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魔王候補と勇者候補  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
1・The story starts in the different world.
3/43

EPISODE2 「アシュリー・カドリー」


 亜麻色の髪を翻し、夏樹たちに背を向けたアシュリー・カドリーは由良夏樹と名乗った新たな“魔王候補”に複雑な感情を抱いていた。

 アイザックが懸念していたライバル心だった。

下級悪魔が一匹とはいえ、洗礼前の魔族がたった一人で、しかも剣一本で倒せる相手ではない。硬い剛毛と筋肉を持ち、見た目の巨体からは想像できない動きと、想像通りの力を振るう悪魔だ。

 正直に言ってしまうと、洗礼前の自分に戦えと言われれば、断るだろう。洗礼後ならば一〇匹相手にしても余裕である。それは何故か?

 強大な魔術の有無である。

 魔族一人一人によって属性魔術は違うが、魔術を使うことができれば剣や槍で倒すことが難しい……つまりベアウルフのような悪魔を簡単に倒すことができる。

 現に、アイザックは炎の魔術によって焼き殺していた。

 それをたった剣一本で倒すとは……。

 負傷者の中でも軽症であった目撃者から夏樹がベアウルフをどう倒したのかも聞いた。両目を刺し、何度も蹴ることで地面に倒したところを鍛えようのない口内を滅多刺しにして殺したという。

 確かにそれならベアウルフを洗礼前でも殺せるだろう。作戦としては可能だが、それをやって見せろと言われてできる者はいないだろう。だが、夏樹はやってみせた。その場の判断で、だ。

 これで洗礼を受けて力を得ればどれだけ力を得るのだろうか?

 と、そこまで考えて苦笑した。

 洗礼とはそんな簡単なものではない。洗礼は魔族にとってもっとも大事な儀式である。騎士、医術師、魔術師、それらを始めとしたものを目指す者だけが受けることができる儀式だ。

 だが、同時に失敗する可能性もある儀式である。一〇〇人が必ず全員成功するという儀式ではない。そして、必ずしも自らが望んだ力を得るわけでもなかった。

 もっとも、アシュリー自身、望んだ力を得たわけではない。得た力は強力なものだが、望んだものとは違かった。


「何をいまさら……」


 首を横に振って、気持ちを切り替えるアシュリーは、事態の収拾を治める為に部下に指示を飛ばした。

 一方、夏樹とアイザックは設置されたテントの中で一休みをしていた。夏樹は、アイザックに簡単な回復魔法を受けていたが、専門の医術師から受けた回復魔法は驚くべきものであった。

 傷はあっという間に塞がり、後は血で汚れた肌を清潔なタオルを綺麗な水で濡らし体を拭けばよい。


「凄いな、回復魔術っていうのは……魔術はみんなこんな凄いのか?」

「いえ、魔術師にも色々あります。魔術には魔力が必要です。そして、精神力です。この二つがあれば魔術というものは簡単なものであれば洗礼を受けずとも使うことができます」


 魔力、という言葉に本当に異世界に来ちまったと改めて実感する夏樹。


「洗礼に関しては省きますが、魔力は人によって総量が決まっています。多く魔力を持つ者がいれば、少ない者がいます。ですが、魔力が多いからといって、訓練を怠れば無駄に魔力ばかりを使った大したことのない魔術になってしまいます」

「つまり、量も大事だけど、基本的には量より質で、さっきの医術師だっけか、その人は質が良いってことか?」

「はい、その通りですね」


 夏樹の答えにアイザックは満足そうに頷いた。



 *



 することが無いという状況は意外と暇だった。夏樹は少女が目を覚ましたかどうか心配だったが、医術師を捕まえて話を聞くと既に医術師が負傷者を回復して回っているので心配はないとのことだった。

