EPISODE5 「僕はティリウス・スウェルズだ!」
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夏樹を除いた、アイザック、ストロベリーローズ、トレノの三人は、ストロベリーローズの私室にて話をしていた。
アイザックはスーツ姿からこちらの世界の私服に着替えている。見た目は十九世紀あたりに似ていないこともないが、どちらかというと、堅苦しくなく、それでいて上質という面ではこちらの方が上だろう。
ちなみに、夏樹は色々あり過ぎて緊張の糸を無意識に張っていたのだろう。両親の写真を見て涙を流すと、気絶するように寝てしまった。
現在は、魔王城にある客室に寝かせている。
「さて、と! アイザックちゃんには色々と聞いておきたいな」
「はい、私としてももちろんそのつもりです」
「じゃあ、最初にね。私との約束覚えてる? あくまでもリリョウちゃんの意思でイシュタリアに来ること。メアリちゃんの子供が遠い場所にいるのは嫌だけど、それでも幸せなら連れてきちゃダメってことも」
アイザックは頷く。
「ということは、少なくとも幸せではなかったということになるのか、アイザック殿!」
「難しい、ところですね」
「難しいの?」
「ええ、夏樹様――いえ、リリョウ様のご家族はお世辞にも愛情があるとは思えませんでした。ですが、それでもすぐに連れてこなかったのは、リリョウ様には掛け替えのない親友がいたからです」
夏樹に家族を一言で済ませたアイザックであったが、正直あの人間たちを思い出すと腸が煮えくり返りそうになる。
それほど酷い人間だった。そんな環境で良く、夏樹は育ったものだと魔神に感謝したほどだった。現に、夏樹の背や腕などのところどころに傷があることをアイザックは知っている。
それでもあえて触れないことにしていたのだ。
「しかし、リリョウはイシュタリアに来てしまった。では、その友人に不幸か何かあったのだろうか?」
「いいえ、不幸という意味ではあっていますが、亡くなったわけではありません」
「では?」
「ストロベリーローズ様、トレノ殿はすでにご存知と思いますが、人間たちが異世界より強制召喚された“勇者候補”を」
“勇者候補”、それは“魔王候補”とは対極に近い存在であった。
“魔王候補”はいずれ魔王となり、魔族を守護する者であるとすると、“勇者候補”は力を得て、魔族を悪魔を竜を倒す存在である。
「知ってるよー。この間、ノルン王国で召喚したんだよね。まったく、本人の許可なく、強制的に連れてきて、勝手に戦わせるなんて信じられないよねっ!」
「そうですな。ノルン王国は人間の国の中でももっとも魔族と敵対している国でもあります。強制召喚という馬鹿げた魔術を捨てない唯一の国でもあり、周辺国からも非難を浴びている国ですね」
少なくとも、魔族にとってはあまり良い話ではない。
「実は、その勇者候補がリリョウ様のご親友なのです。そして、目の前で強制召喚され、リリョウ様は毎日のように探し回っていました。そして、見るに耐えられなくなった私は、お声を掛けてイシュタリアへお連れになったのです」
「ええっ?」
「そ、それは真か、アイザック殿!」
驚くのは無理がなかった。
運命の悪戯どころの話ではない。アイザック自身、“魔王候補”としての試練はこの時すでに始まっているとさえ思ったのだから。
「ノルン王国は王家が腐敗とまでは行きませんが、その数歩手前を歩いていると聞いています。さすがに、その辺りをリリョウ様に伝えるつもりは現状ではありませんが、ご親友である小林大和様も今頃は大変な目にあっているかもしれません」
「あの国は、くだらないことしかできないのか!」
「じゃあじゃあ、リリョウちゃんは“魔王候補”としてじゃなくて、その親友を助ける為にイシュタリアへ来たの?」
ストロベリーローズの考えはもっともだったが、アイザックは首を横に振るう。
「確かに強制召喚されてしまった大和様をご家族の下へ帰したいという思いでイシュタリアにきましたが、リリョウ様は決して“魔王候補”という立場からはお逃げになるつもりはないですよ」
「どうして分かるの?」
