EPISODE36 「どれだけ俺の沸点って低いんだよ?」
その翌日からナツキとノワルは訓練を始めた。
ジェスの展開した魔術、ある一定の時間を倍以上に引き延ばすという高位魔術を使い、ボロボロとなった道場の中で二人は互いの鋼を打ち合う。
日を増すごとに、ナツキは力を身に着けていく。
与えられた力ではなく、ナツキ自身が文字通り血の滲む思いをしながらノワルの技術を奪い、強くなっていく。
ノワルにはそれが嬉しかった。
最初は、自分の技術を技を伝えるきっかけをどう作ろうかと考えたが、「親友を救う」という目的のあるナツキは、ありがたいとばかりにノワルの提案を受け入れたのだ。
若干、捻くれた小僧という印象は今でも変わらないが、必要なものがあればそれを欲しがり、そしてそのこと自体を恥とは思わずに素直な面ももっていることに気付く。
(まったく、最近の若造共に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわい)
ノワルは今まで自分に弟子入り志願してきた、魔族の……それも貴族の若者たちを思い出すと、ついそんなことを思ってしまう。
ついてこられない、というのは仕方がないだろう。だが、それ以上に教えを請うにはプライドが高過ぎる者がここ数十年多過ぎる。
今まではプライドを砕いたり、完膚なきまで叩きのめしたりしてやったものだが、最近はそんな気すら起きない。
(いかんせん、生まれながらに魔族は力を持つからのう……それが貴族ならなお更じゃ)
素直だったのは、アイザックやメアリ、シャルロット、そしてナツキあたりだろうか。
そして、ノワルが見てきた中で最も強くなる可能性があるのが、ナツキである。
理由は多々あるが、一番は――自身が弱いということを身をもって痛感していることだろう。それゆえに、どこまで強くないりたいと願い、想う。
しかし、とノワルは思う。
(このような時間がいつまで続けられるのだろうか……)
と、そんなことを思ってしまう。
すでに、訓練を始めてから二十日が経っている。
乾いた砂が水を吸い込むように、技術を、技を吸収していくナツキは強くなった。いや、違う。強くなり過ぎてしまった。
それゆえに、現在フレイヤード兄弟が起きつつある問題のために情報収集と対策を練っている。
その問題は――「魔王候補」内の序列。
勇者と戦い、生還したことでリリョウ・ナツキ・ウィンチェスターの序列は現在三位まで上がってしまっている。
序列一位、二位は、ナツキよりも長く「魔王候補」を務め、国へ貢献しているために代わりはないが……実力だけでいったら、それもどうなるかわからない。
そのせいか、どうもここ最近にキナ臭い動きがあるという。
だからこそ、ノワルは一秒も無駄にせずに自身の伝えられることを伝え続けた。
*
「はぁ……今日も疲れた……一時間が一体どのくらいの長さだ? 魔術って凄いよなー、マジで。時間を操るって、卑怯だろう」
とはいえ、対象は限られ、術者は魔術だけに集中しなければならないので、使用中は完全に無防備である。
戦闘で使えるかといえば、使えない。だが、今回の訓練や、負傷者の回復などを考えると有効ではあると思う。
宿泊施設に戻ってくるナツキはそんなことを言って、ベッドに倒れこむ。
毎日毎日、服はボロボロになるので三日くらいしてからナツキ自らが針を持って適当に補修した服を着ている。
孤児院にいると、こういうスキルも身に着けることができるのだ。
だが、そんな服もあっという間に翌日にはノワルにボロボロにされてしまう。
まだナツキが力を使いこなせていない証拠である。だが、少しずつ、補修する場所も減ってきた。それに、ノワルに最初は届かなかった刀が今では届いている。それだけでも十分に進歩していると思う。
ただ、たまに思ってしまう。
力を手にいれた。だが――それで、どうやって大和を救う?
ある程度の力を入れて、ようやくそこをちゃんと考えるようになった。今更と言われるかもしれないが、「魔王候補」のことや「勇者候補」、「勇者」との戦いなどでゆっくりと考えている暇がなかった。
そして何より、とにかく強くなりたかったという思いが、視界を狭めていたのだ。
それに気になることある。現状で、大きな気になることと言えば、三つ。
一つ、大和はどうしているのか? どのくらいの強さなのか?
