EPISODE33 「弱いのは、嫌だな……」
炎と鋼は共にあった。
鋼にその力を与え、始まりのきっかけとなった。
雷は鋼と共にあった。
足りない部分を補うように、鋼に多大な力を与える相性良い存在となった。
風は鋼と共にあった。
鋼を遠くまで運び、鋼をその速さと鋭さで補い続ける補佐であり続けた。
水は鋼と共にあった。
時に冷やし、時に清め、奮い立つ鋼を落ち着かせる安らぎを与えた。
大地は鋼と共にあった。
鋼は大地から生まれ、そして旅立つ。いわば、母のような存在であった。
空は鋼と共にあった。
鋼を見守り続け、太陽が鋼を照らし、そしてそれは今でも変わることはない。
海は鋼と共にあった。
幾千の生き物たちが鋼によって人々の糧となった。ゆえに海は人々にとって恵みをもたらし続ける。
光は鋼と共にあった。
鋼は光を纏い、その眼も眩むような光の剣で闇を切り裂いた。
闇は鋼と共にあった。
光と対なる闇は負なる印象を抱かれる。だが、時には過った光を正すのが鋼と闇の役目であった。
神は鋼を拒み続けた。
唯一、その身を傷つけ、殺すことができる鋼を――鋼の力を拒み、恐れ続けた。
それはいつまでも変わらない。
ゆえに神は鋼を呪う。忌み嫌う。憎悪する。
世界は常に鋼と共にあった。
世界を守る為にいつの時代でも鋼は振るわれる。
――鋼は世界に選ばれた贄である。
*
それは突然だった。
「ノワル様ッ! 何を!」
シャルロットが叫ぶ。ジェスも息を飲むのがナツキにもわかった。
だが、彼はそれどころではなかった。
「あ……ぁあああああああああああああああッ!」
顔を、いや正確に言えば、目元を横一閃に切られ、大量に出血していた。
ナツキは突然襲ってきた痛みと、視界が暗くなったことで絶叫する。
「ノワル様ッ! どうしてこんな暴挙をするのですか! ジェス、兄上の所へ行って巫女たちを」
呼んで来い、と言おうとしたのだろう。しかし、シャルロットは口をパクパクとさせるだけで続けることができなかった。
何故か?
それは、ノワルがシャルロットとは圧倒的な差がある魔力を解き放ったからだ。
「すまんが、これは必要なことじゃ。ワシは巫女でないのでのう。中への入り方が、こんな乱暴なやり方しか知らん」
ノワルはそう言って、杭を取り出すと、倒れて暴れているナツキの四肢を床と縫いとめる。
「があああああああああああああああッ!」
さらなる痛みが増したことで、ナツキの絶叫も続く。
しかし、ノワルは淡々と四肢を縫いとめられてももがこうとするナツキの背に足を置いて動きを止めると、真っ青な顔をするジェスに向かって指示を出す。
「上級な結界を何枚も頼むぞ、さっきも言ったが七割でええからのう」
「……は、い」
頷くジェスもこんな展開は想像していなかったようだ。声が震えている。
ノワルはナツキの背を踏んだまましゃがみこむと、耳元でそっと囁くように告げる。
「痛い思いをさせてすまんな。じゃが、これはワシらの身を守る為の手段じゃ。ええか、今からお前さんの試練が再び始まる。何がどう起こるのかはワシにもわからん……じゃが経験上、この段階へ来ると試練中に本人が大暴れするんじゃよ。じゃから、目を潰し、四肢を縫わせてもらった。もっともそれでもどうなるかはわからんが」
「……」
痛みのせいだろうか、それともショックを起こしているのか、ナツキからは反応がない。
「では始めるぞ?」
返事を待たないまま、ノワルは一本の小刀を取り出すと、ゆっくりと、だが確実に、ナツキの心臓に突き立てたのだった。
「無事に帰ってくるんじゃぞ」
*
「ここね、あのノワル様のご自宅は」
「……本当にここなのですか?」
ティリウスとヴィヴァーチェはナツキを追いかけて、ノワル邸に辿りついていた。
だが、大きな声で呼びかけても建物からは返事が無く、無人ではと思わせるほどだった。
「本当にリリョウはここにいるのか?」
ティリウスが首を傾げた瞬間だった。
ドンッ、という爆発音の大きなゆれが、ノワル邸の一角からしたのだった。
二人の行動は早かった。
すぐに、蹴破るように扉を開けて入ると、爆発音のした場所へ向けて、一秒でも無駄にしないという雰囲気で走った。
「うそ……」
「な、なんなんだ、リリョウ……」
そして二人は信じられないモノを見た。
目元から血を流し続け、四肢には杭が刺さっているリリョウ・ナツキ・ウィンチェスターだった。
だが、彼はそんなになっているというのに、笑みを浮かべている。
そして、柄も得もない刀の刃の部分を握り締め、笑みを浮かべている。
「何が起きているんだ、リリョウ!」
震える声で、ティリウスは叫んだ。
*
気がつくと、目の痛みも、四肢の痛みも無く、ただただ何も無い真っ暗な闇の中にナツキはポツンと一人立っていた。
