3人目 10
───── ジルコン ─────
「どこだよ…」
長い廊下を走っていた。
水の音に近付いているのはわかっているが、肝心の水の居所が掴めない。
故意に舌打ちをする。
滝のような水の音はさらに地下へ続く階段の方に向かっていた。
音を追って階段を駆け降りる。
え?
階段の中部ぐらいで足を止めた。
さっき通り過ぎたところで。瞬間音が途切れた。
1秒も途切れていたわけではない。
注意して聞かないとわからないほどの違いだった。
音が途切れたと感じたところまで戻る。
うん。確かに途切れている。
魔力を指先に籠める。
壁にぶつけると結界がはってあるのか弾かれた。
本来ならばここを管理する奴を引っ張ってきて開けさせるのが一番簡単なのだろうが、アンバーだったら洒落にならないので
やめておく。
ということは結界が緩むほどの魔力をぶつけ、そして即座にまた魔力をぶつけなければならない。
難しいことしてくれるじゃないの。
唇を舐めるとカサカサに渇いていた。
魔力を指先に籠める。
息を吸って思いっきり壁にぶつけた。
───── トパーズ ─────
爆発が起きると床が飛び散って塵となり、目を暗ませた。
それがようやく収まって周りを見るとアンバーはすでにいなかった。
それに対して俺は焦りはしない。
ジルコンのところへは行ってない。
確信があった。
とにかく今は、目の前のこいつに集中しないとな。
無表情のまま立っている氷で作られた『俺』を見る。
向こうから攻撃を仕掛けてはこないのか?
手をぶらぶらしてみると『俺』が笑った。
うっわ…。
知らなかった。俺ってこんな笑い方するんだ。
「…これを倒せばいいんだよな」
「こいつを殺すんだよ」
どこからかアンバーの声が響いた。
「殺す…」
「なんだ?怖気づいたか?」
「いや」
それでいいなら俺はやる。
「言っとくがこいつな血も流すし人間の体の感触もするからな」
本当に人を殺した気分になるってことか…。
「なぁ、こいつなんで攻撃してこないの」
「俺が命令してないからだ。そっち先攻でどーぞ」
「あんたおかしくない」
「あ?」
「手加減しないんじゃなかったの」
「…まぁそうだな…。じゃあ今だけチャンスをやるよ。次からはなしだ」
「…そりゃどうも」
自分と戦わせるなんて悪趣味だ。
手に魔力を籠める。
電気を流せば壊れるだろう。
魔力を放つ。
当たる直前に『俺』がバリアをはった。
そう簡単には壊れてくれないか…。
『俺』が再び笑う。
「!!」
氷が飛んできて慌ててバリアをはった。
…速い…!!
塵を固めて剣にする。
強度はまちまちだが、氷でカバーすればいける!!
斬りかかると避けられ水平に剣を回す。
タイミングがずれたのか服にかすった。
『俺』が笑って氷で剣を作ると斬りかかってきた。
剣を押し当てて止める。
離れるとすぐに斬りかかってきて止める。
───と水平に剣が回って俺の肩にかすった。
こいつ。すばしっこいじゃないの。
火を放つ。
部屋中が燃え始めた。
溶けちまえ!!
水が吹き出して火が消えた。
くそ…。
『俺』が俺を見ている。
すっと笑っててむかつくな!!
どこを狙えば苦痛に歪んだ顔が見れる?
いや自分のそんな顔なんて見たくないけど、ダメージを与えらたか、倒せるかを───。
「殺すんだよ」
不意に自分の声がして顔をあげた。
「倒すんじゃなくて殺すんだ」
『俺』が笑って言っていた。
まるで本当に自分が言っているようでゾッとしてしまった。
「甘えるな」
───そうだ。これは倒すんじゃない。
殺す。殺すんだ。
目を閉じる。
これは殺しあいなんだ。
相手がどんなでも殺すだけだ。
フ…と短く息をついてからゆっくりと目を開けた。
───── ジルコン ─────
「おりゃ」
魔力をぶつける。
バリアがそれを吸収して撥ね返してきた。
それを避けて再び魔力をぶつける。
また弾かれた。
舌打ちをして魔力を放る手を止める。
こう何度も弾かれるんじゃ意味がない。
もっと強く、もっと強く。
トパーズは自分の力で自分を守れるということを言っていた。
けれど多分、言いたいことはもっと別にあるのだろう。
守るな。
俺を守ろうとするな、自分が生きるために戦え。
他人のために命がけで戦うな。
もっと生きることに貪欲になれ。
唇を噛む。
トパーズの言葉は正しくも、間違いでもない。
他人のために戦うことを美徳とする奴もいる。
悪いことではない。
むしろ正しいことだと称賛されるだろう。
誰もその思いを歪んだものだとは思わない。
けれど人によっては余計なお世話だと疎ましく思う奴もいるのだ。
そしてそれは親密な関係であればあるほど深い。
もし俺がトパーズとさほど仲がよいわけでもなければ、きっとトパーズは気にもしなかっただろう。
───力がなく、守られるしかない屈辱さを、俺はトパーズに感じさせていた。
ふぅと息をつく。
今度は対等に。
いつかの戦いのように守りあうこともなく2人で戦おうじゃないか。
手から放たれた魔力が壁にぶつかり亀裂を入れた。
トパーズは決して弱いわけではありません。
ちょっと、運が悪いだけです。