EPISODE35 「俺はリリョウ・ナツキ・ウィンチェスターと名乗れる気がする」
ボロボロとなった道場に、ティリウスが呼んできたアイザック、ストロベリーローズを始め、宿泊施設にいた仲間が集まっていた。
巫女たちが一生懸命にナツキに回復魔術を掛けるが、どういうわけか治りが遅い。
「何故です……何故、一向に回復しないのですかっ!」
アイザックが悲鳴のような叫びを上げる。
無理もない。
人間とはいえ巫女が数人がかりで回復魔術を掛けているというのに、治る気配がないのだ。
それどころか、一人、また一人と巫女が力を使い果たして気絶していく。
無論、そこまでしてくれることに感謝の言葉もない。だが、だというのにナツキは未だ血を流し続けている。このままでは危険なのは明白だった。
一方、死に掛けているというのに、満足そうな笑みを浮かべたままどこか周囲のやかましさを他人事のように感じているリリョウ・ナツキ・ウィンチェスター。
今、彼は飢えていた。
食事をしたいとかではない。もっとも別なものが体に足りないと体中が、いや魂さえも叫んでいる気がした。
欲するのは――魔力。
足りなくて、足りなくて、飢えた獣のように魔力を欲しているのがナツキ自身も理解できた。
その結果――回復魔術の魔力を喰らったのだ。
そして、現在進行形で魔術から魔力を喰らい続けている。
ナツキ自身、どういう仕組みで魔力を喰っているのかわからない。だが、少しずつ少しずつ、本当に微量だが満ちていくのがわかる。
どうして欲しいのかわからない魔力を、どういう仕組みで喰っているのかもわからないまま、ただただ夢中に魔力を喰らう。
魔術から、大気中から。
しかし、足りない。足りない。足りない……。
どうすればいいのか、と考えた時、もの凄い魔力を感じた。
少しだけ見えるようになった目でナツキは魔力の持ち主を見る。それは銀髪の青年であり、少女のようで少年のような魔族、黒髪の女性、そして桃色の髪を持つ少女だった。
彼等のことは知っているはずなのに、名前が出てこない。
銀髪の青年は、駄目だ。魔力を奪えば彼自身が危ない。同様の理由で黒髪の女性も駄目だ。
少女か少年かわからない魔族は魔力総量が多いものの、根本的に足りない。
そして、桃色の髪を持つ少女――彼女であれば魔力を奪っても問題はなかった。いや、余裕でお釣りが来る。
ナツキはほとんど無意識に、桃色の髪の少女に向かって手を伸ばした。
「俺に、魔力をくれ」
*
ストロベリーローズは最初、何を言われたのか理解できなかった。
そのせいだろうか、親友の忘れ形見は必死にこちらに手を伸ばして、再度言葉を放つ。
「俺に、魔力をくれ……魔力が足りないんだ」
たったそれだけの言葉を頼りに、ストロベリーローズは瞬間的に頭を使う。
様々なことを思考し、そして一つの結論にたどり着いた。
そして……
「わかった。私の魔力をあげるわ、リリョウちゃん。みんなちょっと離れて」
「ストロベリーローズ様!」
「母上、何をっ?」
アイザックとティリウスが叫ぶが、彼女はそれを無言で制してナツキに近寄ると、彼の差し出された手を優しく握った。
その瞬間、ストロベリーローズの内側から、魔力が消えるのがわかった。
もの凄い脱力感と疲労感が幼い外見をした「魔王」に襲い掛かる。
過去に大規模広域魔術を幾重にも展開した時、もっとも魔力を消費したと思えるストロベリーローズだが、今はそれの比ではないほど魔力が奪われていくのがわかる。
あっという間に、魔力の半分が喰われた。
思わず膝を着いてしまう。
「母上!」
「お母様!」
子供たちが心配の声を上げるので、彼女は二人に笑顔を見せる。
だが、内心では驚愕に包まれていた。
ストロベリーローズは「魔王」だ。それも、魔術を得意とする「魔王」である。
ゆえに、その保持する魔力は桁はずれてであり、規格外だ。
だが、ナツキは彼女の魔力をあっという間に半分も喰らったのだ。半分、で何をと大袈裟に聞こえるかもしれない。
しかし、考えて欲しい。
「魔王」の魔力を、歴代の「魔王」の中で最も魔術に優れ、桁外れの魔力を保持する「魔王」の魔力を半分喰らったのだ。
――普通なら、その魔力に逆に喰われてしまう。
なんて規格外な子、とストロベリーローズは思った。
自分自身も昔から規格外だとは思っていたが、親友の息子も相当な規格外だった。
(まったく、親子揃って……)
魔力を喰われながらも思わず苦笑してしまう。
そして、気が付けば、ストロベリーローズの魔力は九割が失われていた。
「……っ、さすがにここまでくると、しんどい、かも」
周囲が心配する中、ストロベリーローズは笑ってみせる。
彼女が今できることは、親友の忘れ形見に魔力を分け与えること、そして周囲にできるだけ心配させないことだった。
そして、ピタリとナツキがストロベリーローズの魔力を喰らうのをやめた。
同時に、この場にいるすべての者が驚きの声を上げる。
「傷口が塞がっていく……」
そう呟いたのは誰だったのか、それとも全員だったのか?
