番外編 優しさと強さは一重に 1
夕飯の片づけをしていると開け放した窓から風に乗って薄紅の花びらを摘まむ。
明日、ジルコンとトパーズが街を発つ。
本当にここまで短かったものだ。
あっという間に時は過ぎていった。
指先の花びらをしげしげと眺めた。
コスモス───。
フフッと笑って水盆を用意して浮かべる。
ジルコンを好きになったあの日の大切な風景の1つ。
窓の側に椅子を寄せて丸い月を見上げた。
───── 9年前 ─────
当時、ジルコンは両親を亡くしたショックから立ち直れておらず胸の刻印を棘が1つしかなかった。
私とトパーズはいつもジルコンの傍に寄り添っていた。
今を見ると想像できないほど深く、落ちこんでいた。
子供ながらにずっと傍にいないとジルコンはある日ふっと消えていなくなってしまうような気がしていたので、私たちのジルコンへのしがみつき度はハンパなかった。
なんというか…こう…凄まじかった。
「ジルコンッ」
「来たぞー」
「……あぁ…」
部屋のベッドに座っていたジルコンが目だけをこちらに向けた。
「今日はね、ロード連れて来たよ」
ワンッと私の足下で鳴き声がして初めてジルコンが顔をこちらに向けた。
こ…っこれは!!
一瞬トパーズと目を合わせて頷きあう。
「ジルコン、外行ってロードと遊ぼ!!」
「…え…」
「行くぞ!!」
トパーズがジルコンの手を掴み引っ張って出て行った。
ロードを抱き上げて追う。
ロードは私より先に生まれた中型犬だ。
我が家の長男である。
当時14歳。おじいちゃんだ。
近くにあるコスモス畑には花は咲かないまでも芽をつけたものが沢山ありかなり背も高くなっていた。
「…もうすぐ咲くかな」
「…多分な」
ジルコンがボソッと呟いた。
「そっか」
「ワンッ!!」
ロードがジルコンに飛びついた。
「わっ」
「ワンワンッワンッ!!」
ロードはおじいちゃんなのに何故かとても元気だ。
「ジルコン、ボール持ってきた!!投げようぜ!!」
「…いいよ…」
「いいよじゃねぇ。俺の相手しろ。ロードの体力には俺1人じゃ適わないんだよ!!」
トパーズがジルコンにボールを投げる。
仕方なさそうに受け取るとトパーズに投げ返した。
私たちはどうしても見たいものがあった。
1年前から見ていないジルコンの笑顔───。
とにかくジルコンが反応し、なおかつ笑ってくれるようなものを探しては持っていっていた。
ジルコンの投げたボールにロードが飛びつく。
…なかなか笑ってくれないなぁ。
無理もないとは思う。
自分の両親の葬式には出られず、会いに行くことも出来ない。
一歩でも踏みこめば、苦しくなるのだそうだ。
激痛に、何度も入ろうとすれば気を失い毎晩のように泣いているのを私は知っている。
ターコイズさんにすがって、ようやくジルコンは感情を表した。
泣くという行為で。
それ以外は全然感情を表に出さない。
忘れてしまったように───。
『くそ…!!なんで…っ俺が…っ!!何をしたって言うんだよ…っ!!』
顔中を涙でグシャグシャにしながら必ず最後にそれを言って疲れきって眠りにつく。
苦いものが喉の奥に溜まっていく気がした。
この1年ずっと感じている無力感───。
ボールが飛んできて私の頭上を越えていった。
ボチャンと水の跳ねる音がして振り向く。
ボールがコスモス畑のすぐ隣にある沼に浮いていた。
「あー!!」
「ゴ、ゴメン!!取って!!」
「もー!!」
沼に寄ってボールを取ろうと手を伸ばす。
思ったより遠くに落ちていたので体を乗り出して落ちないように数本のコスモスを掴む。
「あと…少…し…」
風が吹いているせいかどんどん遠くに流されている気がする。
もっと体を乗り出して手を伸ばした。
「ルビー俺が…」
ジルコンが何かを察して声をかけた時、ボールに手が届いた。
「あっ取れた!!」
ズボッとコスモスが抜ける。
「え?」
ドボンと沼に落ちた。
よろしくお願いします!