EPISODE4 「いや、アンタが魔王って……嘘だろ」
「夏樹様、もうすぐ王都へ到着しますよ」
アイザックの言葉に、「ああ」としか反応できない夏樹。
正直、アイザックの言葉を全て鵜呑みにしたわけではない。
だが、メアリという自分の母親であろう人を、ずっと想い続けていた彼の言葉にはどこか確信があった。
だからといって、簡単にそのことを受け入れることはできないだろう。自分が魔族であるか無いかは、洗礼を受ければはっきりする。洗礼は魔族の血が流れていないと受けられないと聞いたからだ。
しかしどうだろう?
メアリとリオウの間に生まれたのが、自分であり、本当の名前はリリョウというなどとは、正直受け入れがたい。
「はっきりする方法でもあればいいんだけどな」
実際、まだ自分が魔族であることすら実感していないどころか、違う可能性もあると思っているのだから無理もない。
ウィンチェスター家には伯父夫妻と従姉弟がいるという。まぁ、それ自体はどうでも良いことだが、考えが上手くまとまらないことに苛立って仕方がない。
そして、最後に聞いておきたいことがあった。
「アイザック、『何者でもない者』って、何だ?」
「当然、疑問に思われますよね……」
「まぁ、そいつのおかげで俺は愉快な目にあったみたいだからな」
「……正直に申し上げますと、わからない――というのが本当のところです」
アイザックもどう説明していいのか分からないようで、正直にと前置きしているが、夏樹にとってはますます意味が分からなくなる。
災害クラスの被害を出す存在であり、その結果……話を全て信じるのならば自分はそのせいでイシュタリアから地球へ迷い込んでしまったのだ。
そんなことをできる存在は……
「神とかじゃないのか?」
「いいえ、神ではないらしいのです。『何者でもない者』は忘れた頃に現れる、強大な力を持つ何かです。昔、誰かが神かと尋ねたことがあったらしいのですが」
「否定したと?」
「ええ、そして『何者でもない者』と名乗ったと伝わっています。その後、何度も『何者ではない者』は現れては各地に被害を起こしているのです。また、悪魔は『何者でもない者』が生み出した眷族ということも分かっていますが。正直に言ってしまうと、それだけしか分かりません。行動理由もその力がどんなものなのかということも。分かるのは、イシュタリアに暮らす者全てに悪意を持っていることだけです」
随分な存在だと思う。
イシュタリアという世界に暮らす全てに悪意を持つ……正直笑える。
どれだけ壮大な理由や原因があればそんなことになるのだと、本人を捕まえて聞いてみたいとすら思う。
もっとも、そんなことはできるわけがないだろうとは思うが、とりあえずはあのくだらない悪魔を生み出したのが『何者でもない者』であるなら、夏樹にとってその存在は気に入らないものでしかなかった。
*
「ここが、魔国王都であるカッシュガルドです。魔王が住まう城は、見えるでしょうか、あの一番大きな城――魔王城です」
「思ったけど、魔国といい、魔王城といい、魔族って結構シンプルが好きなのか?」
「分かりやすくて良いと思いますが?」
「いや、そう言われればそうなんだけどさ」
言いたいことはそういう意味じゃなくて、と言い返そうかと思ったが、まぁ人様の国の歴史に文句を言っても仕方がないので話題を変えることに。
どっちにせよ聞いておきたかったので丁度良い。
「この後、俺はどーすればいいんだ? もう、結構遅い時間だろ? 時計とか持ってないから正確な時間は分からないけど、この場合どうなるんだ?」
正直いうと一人になる時間が欲しかった。体力的に疲れているわけではないが、精神的に参ってしまっている。何よりも、頭の中を整理したいという気持ちが一番だった。
アイザックはスーツから懐中時計を取り出すと時間を確認する。
「九時ですか……」
余談だが、地球とイシュタリア、違う世界ではあるのだが同じ様なところもあった。
まず時間だ。時計が存在し、一日二四時間である。年月なども同じで十二ヵ月で三六五日である。他にも、同じところや似ているところはあるが、そのあたりはその時々に説明したいと思う。
「まだ魔王様は起きていますので、このまま魔王城へ行ってしまっても構わないと思います」
「え? いいのかよ?」
「ええ、大丈夫だと思います。前もって夏樹様の到着を伝えてありますので、だいたいこの時間帯に到着するであろうことは分かっていることですので。そしてなにより、最後の“魔王候補”である夏樹様にお会いになられることをそれはもう、楽しみにしておいででしたので」