一つ、アシュリー・カドリーの一件。
一つ、今だまともに会話が成立しない、悪魔に襲われていた人間の少女。
「いや、もっとあるな……」
ナツキは苦笑する。
アイザックは王都で何かおかしな動きがあるという情報を手に入れ、ストロベリーローズと共に王都にいる。
それも気になっていることの一つだった。
「考えが一つにまとまらないし、問題が色々とありすぎる……ただ強くなれば良いってわけじゃないんだな」
今更ながらにそんなことを思ってしまう。
「何を当たり前なことを。馬鹿か貴様は?」
ナツキの独り言に、トレイを持ったティリウスが突っ込みながら食事を持ってきてくれたのだ。
「毎日悪いな……」
「ふん、貴様は笑えるくらいにボロボロだからな。これくらいはしてやるのは当然だ」
「ありがとな」
「……ふんっ」
野菜がたっぷりと入り、塩胡椒で味付けをしたスープにパンだ。
もともとガッツリと食べるタイプでないし、疲労が溜まっているナツキにはこういう食事はありがたい。
「お前はもう食った?」
「ああ、毎日毎日、貴様の帰りは不規則だからな。巫女たちと一緒に食事は済ましている。なんだ、待っていて欲しかったのか?」
「いや、そうじゃねえよ。別に一緒に食わなくても、お前がそこに居てくれるじゃん。それだけでありがたいって思う」
そんなナツキの言葉に、ティリウスは頬を染めると、慌てて口を開く。
「そっ、そんなことを言うなんて珍しいな、ようやく貴様も僕の存在のありがたさに気がついたか!」
「まぁなんだかんだ言って、お前とアイザックがこっちにきてから付き合いは長いからな。正直ありがたいと思うさ」
その言葉を聞き、ついティリウスの頬が緩む。
だが、必死でナツキに気付かれないように我慢する。
「……そうだ、ずっと聞こうと思って聞いていなかったが、アシュリー・カドリーの件はどうするのだ?」
「あー、それね。どうしようか? 正直言うと、勝手にしてくれって感じ?」
「ま、まさか貴様! あの女と結婚したいと言うのかっ!」
「ちょ、ちょっと待てや、そう一気に話を飛躍させるんじゃねーよ!」
「ではなんだと言うんだ!」
ったく、と呟いてからナツキは考える。
アシュリーが自分に会いにフレイヤード領へ来たことは知っている。そして、その理由も本人から聞き、利用する形になることを謝罪された。
別にそのことで怒っているわけではない。
ただ、ちょっと意外だった。
始めてあった時、アシュリーは「魔王候補」として堂々としていた気がする。
そして彼女を褒める噂も良く聞く。
だが、それはずっと、アシュリーが自身の気持ちを隠して頑張ってきたからなのかと思うと、どうも胸がモヤモヤとしてしまう。
言葉に上手くできないけれど、ちょっとだけ複雑な感じがする。
「なんていうか、結婚とかって考えられないけどさ、何かしてやれるならしてやりたいとは思うよ。そういう意味でも勝手に、自由にしてくれって感じかな。俺だけに迷惑が掛かる程度なら利用してくれても構わない」
「……どうしてだ?」
「ん?」
「どうしてそこまでしてやれる! 僕なら許せないぞ、「魔王候補」を辞めたいというのはまだ我慢はできないが、我慢するとしても、どうしてそこで貴様が利用されなければいけない? そして、どうして貴様はそれを平気でよしとできる?」
そんなことをティリウスに言われて、ナツキは困ったように苦笑する。
そんな風に言われてしまえば、確かに……と思う。
だけど、
「俺がこっちの世界へ着たばかりの時さ、アイザックと一緒に悪魔に出会っちまったんだよ」
思い出すように、ナツキは突然そんなことを言う。
「その話なら僕も知っているぞ」
「でさ、もうさっそく俺って弱いなーって痛感して、考えなくてもいいことをグチャグチャ考えて、そんな時にアドバイスをくれたのがアシュリーなんだよ。それで結構楽になってさ、だからかな……その時の礼をしたいって気持ちもあるんだ」
どうして彼女があの時アドバイスをくれたのかはナツキにはわからない。でも、それでナツキは楽になった。救われた。
そして、今、そのアシュリーが現在の立場に困っていて、ナツキがなんとかできるならしてやりたいと思う。
しかし、だからといって、
「でも、結婚はちょっと困るよなー」
「当たり前だ! 「魔王候補」同士の結婚が今までに無いわけではない、珍しくもない、だが序列の一件もあって目立っている貴様がここでアシュリー・カドリーと結婚なんぞしてみろ、さらに面倒なことになるぞ!」
正直に言ってしまうと、ティリウスの感情はそれだけではない。
だが、そんなことをナツキ伝えられないので、こう言うしかないのだ。ティリウス自身、それが酷く卑怯な気がしていて嫌だった。だからと言って割り切って言えることでもなく、悪循環だ。
「それはそうと、貴様はまた一段と強くなったな?」
話題を変えるようにティリウスが呟くように言う。
そして思う、自分とはもう実力が離れ過ぎているだろう、と。そして、それは間違っていない。
