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EPISODE39 「――君の殺害だよ」




 夏樹がティリウスとシャルットの言葉に頬を引きつらせている、その時だった。

 ふと何かに気づいた。


「ん……ちょっと面倒なことになったかもしれない」

「何がだ?」


 ティリウスが夏樹の言葉に首を傾げた、その瞬間だった。

 窓が割れ、三人のいる部屋が炎と爆音に蹂躙される。


「外に飛べっ!」


 炎が自分たちを襲う前に、二人に夏樹は叫び、窓から建物の外へと飛び出した。

 数秒遅れて、ティリウスとシャルロットも続く。

 夏樹に続いて地面に着地した二人は、燃えている部屋を見上げてぞっとする。彼が気づかなければ、気づくのが少しで遅ければ自分たちは危なかった。


「な、何が起きているっ!?」


 このあまりにも突然の出来事に、ティリウスは混乱し怒鳴るが、それに対しての答えを夏樹もシャルロットも持っていない。

 混乱しているのは二人も同じなのだ。だが、確実に言えることは一つ。これは襲撃であり、襲撃者は敵意を持っている。

 返事のしようがない夏樹たち代わって、知らない声で返事が返ってきた。


「何が起きている? それは、お前たちが絶体絶命ってことだよ。ティリウス・スウェルズ!」


 声の方向を向くと、小太りの男を中心に数名の男女が武器を構え、魔術を展開し、三人を狙っていた。

 アイザックがこの場にいれば、先頭に立つ小太りの男に気がついただろう。男の名前はズックオム・トールクス。立候補者とはいえ『魔王候補』だ。

 いかにも贅を尽くしたと思える格好に、飾りのついた剣を腰に下げてはいるが、どう見ても戦う者とは思えない。


「何者だ」


 ティリウスが声を低くして睨みつけると、ズックオムはこの状況が面白いと言わんばかりにクツクツと笑う。


「何者? お前は俺を知らないのか? 俺はズックオム・トールクス、『魔王候補』だ」

「なに……?」


 『魔王候補』という単語に、ティリウスは驚いた。

 それは、『魔王候補』が同じ『魔王候補』である夏樹に襲撃を仕掛けたことではない。目の前の男が『魔王候補』だということに驚いたのだ。


「貴様が『魔王候補』だと?」

「そうだ」


 瞬間、ティリウスは吹き出した。

 襲撃された混乱も、怒りも忘れ、滅多にしない大笑いをしたのだ。

 『魔王』の子供であり、十二貴族の魔族であることから節操なく笑ったりすることは滅多にないティリウスだったが、このことだけには笑いを堪えることができなかった。

 『魔王』に憧れ『魔王候補』を目指し、様々な『魔王候補』を見てきた。そして、夏樹という『魔王候補』と出会い行動を共にしているティリウスにとって、どうしてもズックオムが『魔王候補』とは思えなかった。

 出来きのわるい冗談だとしか思えない。

 そもそも、自分の記憶の中に彼の顔はない。だとすると、


「ああ、貴様は立候補者か……恥知らずめ」


 笑うのをやめ、一転して侮蔑するような目でズックオムを睨みつける。

 恥知らず――その言葉に、ズックオムが激昂する。


「よくも俺を侮辱したな……言うに事欠いて、恥知らずだと!?」

「それ以外にどう言えばいい? 巫女たちに選ばれていないというのに、自らが『魔王候補』に相応しいと立候補した厚かましい魔族を他にどう表現しろというのだ!」


 立候補である『魔王候補』たちにとって、立候補したことを悪く言われるというのはこの上ない侮辱である。

 本来『魔王候補』というのは選ばれた者の称号なのだ。次期『魔王』を担う候補として。

 その候補に厚かましくも立候補する、つまり自分が次期『魔王』に相応しいと豪語しているということ。

 さらに付け加えるのならば、立候補者の多くは次期『魔王』になりたくて立候補しているわけではない。それぞれの理由で『魔王候補』という称号が欲しいのだ。

 それを恥知らずと言わずになんと言う。

 それでも彼らは『魔王候補』として認められた。だからこそ、立候補だろうが選ばれた者だろうが関係ない。そう思いながらも、自身が一番立候補者ということを気にしているのだ。


