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EPISODE41 「私には邪魔だったんだ」




 ついに魔族まで手にかけてしまった。

 頬についた返り血を指で拭って、夏樹は冷めた思考で同族殺しをした自身に気持ち悪さを感じていた。

 こちらの世界へ来たときに遭遇してしまった悪魔を殺したときには感じなかった嫌悪感。

 ティリウス、アイザックたちと共に戦場を駆けた際にも人間の命は奪ったが、そのときでさえ内心吐き気を催すような嫌悪感と罪悪感にかられていた。

 だが、今回はその非ではなかった。

 血に濡れた自身の手が、酷く汚らしいものに見える。


「あとはお前だけだ」


 刀の切っ先をキャリーに向けて感情がこもっていない声で静かに告げる。

 夏樹はアシュリーたちが人質に取られたこと、自身の殺害が目的だと告げられたことに、当初は混乱した。何が起きているのかわからなかったからだ。

 なにに巻き込まれている?

 いや、それとも騒動の原因は自分なのか?

 そんな思いがぐるぐると駆け巡る。

 どうしていいのかわからず、呆然としていると、人間の少女と目が合った。

 夏樹が助けると約束した少女、ユーリ。

 彼女は怯えていた。首にナイフを突きつけられて、仲間と縄に縛られて。それでも涙は流すまいと必死に堪えているのがわかった。

 守らないと。

 例え、どんなことをしたとしても。

 せっかく力を手に入れたのに、ようやく少しは力を得たと思っていたのに……また無力だと嘆くのか?

 それだけは嫌だった。

 ならば、仲間を助けよう。割り切れ、相手は“敵”だと割り切れ。

 自己暗示するかのごとく、何度も何度も心の中で繰り返す。

 そして、行動することを決めた。

 最初に、背後にいるズックオムに向かって鋼を放った。刀を地面に刺し、魔力を流し込むことでズックオムの背後から数本の鋼の槍が襲い掛かる。

 生死はわからないが、悲鳴は上がらなかった。

 魔族を手にかけた嫌悪感を覚えながら、ティリウスの方を向くと彼と目が合う。

 ティリウスが頷いてくれた。夏樹がこれから何をしようとしているかすべてを理解したわけではないことはわかっている。それでも、自分が行動を起こすことを察してくれた。

 だから、この場を任せて夏樹は人質救出に専念する。

 大した策を持っていたわけではない。思いついたわけではない。酷く残酷な方法で解決しようとしていた。それしか方法がないのだと自分に言い聞かせながら、地面を蹴る。

 瞬間、夏樹は『魔王候補』たちの背後に回っていた。

 彼らが気づく前に刀を一閃する。

 悲鳴など上げさせない。声など出させない。

 一人が倒れる前に、次を、また次をと、機械的に、作業のように繰り返す。

 刀を振るう、その瞬間だけは何も感じなかった。

 伝わってくる肉を切り裂く感覚や、その嫌悪感がなかった。

 相手は自分のことを殺そうとしたのだ、ならば殺される覚悟もあったはずだ。殺さなければこちらが殺されていたのだ。

 そう言い聞かせてキャリーを除く、全員を殺した。

 最後に、アシュリーたちの動きを封じる縄を切り、キャリーに刀の切っ先を向ける。

 ああ、なんて気持ちが悪いんだ。

 こんなことをしたくて力を手に入れたかったわけじゃいのに。

 それがとても悲しかった。






「う、嘘だ」


 アシュリーは力なくその場に座り込んで、力なく呟いた。


「たった一人の『魔王候補』に私たちが全滅? 襲撃をかけて、人質までとったというのにこんな結果でおわるの?」

「ああ、おしまいだ」

「私も殺す? リリョウ・ナツキ・ウィンチェスター」

「今、考えてる。正直、俺だって殺したくて殺したわけじゃない」

「そう、だろうね、辛そうな顔をしてるよ」

「俺を殺しにきたお前らが悪い、なんてことは言うつもりはない。だけど、殺すつもりできたのならその逆の覚悟だってあったはずだ。俺はそれに抵抗した……それだけだ」


 言い訳のような台詞を吐く自分自身を嫌悪せずにはいられない。


「お前からは聞きたいことがある。すべて話せ。どうして俺を殺そうとする、お前たち『魔王候補』たちに何か恨まれる覚えはないぞ」

「そうらしいね」

「らしい?」

「そう。何も私は別に君に恨みがあるわけじゃない。簡単な話だよ、私たちが属している強硬派――魔族至上主義とでもいうべきかな? 彼らのトップは今の『魔王』のやり方が気に入らない。だから、和平派である『魔王候補』である君の存在が邪魔でしかたがないんだ。それ以外にも理由はあるみたいだけど、私は知らない」

「そうか……そんなくだらない理由か……」


 本当にくだらない。

 たったそんなことのために、自分は人を殺したのか。必死で手に入れた力を使ったのか。

 そう思うと虚しくなった。

 対してキャリーは力ない笑みを浮かべる。


「君にはくだらなくても、強硬派のトップは真剣だよ」

「それでもくだらない、派閥のトップが気に入らないからってこんなことをして許されるわけじゃないだろう?」

「もちろん。その辺りは覚悟しているだろうさ。だから今ごろ、魔王城にも『魔王候補』たちが向かっているはずだよ。こちらと違って巫女たちに選ばれた『魔王候補』たちが『魔王』やアイザック・フレイヤードの命を奪いに向かったよ」


 キャリーの言葉に、夏樹は絶句する。

 考えられないことではなかった。自分が狙われたのだ、穏健派という理由で。ならば穏健派のトップである『魔王』はどうなる?