「最後の“魔王候補”?」
「はい。“魔王候補”は全員で一八人います。内、六人が立候補者でもあります。そして、最後の“魔王候補”、正確に言えば魔王様に認められていないという意味で最後の一人ということです」
六人も立候補していることに、少し驚く夏樹だった。
しかし、まあ分からないことはない。権力、しかも国で一番の権力を欲しがる者がいたとしても別に珍しくはないだろうから。
「立候補者といえども、正式な実力者であり“魔王候補”として相応しいと認められた方なので、お会いになることはあるでしょうが、決して軽んじたりする態度はお控えください」
「心配ないって、別に興味ないから」
夏樹の言葉にアイザックはため息を吐いてしまう。
興味がない……別に個人の自由であるが、ある意味では軽んじたりする以上に相手に不快感を与えてしまう言葉でもある。
本人たちの前で、夏樹がその一言を言わないようにと心から願うのであった。
「そうでした! きっと、魔王城で魔王様とお会いになる時には、貴方の伯父上も同席すると思いますよ」
すっかり忘れていました、とアイザックは突然思い出したように言う。
なぜか慌てて見えるのは夏樹の気のせいか? いや、実際、気のせいではなかった。
夏樹の伯父であり、現在のウィンチェスター家当主であるトレノ・ウィンチェスターは当主の立場を夏樹に譲る気でいるのだ。
トレノはアイザックと懇意にしている人物であり、良く相談を受けたりもしている仲である。そんなトレノが地球に旅立つ前のアイザックに伝えていた言葉があった。
――例え、イシュタリアで暮らしていなくても、本来なら当主を継ぐのはリリョウです。あの不幸な一件さえなければ当主となっていたでしょう。私はあくまでも、当主の代理です。リリョウが戻れば私は当主を譲ろうと考えています――
実にトレノらしい考えだと思った。
トレノはメアリの弟であり、言い方は悪いが破天荒に育ったメアリを反面教師にしてしまったのか、良き貴族としてあろうと努力を続け、自他共に厳しく誠実な男である。
――きっと、考えを変えることはないでしょうね……
性格を分かっているからこそ、そう思ってしまう。
「伯父……つまり」
「はい、貴方のお母様の弟君ですね」
夏樹が動揺しているのはあからさまだった。だが、無理もないと思う。
夏樹はずっと地球では孤児として扱われていた。そんな彼に、両親ではないが、血の繋がった伯父がいるのだから。
しかし、問題もある。それは、夏樹自身が自分をメアリとリオウの息子だと思えていないこと。そして、“魔王候補”という立場にウィンチェスター当主という立場まで受け入れてしまえば、人間に“勇者候補”として強制召喚されてしまった小林大和とは距離が離れていくばかりであった。
「親戚ってことだよな……?」
「はい、トレノ殿にはお子様もいますので、貴方の従兄弟もいますよ」
親戚、従兄弟、それは夏樹にとって縁のない言葉であり、以前は何度も憧れた言葉でもあった。
だが、やはりどういう反応をしていいのか分からないというのが正直なところであった。
*
「さあ、ここが魔王城です」
馬車から降りた夏樹とアイザック。
「おー……なんていうか、凄いな。中世の城だ……」
真っ赤な絨毯が引かれ、絵画に、きっとそれなりの物であろう陶器の類に美しい花を飾ってある。
魔術なのか、城内は明るく、少なくても暗くて困るということはないだろう。
「では、こちらに。今、伝言がありました。魔王様はお待ちになっているそうです。もちろん、夏樹様の伯父上殿もです」
「……? いつ、伝言をもらったんだよ?」
夏樹たち以外には誰もいないというのに伝言とはおかしな話だ。そんな疑問を抱いての言葉だった。
そんな夏樹の疑問に、アイザックはいかにも説明不足だったという顔をすると、夏樹を促して歩きながら説明を始める。
「まだお話していませんでしたが、魔術には種類が色々あります。炎、風、水、土、雷、氷、植物、闇、光などの種類から、天空、深海などの珍しい種類があります。そして、もっとも珍しく、攻撃系最強と伝わっているのが鋼の魔術です」
色々説明不足ですね、とアイザックは苦笑してしまうが、魔術のことだけではなく、教えなければいけないことは多く、また夏樹自身が学ばなければ意味が無いことも多い。
だからこそ、どうしても説明が足りないのだ。正直言ってしまうと、現状では時間が無い。簡単にサクサクと教えていったアイザックは有能である。そんな彼でも時間がもう少し欲しいと思っているのが内心だった。