「ふざけるな、だが俺は『魔王候補』として認められた、それがすべてだ! ティリウス・スウェルウズ、貴様こそ『魔王』の息子でありながら『魔王候補』に選ばれていないどころか立候補すらしないお前の方が俺から見ればよほど恥知らずだ」


 ズックオムのこの言葉に、置いてきぼりにされた夏樹が慌ててティリウスに声を掛けようとした。

 『魔王候補』を目指していた彼に、今の言葉はない。夏樹が聞いても頭にきた台詞だった、これが本人であれば激昂すること間違いない。

 そう思っていた。

 だが、ティリウスの浮かべた表情は、怒りではなかった。

 笑顔を浮かべたのだ。優しく、自慢するように。

 そして、夏樹と一度目を合わせると、ティリウスは言い放った。


「確かに僕は『魔王候補』に選ばれなかった。それは悔しい。だが、僕は最高の『魔王候補』を見つけた」


 だから、と続ける。


「貴様に何を言われようが、僕は痛くも痒くもない。貴様が『魔王候補』だろうが、どんな理由で襲撃をしたのかは知らないが……結末は決まっている」


 ティリウスはサーベルを抜き、切っ先をズックオムに向ける。


「貴様の負けだ」



 *



 ティリウスが言い放った瞬間、ズックオムが顔を真っ赤にして怒号のように指示を出した。


 ――殺せ!


 怒り任せの指示に、魔術が放たれ、武器を持った者たちが突進してくる。


「おいおい、狙われたのって多分俺だよな、そうだよな?」

「そうだろうな」

「だったらお前が話し進めんじゃねえよ!」


 夏樹はティリウスに文句を言いながら、放たれた魔術を斬り裂いた。続けて地面を蹴り、一瞬で敵と距離を詰めると、刀の刃を返して峰で武器を叩き落とし、鎧を着けていない箇所を打つことで動けなくしていく。

 あっという間に五人を戦闘不能にしてしまう動きを見て、敵の動きが怯む。

 その隙に飛び込んできたのはシャルロットとティリウス。

 シャルロットは襲撃されたさいに自身の得物である槍を部屋へと置いてきてしまったが、素手で次々と敵を征圧していく。

 ティリウスはサーベルを使い器用に攻撃をいなしながら、雷撃を放ち行動不能に追い込んでいった。


「ば、馬鹿な……」


 たった三人に次々と見方が倒されていく光景を、信じられないとばかりに目を見開いてズックオムは呟く。


「三十人も兵を連れてきたんだぞ……なのに、どうしてお前たちは無傷で立っているんだっ!」


 それは絶叫だった。

 目の前の真実が受け入れられず、ズックオムは喉が張り裂けんばかりに大声を上げる。

 数は十倍だった。簡単にいくと思っていた。

 だというのに、結果は――傷一つなく平然としている三人と、行動不能にされた三十人だった。


「んじゃ、まあ……話の順番が逆だけど、お前の目的を洗いざらい話してもらおうか。なあ、『魔王候補』さん」


 夏樹に睨まれて、後ずさるズックオム。


「それとも、『魔王候補』としての力を見せてくれるのか?」


 戦うのか?