「数時間ですが、一緒に過ごせば分かります。あの方は真っ直ぐな方です。少々、言葉遣いや態度は褒められない点はありますが、それもまた個性です。しかし、その心根は真っ直ぐであり誠実だと私は感じました」
まるで自分のことのように言うアイザックにさすがの二人も言葉はない。
アイザックは現在は孤児院の院長を勤める立場だが、それ以前は軍に所属して自らの隊を率いていた。そして何よりも、人を見る目がずば抜けていたのだ。
だからこそだろうか、ストロベリーローズもトレノもアイザックの言葉を簡単に信じてしまう。
「しかし、そうなると“魔王候補”という立場はその親友との関係を危うくさせてしまうな」
「そうですね。そればかりはどうしようもないかと思われます。遺憾ですが……」
「えっと、じゃあリリョウちゃんは“魔王候補”として洗礼を受けさせちゃって良いんだよね?」
「ええ、構いません。ご用意はなさってくださっていると聞いていますが?」
「うん、私の息子もだけど、何人か洗礼を受ける人がいるからね。お披露目って形もとって明日やっちゃおうと思うんだけど」
「早いほうが良いと思われます。そうすれば、きっとリリョウ様も自身が魔族であり、メアリ様とリオウ様の息子だと確信が持てるでしょう」
アイザックは微笑んで告げる。
夏樹に血の繋がった家族がちゃんと居たことを教えてあげたかった。
そして、血の繋がりがある親戚がいることを教えてあげたかったのだ。
洗礼をすれば、魔族である証拠になる。すべてとは言えないが、少しずつ確信を持つことができるだろうと思う。
「本来ならすぐに伝えようと思っていたが、ウィンチェスター家の当主を譲ろうということはまだ言わない方が良いのでしょうか?」
「そうですね。頭の中を整理する時間を十分に与えてから、トレノ殿の意見ということでお伝えするのであれば問題はないでしょう。しかし、それを受け入れるかは私にもわかりません」
「というか、トレノちゃんはこだわり過ぎ! いくらメリルちゃんの息子だからって、今までトレノちゃんの文句を言う人は居なかったでしょう? それに、あまりリリョウちゃんに負担を押し付けちゃダメよ!」
外見は少女とはいえ、その言葉には力があった。
トレノ・ウィンチェスターは十二貴族の当主として立派に勤めていた。破天荒な姉を持ったせいで、無駄に生真面目な面があるが、それでも有能な男であった。
時折、本来当主を継ぐはずであったリリョウが消えたおかげだと陰口を叩かれることもあったが、それも有能ゆえにやっかみを言われている程度であった。
しかし、生真面目な面を持つからこそ、本来の持ち主に当主の座をと思ってしまっている。その考えも間違ってはいないが、そこまでの余裕はきっと夏樹にはないだろう。
「とりあえずは、娘たちに会わせて、少し時間を置いた後に……私自身、も少し考えてみます」
それが一番良いと、アイザックもストロベリーローズも頷いた。
そして最後に、ストロベリーローズは三人が一番思っていた疑問を口にした。
「リリョウちゃんは、親友をノルン王国から解放したとして、自分はえっと、地球だっけ? に、帰っちゃうのかな?」
そればかりは夏樹にしか分からない答えだった。
*
翌日、魔王城の一室にて目を覚ました夏樹は一人ベッドで悶絶していた。
「いやいや、なんですか? 昨日の俺はありえないでしょう! っていうか、ここどこ? 無駄に豪華な部屋は! 俺、天蓋付きのベッドだなんて初めて見たよ、つーか使ったのか?」
仮にも魔王城の客室である。高級ホテルのスイートとはいかないが、十二分に広く、綺麗な部屋であり、天蓋付きのベッドの他には、簡単な執務ができそうな机、花瓶と花などなど。
カーテンを開けて窓を開けると、初夏特有の風が部屋の中に流れてきた。
「良い気持ちだな……少し落ち着いた」
おそらくこの部屋は結構高い場所にあるのだろうか、随分と街が良く見える。
「きっと、この街は良い街なんだろうな……大和はどんな街で生活しているんだかな」
つい、大和のことばかり心配してしまうのは依存しているからだろうか? いや、そういうわけではない。
依存しているのなら、きっともう耐えることはできないし、魔族のことなどどうでも良いとばかりにこうどうしていただろう。
