EPISODE40 「まったく、貴様の行動には驚かされる」
「なんだと……?」
一瞬、ティリウスはキャリーが何を言ったのか理解できなかった。
「今、なんと言った? もう一度言え、キャリー・シフォー」
「おや、おかしいね。聞こえるように言ったんだけど? まぁ、いいや。じゃあ、もう一度だけ言うよ。私たちの目的は、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターの殺害」
「……」
「ああ、それと、アシュリー・カドリーもだね」
黙ってしまったティリウスに対して、疑問を浮かべながらキャリーは続ける。
「私たちがそれをさせると思うのか?」
代わりにシャルロットが声を上げた。
夏樹を守るように前に出ると、キャリーの様子を伺いながら続ける。
「襲撃を仕掛けてきたのだから、敵意は持っていると思っていたが、まさか『魔王候補』が『魔王候補』を殺害しようとするなど……」
「別に前代未聞ってわけではないよね?」
「……そうだな。しかし、たった二人の『魔王候補』にこうも大勢で向かってくるなどとは前代未聞だ」
歴代の『魔王候補』同士が争わなかったか? そう問われれば、答えは否。
『魔王』になることを目的に、『魔王候補』同士で戦い、そして命を落とすこともあった。
だが、『魔王候補』の支援者などが手伝うことがあっても、『魔王候補』たちが徒党を組んで誰かを狙うということは前代未聞だ。
「一体、お前たちはリリョウの何をそこまで警戒する?」
「さぁ?」
「……ふざけているのか?」
「ううん。違うよ。シャルロット・フレイヤード。私は、いや、私たちは理由を知らされていない。ただ、目障りになった『魔王候補』を殺して来い。そう命じられたから従っているだけ」
隠すわけもなく、あっけらかんに言うキャリーにシャルロットは絶句する。
大義名分もなく、誰かのためにでもなく、ただ命じられて従ったのだと言う。
「それでも『魔王候補』だというのか!」
「そう言われても、立候補だからね」
「しかし、それでも『魔王候補』として認められているではないか! お前たちは、ただ言われるままに殺しの命令に従うというなら、お前たちはだだの殺し屋だ」
シャルロットの非難と侮蔑に、キャリーの表情が変わる。
わずかに浮かぶ怒りの感情。
「言ってくれるじゃない。私にだって命令されて従うだけの理由はあるんだ。他の『魔王候補』たちだって同じさ」
「ならばその理由というものを聞かせてもらおう」
「いや、もういい」
シャルロットとキャリーの会話に割り込んだのは、黙り込んでいたティリウスだった。
「ティリウス?」
キャリーが疑問の声を上げる。
「キャリー・シフォー……貴様は僕の幼馴染みだ。色々と面倒な奴だと思っていたが決して嫌いではなかった」
「い、いきなり何を言っているの?」
「だが、僕は我慢ができない。リリョウを殺す? アシュリー・カドリーを殺す? 駄目だ。許せない。仮にも貴様は『魔王候補』だ……次期『魔王』となるべく民のために、国のために、行動しなければいけない、それが僕の中での『魔王候補』だ」
「だから君は一体なにを……」
「貴様に理由があろうと、誰かに命じられるまま人を殺そうとする? それでは甘い汁を啜る下種でしかない。そんな輩を僕は許せない」
サーベルの切っ先をアシュリーに向ける。
ティリウスの感情に同調するかのごとく、体のいたるところから紫電が音を立てて現れる。
「いいのかい、ティリウス。こっちには人質が――」
いるんだ、と言い放とうとして、言えなかった。
キャリーは自身の目を疑った。
いない、目の前にいたはずの人物がいない。どこへ行った? 消えた? 逃げたのか? しかし、誰にも気づかれることもなく?
