EPISODE6 「これが俺の……力?」
ティリウス・スウェルズは苛立ちを隠そうともせずに、『洗礼の間』にて不機嫌そうな顔をしていた。
原因は色々ある。
まず、もっともな理由は、自分が“魔王候補”に選ばれていないことだった。魔王の息子であり、魔剣士見習いとして優秀と言われ、そのことを自負しているティリウスにとって、どうして選ばれないかが疑問で仕方がなかった。
だが、魔神や巫女が間違えるはずがない。ならば、まだ自分に力が足りないのだろうか?
そう思ったが、自分よりも実力の無いものが“魔王候補”として選ばれているのも事実。
苛立たせる理由は他にもある。選ばれてもいないのに、自ら“魔王候補”に立候補するという恥知らずの存在だ。
歴代の魔王で立候補者はいない。それは歴史が証明している。だが、“魔王候補”に自らが相応しいと思い立候補する者はあとをたたない。だが、そのほとんどが“魔王候補”というその地位が欲しくて立候補している者ばかりというのがティリウスを苛立たせる。
そしてそんな奴を認めてしまう巫女たちにも。
そして、何よりも――
「アイツだ……」
ギリッと音を立てて、歯を噛み締める。
別に喧嘩をする必要はなかった。する気もなかった。ただ、新たな“魔王候補”がどんな奴か見てみたかった。
だが、気づけば――自分にも非があることは認めるが、つい喧嘩腰になり喧嘩となっていた。
「母上に恥をかかせていなければ良いが……」
母とはまるで違う亜麻色の髪に手櫛を入れながら、何とか落ち着こうとするが――できなかった。
なぜなら、母と共にあの黒髪の“魔王候補”がアイザックを連れて『洗礼の間』に入ってきたのだから。
きっと分かっていないだろう。魔王である、母と、あのアイザックと共に『洗礼の間』に入ってきたという意味を。
できるなら自分がそうありたかったとティリウスは思う。
現に、他の貴族たちが声を潜めて、ささやき合う。「魔王様が直々にお迎えとは……」「あれがウィンチェスターの」「メアリ殿に確かに似ている」「きっと素晴らしい力を得るでしょうね」などだ。
他には聞きたくもない陰口を言うものがいるが、そんな者は小物だと思っている。
「きっと洗礼を受け、力を得れば……」
“魔王候補”に自分が選ばれるかもしれない。
そう、思い続けてきた。
そして、例外がなければ一五歳にならないと洗礼は受けることはできない。
今日、この日をどれだけ待ち続けてきたか。
「それでは、洗礼の儀式を始める!」
母の声に、いつの間にか下を向いていた顔を上げる。ティリウスの目は、どこか思いつめたものが宿っていた。
*
ナツキはうんざりしていた。
『洗礼の間』に入ってから、視線は集まっているし、ヒソヒソと聞こえる声の中には不快なものも十分に混じっていた。
視線の中には、舐めるような視線から、見極めようとする視線までいろいろあり、あっという間に嫌になってしまったのだ。
「これも試練の一つだと思ってください」
アイザックもさすがに苦笑いだった。
「たく、我慢すればいいんだろう。それにしても、ここは広いな……特に、あの真ん中のリングはなんだ?」
「リング? ああ、あの石版の一角ですね。あれは壇上と呼んでいます」
この部屋は本当に広い。中学校の体育館くらいあるだろう。その部屋の真ん中に、石で作られた円状のリングがあるのだ。
淡い光を天井まで放ち、どこか幻想的な雰囲気を漂わせている。
「あそこで洗礼の儀式を行います。あの淡い光は結界ですね」
「結界?」
「はい、洗礼とは以前も説明しましたが、自身の力を一度具現化し、再度取り込むことで己の力として受け入れなければいけません。どうやって力を得るかは人それぞれですが、多くの場合が試されます」
「自分の力に試されるのか?」
つい笑ってしまったナツキだった。
アイザックも苦笑する。