夏樹と大和の関係は親友であり、依存ではない。お互いの意見がぶつかることはあったし、お互いに譲れないものがあったりすることも何度もあった。
過程はどうなるのか分からないが、結果として大和を無事に家族の下へ帰す。それができれば良いと夏樹は思っていた。
それには洗礼を受け、成功させ、力を得ることが第一歩だ。そして、“魔王候補”として認められて、ある程度動けるようになれば……きっと。
幸い、大和には仲間が居ると聞いた。大和は天性の才能がある。それは多くの者に慕われることだ。
だから、その辺りの心配はしていない。きっと、仲間たちは良い奴らばかりだろう。
と、頭の中で色々考えていると、部屋をノックされた。
「ど、どーぞ」
突然のことで少々驚いたものの、とりあえず返事をしないわけにもいかないので返事をすると、アイザックが部屋に入ってきた。
「おはようございます、夏樹様。良く、お休みになられましたか?」
「ああ、かなりグッスリと寝たみたいだよ。なんていうか、悪かったな色々と……」
具体的に何をとは言わなかったが、アイザックには分かった。きっと、涙を流し、気絶するように寝てしまったことだろう。
それに関しては何も言うことはない。今まで知らなかった親の顔を見て、涙を流し、張り詰めていたものが切れてしまったのだろう。夏樹自身の頭が認めなくても、魂が写真を見て親だと確信したのかもしれない。
「お気になさらないでください。さて、今日は色々と忙しい、一日となる予定ですが、まずは着替えから始めましょう」
そういえば、と夏樹は思い出す。実は、今現在、自分は寝巻き姿である。しかも、すごく肌触りが良い寝巻きだ。いつもジャージで寝ていたので、起きた時には違和感すらあったくらいの物だった。
ここでクエスチョン――誰が、脱がして着替えさえさせたのでしょうか?
「と、ところで、俺の着替えは誰が……?」
「はい、この城で働く者たちが着替えさせてくれましたよ。服には血などで汚れていたので、洗濯をしてくれるそうですよ」
その着替えさせてくれた人が男であるか女であるか聞こうと思って、やめた。もしも、女だったら色々と立ち直れない気がする。
「では、お着替えです」
そういってアイザックから渡された衣服は、黒いズボン、灰色のシャツ、黒のベスト、金色のバックルがついたベルト、靴下、下着、ブーツだ。
おもしろいことに、下着や靴下まで黒であり、タンクトップにボクサーブリーフだった。この世界にもあるのか、ボクサーブリーフ!
ほとんど黒一色というか、ブーツが茶色いだけで基本的には黒っぽい……何か意味でもあるのだろうか?
「ああ、それはですね、ウィンチェスター家は黒髪が多い家系です。魔国では黒髪は珍しいので、その黒髪に合わせる様に衣類は黒に近い色を選んでいますね」
「アイザックは……あまり変わらないな。シャツが白いくらいか?」
基本的に十二貴族は黒を好む傾向があるらしい、それは魔神に関係する。
神が光を司る神ならば、魔神は闇を司る神である。だからこそ、闇色である、黒や紺、灰色などの暗い色を好む傾向があるという。
そんな話を聞かされて思い出す、あの桃色の神と名前を持つ魔王様も服は黒かったなと。
「良く、お似合いですよ、夏樹様」
姿鏡の前に着替えて立つ夏樹に笑みで答えるアイザック。夏樹はというと、普段からラフな格好をしているので、少し落ち着かない。
特に、ベストには刺繍がされていて、これが服としてはカッコいいのかもしれないが、日本じゃまず着ないだろうセンスはなかなか辛いものがある。
まぁ、全裸でどこかに放り出されるよりはマシだと、ありえない例えで自分を納得させてよしとする。
「えっと、それで今日は色々と忙しいって?」
「はい、まずさっそくですが、洗礼の儀式を受けていただきます。夏樹様の他にも数名受けますが、夏樹様がメインとなり、これは一種のお披露目と考えてくださってもかまいません」
「オイ、洗礼に失敗したらどうするんだよ! しかも、お披露目って……」
「こればかりは“魔王候補”の通る道なので……。そして、夏樹様は今後、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターと名乗っていただきます」
