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EPISODE24 「私がアイザック・フレイヤードの弟です」


 魔王城で部屋を借りることとなったナツキたちは、それぞれの部屋で旅の疲れを癒した。

 移動中、ほとんど寝ていたナツキは眠れず、一人、部屋の窓から街を見下ろして考える。


「……俺は弱かった。“勇者候補”を殺したとき、これで大和の力になれる、救えるかもしれないと思った。だけど――実際は、そんなことはなかった」


 井の中の蛙だったと笑う。

 『勇者』ウィリアム・レクターと戦い、惨敗した。そして、大和はそのウィリアムよりも強いと言う。

 何よりも、ナツキにはないものを大和は手にしていた。


 ――守りたい者――


「俺は持っていない。アイザック、ティリウス、俺が出会った奴らは俺が守るほど弱くない」


 ナツキはそう呟きながら、あることに気付いてはいない。

 大和が守りたいと思う者がいる、それは事実だ。だが、その相手がどのような人物かは知らない。何よりも、守りたいと思う者なのだから、自分さえ守りたいという気持ちがあれば相手が弱かろうが強かろうが関係が無い。現に、ナツキの中では大和は強者である。それでもナツキはそんな強者である大和を助けたい、守りたいと思っていることに。

 そして、誰かの支えなしでいられるほど強い存在はどこの世界を探してもいないということに。

 ナツキは気付けない。気付くことができない。

 街の明かりを見ながら一人呟いた。


「向き合わないといけないな、この力と……」


 グッと右手を握り締める。だが、その手は震えていた。純粋な恐怖によって。

 ナツキ自身、気付いていたが、気付かないふりをしていた。


 ――まだ、試練が終わっていないことを。


 洗礼の儀式後、昏睡状態となり、十何年も知った顔との殺し合いを強要された。

そして、目を覚まし、周囲は鋼の力という謎多き力を手に修めたと思っているだろう。

 だが、違う。

 試練は終わっていなかった。もう、どうしようもなく、狂ってしまいそうで、壊れてしまいそうで、楽になりたくてなりたくて、どうにかなってしまいそうな瞬間に目を覚ましていた。

 最初はやっと終わったと思った。

 だが、力を使えるのか試してみて、なにかが足りないと気付いてしまった。

 そのなにかが何かはナツキにも分からない。だか、体が、心が、本能が、足りない、まだ足りないと叫んでいるのだ。


「俺は弱い、だから向き合わなけりゃだめだ……だけど、方法は?」


 わからない。

 巫女に頼むべきだろうか? ストロベリーローズに相談するべきだろうか? アイザックに、ティリウスに打ち明けるべきだろうか?


「駄目だ……」


 そう呟いてベッドに大の字になった。


「どうしていいのかわからねえ……」


 今夜は眠れそうもなかった。



 *



 アイザック・フレイヤードの朝は基本的に早い。

 現在はナツキと共に行動しているが、孤児院の院長を勤める立場である以上、夜更かしはしても早起きはすることを決めている。

 と、言っても、現在早起きをしてもすることはない。

 せいぜい、目を離すと軽装をしようとするナツキに自分が選んだ洋服を届けることくらいだろう。

 慣れない生活をさせて申し訳ないと思うが、だからこそ快適な生活を少しでもしてもらいたいと思っている。


「子供たちは元気でしょうか?」


 久しぶりに、顔を見ることができる子供たちを思い出しながらアイザックは珈琲を口にしながら書類に目を通す。

 その書類には、ウェンディに求婚しているズックオム・トールクスについて書かれていた。

十二貴族が一つ、トールクス家に三男であり、自ら“魔王候補”へ立候補。後は噂どおりのことばかりだった。だが、アイザックが気になった。それは一つの文章であり、内容は――先日小規模の範囲で悪魔が現れたらしいが一切戦闘に参加はせず、警備兵たちが倒したとのこと。

この文章を見れば多くの者が失笑するだろう。

 何故なら“魔王候補”が評価をもらう手っ取り早い方法が戦闘だからである。トールクス寮は南の山岳地に近いので人間との小競り合いはない。だが、悪魔との戦闘は比較的多いのだ。

