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EPISODE30 「説明して欲しいなぁ」




 泥だらけとなった亜麻色の髪を持つ少女が、同じく泥だらけとなっている銀髪の少年にこそこそと囁く。


「いい、あのボケジジィが戻ってくる前に逃げ出すわよ」

「でも……先生はきっとまた追ってくるんじゃないかな?」

「諦めたら負けよ! あのジジィ、腕は確かに超が付くほど一流かもしれないけれど、師範としては二流以下よ! だいたい、満足のいく強さか、修行を投げ出してお終いかなんて究極の二択を選ぶなら、もう私は逃げ出すわ!」


 少女の叫びに銀髪の少年は無理もないかなと思う。というか、自分も今すぐに同意して一緒に逃げてしまいたいくらいだ。

 だが、少年がそうしないのは、すでにもうそれが無駄だと知っているからだ。

 そして、彼女が無駄だと知りつつも逃げ出そうとするのは、諦めが悪いからであり、変なところで前向きであるからだった。

 だからだろう。そんな彼女が少年にとって、とても眩しくて同時に恋焦がれていた。


「いい、アイザック。私はね、これ以上強くなる必要はないの! ていうか、これ以上強くなったら嫁の貰い手がないわ!」


 少女にとっては切実な問題だった。

 事実、この数年でありえないほどの実力を得てしまった二人は、大人からも恐れられることもしばしあるのだから。


(それなら俺が……って言えたらいいんだけどな)


 銀髪の少年――アイザック・フレイヤードはそんなことを思った。

 姉のように幼少時から共に過ごし、いつの間にか恋焦がれていた彼女に想いを伝えたくて、だけど今の関係が壊れるのが怖くて、いま一歩弟という立場から進めないでいるのは悩みの種だ。


「それ以前に、これ以上しごかれたら……多分死ぬわ」


 その言葉には素直にアイザックは頷いた。

 先生――ノワル・トワールは容赦が一切ない。相手が子供だろうが、女だろうが、一切の差別なく平等に力を振るってくれる。

 本人は手加減をしているとのことだが、あれで手加減をしているなら魔王だって殺せるんじゃないかと二人は思う。


「という訳で、やっぱり逃げましょう!」

「……わかったよ、メアリ様」


 そして結局二人は捕まり、嬉々としたノワルからの修行を追加されることになる。



 まだこれは、ナツキが生まれるよりも何年も、何十年も前の一コマだった。



 *



 ノワルによってボコボコにされたナツキは、起きる気配もなく地面に突っ伏していた。

 そんな彼にシャルロットとジェスは近づいて介抱しようとする。

 ノワルは気が済んだのか、さっさと屋敷へ戻っていってしまった。


「気に入られてしまいましたね……」

「ああ、気に入られたみたいだな……」


 二人は、今後ナツキに襲い掛かるであろう苦難を思い、黙祷を奉げた。


「しかし、いいんですか? リリョウ・ナツキ・ウィンチェスター様といえば、現在魔王候補の中で新参にも関わらず次期魔王に急に近づいたと注目されている方です。それが、こんなところで耄碌ジジィに捕まってしまって……」


 さりげなく、メイドでありながらノワルを耄碌ジジィ扱いするジェス。だが、そんな彼女の顔は真剣だ。


「確かにそうだな。だが、兄上の話だと、彼は強さを欲しがっている。だから、そのきっかけになればと思ったのだが……」


 無論、それだけではない。

 ナツキの母メアリの師であるノワルに忘れ形見を見せてあげたかったことが一つ。そして、強さを求めるきっかけを得ることができたらと思ったのも一つ。最後に、これはいまいち不安だが、ノワルという立場からメアリの話を聞ければいいのではないかと思ったのも一つだった。