思考が追いつかない。答えが出てこない。
そんなキャリーにティリウスから答えが送られる。
「後ろを見てみろ。もう人質などいない」
「はははっ、そんな馬鹿なことが――」
あるものか、などとは言えなかった。
キャリーは背後を見て絶句する。
信じられず、理解できず、ただただ呆然と見ていることしかできない。
「まったく、貴様の行動には驚かされる」
ティリウスが呆れるような声を出す。
だが、キャリーはティリウスの顔を見ることができなかった。
なぜなら、いまだに目の前に広がる光景が信じられないから。
アシュリーを始めとする人質は解放され、彼女たちを捕縛していた『魔王候補』たちは血を流し地面に倒れている。生死はわからない。
そして、血に濡れて赤く染まった刀を手にした殺害対象、『魔王候補』リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターが無表情のまま血溜りの中に立っていた。
夏樹の殺害。
それを聞かされた瞬間、ティリウスは怒りを通り越して言葉を失い、思考すら止まってしまった。
キャリー・シフォー。彼女は幼馴染みであり、仲がよかったかと聞かれれば微妙と言えてしまう関係だったが、決して嫌いではなかった。
付き合いがなくなったのは、彼女が『魔王候補』に立候補し、そして認められた時からだろう。
キャリーが『魔王候補』に立候補する話を聞きつけて、ティリウスはなんどもやめろと言った。それは間違っていると、説得しようとした。
だが、結局聞き入れてもらえなかった。
ティリウスが知っているキャリー・シフォーは『魔王候補』を目指すような人物ではなかった。では、どんな人物か? 答えは、魔術馬鹿。これが一番しっくりくる。
魔術の研究が好きで、魔術が好きで、それができれば他はどうでもいいという困った一面を持っていた。幼馴染みであるティリウスはよく魔術の実験に付き合わされて酷い目にあったことも多く、それでも彼女は楽しそうにしていたのを覚えている。
――いつの間に、彼女は変わってしまったのだろうか?
ひどく残念だった。
殺害と言ったが、ティリウスが知る限り、キャリーは戦場に立ったことがなければ、戦いを経験したことすらなかったはずだ。
自分と疎遠になっている間に経験をしたというのだろうか?
もう、自分の知っている魔術馬鹿だが純粋だったキャリーはいないのだろうか?
そんな想いが込み上げてくる。
だが、もしもそうであるならば、ティリウスはキャリーを許すことはできない。
夏樹を殺す――それだけは許せない。
ティリウスにとって、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターは『魔王候補』としても認める相手であり、それ以上に惹かれ、好意を抱いている相手だ。
――彼を奪われたくない。
初めて、そしてようやく自覚できた。
ティリウス・スウェルズはリリョウ・ナツキ・ウィンチェシターに想いを抱いている。だが、それだけではなかったことに気づく。
僕だけを見てほしい、僕にだけ微笑みかけてほしい。
――“私”だけの人でいてほしい。
ずっと男であろうとした。月の子というやっかいな体質のせいで不安定になる性別が嫌だった。
しかし、自分の中の女が騒ぐ。
リリョウをほしいと。リリョウを奪いたいと。そして、奪われたくないと。
だから許せない。
リリョウを殺すと言ったキャリーを。“私”から奪おうとする“敵”を。
ならば殺してしまおう。
そう考えたときだった。
じっと、こちらを夏樹が見ていることに気づいた。
いつから見ていたのかはわからない。ティリウスは、夏樹の瞳を見て、冷静さを取り戻す。
短慮に行動しないように、自らを必死で自制しようとする。
それでも夏樹と交わった目をそらすことはしない。
時間はどのくらいだったのか、一瞬だったのか、それとも数分だったのか。ティリウスはとても長く感じたが、実際には数秒の出来事だった。
だが、それだけで、ティリウスは落ち着きを取り戻し、同時に、夏樹のしたいことに気がついた。
気がついたなら、頷くことで返事をする。気づかれないように、夏樹だけにわかるように、小さく、静かに首を少しだけ縦に振るう。
瞬間、視界から夏樹が消えた。
次は自分の番だ。
どうして夏樹やアシュリーが命を狙われたのかはわからない。だが、今はそのことはどうでもよかった。
夏樹がしようとしていることを確実にするために、ティリウスは行動に移る。
キャリーの注意を自分に向ける。そして、離さない。
「もういい」
シャルロットとの会話に割り込み、建前と本音を混ぜた言葉で注意を引き続ける。
キャリーの背後で、音も立てず、ティリウスにも見えるか見えないかの速さで移動をしながら、一人一人確実に『魔王候補』を倒していく夏樹。
きっとシャルロットも気づいているだろう。
しかし、キャリーだけは気づいていない。気づかせはしない。
夏樹の邪魔は決してさせない。ティリウスもアシュリーや人間の巫女たちを見捨てるつもりは微塵もない。
彼が上手く動けば、形勢は逆転する。いや、すでにしている。
だから告げてやる。
「後ろを見てみろ。もう人質などいない」
あとはお前だけだ、キャリー・シフォー。
一度は冷静さを失いはしたが、できるのであれば、幼馴染みである彼女の命を奪うことはしたくはない。
ティリウスは、胸の奥に巣食う感情の中でそう思ったのだった。
短いですが、きりのよい場所で区切ります。
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