「そうか? あまりわからねーや。っーかあのジジィが強過ぎるんだよ! たまに呆けた様子を見せるんだけど、実力はまったく呆けてねぇ……むしろ長年生きていた経験がそのまま実力になっていて、正直勝てる気がしないぜ」
ティリウスにしてみれば、それがわかる時点でナツキのレベルが高いと思う。
何故なら、相手はあのノワルなのだから。
「まったく、随分と離されてしまったものだ。これではもう悔しいと思えないな……」
ナツキに聞こえないように、呟いて笑ってみせるティリウスだった。
そんな時だった、ノックが響く。
「すまない、少しよいか?」
シャルロット・フレイヤードの声だった。
*
「正直、推測であるし、外れていて欲しいという気持ちも多い、だが色々なところからの情報で驚くべきことが予想された」
そう前置きをして、シャルロットは話す。
「何だ、何か問題なのか?」
難しい顔をしているシャルロットにティリウスは問い首を傾げるが、どうも彼女は言いづらそうにしている。
そして、その表情はナツキに向いている。
「うん、なんすか?」
どうしてそんな表情で見られているのかが分からなくて、ナツキも首を傾げる。
「む、その、そのだな。できれば冷静に、時にリリョウには特に冷静に聞いて欲しい」
「あ、ああ。それはわかったけど、なんでそんなに念を押すのかがわからないんだけど?」
「それはお前が怒り狂えばとても私では止められないからだ」
そんなことを言うシャルロット。
つまり……。
「リリョウがどうこうなるかもしれない情報、ということか?」
ティリウスの問いにシャルロットは頷く。
「っーか、そう簡単にキレないから、どれだけ俺の沸点って低いんだよ?」
一方、ナツキは不満顔である。
そんな様子を見て、シャルロットは大丈夫かなと判断し、話をすることに決めた。
「では、話すぞ。アシュリー・カドリーが保護した人間の少女のことだ」
「そう言えば、アシュリー・カドリーが付きっ切りで面倒を見ているな。滅多に喋らないと聞いている、だが何か助けを請う目をしているとも」
「うむ、それで、だ。その少女だが――もしかすると、ノルン王国の王女かもしれない」
瞬間、無意識に、本当に無意識にナツキが緋業火を手に持った。
「待てリリョウ! 貴様、何をしている! その刀でどうするつもりだ!」
「やはり沸点が低いではないか! というか、低過ぎるぞ!」
二人に怒鳴られて、ナツキ自身がようやく自分が刀を握っていることに気付く。
「あ、やべ……つい」
「つい、何をしたかったかは聞きたくないから聞かないが、続きを聞いてくれ。まだ、過程の話だ、色々分からないこともある。だが、おそらく彼女がノルン王国の王女であることは間違ってはいないと私たちは睨んでいる」
恐る恐るナツキを伺いながらシャルロットは続けた。
それに待ったをかけたのは、ティリウスだ。
「ちょっと待ってくれ。あの子がノルンの王女だったとしたら大問題だが、なぜ魔国というもっとも敵対している国にいる? しかも、「魔王候補」二人と同じ屋根のしたに? 元ノルン王国の巫女たちは王女の顔はわからないのか? いや、そもそも、一番最初に悪魔に襲われていたな、どういうことだ?」
疑問ばかりがふって沸いてくる。
だが、保護された少女がノルン王国の王女だとしたら、一つだけ辻褄が合うことがある。
怯えた目をしているということだ。いや、態度もそうだ。
一番に気を許しているのはアシュリーにだが、そんな彼女にも怯えている。人間だからかと思ったが、人間である巫女たちにも怯えるのだ、それも酷く。
なのに、助けを請うような目も見せている。その辺りはどうしてかは分からない。
「あの子がノルン王国の王女であれば、あの怯えようは当たり前か……しかし、そうなると噂通りとは違うな」
ティリウスの呟きに、シャルロットも頷く。
ノルン王国の王女といえば、あれが欲しい、これが欲しいと女王である母に劣らずの欲を持っていると聞いている。同時に巫女たちを越える力も持ち、欲と力を両方持つ手に負えない人物という話だ。
だというのに、本人ならあの怯えようは?
二人がそう思った時だった。
ナツキが静かに立ち上がった。
「ま、待て、リリョウ! 気持ちは分かるがいきなり殺すのはまずい、せめて確実な裏を取ってから色々な言い訳を考えてからでなければ!」
「ティリウス、せめて殺すなと言え! というか、頼むから本当に待ってくれ、親友を攫った国の王女であっても殺してはいけないぞ!」
「待て待て待て、ていうか二人とも本当に失礼だな……さすがに傷つくぞ、俺が絶対にあの子を殺すって思ってるだろう?」
そんなナツキの苦笑交じりの言葉に二人は顔を見合わせてから、声をそろえる。
「それ以外に何が?」
「て、テメェら……OK分かった。とりあえず、表出ろや」
だいぶご無沙汰になってしまいましたが、最新話をお届けします。
今後、少しずつ更新をしていけたらと思いますので、どうぞよろしくお願いします。