EPISODE38 「もう軽口は結構です」
「場所を変えようかしら?」
ストロベリーローズの提案で、アイザック、ローディック、トレノ、そしてアルシオンの五人は執務室を出て、謁見の間へと足を運ぶ。
先頭を切って歩くストロベリーローズを守るようにアイザックが続き、その後ろをアルシオンが。そしてアルシオンを挟んでローディックとトレノが歩く。
「これはこれは、随分と警戒されていますね。なにも今この場で何かしようだなんて微塵も思っておりませんのでご心配なく」
「その言い方ですと、時がくれば何か行動を起こすように聞こえますが?」
「ええ、そう受け取ってくださっても構いませんよ」
余裕を感じさせるアルシオンにアイザックは振り向きもせずに言葉を投げかける。それに対しても彼は余裕を持って、挑発的に返す。
アルシオンの両隣にいるローディックとトレノは、彼のその危うい発言に冷や汗が止まらない。
なぜなら、一見、温厚であるアイザック・フレイヤードという人物がどれほど恐ろしい存在かと知っているから。
アルシオンも知らないわけではないだろう。
今は軍から離れ孤児院の運営をしているが、かつては軍でも大きな権限を持ち、一度敵として見定め戦えば文字通り灰にしてしまう実力を持っていた。いや――今も持っている。
そんなアイザックがアルシオンをこの場で敵と見定めたら……そう思うとゾッとしてしまう。
例え、アイザックがそんな短慮なことをしないとわかっていても、恐ろしいものは恐ろしいのだ。
すると、そんな空気を消すように、ストロベリーローズが幼さの残る声で嗜める。
「アイザックちゃん、空気が重くなるからやめてねー」
「……申し訳ありません」
たった一言でこの場の空気が軽くなった気がした。
アイザックがもしこの場でアルシオンに攻撃を仕掛ければ、止めることができるのはストロベリーローズだけだろう。
そして、ストロベリーローズならば、アイザックを止めることに力の半分を使う程度で問題ないだろう。
二人にはそれだけの差があるのだ。
かつて軍の上層部にいた実力者であるアイザック・フレイヤード、その彼を半分の力で抑え込める魔王ストロベリーローズ。
この二人が揃っている現状で、どうしてアルシオンに余裕があるのかがわからない。
『魔王候補』序列一位というのは、それほどに凄いものなのだろうか?
その後は誰も言葉を発することなく、謁見の間へとたどり着いた。
謁見の間につながる扉を開けると、そこには既に先客がいた。
アイザックたちに緊張が走り、警戒心が高まる。
だが、ストロベリーローズだけは気にする素振りを見せずに、玉座へと腰を下ろした。
そして、アイザックが彼女の右側に立ち、ローディックとトレノは左側に立った。
「では、改めまして、魔王ストロベリーローズ様、私たち『魔王候補』たちの突然の謁見お許しください」
アルシオンはストロベリーローズの正面に膝を着いて、恭しく臣下の礼をとる。
「それで、『魔王候補』序列一位のアルシオン・ディーンが私にどんな用かしら?」
彼の背後で、同様に臣下の礼をとっている『魔王候補』たちを見据えると、
「しかも、そんなにたくさんの『魔王候補』たちを連れてきちゃって」
そう、すでに謁見の間にいたのは『魔王候補』たちだった。
つまり、アルシオンの言葉が嘘ではないということ。
「お待ちください」
アイザックが二人の会話に入り込む。
「先ほど貴方は『魔王候補』全員を連れてきたと言いましたが、残りの方々はどこにいるのです?」
その問いに、アルシオンは不思議そうに首をかしげてから、ああ、と納得する。
「立候補者のことを言っているのですね? 私たちはあくまで『魔王候補』に選ばれた魔族です。選ばれてもいないのに自らを『魔王候補』だと立候補するような恥知らずを最初から『魔王候補』として認めてはいません」
それはアルシオンの嘘偽りのない事実だった。いや、アルシオンだけではない、この場にいる『魔王候補』たち全員が巫女たちによって選ばれた『魔王候補』であり、次代の『魔王』となるべく努力をしている。