 しかし、ここであまり時間をとられるわけにはいかないのも事実。

 リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターは現在少々複雑な立場にあるからだ。


「ところで……勇者と親友って本当なんですか?」

「そうらしい。私もそこは是非聞きたいところだ」


 二人が気になってしまうのも無理なはいことである。

 魔族と最も敵対しているノルン王国に召喚された「勇者候補」と「魔王候補」が親友とは前代未聞のことだった。

 同時に、ナツキはすでに「勇者候補」を一人殺している。それは現在の「魔王候補」の中では誰も成し遂げていないことである。最も、それに関して、ナツキがそれを誇ることはないだろう。

 そして、鋼という特殊な力を持ち、まだまだ不完全で未発達ながらも「勇者」と戦った経験もある。そして、重症を負ったとはいえど、生還しているのだ。

 他の「魔王候補」にここまでの実戦経験を持つ者はそうはいない。「勇者」と戦った「魔王候補」になるとまずいないし、いたとしても戦ったのではなく、殺されたになるだろう。

 これらを見るだけで、注目を浴びるのは当たり前だった。

 しかし、そんなナツキの周囲にはアイザックを始め、魔王を中心とする和平派が固めている。強硬派はそれが許せないと思う者までいる。

 「魔王候補」にとって「魔王」になるのは力だけではない。もちろん、純粋な力を求められることもあるが、結局のところ民の為にどれだけ良いことを出来るかだ。

 民がいなくては国は生まれない。だからこそ、民をないがしろにする魔王などは必要ないのだ。

 だが、そんな民に支持してもらうには自身の力を、有能さを知ってほしいと思ってしまうのは無理が無いことである。そして、それを最も効率的にする手段が戦いだ。

 悪魔討伐でも良い、隣国との諍いを解決しても良い、小規模な戦争を解決することも手段だ。

 和平派であるナツキもそれは同じだった。

 だが、彼は周囲が手を回したのかはわからないが、あくまでも国を守るという行動だけで「勇者候補」と戦った。それも「魔王候補」となってすぐにだ。こんなことは例がない。

 だからこそ、民の間で噂となる。自然と話が集まる。

 そして、派閥など関係なく貴族たちはナツキを欲しがるのだった。


「実際問題として、兄上も彼に来る大量の申し込みには参っているらしい……」

「婚姻のですか?」

「ああ。母親であるメアリ様が鋼の力を、そして彼もまた鋼の力を得ている。中にはその力が遺伝するのではと思う者もいる」

「まぁ、遺伝しないわけではないですよね。必ずではないですけれど」


 ジェスの言葉にシャルロットは少し考えてから頷く。


「そうだな。まぁ、それも全てではない。力に関しては巫女を束ねる姫巫女か魔神でない限りわからないだろう。現に、私の力は氷だが、兄上は炎、似ても似つかない」

「シャルロット様……」


 顔を曇らせて自嘲気味にそんなことを言ったシャルロットに、思わずジェスは声を掛ける。

 そんな彼女に、すまないと詫びると、シャルロットはナツキの落とした緋業火を拾い鞘に収めた。


「とりあえずは風呂に入れてしまおう。ここまで泥だらけだと、ベッドに寝かすこともできない」

「はい!」


 さっきの曇らせた表情はなかったことのように、シャルロットは切り替える。

 その心情を察して、ジェスも返事をした。


「じゃあ、お風呂に運びますね」


 そう言って、ジェスは気を失っているナツキを、ひょいと片手で担ぐ。

 一体、どこにそんな力があるのだろうか?

 余談……になるかは分からないが、この屋敷に使用人はジェスしかいない。気を失っているナツキを風呂に入れるとなると、呆けているノワルができるとも思えないし、必然的に彼女の仕事となる。

 

「……私も手伝おう」


 どういう訳か、少し考えてからシャルロットはそんなことを言う。

 心なしか、頬が赤いのは気のせいだろうか?


「助かりますッ!」


 目を覚ました時、ナツキは一体どんな反応をするのであろうか?



