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ルフレとセレスの出会い②

 短い金髪に愛らしい顔立ちの少女。しかしながら、彼女はその見た目にそぐわない、はきはきとしたしゃべりをする。

 しかも、彼女の突然すぎる一言に、ルフレはしばし思考を止めていた。

「……あの、私を観察?」

 とりあえず黙っていても事態を把握できないと判断して、聞き返してみた。

「気に入らない。いえ、納得できないわ」

 答えになっていない返答をされて、ルフレは返答に困る。

 風がルフレの長い艶やかな黒髪を巻き上げて、思わず手で押さえる。

「どうして、どうして二十点も高いのよ!」

「……は?」

「総点よ! 学術試験の! 張り出されてたでしょう! 堂々の一位だったじゃない! あんた私より二十点も高い点とるなんてどういうことよ! どんな勉強したら、あんな点とれるのよ!」

 セレスがものすごい形相でルフレに迫ってくる。

 そのあまりの迫力に、思わず一歩後ろに下がってしまった。

「掲示……見てないんだけど」

「はあっ?!」

「だからね、掲示、見てないから、知らなかった。私一位なの? 二年卒業の要件にひっかかるような点数ではないことは自覚してたから、あんまり興味がなくて」

 ルフレにとって、最大の関心事は、自分が二年で卒業できるか否かのみだ。

 赤銅色の少年との約束を果たすために、それだけは絶対に必要だった。

 ただ、ルフレが誰かに勝ちたいと、誰かに並びたいと思えるのは、今のところ、赤銅色の少年だけであるため、自分が学術試験で何位であっても構わないと思っていたのだ。

「信っじられない!」

 セレスの声が、怒りに震える。

 声だけでなく、彼女の体も。

 ―――あ、まずい、ばか正直に言いすぎた。

「何の嫌味?」

 二の月に吹く風は容赦ない冷たさがあるが、セレスの声はそれよりもなお冷たく、低かった。

「一位とっておいて、卒業要件にはひっかからない程度!」

 セレスは明らかに怒っていた。

 しかし、ルフレは、何故かそんなセレスに少しずつ、好感を抱き始めていた。

「はんっ! 絶対に観察して、あんたが高得点とる秘訣を見つけてやるんだから!」

 セレスは、びしっと人差し指をルフレにつきつけて、高らかに宣言する。

 もう、こらえきれなかった。

 ルフレはこれがセレスの怒りに拍車をかけてしまうような気がしていながらも、声をあげて笑ってしまった。

 初めてだったのだ。

 この学校において、これほどストレートにルフレにものを言う人間は。

 ルフレが相手の嘘を感じる必要もなく、本音ダダ漏れの少女。

 彼女は予想通り怒りで震えていた。

 どうやらルフレにバカにされたと思ったらしい。

「ずっとつきまとってやるんだから!」

 びしっと指をつきつけてそんな台詞を言い放った後、セレスはその場を立ち去って行った。

 まるで嵐のような彼女は、それなりに注目を集めていて、彼女が去ったあとも、ルフレに好奇の視線が集められる。

 しかしそんな視線には慣れているルフレは、それを気にすることなく、むしろ気分が高揚しているのを感じていた。






 それからというもの、セレスは毎日のように、いや、例外なく毎日ルフレの前に姿を現した。

 すでに二週間が経っているだが、毎日だ。

 どうやらこっそりとルフレの後をつけたり、ルフレを観察する気はないらしい。

 あまりにも堂々としているので、ルフレが思わず話しかけてしまうくらいだ。

 話しかけたところで、彼女は敵とは馴れ合わないのだとか言って、あまり話し相手にはなってくれないのだが。



「あの子、懲りないんだね」

 若干呆れたような表情をしながら、アサレアは、自身の長い髪をきれいに三つ編みにしていく。

「そうみたいね」

「ちょっと色々と堂々としすぎだよね。しかも、どれだけライバル心抱いてるんだろうね」

 アサレアはセレスはどうも気に入らないらしい。

 セレスの話をするときの彼女は、どこか彼女を蔑むような雰囲気がある。

「まあ潔くて、すがすがしいけどね」