それゆえに、厚かましくも『魔王候補』のネームバリュー欲しさに立候補した、この場にいない『魔王候補』たちのことを認めていないのだ。
「とはいえ、彼らもまた選ばれてはいないものの『魔王候補』として認められているのも事実。ですので、彼らには仕事をお願いしました」
「……仕事?」
「はい。リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターとアシュリー・カドリーの殺害」
まるで他愛のない会話をするかのごとく、平然と言い放ったアルシオンの言葉にアイザックたちではなく、ストロベリーローズまでが絶句する。
「ふざけているのかっ!」
激昂したのはトレノ・ウィンチェスター。甥である、夏樹に害が及ぶと聞かされ許せるはずがなかった。
ようやく見つけた姉の唯一の忘れ形見なのだ。家族として迎えたかったが、失敗をしてしまった。必ずやりなおして亡き姉の分まで愛情を注いであげたい、力になりたいと思っていたというのに。
そして、トレノ同様に、アイザックの表情に怒りが浮かぶ。
「アルシオン・ディーン。貴方はストロベリーローズ様を魔王と認めないと言いました。百歩譲って、強硬派の貴方なら仕方がないとしましょう。しかし、同じ『魔王候補』であるナツキ様に『魔王候補』を差し向けるというのはいったいどのような考えでしょうか?」
「簡単な話です」
「……聞きましょう。しかし、ふざけた内容でしたらこの場で」
「私を殺しますか?」
貼り付けたような笑みを浮かべたまま、アルシオンがアイザックの言葉を横取りして嗤う。
「君はいったい何を考えてるのかな? 時間をあげるから、全部言ってごらん」
殺気立った空気の中、ストロベリーローズだけが冷静にアルシオンを見極めようとしていた。
仮にも相手は『魔王候補』序列一位まで上り詰めた男だ。ストロベリーローズが知っている範囲でも、多くの悪魔の撃退、幾度となく侵攻してくる人間たちを止めているという実績もある。
年齢的にはまだ若いと言っていいが、『魔王候補』の中では最年長であり、もっとも長く『魔王候補』として活動している。ゆえに、民からの期待も大きい。
だからこそ、彼がこのような行動を起こすとは思えなかった。
「私たちは強硬派――私個人は立場的には強硬派に属していますが、人間すべてを滅ぼせや、魔族が一番だなどと言うつもりはありません」
「でも?」
「はい、ですが……貴方たち和平派のように、すべての人間と仲良くなどとも言うつもりもないのです。貴方たちは甘い、甘すぎる。私はずっと我慢をしていました、『魔王候補』として魔国の民を守ってきました。『魔王』になれなくてもいい、よき王に仕えることができればそれでよかったのです」
――ですが、魔王ストロベリーローズ、貴方では駄目だ。
「貴方も、アイザック・フレイヤード様、ローディック・フレイヤード様、トレノ・ウィンチェスター様、貴方たちは甘すぎます」
「それが、今回の理由?」
「はい。もっとも、強硬派の老人どもが痺れを切らした、というのも大きな理由の一つですが」
困ったものです、と苦笑してみせるアルシオン。
ほんとよねー、とストロベリーローズもつられるように苦笑いをした。
「強硬派の要求は?」
「魔王ストロベリーローズが退くこと。そして、私たち『魔王候補』から次の魔王を決めることです」
ストロベリーローズは返事をしなかった。代わりに、アイザックが答える。
「何を言っているのかわかっているのですか? いくら『魔王候補』の序列一位とはいえ、今の発言は決して許されるものではありません。そもそも、『魔王』とは『魔王候補』の中から次代に相応しい者を『魔神』が選ぶという」
「それです」
アイザックの言葉をアルシオンが遮る。
「そのシステムがもう古いのです。『魔神』――私たちの母なる存在ですが、もういらないでしょう」
「……なんてことを」
アルシオンの言葉にアイザックは絶句する。
