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EPISODE25 「アンタたちは結婚してんのかよ?」





「は? 俺?」


 ローディックの言葉にマヌケな声を出してしまったナツキ。

 “魔王候補”やらなんやらと覚悟はしていたが……婚約者――しかも候補ってなんだよ。

 つくづくこの世界が別世界なんだなと思う。

 しかし――


「お、おい、アイザック……その書類の山が全部候補だなんて言わないよな?」


 ナツキの問いに、アイザックは微笑もうとして失敗してから、顔を背けた。


「おいッ!」

「いえ、正確にはこの中から婚約者候補を選びます。容姿、性格、年齢などの相性もあるでしょうし、できればリリョウ様が一人一人お会いになるか、もしくは書類だけでも目を通すくらいはした方が良いでしょう。無論、政治的な者やあからさまに狙っていると思われる相手はこちらで省きますが」


 代わりにローディックが丁寧に説明してくれた。

 ……まさかこれも“魔王候補”の義務か?


「ナツキ様、説明させていただきますと……何もこちらから募集したわけではありません。ですが、ナツキ様の現在の立場などから勝手に送られてきたものがほとんどです」

「燃やしてしまえッ!」

「流石にそれはできませんよ。こちらのほうで目を通してからお断りの便りを送る予定でした。ローディックももう少し考えて口にしなさい!」

「申し訳ありません、ですが、リリョウ様にとっても結婚することで周囲に味方をつけるのは悪くないかと思いますが」


 ローディックの考えは恋愛など関係なく、義務的に、打算的に結婚しろと聞こえた。

 とりあえずナツキは参考までに聞いてみることにした。


「と言う、アンタたちは結婚してんのかよ?」

「…………」

「…………」


 兄弟揃って仲良くナツキから目を逸らす。


「うぉいっ!」


 ついつい大きな声で突っ込みを入れずにはいられなかった。


「アンタら、自分が結婚してないのにそりゃないだろう?」


 ナツキはジト目で二人を見る。

 アイザックはもちろん、ローディックも珍しく慌てた表情を見せていい訳めいたことをはじめる。


「私は、その……タイミングといいますか、縁がなく。それに忘れられない方もいますので」

「兄上、嘘はいけません。縁ならあるではありませんか。私は若いのでまだいいのです」

「ローディック、貴方は若いと言ってもフレイヤード家の当主です。早く身を固めなさいと言っているでしょう!」

「本来なら兄上が継ぐはずだった当主です。それを引き合いに出すのは卑怯ですよ!」


 ……兄弟喧嘩が始まってしまった。

 とりあえず放っておくことにして、ナツキは珈琲に口をつけた。


「卑怯ではありません、当時の私は当主になるのは無理でした。だからこそ、父上も貴方を当主にすることを認めたのではないですか」

「それは承知しています。だからと言って、すぐに結婚という話をするのはおやめくださいと前々から入っているではないですか!」

「おいコラ、ちょっと待てや。アンタら本当に自分たちは結婚嫌がっているのに、俺には押し付けるのかよ!」


 流石に理不尽さを感じて物申すナツキであったが、それに対して兄弟はお互いに顔を見合わせてから一言。


「しかし、貴方は“魔王候補”ですので話はまた別です」

「……お前ら、ぶっ飛ばすぞ」


 きっとキレて暴れても許されるのではないだろうかと、真剣に思った。


「私や兄上よりも、結婚ならば姉上を一番にさせるべきです。このままだと本当に結婚なんてできませんよ。それでなくても嫁の貰い手がいないというのに……リリョウ様にどうでしょう?」

「姉いたのかよ、っていうか、俺に押し付けんなよッ!」


 今度こそ、本気でナツキは怒鳴り散らした。



 *



「ったく、生真面目に見えたけど、意外と生真面目一本ってわけじゃなかったな、アンタの弟は」


 約三十分後、くだらない言い合いをした三人だったが、ローディックがトレノにも用事があったと退出したことで話はひとまず終わった。


「……私も含めてお恥ずかしい限りです」

「それにしても、姉がいたんだ?」

「はい、私にとっては妹になります。これがまたお転婆で、フレイヤード領の兵を纏める立場を務めています」


 それゆえに嫁の貰い手がいなと嘆くアイザックだった。


「で、結局、その婚約者候補とか訳が分からないのは義務なの?」


 ナツキの問いに、アイザックは少し考えてから頷いた。

 だが、と補足も続ける。


「ナツキ様は立場がとても微妙な立ち位置にいます。まず、“魔王候補”であり、すでにその名も広がりつつあります。次に、洗礼によって希少である鋼の力を得ています。最後に、ウィンチェスター一族でありながら、事情が事情ですがナツキ様自身にその自覚が少ないことです」