「そうね。でも、同じ色って言っても、どうもあの子の瞳はなあ。ルフレの黒って素敵だけどね」

 ルフレは何も答えずに、最後のスープを飲み干した。

 案外、堪える。

「今日もまたいい?」

 そうして二人が話をしているところに、再び銀髪の少年が現れ、アサレアの表情が一気に和らいだ。

 その空色の瞳はあえて見ないようにして、そして、すでに食べ終わっていたルフレは、席を立ち、アサレアに言う。

「私レポートがあるから先にいくわ。ブリュネ君もこっちを使ってくれていいわよ」

 あえて家名で呼び、明確に距離を置く。

 女の嫉妬は怖いのだ。

 アサレアはこちらを見て微笑んだ。

 しかしながら、その表情に嘘を感じる。

 ―――どうして?

 その表情の意味が分からないまま、ルフレは足早にその場を去った。




「ちょっと」

「今日は話してくれる気になったの?」

 少しとがった声ながらも、話しかけてきてくれたセレスに、何故か嬉しさを覚えながら、ルフレは笑顔で問いかける。

「違うわよっ! ……っていや、聞きたいことはあるけど……」

「なに?」

 短い金髪が彼女が首を振ると同時にサラサラと揺れる。

 彼女は本当にわかりやすい。

 そして、この二週間で、彼女は一度の嘘をついていない。

 言葉も、その表情も。

「……アサレアと友達なの?」

 言葉に似合わない可愛らしい顔立ちが、わずかにゆがんでいる。

「そのつもり。少なくとも、私はね」

 はっきりと自信をもってそうだとは言えないところが、ルフレの悪いところだと自分でも自覚している。

 その返答を聞いて、セレスはどこかほっとしたような、それでいて意外そうな顔をした。

「あなたをずっと見てたけど、本当にルミエハらしくないのね」

 そのままセレスが話を止めてしまうかと思ったが、意外なことに彼女は会話を続ける。

 しかも、その言葉は、ルフレに対して肯定的に聞こえる。

「褒め言葉だと受け取っても?」

「ええ。……って、実家を貶されてる割に、嬉しそうね」

「ルミエハが尊敬すべき家じゃないのは事実だわ」

 口調がいつもより冷めたものになってしまったからか、セレスが驚いたように目を丸くする。

「あなたが努力する理由は、ルミエハではないの?」

「へ?」

 予想外の問いに、思わず間抜けな声がでる。

 彼女の質問の意図が分からない。

「あなたは二年で卒業したいって言ってたわね? でもね、二年で卒業するだけなら、そんなに頑張らなくてもどうにでもなるわ。それなら、あなたが学術でも剣術でも一位を取っている理由は、ルミエハ家長姫としての意地なのかと思ったのよ」

 セレスの碧い瞳がルフレの深い緑色の瞳を捉える。

 その瞳にある意志の強さは、赤銅色の少年と同じだった。

「違うわ。私はただ、約束を守りたいだけ」

「ルミエハとの?」

「いいえ。……とても、大切な人との」

 するりと言葉が出た。

 ロイに関することは、一度たりとも学校での知り合いに話したことはない。

 それはアサレアにも、だ。

 しかしながら、セレスには話しても良いのではないかと思った。

 彼女は分かりやすく、口も堅いというわけではないかもしれないが、それでも、言ってよいことと悪いことの区別はつく、きちんとした人間のように思えるのだ。

「この学校の人じゃないわよね?」

「ええ」

 自分に最も近く、そして、最も遠い少年。

 赤銅色の少年は今、シネラリア養成学校にいるはずだ。

「……今日はもういいわ」

「え?」

「観察終了ってことよ」

 セレスは一度こちらをちらりと見てから、ふと、今まで絶対にしなかったことをした。


 彼女は、ルフレに微笑んで見せたのだ。


「敵だと思ってたけど……ライバルに昇格ね!」


 そういって手をひらひらと振って去っていく少女。

 何が彼女の中で、ルフレを敵からライバルに昇格させたのかは分からない。

 

 しかし、黒髪の美少女は、誰もが見惚れるほど美しい、自然な笑みを浮かべて、その場に立っていた。

 まるで、この学校で、始めて心から笑ったとでもいうかのように。


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