 親も見つかったことだし、自分が出しゃばることはないかと思った夏樹は、持参した煙草を咥えるとライターで火を付けて一服を始める。


「夏樹様」


 咎められるかと思った夏樹だったが、アイザックからの申し出は意外なものだった。


「よろしければ、一本頂けませんか?」

「な、なんだ、もっと早く言えばいいのに、ほらよ」


 怒られるとばかり思っていた夏樹は少しホッとしながら笑う。

 箱を渡すとアイザックも一本取り出す。しかし、ライターは使わずに指先から現れた小さな炎で煙草に火をつけた。


「便利だなそれ……ガスの変わりに魔力か、どっちが楽だ?」

「まぁ、慣れてしまえば楽だと思いますよ。もっとも、火をつける道具にも凝っている方は多いので、色々な道具がありますが、それはいずれということで。丁度良いので、この世界について少しお話しておきましょう。そして夏樹様のことも」

「そうだな、簡単に聞いただけだったけど、こっちの世界に来てからは改めて色々聞いたほうが良いんじゃないかって思っていたから、してもらえるならありがたい、頼むよ」


 軽く頭を下げて頼む夏樹に、アイザックは少し目を細めて優しく微笑んだ。


「では、まずは魔族の話から始めましょう。我々魔族は自身のことを、魔族と呼んだり、人と呼んだり、魔人と言ったりします。これは人それぞれですので夏樹様も好きなようにお使いください」


 アイザックは簡単なことから始めていく。


「我々は人間に比べると長く行きます。平均寿命というのは良く分かりませんが、現在最高齢の方は七八二歳です」

「……滅茶苦茶長生きだな、それ」

「もっとも、その方は最近では痴呆が始まったという噂を聞きましたが、そこのところは定かではありませんね」

「まぁ。それだけ生きれば呆けるよな……」


 人間は早ければ四〇代でも呆ける。七〇〇歳以上ならとっくに呆けていても仕方なかったのではないかと心底思う。むしろ、最近まで呆けていなかったことに驚きだ。


「次は我々魔族の暮らす魔国の位置です」


 アイザックは枝を拾うと地面にカリカリと地図のようなものを書いていく。とはいえ、簡単なものだ。

 横に長い円を書き、東西南北に四分割する。


「魔国は、イシュタリア大陸の北側に存在します。西には人間たちの暮らす土地がありますが、人間の国は統一されていないので、大小様々な国があります。東には竜王国という竜人族の国があります」

「竜人?」


 初めて出てきた言葉に首をかしげた夏樹。


「竜人についても説明しておきましょう。神、魔神、がいるように神々というのは多くはありませんがそれなりの数がいると伝えられています。神が人間を生み、魔神が魔族を生みだしたように、竜神が竜人を生みました。他にも亜人などもいますが、それらは別の機会にしましょう。話を竜人に戻しますが、竜人はある一定の年齢――個体差はありますが――になると不老となります。ただし、不死ではありません。この不老になるということが、成人になるという意味らしいのですが、彼等は竜人というだけあってその姿を竜に変えることができます。地球にも竜という概念はありましたよね?」

「ああ、竜、龍、ドラゴン、色々あるよな」

「その概念で基本的に間違っていません。ただし、普段は人の姿をしている、そう思ってください。人の姿をしている場合でも人間を、魔族すらを簡単に凌駕する力を持っています。さらに竜となればその力は災害レベルです」


 ……そんなのが国を作っているのかよ?

 正直、泣きたくなった。


「とはいえ、竜人族は争いを好みませんので、そう戦うことは無いでしょう。しかし、誇りを大事にする種族なので、万が一会う機会があればお気をつけください」

「ぶっちゃけると、会いたくないけどね」


 夏樹の言葉にアイザックも、同感ですと笑う。


「さて、話を我々魔族に戻しましょう。我が魔国は大陸の北側にあると先ほど言いましたが、大陸の北側は冬が長い場所でもあります。とはいえ、食糧危機というわけでもなく、ただそういう場所にあるということだけ覚えて置いてください。現在は初夏ですが、それほど暑く感じないでしょう?」

「確かに、そんなに暑いとは感じないけど……」

「真夏になればそれなりに暑いと感じますが、大陸南などに比べれば涼しいものです」


 北は寒く、南は暑く、東西はその中間という感覚で良いとのことらしい。むろん、魔国全体が北側にあるとしても、南に近い北と最北端ではまた違うが、それらの地理の話を全てするわけにもいかない。

