーナは絶対に書きたいなと思っています。



ついでに悩んでいるのが、レンとシェリアのお話。

「シネラリアの女神」を連載していて、そちらで彼らは出てくるのですが、

「光の奔走」と「シネラリアの女神」の間の話は、どちらの番外編で書けばよいのか非常に悩んでいます。


 とりあえずは、思いついて、書きたい順番に更新しようかなと思うので、たまにこのページものぞいていただければ嬉しいです。

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