ナツキの体から強い魔力を感じる。そして、その魔力が、まるでナツキの体を作っているかのように傷を消していくのだ。
「ぐ、あ、あああああああああああああッ!」
急速過ぎる回復に、強烈な痛みを覚え、大きな声を上げてナツキはのた打ち回るが、それもたった数分のことだった。
そして――
「はぁ、はぁ……ようやく、目が覚めた気がする」
みんなを心配させた馬鹿<ナツキ>は、どこかすっきりした顔でそんなことを言ったのだった。
*
ナツキは長い眠りから覚めた気分だった。
飢えのような感覚はもうない、それどころか満ち足りている。
「ごめん、ちょっと休ませてー」
そう言って尻餅を着くストロベリーローズを見て、ようやく自分が誰から魔力を奪ったから思い出した。
慌てて、起き上がり彼女を支えるナツキは、同時に感謝の言葉を言う。
そんなナツキにストロベリーローズは気にしなくていいと可愛らしい笑みを浮かべるのだった。
「ナツキ様、もうお体は大丈夫なのですか?」
「リリョウ! 貴様はどれだけ僕たちに心配を掛けたと思っているんだ!」
距離を取っていたアイザックとティリウスがやってきて、それぞれの思いを言葉にする。
「悪い悪い、でももう大丈夫だ。正直に言っちまうと、ちょっとズルイ気がするけど、もう大丈夫。俺は、前よりも少しだけ強くなれた」
そう言ってみせるナツキはアイザックから見ても、ティリウスから見ても何かが変わっているように感じた。
事実、ナツキは変わったのだ。
いや、正確にいうならば、ようやくこの世界へ馴染んだ。
由良夏樹という地球で育った人間から、リリョウ・ウィンチェスターというこちらの世界の魔族へ体が、魂が、すべてが戻ったといっていいだろう。
世界観が変わったわけでない。知識が増したわけでもない。
ただ純粋に、力が跳ね上がった。同時に、それにともなって体が由良夏樹という殻を破り、リリョウ・ウィンチェスターとなった。
「これで、ようやく本当の意味で、俺はリリョウ・ナツキ・ウィンチェスターと名乗れる気がする」
そんなナツキの呟きに、二人は首を傾げるが、たった一人だけ笑みを浮かべる。
ノワルだ。
彼だけは、ずっとナツキのことを見守り続けていた。そして、安堵する。無事に試練が終わったのだと。
ノワルはすべてを理解しているわけではない。それはナツキ自身も同様だろう。
だが、力を欲して、力を得たのは確かなのだ。
ノワルはゆっくりとナツキに近づくと、声を掛けた。
「どうやら成功したようじゃのう?」
意地悪く笑ってやると、ナツキは不敵な笑みを浮かべてこちらを睨みつける。
「ジジィ、よくも散々やってくれたな……いきなり目を切りやがって!」
同時に、ナツキとノワルの間で金属同士がぶつかり、火花を散らし、ボロボロとなった道場の一部をその余波でさらに破壊した。
「……ほう」
ノワルは驚きと関心を混ぜた声を上げる。
一方、ナツキは少し不満顔だ。
「まだアンタよりも弱いか?」
「いや、結構全力で止めたからのう。そうでもないじゃろう。まぁ、後は経験と、力になれることじゃな」
そのやり取りにもそうだが、いつの間にかナツキに手には刀が、ノワルの手には剣が握られ、互いに打ち合ったのだと理解した周囲の面々は驚くしかなかった。
一切、二人の打ち合いが見えなかったのだから。
「ところで……さ」
「うん? なんじゃ?」
少しだけ躊躇った後、ナツキは問う。
「このボロ道場、なんでこんな有様になってんの?」
剣か刀、とにかく刃を持った馬鹿が力の限り暴れなければこんなにボロボロにはならいのでは、と首を傾げるナツキに。
