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EPISODE29 「ワシがお主を強くしてやろう」






 かん高い音と共に、緋業火が弾き飛ばされ、刀をなくしたナツキは老人によって腹部を蹴られ地面を転がった。

 胃液を吐きながら咳き込むナツキを見て、老人は一言。


「お前さん、弱いのう」


 そんなことを言って笑う。

 倒れ咳き込んでいるナツキは、服は破け、顔も土塗れになっている。さらに、殴られ蹴られた証拠として、ボロボロだった。

 

「この、クソジジィ……ボケ老人のクセに……」

「……飯はまだかのう?」

「ぶっ殺す!」


 呆けたふりなのか、それとも素で呆けているのか、どちらにせよナツキを怒らせるには十分な言葉だった。

 緋業火を拾うと、老人に向かって掛ける。

 炎など邪魔なものは纏わない。速く、速く、速く刀を振るう。

 ただそれだけを考えて、ナツキは緋業火を一閃した。

 だが……


「何度も言うが、遅すぎるのう」

「おい、おい……嘘だろ?」


 信じられないことに、一閃した緋業火の上に老人は片足で立っていたのだ。

 だが、ナツキには老人の重みも何も感じない。

 どのような原理で刀の上に立つなどということができるのか、想像すらできなかった。


「嘘じゃないわい」


 その言葉と共に、顎を蹴りぬかれたナツキは反るようにして後ろに大の字になって倒れてしまう。

 脳を思い切り揺らされたせいか、体が動いてくれない。


「まだまだ未熟だのう」


 ホッホッホッ、と笑う老人の声を聞きながら、ナツキは意識を手放した。

 老人と出会ってから数時間、力試しだと言われて戦うことをして一時間……結局、ナツキの攻撃は老人に掠ることさえせず、老人は剣を鞘から抜くどころか使うことすらなかった。

 完膚無く負けた。

 遊ばれるように負けた。


「やっぱり未熟じゃ、メアリの小僧よ」


 老人は気絶しているナツキを見て、軽く目を細めると、少しだけ嬉しそうに笑った。



 *



 ナツキが老人と戦い、完膚無く負けるより数時間前。

 ことの始まりはアイザックの一言だった。


「ナツキ様、さっそくで申し訳ありませんが、メアリ様の師であるノワル・トワール様にお会いになってきてください」


 食堂でナツキをはじめ、アイザック、ティリウス、ローディック、そしてアシュリーは朝食を取っていた。

 一人、少しだけ寝坊したナツキはようやく食べ終わるところだが、他の面々は食べ終えている。巫女たちも既に食事は済ましていて、各自部屋に戻っている。

 アシュリーが悪魔から助けた少女は、よほど疲労が溜まっていたのか未だ目を覚まさずに休んでいる。

 ようやく朝食を終えたナツキは、水を飲み干と返事をする。


「ああ、わかった。だけど、その言い方だと、アイザックは一緒に来ないのか?」


 そんな疑問に、アイザックは申し訳なさそうな顔をする。


「ええ、申し訳ありませんが、少々やらなければいけないこともありますので。ナツキ様には、シャルロットが着いていってくれます」

「あー、妹さんか。ティリウスは?」

「ティリウス様にはこちらの用事を手伝っていただきたいので、申し訳ありません。それにシャルロットはノワル様の弟子でもありますので、色々と都合が良いのですよ」


 アイザックはそう言って、微笑むが、何がどう都合が良いのかナツキにはさっぱりだ。

 だが、いままで彼がナツキに対してマイナスになることはしたことがなかった。それゆえか、ナツキも特に何も思わずに、わかったと返事をしてしまった。

 もっとも、ナツキは気付かなかった。

 ティリウスが少し不満げな顔をしていること、アシュリーも顔には出ていないが、若干の不安や不機嫌などが混ざった雰囲気を出していることに。

 そして何よりも、いつものアイザックの笑顔がどこか固いことに。


「妹は既に待っています。早いにこしたことはありませんので、さっそくノワル様にお会いに行ってください」

「はいよ」


 ナツキは返事をすると、開いた椅子に立てかけてあった緋業火を持って、コートを羽織ると、アイザックに笑顔で送り出された。

 そして、ナツキが宿泊施設から完全に離れたことを確認したアイザックは、人数分の紅茶を持ってくるように給仕に頼むと、ナツキに見せていた笑顔とはうって変わった厳しい表情をした。