 ズックオムの噂が本当であれば、自身の力を誇示するためにも戦うはずだ。

 どんなにやりたい放題をしている“魔王候補”であったとしても、民を守れない、いや守らない者は“魔王候補”である資格がないからである。


「ふむ、これは……少し調べてみる価値はあるかもしれませんね」


 ウェンディのため、というのもある。トレノのためというのも大きい。だが、一番はナツキのためであった。

 先のノルン王国との戦争、『勇者』との戦い、それらで“魔王候補”として最も新参者であるナツキは注目を集めた。無論、一緒に戦ったティリウス達も同じだが、それはやはり“魔王候補”の方が注目度が大きかった。

 そして、“魔王候補”たちが意識をし始めたのだ。

 別に何かが問題なわけではない。すでに、鋼という希少な力を先例で得た時から注目をされている。抜け目の無い人物からは既に見合い話まで来ている始末だ。


「少し、早いですね」


 と、自身も結婚していないというのにそんなことを言う。

 朝の珈琲と一緒に運ばれてきたのは頼んであった書類と、この数日でたまっていた目の通していない相手の写真と紹介文だった。心なしか増えている気もしないでもないが……

 本来なら、家族か腹心たちがこういうことをするべきなのだが、ナツキにはそれがいない。

 いや、正確に言ってしまうと、ウィンチェスターという家族はいるだろう。ティリウスは友人の立場だが、アイザック本人は腹心の一人と考えてもらいたい。だが、ナツキの中では違うのだ。

 だからこちらから歩み寄ろうと決めた。

 そして何気なく取った見合い写真の人物を見て、アイザックは驚いた。


「まさか、この方が……なるほど、色々と動き出したみたいですね」


 写真に写っているのは淡い緑色のドレスを身につけた“魔王候補”アシュリー・カドリーだった。



 *



 ティリウス・スェルズの朝は不機嫌から始まる。

 まず、しっかりと目が覚めない。ベッドの中から抜け出したくない欲求に従って体を動かせない。そんな自分に苛立ち不機嫌になってティリウスの朝は始まるのだ。

 それだけならいつもと変わらないのでいいだろう。だが、最近は違う。


「……いつまでこのままなのだ、この体は」


 気だるそうな声で、確実に不機嫌に呟くティリウスだった。

 胸の膨らみを気にしながら、しばらくベッドの中にいたが、あまりゆっくりとしていられないと思い出してズルズルとベッドから抜け出す。

 そしてテーブルに置いてある水差しから水を汲み、一緒に置いてある錠剤を流し込む。


「いつもながらに不味い薬だな」


 だが、これがなければもっと“変化”が進んでしまうので飲まないわけにはいかなかった。

 自分の姿を部屋にある鏡で見ると、ため息を吐く。

 ティリウスの体は完全に女性の体だった。


「これで薬を飲まなければ、髪まで伸びてくるから始末が悪い!」


 そんなことになったら周囲から隠すことができない。

 なによりも、ナツキに知られたくはなかった。


「やはり、リリョウのせいだ!」


 この不安定な体が、女性で固定されているということは……つまり。


「ええい、やめだやめだ!」


 この先は考えたくない。

 自身でさえ気味が悪い体だというのに、それをナツキが知ったらどうなるだろうか?

 気持ち悪いと言うだろうか? それとも自然に受け入れてくれるだろうか?

 最近ではこんなことばかり考えてしまう自分がいる。

 だが、一番知られたくない理由は――ナツキが“勇者候補”のことを一番に考えていることだった。

 幼少時の頃からの親友ならしかたがないと思う。自分などは本当に短い時間の付き合いだ。最初なんて喧嘩一歩手前だった。

だが、とティリウスは思う。


「僕は信頼しあっていると思っていた。時間など関係なく、信頼関係にあると思っていた。少なくとも僕はリリョウ、貴様のことを信頼していたぞ……だが、お前はずっと一人ぼっちだったんだな」


 悲しそうに、寂しそうに、ティリウスは呟いた。



 *



「ローディック・フレイヤードです。お初にお目にかかります、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスター様」


