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EPISODE31 「惹かれるには十分な人だったわ」






「アンタが次期魔王だなんて、ぜっーたいに認めないんだからねっ!」

「……私だって好きで候補になったわけじゃない」


 桃色の髪を持つ少女が黒髪の少女に噛み付くように敵意を表す。

 しかし、それも桃色の少女の愛らしさのせいで、怖いわけではなく、どこか微笑ましい光景にも見えるのだった。


「じゃあ辞退しなさいよ!」

「まったくお前は……この話は何度もしただろう。私とお前、「魔王候補」は前代未聞の二人だけだ。しかも、私は武術、お前は魔術と極端に違う。ついでに性格もな」

「どーせ私は子供っぽいわよっ!」


 そういう意味じゃない、と黒髪の少女は笑う。


「私は自由に生きたい。責任などは重荷にしか感じない。「魔王」となって良き国を作れと言われれば、もちろん精一杯努力はするしそこそこの国を作れる自信はあるが」

「うわっ、嫌な自信……」

「最後まで聞いてくれ。まぁ、だけどお前ならもっと良い国を作れると信じているし、確信がある。なんだ、その顔は?」


 あからさまに驚いた顔をする桃色の髪の少女を見て、彼女は笑った。


「アンタが私を褒めるなんて、以外よね……始めてかしら?」

「褒めた、というよりも事実だ。お前は責任の大切さ、責務から逃げない構えも持っている。そして何よりも、おまえ自身が「魔王」を望んでいる」


 黒髪の彼女は大きく体を伸ばす。


「私は風のように自由に生きたい。もちろん、十二貴族の一人に生まれてしまったから風のようにとまでは無理だろう。だけど、私のたった一度きりの人生だ。やりたいように、後悔しないように生きるさ。お前もそうしろ」

「言われなくても! っていうか、アンタ今でも十分自由に生きてるじゃないの! まだ、自由に生きるつもり? 弟ちゃん、泣くわよ?」

「アイツは泣かしておけばいい、少し気弱な所があるからな。せっかく当主になったというのに、私のために譲るだとか、私がアイツのために譲っただの勘違いをしている。私はただ、枷を少なくしたかっただけだ。そう考えると、枷を弟に押し付けた嫌な姉だな」

「アンタはいつでも嫌な奴よ」


 ふん、とそっぽを向く少女。


「ねえ、アンタは結婚はどうするの? サイザリス様でしょ、婚約者って」

「ああ、まったく父上も余計なことをしてくれる。もう少しで殺すところだった」


 さらりと物騒なことを言う黒髪の彼女に、桃色の髪の少女は冷や汗を流す。

 どうやら最近、ウィンチェスター家の先代当主が大怪我を負ったと話を聞いたが、まさか犯人が実の娘だったとは……。


「まぁとにかく、私はサイザリスと結婚するつもりはないよ。父上が結婚すれば私が落ちつくだとかふざけたことを思ったのが始まりだ。まったく、アイザックが止めなかったら止めを刺せたのに……」

「ちょっと、アンタさっきからぼそっと最後におっかないこと言うのやめなさいよ! まったく、アイザック君も大変ね」

「ま、というわけで、お前は気にせずサイザリスに告白しておけ」

「ななななっ……ななななにを、言っているのかしら?」

「それだけあからさまだと、気付かないふりもしてやれないんだがな……お前がサイザリスを慕っているのは知っているよ。とっとと既成事実でも作って、この婚約話を壊してくれ」


 既成事実。

 そんな言葉に、桃色の髪の少女は真っ赤になる。


「も、もうちょっと、お淑やかになれないの! それに、前から思ってたけど、お姉さんぶるのやめてよねっ!」

「しかし、私の方が年上だぞ?」

「そうだけど、もうとっくに私も成人超えているんだから。同じ立場だし、やめてよって言ってるの!」


 その後、桃色の髪の少女と黒髪の彼女は互いに「魔王候補」という競う立場でありながら、互いに支えあい新しい国を築いていくことになる。

 決して争うことなく、些細な喧嘩をしても、心の底で互いに信頼しているから桃色の髪の少女が「魔王」となってもその関係は続いた。

 それがメアリ・ウィンチェスターとストロベリーローズ・スウェルズの関係だった。

 歴代唯一女性二人だけの「魔王候補」であり、歴代でもっとも力を持ち、優れた「魔王候補」たちであったと言われている。



 *



 突然の母親と姉の登場に、ティリウスは驚きを隠せなかった。

 どうして? 何故? 二人揃って、一体何をしに?