「では、ナツキ様がいらっしゃらない間に、我々だけの話を済ませてしまいましょう」



 *



 シャルロット・フレイヤードに対して、ナツキは若干の苦手意識を持っていた。

 まず出会いが良くなかった。

 ナツキたちは武器を向けられた。だが、武器を向けた方にも理由があった。

 自分だけの考えだけで、怒りをあらわにしてしまったナツキはどうもなんとも言えないような、くすぶった感情を持っていた。

 だからと言って、改めて謝るのも違う気がする。

 そして、結局そんなこんなで、そのくすぶった感情は苦手意識のようなものになってしまっていたのだった。


「ええと、それで……そのノワルって人はどこにいるんですか?」


 苦手意識のせいか敬語なナツキに、シャルロットは淡々と答えた。


「隣町に道場のようなものを持っている。とはいえ、そこまで盛んに教えているわけでもない」

「えーっと……」


 意味がわからない、と言っていいのか悪いのか。

 言葉を選んでいるナツキに気付くと、シャルロットはああ、と思い出すように言葉を続ける。


「貴方はまだこちらのことを知らないのだったな。説明させてもらうと、武術などを学びたければ、軍やそれぞれの領地にある兵になれば技術を学ぶことはできる。だからこそ、わざわざ誰かの弟子にとなってまで何かを習おうとする者は少ない」

「なるほど」


 もちろん、例外はある。

 例えば、魔国中に、または他国まで名の知れ渡った者や、その流派などを学びたいと思う者は兵士にならずに、門下生となる場合もないことはない。


「それにノワル様には色々と問題があってな、実力は折り紙つきだったのかもしれないが、あまり弟子はいなかった」

「なんか、過去形ですね」


 ナツキの言葉に彼女は頷く。


「過去に弟子を取っていたが、あまり教えることに長けていなかったのだろう。ノワル様に憧れ、弟子となった者は当初多くいたが、そのほとんどがあまりにもの厳しさで逃げ出してしまったのだ。特に流派などは名乗っていないが、ノワル様に弟子入りすると、辛くて逃げ出すか、免許皆伝――といっても免許などは無いが、自身でも納得ができる強さを得ることができる、の二つしかない」

「極端過ぎる二つだ……」


 嫌過ぎる両極端だとナツキは呟き、そうだな、とシャルロットは笑う。


「性質が悪いことに、気に入られてしまった者は、逃げ出しても捕まって、そしてまた逃げて捕まるという究極の試練が待っている」

「さ、最悪だ」


 ちなみに、と咳払いすると、シャルロットは少し言いづらそうに。でも苦笑する。


「その、気に入られたせいで逃げ出せなかった者の中には、メアリ・ウィンチェスター様や兄上もいる」

「あー、言葉に困るわ」


 だから一緒に来なかったのかな、とナツキは思ったが、アイザックの性格を考えると……それはないと思うが。

 だとしたら、一体何の用事をしているのだろうか?


「どうかしたのか?」

「いや、アイザックたちの用事ってなんだろって思って……」

「そ、それは……その、知らない」


 急にどもってしまったシャルロットを半眼で見たナツキは思う。

 あ、なんか知ってる、と。


「知ってますよね、シャルロットさん?」

「いや、知らん。知らないぞ」

「絶対知ってますよね、さっきまでクールな感じだったのに、いきなりどもって、というか今も超視線そらしてるし!」

「違う! 雲が魔獣の形をしていたので見とれていたのだ!」

「嘘付けない人ですね……今日、雲ひとつ無い晴天ですよ」


 ジト目で言うナツキ。

 しかし、それ以上の追求はできなかった。

 銀色の槍がピタリとナツキの喉元に突きつけられたからだ。


「私はしつこい男が嫌いだ」

「はい、すみませんでした」


 槍を下ろし、よしと頷くシャルロットを見て、絶対になんか知っているなと確信するナツキだったが、ここで無理して聞きだそうとしても武力で返事をされそうなのでやめておくことにした。懸命な判断だ。