なるほど、と夏樹は自分が覚悟を決める時が来たのだと思った。
夏樹を名前に組み込んでくれたのは、アイザックの優しさだろう。正直に言ってしまうと、由良という苗字に愛着はない。あんな家族という名ばかりの苗字などはこちらから願い下げだ。
「リリョウ・ナツキ・ウィンチェスター……だけど、アイザック。俺はまだ自分がウィンチェスターの魔族だなんて思えないんだ」
「分かっています。それでも、そう名乗って欲しいというのが私たちの希望です」
「……分かったよ」
昨日、両親の写真を見て涙を流しているだけに、あまり反論してそのことを突っ込まれたら嫌だったので、渋々と返事をする。
すると、アイザックは真剣な目でこちらを見ていた。
「な、なんだよ?」
思わず身構えてしまう夏樹。
「最後にここで聞いておきます。夏樹様は大和様をお救いになる為に、“魔王候補”としての責務を受け入れイシュタリアにやってきました」
「あ、ああ」
何を今更と思う。
「“魔王候補”となれば、人間と敵対することはもちろん、戦い、命を奪うこともあります。それだけが“魔王候補”の仕事ではありませんが、そういう場面に出くわす可能性もあるということです」
「……人を殺す、か」
「そして何よりも、大和様をお救いになった後、大和様は地球に帰れるでしょう。遺跡さえあれば魔術で送り返すことは可能です。しかし、夏樹様はどうするのですか? 戻れない、可能性があるとは以前言いましたが、戻れるとしたら戻りますか? それならば……」
「いや、俺は戻らない」
アイザックの言葉を遮って、夏樹は言った。
そう、夏樹は地球に帰るつもりはなかった。
仮に、“魔王候補”としての義務が終わり、魔王が選ばれ、自分にはもう用が無いですよ、帰れますよと言われれば帰るとは思うが、中途半端に“魔王候補”を投げ出して地球に戻るつもりはなかった。
それが、夏樹のけじめである。
「俺は大和を拉致った馬鹿共を全殺しにして、あいつを家族の下に帰す。“魔王候補”としてやれることはやる。それだけだ! 文句あるか?」
「いいえ、ございません。では、いきましょう。『洗礼の間』へ」
恭しく頭を垂れるアイザックはそう言って、部屋の扉を開ける。
夏樹は、促されるように部屋を出て行く。そして、この瞬間から、由良夏樹ではなく、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターとして生きることを決意したのだった。
*
『洗礼の間』とは、魔神の力を借りて、巫女たちが魔族の血を持つ者に、試練を与える儀式を行う場所である。
そこへ向かう途中、アイザックは一歩後ろをあるく、ナツキに喜びを覚える半分、不安も覚えていた。
“魔王候補”として務めを果たしてくれると決意していることは嬉しく思う。昨晩、自分自身がストロベリーローズとトレノに言ったことだが、改めてナツキの決意は嬉しいものであった。
だが、同時にこちらが強いてしまっているのでは? と、思ってしまうこともある。
十二貴族の一つ、ウィンチェスター家の長男という立場でありながら、今までの人生のほとんどを異なる世界で過ごしているのだ。考え方や、物事の受け取り方もきっと違うかもしれない。そんな世界で生きていくことを決めたナツキは立派だと思う。
だが、同時に、もっと時間を置いて考える時間を与えてから聞くべきだったと正直思ってしまう。
実はあの時、ナツキには遮られる形になったが、もしも帰るつもりであった洗礼をわざと失敗するようにというつもりであった。
そうすれば、少なくとも“魔王候補”としての義務はなくなる。
だが、ナツキ自身はそれを選ばなかった。
それが――悪い結果へとならなければ良いと、アイザックは願わずにはいられなかった。
そんなアイザックとナツキが歩いていると、一人の少年が扉に背も垂れるように立っていた。
「ふん、貴様が新しい“魔王候補”か……」
ナツキよりも少し年下であろう少年だった。とはいえ、少年と思えるのは服装がそうであるからだ。
実際、少女のような格好をされていたら少女に見える、そんな愛らしい少年だった。