 もっとも夏樹自身も現状で必要がないならそこまで聞きたくないし、聞いても覚えられないと思っている。


「ここからが大事ですが、魔国は魔王様が中心となって国を動かします。もちろん、魔王様の独断ですべてが動くわけではありません、魔王様と共に十二貴族という古くから続く十二の一族の当主たちが協力し合って国を動かしています」

「へぇ」

「魔王軍というものも存在し、これには十二貴族は関わっていませんが、いざとなれば魔王様が全てを率いて他国と戦う場合もあります。とはいえ、最近は小競り合い程度で戦争と呼べる規模の戦はありません」

「小競り合いはあるのかよ……」


 うんざりしたように言う夏樹に、アイザックもさすがに困った顔をする。


「我らも戦いたくはありませんが、人間の国が我らの領土を求めてくるのでどうしても……戦争になるとさすがに人間は国が統一されていないので分が悪いと分かっているようですね」

「領土を求めて……魔国にはなにかあるのか?」

「何かがあるというわけではありませんが、先ほども言ったとおりに人間の国は統一されていません。例えば、魔族を完全に敵視している国もあれば、魔族と友好関係を築いている国もあります。また、中立を貫き漁夫の利を狙う国もあるのが事実です」

「うんざりだな」

「まったくです。つまり、統一されていなからこそ、土地が欲しいのです。自身の領土が増えれば、民も増え、豊かになる。そう簡単にそうなるとは決まっていませんが、そう思って攻めて来る国があるのですよ」


 攻めて来る国は、魔族を敵視している国がほとんどであるとのことだ。


「話を戻しますが、魔王と十二貴族が国を動かしはしますが、役人はしっかりいますので貴族だけの国になるという問題はありません。しかしながら、中流、下流貴族の一部では民に理不尽なことをする者もいるようで、最近はそれらを取り締まろうとしているのですが、上手くいっていないのが現状です。統一され、領土が大きな国であるからこそ全てに目が届かない……不甲斐ないですね」


 自分を責めるような声だったアイザックだが、つい先ほどまで高校生を、しかも基本的にやりたい放題やっていた夏樹にはどう声を掛けてよいのか分からなかった。


「……申し訳ありません。全ての貴族がそうというわけではありません。ただ、他人を踏みにじってまで自分の幸せが欲しいと思う者が魔族にもいるということを覚えて置いてください」

「ああ、分かったよ」

「さて、夏樹様も気にはなっているとは思いますが、夏樹様はイシュタリアの生まれです。魔国十二貴族が一つ、ウィンチェスター家を本来なら継ぐ立場でしたが、まだ幼い頃に“ある災害”に巻き込まれて地球へと迷われてしまったのです。ですが、近年、魔神様の力をお借りして捜索にあたっていた巫女がようやく見つけることができ私が迎えに行ったということです」


 実は、自分の出自はあまり気にはしていなかった夏樹だったが、小正気なることがあった。

 “ある災害”とはなんだ?

 それを聞こうとした夏樹だったが、それよりも先にアイザックが話を続ける。


「最終的には王都へ入ってから時間をとって必要な知識を得ましょう。そうですね、後伝えておくことは……“魔王候補”と洗礼についてでしょうか?」

「ああ、それは教えて欲しいな。どうして俺が“魔王候補”に選ばれているのか、洗礼についても」


 アイザックは煙草をもみ消すと、フィルターを炎で灰にしてしまう。

 夏樹は新しい煙草を咥えて火をつける。


「まず“魔王候補”のことですが、当たり前ですが次期魔王となるべき候補たちのことです。選ばれる者は我々ではわかりません。巫女や現魔王が魔神様からお聞きになると伺っています。また、魔王になるには魔族として一段階覚醒するということであると聞いたことがあります。魔神同等の力を得るわけではありませんが、それに近い力を授かるわけです。その授かる力に耐えることができ、なおかつ国を動かすにあたって相応しいであろう人格の者が選ばれるとのことです」