 そして、歩くこと三十分。

 隣町に二人は到着していた。


「こっちだ」


 そう案内されて十分ほど歩くと、広い敷地に大きな、しかし寂れた道場を持つ屋敷にたどり着いた。


「ここが、ノワル様の自宅兼道場だ」

「ここが……」


 もう弟子を取っていないのだろう。

 道場から活気ある声が聞こえるわけでもなく、ただただ大きな建物として建っているだけだ。


「ノワル様に会う前に、いくつか注意しておくことがある」


 至極真面目な顔をシャルロットがしたので、思わずゴクリと息を呑んでしまうナツキだった。

 が、しかし……


「最初一つ、ノワル様は呆けている」


 ナツキは盛大にひっくり返った。


「かなりのご高齢だ。現在、魔族で最も長生きをしているのがノワル様だ」

「あ、それ聞いたことある! なんか、初めて魔国に来た時にアイザックから聞いたよ、その人の話! ていうか、その人がこれから会う人かよ!」


 突っ込みどころ満載だ! と、叫ぶナツキにシャルロットは続ける。


「もともと呆けだしてはいたのだが、メアリ様が亡くなってからそれが酷くなった。ノワル様にとってメアリ様は弟子であり、娘のような存在だったのだ」


 ナツキは返事ができなかった。

 どう、返事をしていいのか、困る。


「すまない、別に貴方にそんな顔をさせるために言ったわけではない。ノワル様にとってメアリ様は娘のような存在、貴方との面識は無いが、生まれたことは知っている。だからきっと喜んでくれると思う」

「……それならいいけどね」

「きっと喜ぶ。では、次の注意だが、ノワル様は呆けてはいるが、比較的頻繁に正常に戻る時がある。剣を握ると特にだ。しかし、その時の自分はとても若いと思っているらしく、年齢に関することを言うと簡単に怒るので気をつけろ」