 翌朝、結局眠れなかったナツキは、朝一番に偶然一人の男性と会っていた。

 銀髪を短くし、邪魔にならないよう几帳面に整え、銀縁の眼鏡を掛けた青年。


「ああ、アンタが……アイザックの弟、ですか?」


 服装は自分と大差ないが、ピンと伸ばされた背筋、朝だというのに眠気など一切ないであろうパチリと開いた目……これで黒髪であれば、どこかの企業戦士に見えるだろう。

 そんなローディックについ、敬語になってしまったナツキであった。


「はい、私がアイザック・フレイヤードの弟です。兄からお聞きでしょうが、本日私は貴方をフレイヤード領へとお迎えに上がる為に参上しました」

「なんていうか、後当主自ら……すんません」


 つい謝ってしまったナツキに笑みを浮かべるわけではなく、クイっと眼鏡の位置を直すと一言。


「いえ、お気になさらず」


 それだけを言った。

 やりずれー。ナツキは心底思った。


「あ、あまり、アイザックと似てないっすね」


 とりあえず、会話をと言ってみたが……相変わらず至極真面目そうな表情を変えずに簡潔に一言。


「はい、良く言われます」


 会話が続かねー、ナツキは本当にこの男がアイザックの弟か疑いたくなった。

 そんなナツキの心情を読み取ったのか、ローディックは口を開く。


「私は少々、生真面目過ぎると言われることが多くあります」

「なんと言うか、まぁ、見たまんまっすね」

「この様な言い方はしたくはないのですが、今でこそ落ち着いていますが、昔は自由気ままに生きていた兄を見てきたせいでしょうか、今の私がいるみたいです」


 そう言って微笑する。

 初めてローディックの表情らしいものを見た気がした。そして、彼が兄を慕っていることも話す雰囲気で少しだけ感じた。


「へえ、アイザックは昔は自由気ままだったんすか?」

「はい、貴方のお母様――メアリ・ウィンチェスター様は風のように自由な方でしたから、その後を追いかけていた兄も自然とそうなってしまったようです」


 さりげなく、自分の母親のせいだと言われた気がした。

 とはいえ、ナツキにとってメアリ・ウィンチェスターが母親という実感が沸かない。

 写真を見たときに、どこか懐かしさはあった。魔神も間違いはないと言ってくれた、だが、やはり会うことができない、触れることができない、もう亡くなっているというこの状況ではどうすることもできない。

 それが、少しだけ、寂しかった。


「お話を変えてしまいますが、既にフレイヤード領に出発する準備はできています。ナツキ様が保護された人間の巫女たちもご一緒できるそうです。これは魔国の巫女たちが気を使ってくださったものだと思いますが」

「そっか、でもあの子たちも知り合いが近くにいた方が少しはマシだろうな。気遣いをありがたくもらっておきますよ」

「そうですね。ですが、後に巫女が人間の巫女に対して聴取に来ることや、その逆もあるでしょう。保護する条件、とはいえ名目ですが、こちらとしても人間の巫女たちの技術は欲しいですので」