『魔神』は魔族にとって母であり、神である。『魔神』が存在しなければ自分たちは存在していなかったと言っても過言ではない。だというのに、『魔神』をいらないと言ったのだ。
強硬派うんぬんではない。
その発言自体が、魔族としての発言だとは思えなかった。
「アルシオン殿」
「なんでしょう、ローディック様」
話を聞くだけで口を挟むことのなかったローディックが、ここで初めて口を開いた。
「今の発言がどうこうよりも、私には疑問なことが一つあります。お尋ねしても?」
「はい、構いません」
「どうしてリリョウ様やカドリー様を殺害する必要があるのでしょうか? それも、立候補とはいえ『魔王候補』を使って。貴方は序列一位、序列がすべてではないとはいえ序列が貴方よりも低い二人を危険視する理由は見当たりません」
その問いに、少し困った顔でアルシオンが返事をする。
「私自身は殺害することはないと思っているんですよ。ですが、強硬派の決定です。何度誘いをかけても強硬派の考えに賛同しなかったアシュリー・カドリー。仮にも『勇者候補』を倒した唯一の『魔王候補』であるリリョウ・ナツキ・ウィンチェスターは強硬派にとって邪魔でしかない。しかも、彼にいたっては剣聖と名高いノワル・トワール様から手ほどきを受けている。どこまで強くなるのかが未知数です。ならば、本格的に邪魔にならない内に排除してしまおう、それが総意です」
――ああ、それに“混ざりもの”の『魔王』が誕生しても困るとのことです。
次の瞬間だった。
紅蓮の炎がアルシオンと『魔王候補』たちを囲う。
突然のことに『魔王候補』たちが、驚き声を上げる。
「貴方たち強硬派がどこまでナツキ様のことを知っているのかはわかりません。ですが、私にとって今の発言は侮辱でしかない」
炎の正体は、アイザックが放ったもの。
恐ろしいくらいに表情を険しくしたアイザックが魔力と殺気をまとい、『魔王候補』たちのもとへ。
「アイザックちゃんっ!」
ストロベリーローズの制止を無視して、アイザックは一歩一歩アルシオンへと詰め寄っていく。
彼が一歩踏み出すごとに、炎の温度が上がっていく。
「『魔王候補』ならば危害を加えられないと思いましたか? 魔族の貴族たちが多く属する強硬派であれば事が無事に進むと思っていましたか? 貴方は私たちを甘いと言いましたが、私からすれば貴方たちのほうが余程甘い」
普段の穏和なアイザックからは信じられないほどの殺気とプレッシャーがこの場を支配する。
『魔王候補』たちがまだ炎に囲まれているだけですんでいるのは、アイザックが最後の一線を越えていないからでしかない。
「さすがはアイザック様……貴方がどうして『魔王候補』に選ばれていないのか不思議でしかたがありません」
アルシオンにはすでに余裕がない。
今まで浮かべていた笑みは消え、アイザックから発せられる魔力に気圧され、殺気に恐怖し、冷たい汗を流している。
アルシオンは心から思った。本当に、どうしてアイザックが『魔王候補』に選ばれていないのかと。
「もう軽口は結構です。私はずっと我慢をしていました。貴方がストロベリーローズ様を魔王と認めないと発言した時から、ナツキ様を殺害するとあまりもふざけたことを言った時も、ですがもう限界です。ナツキ様を“混ざりもの”扱いしたことだけは決して許すことができない」
「……ならばどうしますか?」
アルシオンの目の前で立ち止まったアイザックは、両腕を大きく上げるとさらなる炎を生み出す。
炎に込められた魔力は膨大で、まるで太陽のように輝きを発している。この炎が放たれればアルシオンがどうなるかはわからない。
それがわからないアイザックではないだろう。だが、彼は止まらなかった。
「死んでください」
そして、爆炎がすべてを包み込んだ。
最新話投稿させていただきました。
複雑になってきましたが、読んでくだされば幸いです。
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