いや、正確には立っているのかどうかもわからない。
「何処だ、ここは? それに、クソジジィにやられた傷がねえ……どうなってるのかさっぱりだ」
辺りは黒一色だというのに、自身の手足ははっきりと見える。
それが妙であり、気味が悪い。
目や腕を触り、改めて確認するがやはり傷らしい傷はなかった。
そうこうしている内に、ふと気付く。
誰かが見ていると。
「誰だよ?」
声に出すと、スッと音も立てずに現れる鋼の刃。
「だろうと思った」
見覚があると、ナツキは笑う。
その刃は、洗礼の時に自身の中から現れた刃そのものだったから。
どういう訳だか知らないが、試練はもう始まっているのだと理解する。
「で、俺は何をすればいいんだ? できれば、もう前見たいのはこりごりだぜ、陰湿過ぎるんだよ」
返事が無いと分かっていても、言わずにはいられなかった。
自実、前回のような試練は御免被りたいのは本心だから。
そして、信じられないことに、返事が返ってきた。
――その心配はない。
「は?」
自分でもきっと間抜けな声を出していると、ナツキは思った。
だが、信じられないものは信じられなかった。
刀が喋りやがった……
――この精神世界において、貴方と私は繋がっている。いや、そもそも私は貴方の一部であるのだから、意思相通は可能なのだ。
分かるような、分からないことを言いやがる。と、ナツキは思う。
だが、意思疎通ができるのなら話は早い。
「なら手っ取り早く聞くけど、俺は何すれば良いんだ? 正直、あまり時間が無い。いや、違うか……なんだかわからねーけど、時間が無い気がする。だから、俺は早く、強くなりたい」
――是。私は貴方を強くするために、いや、私は貴方の力になるために現れた。
「力になる、ため?」
――是。本来なら貴方が最も敵対したくない相手と戦うことによって、貴方の在り方が決まると同時に私の力も決まる。そして、貴方は一人傷つけたものの、例え自身が何度殺されようが仲間には手を出さない、出したくないという結論を出した。
「そんなの当たり前だろう、好き好んで仲間を傷つける奴なんているかよ」
――否。人間、魔族、龍族、すべての生き物は貴方のような考えを持っていても実行できる者は少ない。自身のためになら喜んで仲間を切り捨てる者も多々いる。
「俺をそんな奴と一緒にするんじゃねえ!」
ナツキは知らずに怒鳴る。
ただの会話だというのに、酷く心が痛む。
――否。私は貴方をそのような者だとは判断していない。
感情があるのか、ないのか分からないしゃべり方をする刃に、苛立ちながら、困惑しながらナツキは会話を続けていく。
「それで結局、俺は何をすれば良いんだ?」
――是。まずは私との対話。それによって、貴方が私を振るう目的を、貴方が私を振るって斬る相手を、そしてそれに必要な力を決める。
「意味がわからねえ」
――私と貴方で会話をしていけば、次第に分かっていくこと。
「そうかい。じゃあ話そう。何が聞きたい? 何を話したい?」
――是。私は知りたい。貴方がどうして一人の人間のために、そこまで健気に行動するのかが。
「俺の力なら知ってるだろう?」
――否。確かに私は貴方の力であり、貴方の一部であるが、より正確に言えば神が与えた一種の異能。ゆえに、私は欲する。
「欲する……何をだ?」
――感情を。
感情が欲しいと来たか……正直戸惑う。
力を与えてもらうはずが、自分が与える側になっていないか?
そんなことを思ってナツキは唸る。
「とりあえず、色々言いたいことはあるんだけど、それは置いておいて。どうして感情が欲しいんだよ?」
――力は想い。愛、親しみ、憎しみ、寂しさ、悲しさ、多々あるが、その想いの強さが力の強さになる。
――私は鋼。
――ただ振るわれる一つの刃。
――ある者は燃えるような愛を持って、炎を纏い鋼を振るう。
――ある者は耐え切れない孤独から、冷気を纏って鋼を振るう。
――ある者は、燃え盛る憎悪から、炎と闇を纏って鋼を振るう。
「俺は、なんだ?」
――私は、それが知りたい。そして理解したい。
――貴方は稀有な存在である。故に、その力は強大であり、力を九割も失っている状態で今まで戦ってきた。
まて、今……何て言った?
力を九割失っているって、言わなかったか?
――是。確かに貴方は現状でも強い部類に入る。「魔王候補」の中でもそれは変わらない。だが、本来の力を持っていない貴方は、世界を相手にはできない。
――だから貴方は「勇者」程度に殺されかけることになった。
「ここでも、ウィリアム・レクターを程度かよ……」
正直笑える。
ノワルが、刃が言っていることが本当なら、最初に自分が力をしっかりと会得していれば……もっと多くの人が救えたのか? 無残に殺されたあの捕虜たちも救えたのか?