 そう問われ、ズックオムはその場に尻餅をついて情けなく首を横に振るう。

 選ばれた『魔王候補』とはこうも強いのか。こんなにも恐ろしいのかと、ズックオムは恐怖を浮かべる。

 『魔王候補』に立候補した理由は、そのネームバリューが欲しかったからだ。そして手に入れたはずだった。

 だというのに、ここで終わってしまうのか。

 彼は絶望する。

 夏樹はそんな『魔王候補』を見て、いささか拍子抜けするも、これ以上事が荒立たないならそれでいいと思う。

 だが、その時だった。

 恐怖を浮かべていた『魔王候補』が、絶望に打ちひしがれていた『魔王候補』、歪んだ笑みを浮かべた。

 絶望し、諦めていた男に目に力が戻る。


「そこまでだ。リリョウ・ナツキ・ウィンチェスター、ティリウス・スウェルズ、シャルロット・フレイヤード」


 若い女の声が響く。

 夏樹たちは背後から掛けられた声の主の方を見て、絶句する。


「てめぇ……何が目的だかしらねえけど、そこまでやるのか?」


 病的に白い肌をした女だった。整った顔をしているが、服も髪も白いために、どこか陰鬱とした印象を受ける。

 だが、そんな些細なことはどうでもよかった。

 問題なのは、女とその背後にいる女の仲間であろう魔族たちに連れられている人間の少女たちと体の所々から血を流すアシュリー・カドリー。

 彼女たちは捕縛され、それぞれ首筋にナイフを突きつけられていた。


「何が目的だかしらないだって?」


 夏樹の言葉を聞いて、白い女は呆れるような目を尻餅をついているズックオムに向ける。

 彼女の視線を受けて、彼は怯むように体を震わせる。


「ズックオム、君は私たちも目的を伝えることも満足にできないのかな?」


 彼女がズックオムに向ける目は、決して仲間に向けるような目ではない。


「だ、黙れ! これからだったんだよ! お前たちも行動が遅いくせに俺だけを責めるな」

「意外とアシュリー・カドリーが抵抗をしたせいだ。人間を守ろうとは理解ができないけどね」


 夏樹は察する。おそらく、いや、確実にアシュリーはユーリやルリたちを守ろうとしたのだろう。その結果として傷つき、捉えられてしまったのだと。

 自分の行動に思わず舌打ちをしてしまう。

 襲撃があった瞬間、窓から飛び出すのではなく、彼女たちのところに最初に駆けつけるべきだったと。

 建物の近くに、敵意を持った魔族が何人もいることは感じていた。だからこそ、襲撃を受けた際に自身は被害を最小限しか受けていない。だが、正確な人数までわからなかった。それゆえに起きた失態。

 ズックオムと彼が引き連れていた兵たちだけだと思い、制圧してそれで終わりだと思っていた。

 だが、結果としてまだ伏兵がいた。いや、夏樹自身が見逃してしまった敵だ。


「貴様は……『魔王候補』キャリー・シフォー」


 ティリウスが苦虫を噛み潰したように呟く。声にはわずかに驚きも含まれていた。


「知っている顔か?」

「ああ、僕の――幼馴染みだ。『魔王候補』に立候補したことは知っていたが、こんな行動をするとは思ってもいなかった」

「……また『魔王候補』かよ」


 夏樹はあえてティリウスが幼馴染みと言ったことについては何も言わなかった。

 だが、こうして二人目の『魔王候補』が現れたことに驚き以上に、嫌な予感を感じる。

 そんな予感を的中させるかのように、白い『魔王候補』が言葉を放つ。


「残念ながら『魔王候補』はまだいるよ、人間たちを捕縛している彼らもまた『魔王候補』たちだよ。もっとも、全員が立候補者だけどね」


 何が楽しいのか、笑みを浮かべるキャリー。

 それが夏樹の神経を逆撫でるには十分過ぎた。


「冷静になれリリョウ」

「我を忘れるな」


 ティリウスとシャルロットの冷静な声に、動き出しかけていた夏樹の体が止まる。


「キャリー・シフォー。一体、どういう目的で襲撃をし、彼女たちを捕らえる?」

「久しぶりだというのに挨拶もないのかな、ティリウス」

「……答えろ」

「ふうん。すぐに激昂するくせは落ち着きをみせたのかな? それとも、冷静であろうと努力しているのかな?」

「もう一度言う、答えろ」


 キャリーは歪んだ笑みを浮かべる。

 まるでこれから起こることが楽しみで仕方がないと言わんばかりに。


「はいはい、わかったよ。じゃあ、まずははじめまして、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスター。私はキャリー・シフォー『魔王候補』だよ。そして、今ここにいる私たち全員の目的は――」



 子供のように純粋でな想いでを胸にいただきながら、歪んだ笑みを浮かべる。



 ――君の殺害だよ







最新話投稿しました。

場面は夏樹サイドです。そして『魔王候補』たちの登場です。

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