「自身の力と言いますが、一説によると魔神様からの贈り物であるのではという説があるのです。だからこそ、力を使うに相応しいかと試されると」
「結局はわからないことだらけか……」
「残念ながら、そういうわけですね」
アイザック自身、洗礼や自身に宿る力について全てを知っているわけではない。これに関しては魔王すら知らないだろう。
これらの類を扱うのは巫女たちなのだ。巫女のトップであれば知っている可能性はあるが……
――とはいえ、知ったからどうなるというわけではありませんね。
アイザックが嘆息した時だった。
「それでは、洗礼の儀式を始める!」
漆黒のドレスを纏い、魔王として正装をしたストロベリーローズが声高々に宣言する。
「洗礼を受けるものは名前を呼ばれた者から順に壇上に!」
壇上、つまりリングの上に上がれということだ。
「いいですか、ナツキ様は一番最後となります。今回の洗礼は四人受けますが、“魔王候補”は貴方だけです」
「だから最後ってわけね」
「はい、そして最初は、先ほどのティリウス様になるでしょう」
ティリウス――あの、生意気なお坊ちゃんか。
思い出してイラっとくる。
「一人目、ティリウス・スウェルズ!」
「はい!」
アイザックの言うとおり、ティリウスが呼ばれた。
壇上に上る際、一瞬、ティリウスがナツキを見て、フンと鼻を鳴らす。
「……あの野郎……」
「どうやら随分と対抗心をもたれてしまったようですね……」
アイザックとしてはティリウスの気持ちも分からないでもない。
魔王の息子という立場で幼少時から剣術、魔術、学術を頑張ってきたことは知っている。アイザック自身が一時だが、教師役を務めたことがあった。
彼は母のような立派な魔王になるのだと言っていた。だからこそ、選ばれなかったことが悔しくて仕方がないのだろう。
「ナツキ様、ティリウス様を良く見ていてくださいね。まず、壇上に上がり、巫女が力を解放させます」
巫女――そう呼ばれる女性たち、黒いローブを頭から羽織った数人が、ティリウスを囲むようにして、何かを呟いている。
すると、バチッとはじけるような音が聞こえた。
「ん? 静電気か?」
「いいえ、これは――雷の力です」
その言葉通りだった。
ティリウスの体から放たれる紫電が、淡い光にぶつかり弾け、激しい閃光が放たれる。
どうして結界が張ってあるのかがようやく理解できたナツキだった。
結界がなければ、あの雷の餌食になってしまっているだろうと、ゾッとしながら、強烈な光から目を庇う。
「出てきますよ」
何が、と問うまでもなかった。
放たれていた紫電が収まり、閃光が収まったそこには――雷の獅子がいた。
「あの獅子こそがティリウス様の力の源です」
「ていうか、アイツ大丈夫かよッ? 服とか焦げてるし、髪も! 火傷とかもしてるじゃねーか!」
「もう試されているということです。ここで、力に怯え、恐れてしまえば力を得ることは決してできません。そして、二度と訪れることはないでしょう」
――確かに、これは試練だ。しかもとんでもなく、難易度の高い。
ぶるり、とナツキは震えた。その震えが、恐怖なのか、武者震いなのかは分からない。
「来い! 僕の力よ!」
壇上でティリウスが叫ぶ。
そして、雷の獅子は咆哮すると、ティリウスに向かって突進する。
弾き飛ばされる音はしなかった。代わりに、大量の紫電と閃光が――そして、それらが収まると、雷の獅子の姿はなく、雷でボロボロとなったティリウスが気絶しているのか倒れていた。
「早く! 医務室へ!」
ストロベリーローズの声に、ハッとなって動く巫女たち。
「これは失敗ってことか?」
「いいえ、力をティリウス様が受け入れたのです。そして、ここからが試練の本番です。これからティリウス様はご自身の中で力と向き合い、試されます。どのくらいで目を覚ますのかはわかりません。その時に、成功しているか、失敗しているかは力を使って見せることで判断します」