「いや、きっとそれって呆けてるよね? 全然、正常じゃないよね?」

「そして、最後に」

「スルーしたよ!」


 絶対、アンタも正常とは思っていないだろう、と突っ込みたかったが、槍が怖いので必死に耐えた。


「そして、最後に、これが一番の問題だが――」


 ゴクリ、とナツキは唾を飲む。


「気に入られたら終わりだ。その場合は、諦めてくれ」

「なにそのアドバイスッ!?」


 というか、アドバイスですらない。


「よし、では行こう」

「ちょ、待ってって! やっぱり会いに行くのやめよう……はい、わかりました会います、会いますよ。だから槍を向けないで、ちょっと刺さってる、刺さってるから!」



 *



 屋敷に入ってナツキが見た光景は――一人の老人が使用人と思われる女性の尻を触って蹴り飛ばされるというコメントし辛いものだった。


「まさか、アレ?」

「ああ、アレだ」


 シャルロットは額に手を当ててうんざりとした様子で答える。

 老人を蹴り飛ばした女性は怒りで追撃しようとしていたが、唖然としているナツキと、うんざりしているシャルロットに気付くと慌てて笑顔でこちらにやってくる。


「シャルロット様! お久しぶりです! 今日はどんな御用ですか? ジジィ――じゃなかった、ノワル様にお会いに?」

「今、絶対ジジィって言ったよな……」

「まさか! 使用人が主人にそんなこと言うわけがないじゃないですか……あら?」


 ナツキの突っ込みに、真っ赤な嘘を笑顔で吐く女性だったが、ナツキを見ると首を傾げる。

 そして、すぐに驚いた顔をする。


「ええっ! メアリ様!? 生きていらっしゃったんですか!」

「違う! 人違いだ! ていうか、俺の母親は男声なのかよ!」

「あ、そういえば……こんな声じゃなくてとても綺麗な声でしたね。あの良く通る声で、戦場で敵を罵りながらバッサバッサと切り裂き進むその姿は本当に美しいものでした」


 こんな声扱いされ、イラっとくるナツキだったが、彼女の続けた言葉に引いてしまった。

 俺の母親って……。


「ジェス、そろそろいいか?」

「え? あ、はい! すみません」


 ジェスと呼ばれた女性はハッとすると、いままでの態度が嘘のように丁寧にナツキとシャルロットに頭を下げた。


「本日はお越しくださり、本当にありがとうございます。最近、ノワル様はお元気が無かったのできっと喜ぶと思います」


 それではさっそくお会いになってください、そうジェスは笑顔で言ってくれた。

 いや、正確にはジェスに蹴り飛ばされたせいで目の前に倒れているのが……それには突っ込まないほうがいいのかな、とナツキは思う。というか、思いたい。

 そんなことを必死で考えているナツキを他所に、ジェスはノワルに近づくと屈んで体を揺する。


「ノワル様、ノワル様、シャルロット様がお見えになっていますよ!」

「……なんじゃか、鬼のようなメイドに蹴り飛ばされた夢を見たわい」


 いや、それ夢じゃないです!

 口には出さずに、内心大声で突っ込むナツキ。


「嫌だわ、ノワル様ったら! メイドが暴力を振るうわけないじゃないですか、もうッ」

「いやいや、メイドさん、さっきおもいきり暴力振ったし、目撃者二人もいるよ! っーか、なんだよこの展開は! もういいよ、疲れたよ!」

「……諦めたほうが良い……私は何年も前にとっくに諦めているから」


 どこか遠い目をして事態を傍観しているシャルロットにそんなことを言われる。

 こんなことを何年もやっているかと思うと、溜息を吐きたくなってしまう。

 しかし、じゃあどうしろと?

 ジト目で訴えるが、取り合ってはもらえなかった。


「……おお、シャルロットじゃないか! いつ着たんじゃ?」


 さっき、メイドさんが来たって言ってたのに本当にこのジジィ呆けてるな……。

 心底うんざりしてしまう。

 嫌とかそういう感情ではなく、なんか疲れるのだ。主に精神的に。


「お久しぶりです、ノワル様。本日はどうしても会っていただきたい方をご紹介にあがりました」

「ほうほう、それは後ろの別嬪さんかい? それにしてもメアリによう似ているのう」


 どこか懐かしむような目をするノワル。

 そんな彼を見て、呆けていると言われている老人が母を覚えていることは良いことだなと思った。

 本来なら『嬉しい』と思えるのかもしれないが、面識の無い母のことをそう思っていいのか、ナツキにはわからない。


「ノワル様、こちらはメアリ様のご子息、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスター殿です」

「はじめまして、ノワル様」


 紹介され、頭を下げるナツキ。

 そんな彼を見て、ノワルはふむふむと頷くと、ジェスに剣を持ってくるようにと言う。


「なるほどなるほど、お主がメアリの息子か。生まれたのは知っておったが、すぐに行方がわからなくなったと聞いたからのう」

「最近、戻ってきました」


 それが以外に答えようがないナツキだが、ノワルは特に気にせず続ける。


「そうかそうか、まぁ、色々あったんじゃろうが、とりあえず……腕前を見てやろう」


 ぶわり、とナツキは総毛立った。

 誰だ?

 目の前の老人は一体誰だ?

 呆けているはずの老人から発せられた圧力のようなものに、ゴクリと唾を飲み込む。


「メアリの息子よ……ワシがお主を強くしてやろう」


 どうやら俺は気に入られてしまったようだ。







大変お久しぶりになりますが、最新話を投稿させていただきました。

この辺りで少し、ナツキ修行編とアイザックサイドを同時進行していきたいと思います。

ご意見、ご感想、ご評価頂けると、とても嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします。

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