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EPISODE27 「リリョウに惹かれてしまっているようだ」




「で、結局……どうしてあの馬車は悪魔に終われてたんだろうな?」


 巫女――ユーリから治癒魔術を受けたナツキはアイザックに尋ねる。

 無論、アイザックもナツキの疑問には同感だ。

 ならば行動するべきことは一つ。


「ではさっそく聞きに参りましょう」


 幸い、馬車もこちらに向かってきている。悪魔の脅威がなくなったので戻ってきたのだろう。


「ところでナツキ様」

「うん?」

「最後に悪魔に囲まれた時のことですが……」


 ああ、とナツキは思い出して苦笑いする。


「正直、死ぬかと思った。だけど、死にたくなかった。こんな所で死ねないって思ったよ、そうしたらさ……」


 ナツキは笑みを浮かべる。


「なんですか?」

「アイザックやティリウス、そして今まで出会った人たちのことが思い浮かんだんだよ。それで思ったんだ。まだ死ねないって」

「ナツキ様……」

「色々感情がごちゃごちゃになっちまったけど、そういうのを全部まとめて――守りたいって思うことなんじゃないかなって思ったんだ」


 そう言って、ナツキはどこか照れたような笑みを浮かべていた。

 アイザックはそんなナツキを見て思う。一歩歩まれたのですね、と。


「俺はまだ何にもしてない。大和のためにも、この魔国のためにも、だから力が欲しいと思った。だけど、力だけ持っていても駄目だとも分かった。今日はもう、それでだけでいい。十分だ」

「ええ、少しずつ、少しずつ歩んでいきましょう。私も力をお貸しします、私以外も貴方に手を差し伸べる方はいるでしょう。後は、ナツキ様がナツキ様の思うようになさってください」