「つまり?」

「ナツキ様を婿に、もしくはナツキ様に娘を嫁にと考える者にとって、メリットはあってもデメリットは少ないのです」


 そういうものなのか? と、ナツキは首を傾げるしかできない。

 そんなナツキにアイザックは続ける。


「既に多くの貴族がそれぞれの“魔王候補”に申し込みをしています。ですが、中には現在の“魔王候補”に不満を持っている者もいるのです。例えば、私たち和平派の魔族にとって“魔王候補”たちは率直な意見ですが邪魔でした。ですが、ナツキ様は和平を望んでくださいました。これで、和平派から婚姻話が一つ。ナツキ様の力は鋼、そして母であるメリル様も鋼でした、そうすると鋼を子供が受け継ぐかもしれない可能性を期待する者もいます、それでもう一つ。最後に、十二貴族のウィンチェスター家と婚姻を結びながらも影響を受けにくいという面で一つです」

「面倒くせー! てか、ややこしいな」


 ナツキはそう言うと、一枚の書類を取り出してアイザックに渡した。


「で、この“魔王候補”はどんな意味での申し込みなんだろうな?」


 その書類はアシュリー・カドリーのものだった。

 同じ“魔王候補”であり、上流貴族でもある彼女がナツキのと結婚する意味は?


「いいえ、分かりません。全てを把握できるのであれば苦労はしませんよ」

「そっか……まぁ、またどこかで会う機会があったら聞いてみるのもいいかもしれないな。もしかしたら本人は嫌がっているかもしれないし。どっかの誰かさんみたいに」

「……ああ、ウェンディですか」


 アイザックはついつい苦笑してしまった。


「ところで、ナツキ様はウェンディをどうするおつもりで?」

「さぁ? その時が来たら考えるさ。とりあえず、まだ時間もあるし……その書類の束に目を通しておくか? やったほうがいいんだろ?」


 ――実は、少し気になっているのではないでしょうか?


 アイザックはそう尋ねようとして、やめた。せっかく目を通してくれると言っているのにわざわざ余計なことをいうつもりはない。


「そうしていただけると助かります」


 アイザックは微笑んで、書類を渡す。

 すると、しばらくして。


「あ……」

「どうかしまいしたか?」


 急にナツキが静寂を破ったので訪ねてみると、慌てて「なんでもない」と言うが、その後に、少しだけ照れながらナツキは言った。


「……ただ、この子がちょっと可愛いと思っただけだよ」


 そんなことを言うナツキに、ついアイザックは笑ってしまった。


「なんだよ、俺だって別にそういう感情くらいあるから」


 バツの悪い顔をするナツキにアイザックは思う。

 なんだかんだで殺伐とした時間を過ごしてきたのだから、このような時間もあってもいいだろうと。


「では、どんな方でしょう、見せてください、ナツキ様が可愛いとお褒めになった女性のお顔を……」


 そしてアイザックは絶句した。

 なぜなら――写真に写る少女に見覚えがあったからだ。

 亜麻色の髪を肩の辺りで揃え、少し表情が硬いが十分に可愛らしいと思える少女。

 それだけなら問題はない。だが、その少女はどこか――ティリウスに似ていた。



 *



 ナツキたちは馬車に揺られて、フレイヤード領にすでに入っていた。もうすぐ、一番近い街に着くとのことだ。

 もちろん、元ノルン王国の巫女たちも一緒である。


「こうして、ゆっくり一緒にいてやれるのは久しぶりだな。元気してたか?」


 隣でしがみつくようにしてくるユーリの頭を軽く撫でながらナツキは聞く。


 ――随分と心配掛けちまったな。


 ティリウスやアイザックから、ユーリたちがとても心配してくれていたという話を聞いていた。

 戦争が終わり、保護した後、数える程度しか会っていない。それでも、そんな自分を心配してくれたというのは素直に嬉しいと思えた。

 同時に、自分が……いくら体力などの限界があったからとはいえ、疎かにしたつもりはないが、少々無責任ではなかっただろうかとも思える。

 もう少し、無理してでも会っておくべきだったと思う。

 後になって後悔が沸いてくる。


「これからは一緒の場所で暮らせる、俺も始めての場所だ。君たちも戸惑ったりすることが多いかもしれないけれど、一緒に頑張っていこう」

「うん!」


 元気よく返事をしてくれたユーリに微笑んでナツキは思う。

後悔はした。だから、次に後悔しないようにしようと心に決める。

 幼いながらに戦争というくだらないものに巻き込まれた少女たちに、少しでも平穏な時間を過ごして欲しい。

 ナツキは心からそう思う。

 だが、気付くことができない。

 その想いも、誰かを守りたいという気持ちなのだということを。

 そんなナツキたちの様子を微笑みながら見守るアイザックは一人思う。それは先ほど見たティリウスに似ている少女のことだった。

 名前は匿名希望とふざけているが、紹介者がストロベリーローズだったので、まぁその辺りは遊び心なのだろうと諦めた。

 アイザックは思う。あの少女は誰なのだと。


「む、どうした、アイザック?」


 馬車から外を眺めていたティリウスがアイザックの視線に気付いて声を掛ける。


「いいえ、なんでもありませんよ。しかし、良かったのですか? 貴方までフレイヤード領で暮らすとは」

「ふん、僕は僕なりに考えてあの馬鹿に歩み寄ると決めた。だから着いて行く……そういえば、アイザックには事後承諾になってしまっていたな、すまない、迷惑だったか?」

「いえ、そんなことはありませんよ。ティリウス様がお考えになったことであれば構いません。どうかナツキ様を支えてあげてください」

「言われるまでもない!」


 当たり前だと言わんばかりに腕を組む、ティリウスにアイザックは苦笑してしまう。彼もまた不器用であると。


「ところでティリウス様、少しお尋ねしたいことがあるのですが、構いませんか?」

「どうかしたのか?」

「はい、ええとその、失礼は承知でお聞きしますが、ティリウス様のご兄弟はヴィヴァーチェ様だけですよね?」

「ああ、そうだが? なんだ、何かあったのか?」


 尋ねられてアイザックは言葉に詰まった。

 ――言うべきか?