 *



 時間は少し遡る。


「さて、皆様に残っていただいた理由はもう既に分かっていると思います」


 ナツキと妹が出かけてすぐに、アイザック・フレイヤードはそう切り出した。

 宿泊施設の食堂にはアイザックを始め、ティリウス、ローディック、そしてアシュリーの四人だけだ。人払いも済んでいる。

 まだ熱い紅茶を一口飲むと、アイザックは続けた。


「いまから話すことはあまり口外して欲しくありません。いいですか?」


 三人が頷くのを確認してから彼は続ける。


「ナツキ様には現在、多くの婚姻話が届けられています。理由はわかりますね、貴女は特にです」


 アシュリー・カドリーを見据える。

 そして彼女も頷いた。


「現在、ナツキ様の立場はとても微妙です。和平派という派閥に組み込まれてはいますが、それは「勇者候補」として強制召喚されてしまったご親友を救うためです。強硬派――和平を嫌う者たちの中には「魔王候補」を集めているという動きさえあります。同時に、いままで静観していた中立派も動き始めました。それが今回の婚姻の話です」


 アイザックは淡々と説明をしていく。

 強硬派にとって、ナツキを取り込むために婚姻を。中立派にとってはナツキの功績によって和平派に着いたほうが良いであろうと思い、ようやく腰を上げたのだと見ている。


「幸い、断ってしまっても問題ないお相手ばかりなので都合が悪い方や面倒なことになりそうな方は容赦なくお断りさせていただきます」

「全部とっとと断ってしまえ!」


 ティリウスがそんなことを言う。

 ティリウスにとってはナツキの婚姻話というのが面白くない。


「問題もあります。些細な問題なら私がすべて片付けましょう。しかし、問題は貴女です――アシュリー・カドリー」

「……そうだろうな」


 アイザックの言葉に、彼女は頷く。そして、理解していた。自分がリリョウ・ナツキ・ウィンチェスターと婚約、もしくは婚約者候補になってしまうと起きることだ。


「貴女は「魔王候補」を辞退するつもりなのですね?」

「そうだ」


 躊躇なく返事をした彼女に、ティリウスは思わず掴みかかりそうになった。

 無理も無いだろう、ティリウスは「魔王候補」になりたくてなりたくてずっと努力をしてきたのだから。

 いくら心の中で折り合いを付けたとはいえ、見過ごすことはできないことだった。


「ティリウス様、落ち着いてください。まだ、話は終わっていません」

「……ふんっ」


 ティリウスは目の前に置かれているティーカップを掴むと、紅茶を一気に流し込む。

 普段ならそんな品の無いことはしないのだが、それだけ苛立っているということだ。


「しかし、貴女は良いのですか? 「魔王候補」同士の婚姻、婚約は国の法で許されてはいません。その場合は、どちらかが「魔王候補」という立場を捨てなければいけません。そして、私たちはもちろん、ナツキ様もご親友を救うためにはその立場を捨てることはできないのですよ?」

「……すべて承知の上だ」


 そう。「魔王候補」同士の婚姻、婚約は国の法で禁じられているのだった。

 なぜならそれは、かつて「魔王候補」同士の婚姻で大きな問題となり、内乱――とまではいかないものの、国を騒がせるのには十分な戦いが起きたことがあるからである。

 だからこそ、「魔王候補」同士が関係を結ぶとならば、どちらかがその立場を放棄しないといけないのだ。


「私の知る限り、貴女は誰よりも時期「魔王」にと自身を思っていたのでは?」


 アイザックはそう思っていた。ナツキにもそう話したことがある。

 だからこそ、不思議でしかたがないのだ。

 同時に、何か企んでいるのではと思ってしまう。

 そんなアイザックの心情を読み取ってか、アシュリーは苦笑いをしてみせると、口を開いた。


「アイザック殿の心配もわかる。私は誰よりも「魔王」に相応しい、私以外では駄目だ……そう振舞ってきた。だが、それはそういう風に教育をされたからだ」

「アシュリー・カドリー。その言い方だと、貴様は「魔王」を「魔王候補」を望んでないように聞こえるぞ」

「その通りです、ティリウス様。私は「魔王」にも「魔王候補」にもなりたいとは思っていない」


 その言葉に、アイザックたちは驚きを隠せなかった。

 そんな反応を見てアシュリーは苦笑しつつ、続ける。


「すべては父上が望み、そう私が育てられたからだ。今回のナツキ殿への婚姻話も、「魔王」に近いナツキ殿と私を婚約させて彼を後ろ盾に私を「魔王」へと父が考えた下らない策にもなっていない考えだ」

「どうして貴女は……」


 ナツキに会いに来たのか?