 事務的にナツキに伝えるローディック。

 その辺りはナツキは心配していなかった。悪いようにはしないと、ストロベリーローズなども言ってくれている。


「わかった。それで、出発予定は?」

「そうですね、そのことに関しては兄と相談しましょう。少々、相談したいこともありますので。よろしければ、ナツキ様もご一緒していただけますか?」

「え? ああ、別にいいっすけど?」


 ナツキが答えると、ローディックは「では、今から行きましょう」と言って歩き出す。


「ちょっと、さすがに朝っぱらから押しかけるのはどうかと……」

「大丈夫です。兄は早起きを義務としていますので」


 そういえば、アイザックが寝坊などという話は聞いたことがない。


「では、向かいましょう」


 歩き出すローディックの後をナツキは続いた。



 *



「おはようございます、兄上」

「おはよう、アイザック」


 アイザックに用意された部屋に向かった二人は、ノックをすると返事を待たずにドアを開けた。

 ドアを開けたのはローディックだが、兄弟ゆえに遠慮がないのだろう。もっとも、ナツキは中でアイザックが動いている気配を感じていたが。


「おはようございます……おや、これはまた凄い組み合わせですね」


 驚いたように目を開くアイザック。

 まさか弟がナツキにもう会っているとは思わなかったのだろう。


「偶然ナツキ様にお会いしたので、ご一緒させていただきました。お久しぶりです、兄上。ノルン王国との戦争にも参加されたそうで、ご無事で何よりです」

「ええ、本当に久しぶりですね。元気でしたか、ローディック?」

「はい、変わりありません。孤児院の子供たちも同様に変わりなく元気です」

「そうですか、それは良かった」


 ローディックの言葉に、アイザックは微笑む。

 ナツキは思う、あまり似ていない兄弟だが、少しこういう関係は羨ましいと。


「立ち話もなんです、お座りください。と、その前にナツキ様……またその様に軽装をして。まずはお着替えください」

「えー、またかよ。少しくらい楽にさせてくれてもいいじゃないか……」


 そう言うナツキの格好は、ジーンズにロンT姿だ。地球から持ってきていた者を、城の誰かが洗濯してくれてあったのだ。

 以前より、Tシャツなどはシャツの下にこっそり着ていたのだ。やはり慣れた格好が楽で良い。

 なんというか、こちらの……しかも貴族の格好は少し窮屈だ。


「まったく、ナツキ様が楽な格好をしたいのは分からないでもありませんが、周囲の目などもありますので魔王城ではもう少しお控えください。孤児院でしたら軽装で構いませんので」

「わかりましたよ、先生」

「結構です」


 アイザックから渡された服に着替えるナツキ。

 そんなナツキを待ちながら、兄弟は話をする。


「最近のフレイヤード領はどうですか、ローディック」

「はい、悪魔などは度々出現していますが、各街の配置しいている兵で対応は取れていますので現状は問題は無いかと思います。その他も以前と変わらず、ですが……」


 一度言葉を区切ると、ちらりとナツキの方に目をやる。


「構いません、続けてください」

「はい。住人たちは“勇者候補”を倒し、『勇者』とまで戦った“魔王候補”であるリリョウ様の話題で持ちきりです」

「そうですか……意外と情報の伝達が早かったですね」


 ため息を吐いてから珈琲を口に含むアイザック。

 ようやく着替え終わったナツキが会話に混ざる。


「正確には『勇者』と戦ったんじゃなくて、『勇者』にボロ負けした“魔王候補”だけどな」


 シャツにベストを合わせ、黒いパンツとブーツを履いたナツキが椅子に腰掛ける。


「お似合いですよ、ナツキ様」

「どうもこういう格好は苦手だよ。ところで、悪魔は頻繁に現れてるのか?」


 話が聞こえていたので、ナツキは疑問に思った。


「ええ、この間のように偶然警備の薄い場所にということは少ないですが、小規模の被害はありますね。ですが、各領地に兵がいますので、兵たちが街を守っています」

「ですが、最近どうもおかしな話を耳にしました」


 アイザックの言葉に続けてローディックが言う。

 おかしな噂?

 アイザックから珈琲を受け取りながらナツキは首をかしげた。


「なんでも悪魔に組する者が存在していると」

「馬鹿な!」


 同感だ、とナツキも思った。

 まだ悪魔は一種類しか見たことがないが、あれと仲良くやりたいとは思えない。


「裏付けはまだできていませんが、どうやら『堕ちる』という言葉が鍵のようですので、そちらから調べていこうと思っています」

「頼みます、ローディック。これ以上おかしな敵が増えても困りますので」

「はい。ところで、兄上……」

「なんでしょうか?」

「あの山積みになっている資料は一体なんですか? よろしければお手伝いしましょうか?」


 そう言われれば、部屋にある机には資料の山が出来上がっている。

 崩れたら大変なことになりそうなほどだ。

 弟の言葉に、アイザックはしまったという顔をする。

 そんな兄の様子に気付かないローディックは椅子から立ち上がると、机の資料を一つ取りめくる。


「…………なるほど、これらはリリョウ様の婚約者候補の資料でしたか」

「は? 俺?」


 なんだかとんでもない言葉を聞いた気がした。






アイザックの弟登場です。今後、舞台はフレイヤード領へと移ります。

もう数人新しい登場人物が登場予定です。

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