「……ありがとう、アイザック。ずっと思ってたけど、アンタには世話になりっぱなしだ、兄貴がいればこんな感じなのかな」


 少し驚いた顔をしてから、アイザックは嬉しそうに微笑んだ。


「人それぞれ受け止め方が違うと思いますが……貴方に兄のように思っていただけるのは、とても嬉しいことです」

「じゃあ、これからお兄ちゃんとでも呼ぼうか?」


 ナツキがそう冗談めかせて言うと、二人は顔を見合わせてから声を上げて笑った。



 *



 一方、ティリウスは馬車の中で最年長の巫女――ルリから治療を受けていた。


「まったく、あの二人は何を大笑いしているんだ……」


 呆れるティリウスに、ルリはクスリと笑う。


「なんだ?」

「いえ、ナツキ様は不思議な方だと思っただけです」


 ティリウスは首を傾げる。


「最初に出会ったときは戦場でした。私たちの境遇を聞いて、敵国の私たちに魔国へ来るようにと言ってくださいました。そして、本当にそれが叶いました」


 そうだな、とティリウスは頷く。

 ルリは微笑みながら続ける。


「そして今は、悪魔と戦い傷ついたというのに、もう笑っていらっしゃいます。あのような方は初めてです」

「僕だって初めてだ、あんな男は。リリョウを魔族の基準にしないように気をつけてくれ」


 他の巫女にも忘れるな、とティリウスは冗談めかして言う。

 そんな言葉にルリは苦笑すると、はいと返事をした。


「それで、だ……」


 話を変えるようにティリウスは至極真面目な顔をする。それは、今まで微笑んでいたルリが、思わず身構えてしまうほどだった。


「できれば、この体については誰にも言わないで欲しい。頼めるか?」

「……ナツキ様にもですか?」

「ああ、特にリリョウにはだ」


 ティリウスは堪えるように歯を食いしばる。


「失礼ですが、ティリウス様は『月の子』ですよね?」

「……やはり、知っているのか?」

「はい。これでも巫女ですので、知識だけなら……お会いになったのはティリウス様が初めてです」

「だろうな……言わないでくれるか?」

「わかりました。決して誰にも言いません」

「すまない、感謝する。まったく、嫌になってしまう、本当にこの体は……」


 ティリウスはそう言いながら、治療を終えた体に服を着る。


「あの、ティリウス様……私でよろしければご相談に乗りましょうか?」


 差し出がましいようですが、とルリは恐る恐る尋ねた。


「…………」

「す、すみません」


 沈黙してしまったティリウスに慌てて謝るルリだが、そんな彼女に逆にティリウスが今度は慌てた。


「い、いや、すまない。呆然としてしまっただけだ、誰かに相談するということを今まで考えたことがなかったから」

「そうなのですか?」

「ああ、僕にとって……この体は忌み嫌う物だ。だから誰にも教えたくなかった。知っているのは家族だけだ。だからこそ、他人に明かして相談という発想ができなかった」


 ナツキにさえ、知られたらどうしようとマイナスな方向にしか考えられず、相談という発想が出てくるわけがなかった。

 きっと気味悪がれると思っていた。だが、ルリは違った。

 少なくと、ティリウスから見て、彼女は純粋に相談に乗ってくれると言ってくれているのが分かる。そこに、興味も、嫌悪もなにもなく、ただ単に、ティリウスを思ってだ。

 嬉しかった。だからなのか、自然とティリウスは話していた。


「僕は、生まれた時は女だった。初めて体に変化がでたのは、九つの時だ。その時に分かったんだ、『月の子』であることが」


 『月の子』――それは、月が満ち欠けをするように、男性が女性へ、女性が男性へと体が行ったり来たりしてしまう体を持つ者を指す言葉だ。

 精神面で大きく変化がでるその体だが、いずれはどちらかの体に固定される。大抵は、生まれた時の性別が多い。

 『月の子』というのは、魔力が強い同士の間に生まれた子がなりやすいと言われている。そして、例外なくその子供は膨大な魔力と才能を持っている。

 だが、もっともプラス要素ばかりではない。マイナス面も多々ある。その一つが、感情面で不安定になることだ。

 無理もない話しだ。性別が安定しない、それだけで感情は不安定になる。正確に言えば、不安になる。そこにさらに、歳相応以上の魔力を持っているのだから、幼い頃はその魔力に体がついていけない場合が多く、体への負担も大きいと聞く。


「僕は、母のような『魔王』になりたかった……父のように強くありたかった。だから、剣を学ぶようになってからは男で安定していたのだ……だが、リリョウと出会って、僕の体は女性へと変わっていった。薬で変化は抑えているが、今ではもう完全な女だ」


 先ほどの戦いで、ナツキとの差を感じたが、冷静になって考えると違うことが分かる。

 力量の差ではなく、女性の体となってしまったことで、若干運動能力が落ちたのだ。

 女性の体だから落ちたというのは、少し正しくない。ずっと男性の体で鍛錬してきたティリウスにとって、女性の体での行動は些細だが違う。その些細が、ナツキとの差と感じたのだった。