 聞いています、とのことです、などという言葉が多いが、これに関してははっきりと分かっていることは少ない。

 ただし、話はすべて事実であり、魔王は魔神に代わって魔国を治める者である。魔国を、民を守れる力と、人格が必要なのだ。

 とはいえ、歴代の魔王の中では悪行が目立つ者がいたり、政治を放棄してやりたい放題やったものもいるのも事実だった。

 同時に、候補に選ばれなくても、自らが相応しいと立候補する者も必ず現れるという。そして、現在も“魔王候補”の中に数人の立候補者がいるのも事実である。


「洗礼とは、騎士、医術師、魔術師などを志すものが受けることの儀式です。“魔王候補”には必須の儀式でもあります。ただし、この儀式は必ず成功するとは限りません」

「そうなのか?」

「はい。洗礼を受けずとも魔術は使えます。しかし、その上の段階の魔術や力を使うことを望む場合は、洗礼を受けることでリミッターを外すものだと考えてください。儀式内容はある結界の中で自身の力を解き放つことで、自らの力が存在となって現れます。それを受け入れることによって洗礼はお終いです」


 話だけを聞くと、簡単そうな内容だと思う夏樹。

 だが、アイザックは話を続ける。


「私自身、洗礼を経験しましたが、あれは二度と体験したくはないですね……。私の力は炎の蛇でした。それを受け入れ、その後、昏睡してしまい、目を覚ましたのは十日後でした」

「十日も昏睡って……」

「昏睡している間、自身の中で自らの力を受け入れる試練が待っています。私は十日間昏睡しているようでしたが、私にとっては数ヶ月の感覚でした」


 その数ヶ月何をしていたのか、非常に気なる。

 しかし、もっと気になることが一つ。


「ところで、他の話に比べると、ずいぶんと詳しく説明してくれるけど……まさか王都についたら俺も、なんてことはないよな?」

「……」

「あるの?」

「申し訳ありませんが、“魔王候補”には洗礼を受け、力を得ることが必須なのです。王都に着き、夏樹様の叔父上や魔王様にお会いした後すぐに洗礼を受けると思います」


 ……マジかよ!


 心底そう思った夏樹である。

 アイザックの説明は大体だが分かるには分かった。しかしながら、半分以上、脅貸されている気がするのは気のせいだろうか?

 しかし、それで力が手に入るなら――大和を助け出すためにも、先ほどの自分の弱さをなくすためにも、避けては通れない道だと思う。


「上等だよ……」


 ボソリと呟く夏樹。いつしか、指の間に挟んでいた煙草はフィルターを残して、火はとっくに消えていた。



 *



 その後、余った時間を魔国の説明などで潰すと、すっかり日が落ちて暗くなっていた。


「どうやら、王都へは夜の間に向かうことになりますね」

「夜の間に? その、ビビッているわけじゃないけれど、危険じゃないのか?」


 どうも夜は悪魔が、という先入観を持ってしまっているのか、夏樹が首をかしげる。


「いいえ、昼でも夜でも危険性は変わりません。それであれば、王都に早めに戻ったほうが良いと決断したのでしょう。何しろ、“魔王候補”と洗礼前の“魔王候補”がいるのですから」

「そんなに心配だったら“魔王候補”を外に出すんじゃねーよ」


 そんなもっともな意見にアイザックは笑うのを堪えようとして、堪えられなかった。


「フフフ、そうですね。もっともなご意見です。“魔王候補”は次期魔王の候補なので大事な存在でありますが、だからといって何もさせなければ決して魔王になることはできません。ふんぞり返っているだけなら誰にでもできますので。もっとも、“魔王候補”の中には“魔王候補”という存在が偉い、特別だと勘違いしている者もいます。しかも、以外に少なくないのが困りの種でもありますね」


 アシュリー・カドリーはやや難のある性格の持ち主であるが、“魔王候補”であるからこそできることをするべきだと思って率先して行動を起こしている人物である。そういう面ではアイザックも素直に好感が持てる。