しかし、言葉には険がある。
「何、突っかかってきた言い方してんだよ?」
少年の険のある物言いが気に入らなかったのか、ナツキの口調も喧嘩腰だ。
「貴様、誰に向かって口を聞いていると思っているんだ!」
「知らないね。名乗れば?」
少年は、腰に下げていた細身の剣に手を伸ばしかけたが、その瞬間、アイザックが二人の間に割って入る。
「どうしていきなり喧嘩になるのですか……ティリウス様も“魔王候補”に毎度突っかかるのはおやめください。本日は、貴方も洗礼を受けるのですよ、そんな気が立っていたら失敗する可能性が高くなってしまいますよ」
「どけ! アイザック!」
「そうだ、どいてろ。この、クソガキのお坊ちゃまってのは、最初に上下関係をしっかり覚えさせないと後で面倒なことになるからな」
完全に、目の前の少年の態度にキレているナツキは指を鳴らしている。
「はい、そこまでー!」
そんな険悪なムードを台無しにしてくれたのは、桃色の髪を持つ、少女の姿をした魔王であった。
「もう、リリョウちゃんもティリウスちゃんも喧嘩しないの!」
頬を膨らませて叱るその様子は正直、あまり怖くはないが、何だかここで何か言い返したりすると小さい子をいじめるようなきがするので、ナツキが握り締めた拳を解く。
「しかし、母上!」
だが、少年の方はまだ収まりがつかなかった。
「って――母上ええええええっ?」
色々な意味で驚きだった。まさか、この可愛らしい顔をしているくせに、小生意気な少年が、魔王の息子だったなんて……というか、本当に子供いたんだ。
そんな感想を抱きながら、驚きのあまり心臓がバクバクとしているナツキであった。
「な、なんだ、驚くのはそこなのか?」
「いや、じゃあ、どこに驚けばいいんだよ! あれか、実は男じゃなくて女なのか、お前……それなら驚けるけど……いや、逆に納得するような気が」
「そうではない! というか、僕は立派な男だ! 顔が女に見えるのは、母上に文句を言え! それに、貴様も人のことは言えないだろう! 目つきは悪いが、それを抜かせば女に近い容姿をしてるじゃないか!」
「確かにそうね。まぁ、メリルちゃんに似てるからね、リリョウちゃんは」
くだらない言い争いが始まってしまい、しかも魔王も止める気が無いのでアイザックは盛大なため息を吐く。
とはいえ、先ほどの険悪なムードよりは少しはマシだ。あくまでも、少しだが。
「はい、もうおやめください。この扉の中は『洗礼の間』です。他の十二貴族はもちろん、多くの貴族や“魔王候補”がいらっしゃるんですよ。正直、二人の声は筒抜けです」
「くッ……」
醜態をさらしたと思ったのか、少年は唇を噛む。
そして、ナツキを指差すと、睨みつけながら言った。
「良いか、覚えて置け! 僕はティリウス・スウェルズだ!」
それだけ言ってしまうと、少年――ティリウスは先に『洗礼の間』に入っていってしまった。
「覚えてたらな、お坊ちゃん」
本人が聞いたら激昂するようなことをボソリと言うナツキを見て、アイザックは思い出した。
ナツキという人物は、地球ではこういう生活を送っていたということに。
「ごめんねー、リリョウちゃん。あの子、自分が“魔王候補”に選ばれなかったことがコンプレックスみたいで……“魔王候補”だけが全てじゃないって何度も言っているんだけど、魔王の息子っていう立場のせいかな? ちょっとあんな感じになっちゃって」
幼いかを悲しげにするストロベリーローズ。息子を心配している気持ちが伝わってきた。
正直、羨ましいと思う。ここまで心配してくれる家族がいるということに。
「いつかきっと分かってくださいますよ。では、ストロベロリーローズ様、ナツキ様、『洗礼の間』へ入りましょう」
アイザックがそう促し、三人で『洗礼の間』に入っていく。
こうして、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターは長い付き合いになることになるティリウス・スウェルズに出会ったのだった。
新たな登場人物です。今後、ドンドン増えていく予定ですが、わかりやすく書いていければと思います。
ご意見、ご感想、ご評価を頂ければ嬉しいです。よろしくお願いします。