「お前のせいだっ!」
と、ノワルを含む、その場の全員が突っ込んだ。
そして、ティリウスは、何故最後にオチをつけるんだ、貴様は……と、盛大に呆れていた。
*
「それで、お前さん、結局鋼の属性はどれを手に入れたんじゃ?」
ノワルのそんな問いかけに、アイザックやティリウスはもちろん、その場にいる全員が興味を持つ。
「いや、なんも」
「は?」
思わず、間抜けな声を上げてしまうノワルだった。
そんな反応を見て、説明不足だと悟ったナツキは慌てて補足を入れる。
「待て待て、最後まで言わせろって。属性っていうのは、鋼に宿す炎や風とかだろう? 俺はそういう力は手に入れなかったんだ」
「……おかしいのう、それでは失敗ということか? しかし、お主からは力を感じるんじゃがのう」
「うん、力自体は手に入れた。俺の属性は鋼――鋼の中の鋼だ」
ナツキの言葉を受けて、ノワルはなるほど、と頷いた。
ノワルは思う。
ナツキは、歴代の鋼を持つ者とは違う力を手に入れたのだと。そして、違う選択をして、今後もそうしていくのだろうと。
鋼とは心の力だ。
いや、鋼だけではない、魔族が手に入れることができる力は心の力だとノワルは思っている。そして、その思いは間違っていないだろう。
リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターは強くなる。絶対に。
自分よりも、リリョウの母よりも、ずっとずっと強く。
「楽しみじゃのう」
どこまで強くなるのか、そしてその力をどういう風に使っていくのか、本当に、本当に楽しみだった。
――メアリよ、お前の息子は可能性に満ちておるぞ。
もう二度と言葉を交わすことのできない愛弟子を想い、ノワルはメアリの残した忘れ形見に自身の技を託そうと思った。
最も優秀であった弟子であるアイザックにも、メアリにもすべてを託すことができなかった。
今まで誰にも託すことができなかった。
ある一定の高みに上った者としてその技術を技を残すことができないというのは残念であり、悔しくもあり、そして寂しいことでもあった。
しかし、ナツキなら託せるかもしれない。
ただ敵を殺すだけしかできなかった技術を技を、もっと別の使い方をしてくれるかもしれない。もっと違う続け方をしてくれるかもしれない。
一つだけ、問題があるとすれば、自分の技術と技を欲しがってくれるかどうかだが、そこは言葉巧みでなんとかしたいと思う。
(とりあえずは、このボロから倒壊寸前となった道場をなんとかせんとな……)
一体、いくら費用が掛かるのだろう、そんなことを考えながらも、少しだけノワルは嬉しそうに笑みを浮かべたのだった。
二ヶ月もの間が空いてしまいましたが、最新話投稿しました!
言い訳をさせていただきますと、今後の展開に合わせて色々と試行錯誤している内に、あっという間に時間が経ってしみました。
読んでくださっている方には本当に申し訳ない気持ちで一杯です。すみませんでした!
相変わらずのスローペースだとは思いますが、今回のような間の空け方は今後は無いと思いますので、どうぞ今後もよろしくお願いします!
今回でようやく力を手に入れたナツキです。
次話から、色々と物語が動き出しますので、楽しみにしてくださると嬉しいです!
ご意見、ご感想、ご評価をいただけると、とても嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!