「感想を言いたいけど、言葉が見つからないな。あれをやるってことにゾッとするよ」
「普通はそうですね。私も死ぬかと思いましたし」
「……やめてくれない、やる前に脅かすのは」
すみません、とアイザックは微笑む。
「補足ですが、目を覚ますまでの時間が極端に短かったり長かったりする者は力が強いという例があります。例えば、現魔王ストロベリーローズ様は、壇上で目を覚まし、成功するという過去最速の記録を持っています。また、遅い方は現在では一七日間ですね」
さすがは魔王様というべきか、それともストロベリーローズが異常なのか、判断するに困ってしまうナツキだった。
とはいえ、アイザックの話によると、例え現実に一日しか立っていなくても、本人の体感時間は一瞬であったり、何年でもあったりと違うらしい。
そんな話を聞いていると、次に儀式が終わっていた。
「失敗、してしまいましたね」
残念そうに言うアイザック。とはいえ、無理も無いと思う。
ティリウスの力は凄かった。あれを見せられた後で、自身の力を受け入れというのは難しいことである。
「失敗ということは、今後強い魔術などは使えないってことか?」
「いいえ、それには誤解があります。洗礼はリミッターを外し、自身の力を受け入れることです。つまり、力を受け入れられなくても、リミッターを外されているので問題はありません。ただし、自分だけの力を得ることができないということです」
「なるほど、そういうことか」
やっと理解ができた気がする。
そしてあっという間に次の人物の洗礼が終わった。今度は成功だ。
「呼ばれますよ、ナツキ様。自信は?」
「正直、わからない。だけど……喧嘩は負けたくないね」
ニヤリと笑って見せた。
「最後に、“魔王候補”リリョウ・ナツキ・ウィンチェスター!」
「はい!」
こうして、ナツキの洗礼が始まった。
*
壇上に上ったナツキは、可愛らしい笑みを浮かべた魔王に「頑張ってね」と激励され、笑みを浮かべてみることで返事をしてみた。
同時に、黒いローブを纏った巫女たちが自分を囲む。
「顕現し、その者を試せ、魔神の力よ……顕現し、その者を試せ、魔神の力よ……顕現し、その者を試せ、魔神の力よ……顕現し、その者を試せ、魔神の力よ……」
言葉が続くに連れて、開放感というのか、高揚感というのか、または両方なのか……自分の中で何かが変わっていく気がする。
そして――
「あああああああああああああああああああああッ!」
体中に激痛が走った。
飛沫が顔にかかった気がする。
熱い、体中が熱い。まるで炎の中に放り込まれた気分だった。
「ナツキ様!」
「リリョウちゃんッ?」
声がどこか遠い……
体に力が入らない……
倒れているのだろうか、石畳が目の前にある。
ダメだ――立て、立つんだ。
立って、自分の力を見ろ、そして受け止めろ。
心が、本能が、自分の全てがそう叫んでいる気がした。
上半身を起こし、震える腕で震える膝を掴んでゆっくりと立ち上がる。
同時に、色々な声が聞こえるが、気にもならなかった。
「これが俺の……力?」
刀の刃だった。
柄もなければ、何もない。鋼色の刃だった。
「まさか……鋼?」
そんな声が聞こえたが、ナツキにとってこれを受け入れるにはどうすればいいのか分からなかった。
だが、無意識に言葉を出していた。
「……来いよ」
一歩、進む。
「来いって、言ってるんだよ」
もう一歩。
そして――
「こっちへ来いって言ってるんだよ、聞こえねーのか! 俺の力は俺のものだ!」
瞬間、いつの間にか目の前に移動していた刃。
その刃はまるでだれかに握られているように、振り上げられ――ナツキに向かって振り下ろされた。
洗礼開始です。面倒な設定ではありますが、解説を含めて物語を進めていきたいと思いますのでお付き合いください。
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