 そんな思いがグルグルと頭の中を回る。


「ナツキ様は、ノワル様とお会いになっています」


 ストロベリーローズの問いにアイザックが答える。

 ふうん、と頷くと、彼女は娘のヴィヴァーチェの方を見る。


「じゃあ、私行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃーい」


 そんなことを言う娘に、にこやかにヒラヒラと手を振るう。


「母上、姉上?」


 ティリウスが不思議そうに尋ねると、ストロベリーローズはその場の全員が驚くのに十分なことを言った。


「はいこれ、ヴィヴァーチェちゃんの書類よ。この子もリリョウちゃんの婚約者候補だから!」


 無邪気な声と笑顔でアイザックに向けて書類を渡そうとするストロベリーローズ。

 だが、そんな突然の出来事に周囲がついていけるわけがなく、彼女以外はしばし固まってしまう。

 そんな彼等を見て、ストロベリーローズは一言。


「あ、そう言えば、ヴィヴァーチェちゃんね、「既成事実さえあればこっちのものよ!」って張り切ってたわよー」


 桃色の髪の「魔王」は愛らしい笑顔でそう言い放った。

 瞬間、ティリウスは姉を追うべき、椅子を跳ね飛ばすようにして立ち上がると、部屋を、宿泊施設を飛び出した。



 *



「し、死にたい……」


 一方、ナツキはここ最近で、いや――この人生の中でもっとも絶望していた。

 ノワルに意識を刈り取られてから目を覚ますと、泥だらけになった自分は綺麗さっぱりしているし、服も変わっている。

 そして、部屋にはどういう訳か、赤い顔をしてこちらを見ようとはしない、シャルロット・フレイヤードが一人。


「こういうオチはいらねえんだよ、このヤロー!」


 とりあえず、怒鳴ってみた。


「ま、まぁ、落ち着け。気を失っていたし、泥だらけのままベッドに寝かせるわけには行かないだろう…………ポッ」

「あからさまに、ポッとか言うなや……」


 もう怒鳴る気力もなかった。

 なんというか、男の尊厳とかそういうものが粉砕された気分だ。


「まったく、男のくせに仕方がないな」

「男だからこそ絶望してるんだよ!」

「ああ、そういえば、ジェスからの伝言だ「ご立派でした」だと…………ポッ」

「しくしくしくしく」


 今日はもう涙が止まりそうになかった。涙が涸れるまでないてやろう。


「さて、からかうのはここまでとして、私のアドバイスも虚しくノワル様に気に入られてしまったな」

「しくしくしくしく」

「ええぃ、いつまでメソメソしているか! ご立派なのだからいいではないか、それともあれか、貴方は貧相でしたと言われて悦ぶ変態なのか?」

「ふざけんじゃねーよ! つーか、もうやめてくれ! 死ぬから、本当に死ぬから! 魂が、心が、もう死に掛けてるから、追い討ちを掛けないでください!」


 もうお婿にいけない……。私、汚れちゃった……。

 そんな、頭の中がお花畑状態になり、なかなか愉快なことを言っているナツキをシャルロットは槍の柄でゴンと殴打すると話を始めていく。


「痛い……」

「ほら、ノワル様が眼が覚めたら話をしたいそうだぞ」


 そこまで言って、シャルロットは少し首を傾げた。


「どうした?」

「いや……そういえば、先程会ったノワル様は随分としっかりしていたというか、まったく呆けているようには見えなかったなと思っただけだ」

「それは良いことなんじゃないかな?」

「……確かに」


 フッ、とシャルロットは笑った。

 ここ何年も呆けているノワルの印象が強いので、呆けていないノワルに違和感を持ったのだ。


「では行こうか?」

「ああ」


 そして、二人は部屋を出てノワルの元へと向かった。



 *



「姉上!」


 宿泊施設から飛び出したティリウスは、スキップをしている姉を怒鳴るように呼び止めた。


「あら、ティリウス。どうしたの?」

「どうしたの、ではありません。姉上は本気でリリョウと結婚したいと思っているのですか?」


 ティリウスの問いに、ヴィヴァーチェは浮べていた笑みを引っ込めて、至極真面目な顔をした。

 そして――


「ええ、本気よ」

「……姉上」


 続ける言葉が出てこないティリウスに、ヴィヴァーチェはさらに言う。


「私のやっかいな立場は知っているでしょう?」

「……はい」

「もっともやっかいと思っているのは周囲で私自身はなんとも思っていないのだけど。でも、そんな周囲だからこそ、私は誰かと結婚なんて考えたことがなかったし、恋をしたこともなかった。でも、彼ならって、前に会った時思ったの」


 大切な思い出を思い出すようにヴィヴァーチェは続ける。


「親友のために本気であそこまで頑張れる人っているかしら? こちらの世界のことなんてほとんど知らないのに、そんな世界の一つの国のためにあれだけの戦いをしてくれる人がいるかしら?」


 そんなバカはアイツだけだ。ティリウスは本気でそう思う。

 だからこそ、惹かれてしまったのだから。


「ティリウスも付き合いは短いけど、私はもっと短い。でも、それでも、惹かれるには十分な人だったわ」


 だから、と念を押すようにティリウスに姉は告げる。


「あなたの事情も分かるけど、本気になりなさい。でないと、本当に私が一人勝ちしちゃうわよ? 私が一番になったら、他に女は近づけさせないわ。例えそれがあなたでもね……今だって、独り占めしたいもの」


 こういところは本当に母に似ていると思う。

 だが、それだけ本気だということは伝わる。きっと、姉がリリョウと結婚したら決して自分の想いは実らないだろう。

 魔国では一夫多妻が可能だが、ヴィヴァーチェはそれを絶対に許さないだろうとティリウスは思う。

 ティリウス自身、立場がそうなれば同じような気持ちになると思う。


「……僕は」


 ナツキの力になりたかった。いや、今もなりたい。親友のためにと、この世界で一人ぼっちになっている不器用な男の力に。

 それにはこの忌々しい体や、想いは邪魔だと思った。

 でも、もしかすると――そんなことはないかもしれない。


「難しいわよね、ティリウスはずっと傍にいたんだから。それもちょっと羨ましいけど。既成事実を、っていうのはお母様と考えたあなたに発破を冗談よ……半分は」

「今、半分って言いましたよねっ!」

「私は今から会いに行くけれど、一緒に行きましょう」

「スルーしないでください!」


 どうやら、僕もそろそろ覚悟を決めないといけないのかもしれない。

 ティリウスは強くそう思った。






最新話投稿します。またしても間が空いてしまったこと申し訳ありません。

次回は、ナツキの強化を始めたいと思います。

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