「弱いのは、嫌だな……」
――それが貴方の想いか?
「誰だって弱いのは嫌さ。守りたい人を守れない、助けたい人を助けられない、それは嫌だ」
――しかし、それは自然の摂理だ。弱者は強者には勝てない。
「アンタが言った仲間を見捨てたといか言う話だって、本当にそいつは仲間を見捨てたかったのか? 喜んで仲間を捨てた奴だって、本当に心から喜んでいたのか?」
――否。それは私には分からない。
「きっと、そいつらだって強ければ、力があれば、仲間を守りたかったんじゃないか。だって、それが仲間ってもんだろ? 始めから見捨てるつもりで、捨てるつもりで、そんな打算がある仲間なんてねえよ!」
――それが貴方の想いか?
「わからねえ、今言ったことだって俺の願望だし、きっと理想論だろう」
――しかし、貴方はそう強く想った。
「ああ、だってよ、十人守れる力があれば十人守りたいだろう? 百人救える力があれば百人救いたいだろう? それが人じゃないのか?」
――私には分からない。かつて、千人救える力を持った者はその力を千人殺すために使った。
「……まぁ、俺が綺麗事を言っているのは理解できるさ。でも、俺は千人救える力があったそれを使って千人を救いたいって思うね」
――問。では貴方が救いたいと願う者を救うために、私を振るうって命を奪わなければいけないことも覚悟しているか?
「できれば嫌だけど、誰にだって守れる限界はあるだろう。だから覚悟はしてるよ。俺の進む道に立ち塞がる奴は斬る。それが「勇者」だろうが、「悪魔」だろうが、「神」だろうがな!」
自分でも矛盾していると思うし、嫌な結論だと思う。
守りたい者は守る。だけど、守りたい者を守る為に、その邪魔をするものは倒す。
なんとも救えない結論だ。
だけど、ナツキは諦めてそんなことを言ったわけじゃない。この世界へ着て、自分の力が足りないことを知って、誰にでも限界があることを学んだ。いや、もともと知っていたけれど、改めて学んだ。
なら、貸してもらえば良い。
アイザック、ティリウスたち、そして大和。
世界で一人ぼっちになってしまったわけじゃないんだ。手を差し伸べてくれる仲間がいる。親友もいる。
なら世界に喧嘩売ってでも、自分の限界なんか知るかって吼えて、仲間と一緒に進みたいと思う。
――なるほど、それが貴方の想いか?
「ああ」
――最後に、一つ。どうして貴方は「勇者候補」という「魔王候補」と相反する存在の小林大和を救いたい? 彼は本当に救われたがっているのか?
「まぁ、そりゃあ確かに、大和が救って欲しいだなんて言ってきたわけじゃねえし、必要としているか分からない。でもさ、大和には向こうに家族がいるんだぜ、両親と、妹が。俺にも良くしてくれて、そんな大和の家族が心配で心配でどうしようもないって言うのに、俺に気を使ってくれてさ……だからさ、俺が救いたいのは、助けたいのは大和だけじゃないんだよ。大和を含めた全部を何とかしたいんだよッ!」
それに、とナツキは続ける。
「「魔王候補」と「勇者候補」が確かに敵対しているのは知ってる。だけどさ、俺たちの代でそれが代わるかもしれないだろう。そもそも、国同士が争ってるから相反するんだよ! だったら俺はそれもぶっ壊す。今まで、ただ助けるだ何だと言ってきたけど、俺は本気で決めたよ。俺は、このくだらなく続く国同士の争いをぶっ潰す!」
――大きな目標だ。
「ああ、俺はスケールがでかいからな」
――貴方の想いは分かった。
――貴方の想いは伝わった。
――今から私は貴方の中へ戻る。それと同時に、貴方は文字通り、死ぬほどの痛みを体に、心に負うだろう。
「また知り合いと戦えって?」
――否。貴方はただ、耐えれば良い。ただし、その痛みは尋常ではなく、貴方の味わったことの無い痛みである。また、貴方の感じる心の痛みは、貴方の想いと相反する痛みである。
――貴方にとって、きっと辛く苦しく、狂ってしまうかもしれない。
――だが、ここまで来た以上、引き返すことは無理。貴方はただただ耐えるしかない。
ゴクリ、とナツキは唾を飲み込む。
――私は願う。
――貴方が痛みを耐えて、それでも心が折れずに想いを強く持ち続けることを。
――そうすれば、私は貴方の道を切り開く刃となれる。
そして鋼の刃は消える。
――私は願う。
――どうかまた貴方と再会できることを。
次の瞬間、ナツキの体中に裂傷が走り大量の血が噴出し、理解できない激痛が走った。
そして、心の中でも同時に変化が起きた。
最新話投稿しました。
試練開始です。次回で表ではどうなっているのかが分かります。
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