「そんな“魔王候補”は絶対に“魔王”にはなれないだろう……」

「きっとそうですね」


 呆れる夏樹に、アイザックは苦笑するしかなかった。

 確かに“魔王候補”に選ばれることは光栄であり、誇れることだ。だが、その立場を悪用したり、自分のためだけに使用したりという者には“魔王”になる資格は皆無だ。

 また、同時に“魔王候補”の恩恵を預かろうという下心がある者もいるので始末が悪い。

 アイザックがそんなことを思い出してため息を吐いた時だった。


「すまない、失礼するぞ」


 テントに入ってきたのはアシュリー・カドリーだった。


「はい、どうぞ」

「失礼する。とりあえず、今後の方針を伝えに来た。本来ならすぐに王都へ戻ろうと思っていたが、街の人たちが我々に礼として食事を振舞いたいと申し出てくれた。私もそうだが、部下たちにも休ませてやりたいので、ありがたく食事をいただくことにした」

「了承いたしました」

「うむ、後、ナツキ殿はこちらではなく、ある家に行ってもらいたい」


 アシュリーとアイザックが話を進めるなか、急に話を振られてつい驚いてしまう。


「夏樹様だけ、どうしてでしょうか?」

「あー、すまない。説明不足だった。無論、アイザック殿もご一緒にとのことだ。貴方たちが助けた先ほどの少女の両親たちを始めとした方々が体を張ってくれた貴方たちに直接お礼が言いたいとのことだ」

「ちょっと待った、でもアンタたちだって……」

「私たちはもう既に感謝の言葉を伝えられたし、食事も配られている。それに、街にやってきた悪魔を倒したのは貴方たち二人だ」


 アシュリーはそう言うが、夏樹は不安だった。

 中には死んでしまっている人だっているのだ。もう少し早く、来ていたら? 自分は力は無いが、アイザックが一緒だったのだ、救えた命があるはずだ。

 怖かった。

 責められるのではないかと。


「ナツキ殿、悪魔が町を襲うというのは災害のようなものだ。確かに貴方たちがも少し早ければ救えた命はあったかもしれないが、そんな過程の話をしてはいけない。少なくとも、被害にあった者たちはそんなことを思ってはいない」


 まるで心を読まれてしまった気分だった。


「夏樹様、顔の不安が出ていますよ」

「私自身、初めて戦闘に参加した時には、もっと他に何かできたのではと思った。助けられなった家族から何か言われるかと怯えもした……だが、自分ができることを精一杯やった者に対して文句を言う者はいなかった。この街の人々もそうだろう。だから安心して行って来ると良い」


 アシュリーはそう言うと、「失礼した」と言って出て行ってしまった。


「私も同じでした」


 アイザックが呟くように言う。


「初めての戦場は人間との小競り合いの戦でした。私自身、貴族の出なので部隊を一つ預かることになってしまい、大混乱でした。初陣で、部隊の隊長ですよ? 混乱しないほうがおかしいとおもいませんか?」

「それは……」


 分かる、気がする。


「結果として、小競り合いには勝ちましたが、仲間を数名失いました。一人は私を庇ってです。戦場から帰って、私は遺族に謝罪して回りました、自分のせいだと、自分が不甲斐なかったせいだと、もっとちゃんとできていたらと思わない時はありませんでした。今でも思います。しかし、そんな私に遺族は誰一人として責めませんでした。その後、色々あって立ち直りましたが、結局何が言いたいのかといいますと、私たちは最善を尽くしました。そして、被害にあった方々もそれを分かってくださっています。亡くなった方もいますが、それを含めて私たちに感謝してくださっているということです」


 伝えたいことはあるのですが、上手く言葉にできませんね……。

 アイザックは自分を不甲斐ないと思ってしまう。

 タイミングが悪かった。アイザック自身でもまさかイシュタリアに来てすぐに悪魔に襲われている場面に遭遇するだなんて思ってもいなかった。

 これがまだ被害が出ていない状態であれば、すぐに自分が悪魔を焼き払っただろう。

 しかし、実際は違う。被害は既に出ていて、きっと死者も出ていた。

 主が自身を弱いと思ってしまい、何とかできたのではという可能性に怯え、それを上手く慰めることができない自分に怒りが沸いてくる。


「アイザック……」

「はい」


 俯いていた夏樹が呼ぶ。


「俺さ、力が欲しい。大和の力になるためにってイシュタリアに来たけどさ、最初に言った通り、アンタたち魔族が“魔王候補”としての役割を俺に求めているならそれに応じるつもりだ。だからこそさ、あんな悪魔から誰かを助けられるように力が欲しい」