 今の立場を捨てたいのか?

 そう、アイザックが疑問を問う前に、彼女は続けた。


「今回、私がナツキ殿に会いに来たのは父上が考えた馬鹿な計画を伝えるためだ。同時に、私と婚約者になってもらうことで私は立場を捨てたいと説明したかった」

「待て……」


 アシュリーの説明に、ティリウスが口を挟んだ。

 アイザックとローディックはティリウスの顔を見て、やばいと本気で思う。

 次の瞬間、ティリウスは抜刀し、アシュリーの首筋へピタリとサーベルを押し当てていた。


「「魔王候補」や「魔王」を望まないのは貴様の勝手だ。父親に振り回されているのかもしれない、それには同情もしよう。だが、僕には我慢の限界だ! つまり、貴様は自分の為にリリョウを利用すると宣言しているのだぞ!」

「そ、それは……」


 初めて、アシュリーの声が震えた。

 そこまで深く考えていなかったのかもしれない。


「あの馬鹿を貴様が本当に好いているなら我慢をしよう、しかし貴様の話は自分のことだけではないか? そこにリリョウの意思はあるのか?」

「だ、だが、ナツキ殿も「魔王候補」が一人脱落すれば」

「黙れ」


 低く、冷たい声でティリウスは言葉を遮る。

 同時に、サーベルの歯が首に少し食い込み、血が流れる。


「ティリウス様、おやめください」

「ティリウス様!」


 アイザックたちが声を掛けるが、その声が聞こえているのかすら怪しい。

 怒りのためか、魔力が漏れてバチリとティリウスの周囲で紫電が走る。


「貴様にリリョウの何がわかる。アイツは「魔王候補」にも「魔王」にもなりたいなどと思っていない。それでもなってしまったから、それが親友を救う手段があるからと言って利用するだけではなく、魔国のためにその責務を果たそうとしている。そんなアイツを貴様は利用しようというのか?」


 それは静かな殺意だった。

 もしもアシュリーがここで不用意な発言をすれば、ティリウスは躊躇いなく押し当てている刃で彼女を切り裂くだろう。

 アイザックもローディックも迂闊に動くことができない。


「はい、それまでー」


 そんな時だった。

 人払いをし、一切人を近づけないようにしていたこの場所へ二人の人物が突然現れたのだ。

 しかもそれは――


「ストロベリーローズ様、それにヴィヴァーチェ様……」


 アイザックは驚きを隠せずに、呟くように名前を呼んだ。

 「魔王」とその娘の登場だった。


「なんだか、面倒なことになっているわね? そういえば、リリョウはどこかしら?」


 ヴィヴァーチェ・スウェルズ、ティリウスの姉が、空気を読めないことを言う。


「母上……姉上……」


 そこで初めて、ティリウスのサーベルを握り手から力が抜けた。

 そして、それを見逃すアイザックではなかった。

 あっという間に、ティリウスからサーベルを奪い取ると、足を払って椅子に強制的に座らせる。


「流石、アイザックちゃん!」


 そして「魔王」ストロベリーローズは、いまだ緊張を隠せないアイザックとローディック、怒りを込めた感情をむき出しにしたティリウス、そして体をわずかに震わすアシュリーを見回すと……


「説明して欲しいなぁ」


 可愛らしい声でそんなことを言った。







時間がまたしても空いてしまいましたが、最新話投稿させていただきました。

今回はアイザックサイドをメインに、アシュリーの目的などを書かせていただきました。冒頭では過去話も短いながらに入れてみましたが、いかがだったでしょうか?

ご意見、ご感想、ご評価などをいただけると、とても励みになります。どうぞよろしくお願いします。

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