「……母上のところにもだと?」


 呟いたのはティリウスだった。


「『魔王』様のところには兄上たちもいる。それだけじゃない、トレノ様も、穏健派の上層部は今集まっているはずだ!」


 シャルロットが青い顔をして叫ぶ。


「どうする? どうすればいい? 俺たちは向かうべきか?」

「だが、今から向かっても事は終わっているはずだ」


 走ってでも王都へ向かいそうな夏樹の肩をシャルロットが掴む。

 落ち着けといわんばかりに、肩を掴む手に力をこめる。

 動揺しているのは夏樹だけではない。

 ティリウスもシャルロットも家族が狙われているのだ。心配でないはずがない。


「おい、キャリー・シフォー」

「なにかな? ティリウス・スウェルズ」

「母上のもとに『魔王候補』が向かったといったな? ならばその中に、アルシオン・ディーンも含まれているのか?」

「アルシオン・ディーン?」


 聞きなれない名前に夏樹は疑問の声を上げた。


「アルシオン・ディーンは『魔王候補』序列一位だ。かなり優秀な男だ。だが、疑問が浮かぶ」

「疑問だって?」

「ああ。彼は確かに強硬派だ。だが、それは仕方がないことだ。『魔王候補』たちが手柄を立てたければ武勲を挙げることが一番早い。そうなれば敵は必然と、悪魔か人間だ。そして次第に強硬派に属しているものとして見られる」


 例外は貴様だけだ、とティリウスは夏樹に言う。

 正確に言えば、強硬派に属せば支援もしてもらえ、横のつながりもできる。たとえ『魔王』となれなくとも、その後の地位が約束されている『魔王候補』たちを取り込みたいという強硬派の考えもある。

 また、中立派の魔王候補もいる。だが、今回の一件ですべての『魔王候補』が動いているのならば、中立派は強硬派に賛同している可能性が高い。

 今回、人質となったアシュリー・カドリーでさえ所属は強硬派だ。

 もっとも、属しているからといって思想まで強硬派であるとは限らない。アシュリーがいい例だろう。

 人間を助け、保護している。普通、強硬派であればそんなことはしない。


「そしてアルシオン・ディーンも立場的には強硬派だが、考え方としては中立派……いや、どちらかといえば和平派に近いと聞いたことがある。だというのに……なぜだ?」

「……そんなこと私にはわからない。それぞれ、目的や理由があるって言ったよ? 聞きたければ本人に聞けばいい」

「そうだな。なら、貴様にも聞こう、キャリー・シフォー。どうして貴様は強硬派に属し、リリョウの殺害などに加わった?」


 ティリウスの問いに、キャリーは俯いてしまう。

 だが、それを許すほどティリウスは温厚ではない。


「答えろ!」

「……邪魔だったんだ」

「それは聞いた。だが、貴様は理由があると言った、ならそれを話せと言っているんだ」


 キッ、と俯いていた顔を上げるとキャリーは睨むようにしてティリウスを見つめる。


「君は本当に気づいてくれないんだね。昔からそうだった」

「何を言っている?」

「私には邪魔だったんだ、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターが!」


 張り上げられた声に、夏樹とシャルロットはまさか、と思う。

 だが、ティリウスは気づいていない。

 キャリーがどんな感情をこめた目でティリウスを見ているのか。どんな思いを込めて夏樹を邪魔だと言ったのか。


「君の鈍いところは嫌いじゃないよ。昔から、私はティリウス、君のことがずっと好きだったんだ。だから気を引きたくて色々なことをした。『魔王候補』になったのだってティリウスの気を引きたかったからだよ」


 逆効果になっちゃったけどね、と自虐的に笑うキャリー。一方で、ティリウスは驚き言葉もでない。

 まさか幼馴染みが自分に対して、好意を抱いていたなどとは夢にも見たことがなかったから。


「だからリリョウ・ナツキ・ウィンチェスターが邪魔だったんだ。同じ『魔王候補』なのに、君は彼にはご執心で私とは疎遠になっている。そんなのってないじゃない! 私はずっと前から好きだったのに!」

「それが、理由なのか? キャリーが今回の襲撃に加わったのも?」


 彼女は力なく頷く。


「他にどうすればよかったの?」

「……どうして強硬派などに属した?」

「だって、私が『魔王候補』に立候補した日、君が言ったんだよ。もう顔も見たくないって……だからストロベリーローズ様がお声を掛けてくれても穏健派には行けなかった」

「僕の、せいなのか?」


 キャリーから返事はなかった。

 ティリウスは力なく、その場に膝をつく。


「僕のせいで、キャリーはこんなことに加担したのか? 僕の心無いたった一言のせいで?」


 幼馴染みの人生を狂わせてしまった。

 その現実に、ティリウスは一筋の涙を流した。






今回も短めですが、最新話投稿しました。

キャリーが襲撃に参加したのはひとつの恋心から。

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