「たくさんあるなー」
「そうですね。先ほど、伝言を受けたのは風の魔術の一つである『風の伝言』です。術者の力にも左右されますが、離れた場所にいる相手に言葉を交わすことができます」
そこで夏樹にさらに疑問が。
「じゃあ洗礼と魔術っていうのは違うのか?」
「はい。魔術はあくまでも、魔術です。とはいえ、洗礼を受け力のリミッターを解除しなければ強い魔術は使うことはできません。そして、洗礼で得る力は、自身が持つ力――個人能力と捉えていただいて構いません。しかし、その能力も魔術です。つまり、魔術は相性などもありますが、学べば得ることができます。洗礼で得た力は魔術ですが、個人だけの魔術という感じですね」
なるほど、と夏樹は頷く。同時に、面倒だな、それ……とも思ったが、まぁ口にするほどのことではないので黙っていた。
しかし、と夏樹は思う。
どういう訳か、ナニかを先ほどからずっと感じている。
何か圧迫されるような、押し返されそうになるような……不快ではない。だけど、何か試されている気がして嫌だと思ってしまう。
そんな感情が軽く表情に出てしまったのか、アイザックが困ったように笑った。
「夏樹様が今、感じているのは魔王様の魔力です。あのお方はイタズラが好きなので、きっと夏樹様をからかっているのでしょう」
「イタズラが趣味って……さすがは魔王様って言えば良いのか?」
「しかし……ここまでの魔力を受けて平然としているのは凄いですね。息苦しいとか、そういうことはありませんか?」
そう問われて、深呼吸を数回してみるが、別になんともない。
ただ、軽い圧迫感と、押し返されそうに……例えれば、流れの速い水が膝下まで流れている感じがするくらいだろう。
そうアイザックに答えると、彼は少々驚いた顔をした。
「夏樹様、魔力をかなりお持ちかもしれませんね。そして、魔術に対する抵抗力も強いかもしれません。正直、魔王様もどこまで試せばいいのか楽しんでいるようなのですが、正直私にはちょっと辛くなり始めてきました……」
アイザックの言葉にどう返事をしていいのか、正直困ってしまう。
この圧迫感が魔力なのだろうか?
いまいち、分からない。
そうこうしている内に、一つの扉の前に着いた。もうあの圧迫感も消えている。
「アイザック・フレイヤードです。“魔王候補”リリョウ・ウィンチェスター様をお連れしました」
あえて夏樹をリリョウと呼んだアイザック。
そして扉は開かれた。
*
そこには、少し不機嫌そうな三十代くらいの黒髪の男性と……気のせいでなければ――美少女と呼ぶに相応しい少女が玉座に座っていた。
「えー?」
ニッコニッコしている少女は本当に可愛らしかった。桃色の、きめ細かい美しい髪を伸ばした少女がどういう訳か玉座に座っている。
しかし、と夏樹は思った。もしかしたら、あの子はもう一人の男性の娘さんであって、その男性が魔王だと。それで、さすがの魔王様も娘には甘くて、ついつい玉座に座らせてしまったと……うん、そうだ。きっと、そうに違いない。
「夏樹様、お考えになっていることは分かりますが、あの玉座に座っている方こそが、代五十二代目にあたる現魔王様である――ストロベリーローズ・スウェルズ様です」
「いやいや、それはないって! あの伯父さんの方が威厳があるじゃん!」
伯父さんという言葉に、男性がホロリと涙を流したが、気づく者はいなかった。代わりに桃色の少女が声を上げる。
「私が魔王よ、リリョウちゃん! はじめまして……じゃないんだけど、一応、はじめましてということにしておこうかな?」
「いや、アンタが魔王って……嘘だろ?」
「嘘じゃないもんッ!」
可愛らしく、頬を膨らませるストロベリーローズ。
「だから、その態度が魔王っぽくないていうか、魔王というと……」
恐ろしかったり、無駄に威厳があったりと……大和と一緒にやったゲームの魔王はそんな感じだ。
「なるほど。リリョウちゃんの居た世界では、魔王の概念が違うのかな? 良い? 魔王っていうのは、魔族の王なの。だから、威厳とかはいらないし、無駄に肩肘張る必要もないんだよ。私にしてみれば、それなりの強さと強い魔力を持っていて、後は魔族たちや魔神様が認めてくれれば魔王にはなれるの。魔王っていうのは偉いイメージがあるけど、私的には魔族の守護者って感じ?」
魔族の守護者……つまり、目の前の少女はそれだけの力を持っているということだ。
「ま、その辺は洗礼を受けて色々と経験を積めば分かるんじゃないかな? でも、洗礼に成功すればね」