 アイザックから見ても、ティリウスは男だ。幼い頃から知っている。とはいえ、知っているといっても今のように親しい関係ではなかった。

 つまり、アイザックはこう考えているのだ。


 ――あの少女は、ティリウス・スウェルズではないのか?


 そう考えると色々と納得できる部分があった。少々強引な気がしないでもないが。

 幼少時から『魔王』になることを夢見ていたティリウスならば性別を偽るくらいはやりそうだと、正直思っていしまう。


「どうかしたのか?」

「その、ナツキ様に多くの家から縁談の話が持ち込まれまして」

「なんだとッ!」


 最後まで言葉を言う前に、ティリウスが大きな声を出して立ち上がった。アイザックもこの過剰反応に驚いたが、いくら広い馬車とはいえ離れた場所にいたナツキたちも何事だと驚いている。

 すると、ナツキが一人近づいてきてアイザックたちに声を掛けた。


「どうしたんだよ? なんかあったのか?」

「なんでもない! いいから貴様は巫女たちのところへ戻れ、久しぶりなのだろう、ゆっくり話ができるのは?」

「ああ、でも……」


 ナツキがそこまで言いかけた瞬間だった。

 ガクン、と大きく馬車が揺れて止まった。

 アイザックが馬車からいち早く飛び出すと、御者に問う。


「どうしました?」


 問われた御者は蒼白になって口をパクパクさせている。そして、ある一方を指差した。


「なッ……」


 アイザックは目を見開いた。

 御者が指差す先では一台の馬車が悪魔に襲われていた。それも、そうとうな数だ。


「あれは、悪魔!」

「つーか、馬車が襲われてるぞ!」


 同じように馬車から降りてきたナツキたちは、驚きながらもそれぞれの武器に手を掛ける。


「リリョウ、行くぞ! 誰が乗っているかわからないが、放っておくことはできない。それに、あのまま馬車が逃げていけば一番近くの街に悪魔が入ってしまう可能性もある」

「ああ、急ごう! アイザック、巫女たちを頼む」


 瞬間、二人は魔力によって身体能力を向上させた脚力で大地を強く蹴って駆けた。

 止める間も無かった。


「ご無事で、ナツキ様、ティリウス様」


 ならば自分もやるべきことをやろう。


「いいですか、馬車を移動させます。できるだけ悪魔と距離をとりつつも、決して離れ過ぎないようにお願いします」

「は、はい!」

「私は中で説明をします。もしも悪魔が近づいたらすぐに声を掛けてください」

「わかりました!」


 御者も悪魔の遭遇は初めてではないだろう。蒼白だった顔も、若干の落ち着きを取り戻している。

 “魔王候補”と『魔王』の息子が悪魔に立ち向かっていったのだ。安心してしまうのが当たり前だ。

 だが、アイザックは安心することができない。世の中には万が一ということもあるのだ。


「皆さん、前方を走っている馬車が悪魔に襲われています。幸い、こちらの馬車には悪魔は寄ってきていませんが、ナツキ様とティリウス様が、襲われている馬車を助けに向かわれました。万が一、ということもありますので医療魔術の準備をしていただけると助かりますが、やってくださいますか?」


 アイザックの言葉に、巫女たちは怯えの表情を浮かばせたが、それでも頷いてくれた。


「私は外からこちらの馬車を守ります。くれぐれも混乱しないように、何かあったら私に声を掛けてください」


 そう伝えると、アイザックは御者の隣に立つ。


「さあ、お願いします」

「わかりました。あの、アイザック様」

「どうかしましたか?」


 馬車を動かしながら、恐る恐ると声を掛けてきた御者にアイザックは尋ねる。


「“魔王候補”様と王子様が向かわれたので安心しましたけれど、あの数で平気でしょうか? いや、あのお二人のご活躍は私たちでも知っていますが……」


 彼も彼なりに心配しているのだった。

 数はパッと見て、三十前後だ。先の“勇者候補”や『勇者』などに比べたら大したことはない。

 だが、悪魔の中には時折信じられないくらい強い種類もいる。


「大丈夫です。最悪の場合は……私も出ますので」


 本当なら今すぐ駆けていきたい衝動を必死で押さえ込み、アイザックは微笑んで見せたのだった。






舞台はフレイヤード領へと移ります。そこから色々と動くわけですが……その前に、悪魔との遭遇と一波乱です。

悪魔の登場は久しぶりです。が、今後、悪魔も話に関わってきますので楽しみにしていただけると幸いです。

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