「貴方が望めば、手に入ります。洗礼は自分の力を受け入れるものです、きっと貴方のその想いが力となってくれるでしょう」

「ありがとう」

「では、行きましょう。アシュリー殿も言いましたが、被害にあった方々は私たちを責めることはないと思います。仮に責めらても、貴方には責任はありません。立場は“魔王候補”であれ、イシュタリアにきてからまだ一日も経っていないのですから。責任があるとすれば、悪魔とその進入を許してしまったこの街の警備、そして私です」


 それだけしか言えないアイザックは思う。もう既に、夏樹にとって“魔王候補”の試練は始まっているのではないかと。

 そんな思いを胸に隠しながら、アイザックは夏樹に微笑んで見せた。



 *



 なぜだろう?


 と、アシュリー・カドリーは自問自答する。

 どうして自分は、ユラ・ナツキに気遣うような言葉を掛けたのか?

 先ほど、死者がでたことで責められるのではと感じていた夏樹に自分の体験談を語り、励ましたアシュリーは自身の行動に困惑していた。

 意図的にやったわけではない。気がついたら自然にやっていたのだ。

 だからこそ、改めて思う。なぜだろうと?


「分からない……」


 自分の行動に、アイザックも少々驚いていた顔をしていたのも分かっている。多分、彼から見ても、自分の行動は驚くに値するものだったのだ。

 アシュリー・カドリーは自身が“魔王”に相応しいと自負していた。

 生まれてすぐに、次期“魔王候補”だと告げられ、厳しい父親によって“魔王”になるべく育てられた。

 カドリー家は十二貴族ではないが、上級貴族である。同じ、上級貴族でありながら、“魔王候補”に選ばれただけで全てを制したようにやりたい放題やっている馬鹿と比べれば自分の方がより良い国を作っていけると思っている。

 だが、不安もあった。

 以前、魔王と対面した時に「足りないものを埋めれれば素晴らしい魔王になるわ」と言われたことがあった。だが、自分に何が足りないのかが分からない。

 ふと思う。

 もしかしたら、自身に足りない者を彼が持っているのではないかと。


「やはり、わからない」


 彼は今頃、助けた少女と食卓を共にしていることだろう。“魔王候補”ということが分かってしまうと、少女はともかく両親や周囲の者が驚き、困惑するかもしれない。

 アシュリー自身、“魔王候補”という理由から無駄に頭を下げられたり、街の代表まで出てきたりと忙しい思いをしてしまったのだ、これで彼が“魔王候補”だと分かればちょっと困ったことになるかもしれないが、そのあたりはアイザックが上手くやるだろうと思う。

 とはいえ、アイザック自身が十二貴族の出身であるので、家名を名乗ったらこれもまた困ったことになりそうだが、自分はもう困ったことを経験したので、自己責任でやって欲しいと思う。

 しかし、彼は安心するだろう。街の人々が自分を責めないことに。彼自身はこの世界へ帰還して時間が経っていないので、仕方が無いかもしれないが、魔族ならば悪魔の襲撃は災害と同じと認識している。

 そもそも夏樹には責任はない、無論アイザックニもだ。責任があるとすれば、この街の警備だろう。

 調べた結果、悪魔の出現率が少ないこの街では悪魔に対する警備が手薄だったのだ。王都にも近いので、人間が攻めてくることもない。それらの理由から警備が手薄だったのだ。

 それに関してはアシュリー自身が今後は強化するようにときつく言い渡し、被害者、被害者の家族の援助をしっかりするようにと指示ておいた。不手際があったこともしっかり謝罪させた。

 逆に言ってしまうと、襲撃されていたタイミングで二人が帰還したことはむしろプラスではなかったのだろうか?

 そんなことを考えながら、アシュリーは王都へ戻る仕度を始めたのだった。






若干、世界観を説明させていただきました。

ご意見、アドバイス、ご感想、ご評価よろしくお願いします。

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