「あの、ティリウス様は……もしかして……」


 ルリは遠慮しているのか、気を使っているのか、恐る恐る尋ねる。

 『月の子』は精神面で大きく変化が出やすい体だ。つまり――恋愛なのによっても体の変化は起きる。

 ティリウスは今まで恋愛などしたことがない。好意を持つこともなかった。

 ゆえに、戸惑う。

 だが、はっきと自覚はしている。


「ああ、僕はどうやら――リリョウに惹かれてしまっているようだ」


 もうこれ以上自分を騙すのも、抑えるのもできそうもなかった。だから隠すことなくティリウスは言った。どうせ、ルリ以外は聞いてはいない。


「でも、それは普通のことですよ」

「そうなのか?」

「はい、もともとティリウス様は女性として生まれたのですから、ナツキ様に惹かれて体が女性になるのは、元の性別に体が戻ることではないでしょうか?」


 言われてみれば、そうなのかもしれない。

 だが、ティリウスはそれをナツキに打ち明けられるわけが無い。打ち明けたら告白だ。

 それに、支えになると決めたのだ。歩み寄ると決めたのだ。

 なのに、体が女になってしまっては……それができるのだろうか? と、不安にもなる。


「僕はやはり、この体が忌々しい……」


 切なそうに、悲しそうに、ティリウスはポツリと呟いたのだった。



 *



 馬車から降りてきたのは、一人の少女だった。

 彼女はナツキにとって初めて出会った“魔王候補”である――アシュリー・カドリーだった。


「どうして貴方が……?」


 アイザックの心情は言葉の通りだ。どうしてアシュリーがフレイヤード領にいるのか、しかも悪魔に追われて。

 彼女のカドリー家は十二貴族でないもの、上級貴族である。そのために、治める領地もあるのだ。


「話せば長くなるのだが、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスター殿に会いに行こうとしたところ、悪魔に襲われている者を見つけたのだ。その者を助けたのはいいが、今度は私も一緒に襲われるはめになってしまった……」


 あまり長い話ではないですね……

 正直なところ、どうしてアシュリーがナツキに会いに来たのかが気になるところだった。


「そういえば、御者の方はどうしましたか?」

「馬車の中で気絶している。彼には感謝しないといけない、あの悪魔たちから必死で逃げ切ろうとして馬車を走らせてくれた。もちろん、馬にも感謝しないと」

「っーか、あのまま走ってたら悪魔が街に突っ込んじまうことになってたぞ?」

「それはもちろん、分かっていた。街が見えたら私が迎撃しようとしていたのだ。だが、その前に貴方たちに助けられた。本当に助かった、ありがとう」


 別に文句を言ったわけではなかったが、こう素直に礼を言われると返事に困ってしまうナツキだった。


「ところで、その悪魔に襲われていた方とは?」

「彼女もまた気絶している。殺されかけたところを、本当にギリギリで保護したのだから無理もないが……しかし、どうして人間の少女が悪魔に、それも人型に襲われていたのかわからない」

「ん? どういうことだ?」

「そういえば、貴方はまだこちらの事情に疎かったな。簡単に説明だけさせてもらうが、あの人型の悪魔には命令を下す“親”の悪魔が必ずいるんだ。奴らは“親”からの命令がなければ動かないし。また、人型の悪魔は強い固体ほど、人に姿も、知能も近い」

「つまり、その“親”に命令されて女を襲っていたってわけか。だけど、その原因は不明ってわけか?」

「そういうことになる」


 アシュリーは頷く。

 確かにおかしな話だとアイザックは思う。

 悪魔という存在は解明されていない部分が多いが、獣型、人型、種類によっては竜型というものもいると言う。

 そして“親”である固体が下位の悪魔を生み出し、命令するという種族的な――いや、もっと主と奴隷のような関係であるということ。それくらいしか分かっていない。

 もっとも、それも本当にあっているのかすら分からない。危険である悪魔を好き好んで研究しようとするものは少ないのだ。


「その前に、襲われていたという方は治療などは必要でしょう。幸い、こちらには巫女が一緒にいますので、治療してもらうようにお願いしてきます」

「いや、怪我はこちらで治したので大丈夫だ。幸い、私は医療魔術が使えるのでな」


 アイザックを遮って、アシュリーはそう言うと、お気遣いすまないと礼を述べる。


「色々、気になることもありますが、話は街に入ってからにしましょう。アシュリー様、馬車は破損などしていませんか?」

「ああ、大丈夫だ。少々無茶をしたものの、街まで行くのには問題は無いと思う」


 そして、アシュリーたちの馬車も加わって、一番近くの街へ向かうこととなった。






少し短いですが、最新話です。

ようやくアシュリーの再登場&ティリウスの秘密が少し明かされました。

もう少し早く話を進めたいと思って試行錯誤しています。

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