「……?」
「ええっと、まだアイザックちゃんから説明はないかな? “魔王候補”の洗礼は難易度が高いんだよ。だから、最初は三十人以上いた“魔王候補”も今じゃ半分なんだ」
話の内容は分かったが、アイザックをアイザックちゃんとは……いや、自分もタメ口だし、態度の悪さとしては同じかもしれないが……
「じゃあ、次はリリョウちゃんの伯父ちゃんを紹介するね。はい、トレノちゃん!」
ストベリーローズがこの場にいた三十代に見える男性を指差すと、男性――トレノはまず魔王に一礼し、そしてアイザックと夏樹の方を向いた。
「ご紹介に預かった、トレノ・ウィンチェスターです。現在、ウィンチェスター家の当主を代理ですが務めさせて頂いています」
代理という言葉に、夏樹は首を傾げ、アイザックとストロベリーローズは苦笑いをした。
「はじめましてではないが、君のとってははじめましてだろう。最後に君を見たのは、まだ君が生まれて間もない頃だったからね……正直、もう会うことは決してないと思っていたよ。アイザック殿、良く異なる世界へ迎えに行ってくださいました。このご恩は、決して忘れはしません!」
「大げさなことは言わないでください。私にとっても夏樹様は大切な存在ですので」
アイザックはトレノの言葉に苦笑するが、ストロベリーローズとトレノは何か疑問に思ったのか、不思議そうな顔をする。
「アイザックちゃん、ナツキって誰? リリョウちゃんのこと?」
「はい、地球ではリリョウ様は由良夏樹という名前で過ごしていました」
「そうだったの、ごめんね……ナツキちゃん。いきなりリリョウちゃんって呼んで困ったでしょう?」
気遣われ声を掛けられたものの、どう返事をしていいのか分からずに夏樹は黙ったまま首を振った。
「リリョウ……あえてそう呼ばせてもらうよ。リリョウ、君は会ってもらいたい者がいる。私の娘と息子だ。親バカのつもりはないが、それなりに実力をもった二人だ、きっと君の力になってくれるだろう」
「あ、そうだ! 私の子供にも会ってね!」
子供いるのかよ! と、叫んでしまいそうだったが、空気が空気だったので必死で堪える。
多分、色々な意味でこの子は魔王なんだなと思う。そして、旦那さんは……できればお会いしたくない。
そんなことを考えつつ、一番聞きたいこと、夏樹は聞こうとして口を開いた。
「あの、二人は俺のことを魔族でリリョウだと疑わないんですね?」
ずっとそれが気になっていた。
特に、話が進めば進むほど。いつしか、どうでもいいと思っていたことから、自分がリリョウという魔族でなかったらどうしようという不安に代わっていることに気づいてしまったのだ。
自分の目的は大和を強制召喚というくだらないことをした奴らから取り戻すことだった。もちろん、自分が“魔王候補”であればその義務も疎かにする気はない。それがイシュタリアに来られた対価だと思っているから。
だが、こうして、両親は他界していると聞かされたが、伯父がいて、従兄弟がいると聞かされて、自分にも血が繋がった者がいるんだということに期待してしまった。
地球では諦めていたことが、イシュタリアでは諦めなくて良いのかもしれないと思ってしまった。
だからこそ、自分がリリョウ・ウィンチェスターでなかったらどうしようと思っていたのだ。
「ナツキ、いえ、リリョウちゃんはそんなことを思ってたんだ。でも、確かに不安だよね。私たちだけ納得しちゃって、君自身には何も説明がなかったんだもんね。トレノちゃん、アレをリリョウちゃんに見せてあげて」
「わかりました」
トレノは返事をすると、懐から一枚の写真を取り出した。そして、夏樹に渡す。
「こちらばかりがはしゃいでしまい申し訳ない。これが君の両親と、赤ん坊の君を取ったものだ。この君を抱いている女性が君の母親メアリ・ウィンチェスターだよ。そっくりだろう、君に?」
「凄くそっくりで一目見たときには驚いちゃったよ! こう見えても私はメアリちゃんとは仲良かったんだよ、喧嘩友達っていうの?」
「私もご説明不足でした、夏樹様のご不安に気づかないとは……本当に申し訳ございません」
夏樹は写真を眺めているだけだった。
三人の気遣う声もあまり耳に入ってこない。
「これが……俺の両親? 本当に?」
三人が頷くのを見て、夏樹は涙を流した。
魔王様の登場です。まだまだ説明が足りないと思いつつも、最新話です。
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