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魔王候補と勇者候補  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
2・War and brave man.
24/43

EPISODE23 「……僕は、貴様が羨ましい」




 目を覚ますと、見覚えの無い部屋の中に寝かされていた。

 いや……がたごとと揺れていることから、馬車かなにかではないだろうか?


「お目覚めに、なりましたか?」


 ナツキがそんなことを思っていると、アイザックに声を掛けられた。


「アイザック……ここは? どこに向かってる?」

「ここは馬車の中です。現在、王都へ戻っている途中ですが、もうすぐ着きますよ」

「……巫女たちは?」

「別の馬車で移動していますが、もちろん、ご一緒ですよ」


 その言葉にホッとして体から力を抜く、ナツキ。

 そんな彼を見て、アイザックは言う。


「それもまた貴方ですよ」

「……なんだよ、急に?」

「申し訳ありませんが、『勇者』と貴方の話を聞いていました」


 知ってるよ、とナツキは答える。


「だけど、そこから記憶がないのはどうしてだ?」

「気を失ったんですよ。医術師が言うには体力はそうですが、魔力もまだ全快ではないのに精神的にも疲労が蓄積されたみたいです。体を守る為に意識を失ったという感じのようですね」

「なるほど、で……どれもまた俺だって?」


 はい、とアイザックは返事をすると、言葉を続ける。


「私は、いえ私たちは貴方の本音を聞きました。私たちを心から信用できず、今心を支えているのは小林大和様の存在です。私たちでは支えになることも、弱音を吐かせてあげることもできませんでした」


 ナツキは返事ができない。


「ですが、貴方は大和様を助けることを第一の目的としながら、保護した巫女を心配し、来たばかりの世界でいきなり戦争に巻き込まれながらも多くの人のために戦いました」


 アイザックはナツキに語りながら思い出す。

 文句一つ言わずに魔国のために刀を振るったナツキ。負傷した自分よりも、保護した巫女を優先しようとしたナツキを。


「ウィリアム・レクターの言うとおりかもしれません。ですが、貴方はそれだけではありません。誰かのために怒れる心を持ち、誰かを心配する心も持っています。今回のことで、私たちに弱音を吐いてもらえないことに気づきました……いえ、気づいていましたが、改めて思い知らされました」


 ――だから、私たちから貴方へ歩み寄ります――


 アイザックはそう言って微笑んだ。


「これは私だけの意見ではありません。ティリウス殿はもちろん、ヴィヴァーチェ様、トレノ殿、クレイ……ウェンディはわかりませんが」


 最後は苦笑だ。


「もっと私たちを頼ってください。そして少しずつ信頼してください。今すぐは無理でも、すこしずつゆっくりと」


 アイザックは少し思い出だすように馬車の窓から外を眺めると、再びナツキを見る。


「よくよく思えば、こちらに着てからはゆっくりお話しする暇はありませんでしたね」

「そうだな」


 あっという間に色々な出来事が起きた。

 洗礼の儀式、そして戦争、『勇者』との戦い。思い出せば怪我をしてばかりだと、思わず苦笑してしまうナツキだった。


「まだ、まだ俺は本当の意味でアンタらを信用していないのかもしれない。信頼もできていないかもしれない。だけど、アイザックが心配してくれることは素直に嬉しいし、ティリウスと“勇者候補”に立ち向かった時だって俺はアイツを信じてた。それは本当だ」

「はい。今は、それだけで良いんです。まだ私たちは出会って日が浅いのです。色々なことが起きてしまったので錯覚していましたが、この短い時間で信頼関係を完全にはつくれないのはしかたがないかもしれませんね」


 それに、とアイザックは続ける。


「私と貴方は考え方なども違います。少しずつ、歩み寄りましょう」

「ああ……そうだな、そうしよう」


 俺には大和しかいない――そう、思っていた。いや、今もそう思っている。だが、そうじゃないかもしれない。

 心配してくれる人がいる。アイザック、ティリウスたちだ。戦場で出会った巫女も心配してくれている。

 大和助けにきたはずなのに、それだけだったはずなのに――嬉しいと思ってしまう。

 ナツキはそう思いながら、再び眠りの中へ落ちていった。



 *



 一方、同じ頃。

 ティリウスは別の馬車で一人、ムスっとしていた。正確には一人で馬車にいるわけではないが、ムスっとしているのは彼一人だった。

 理由はもちろん、ナツキと馬車を別にされたことだ。

 また、一緒の馬車に乗っているがウェンディ・ウィンチェスターだということだろう。


「まったく、どうして僕が貴様と一緒に馬車に乗らなければいけないんだ!」

「……私だけじゃないでしょう。保護された巫女たちも一緒じゃない」


 そう二人は巫女たちと一緒に馬車に乗っているのだ。もっとも、巫女たちは移動の疲れで全員が寝入ってしまっているが。

 ウェンディもウェンディで顔には出さないが、不機嫌な声だった。

 二人とも同じことを思っているのだろう。

 どうしてコイツと一緒にいなければいけないのだ、と。


「まったく、貴様の兄と父はとっくに帰ったというのに」

「お兄様の風の魔術はあまり他人には作用しにくいのよ。だからお父様だけが限界なの」


 それだけの理由ではないことは分かっている。

 二人は巫女たちの護衛でもあるのだ。


「……まぁいいだろう。丁度良い機会だ、貴様とは一度話をするべきだと思っていたからな」


 ティリウスの言葉に、ウェンディはつい身構えてしまう。


「別にどうこうしようというわけではない。先日の話も……蒸し返さないでいてやる。僕が気になっているのは、今後の貴様のリリョウに対する対応だ」

「今後の対応?」

「貴様の事情はクレイ・ウィンチェスターに聞いた。確かに、あんな男とは結婚はしたくないだろうな、十二貴族でありながらその立場をまるで自分で得たかのように振舞っている男だ。最も理解できないのは、自ら“魔王候補”に立候補し、さらに自分が『魔王』になれると思っている厚かましさだ」


 ウェンディに求婚している男――ズックオム・トールクス。十二貴族が一つ、トールクス家に三男だ。だが、貴族という立場を利用し、やりたい放題……とまではいかないものの、好き勝手やっているのはティリウスも良く知っている。

 容姿が醜いわけではない。どちらかというと、整っている方だろう。だが、心が醜い男だとティリウスはそう思っている。


「確か、歳は四九だったな。洗礼には失敗し、まあそれは珍しくはないが魔術的才能もあまりない。“魔王候補”に立候補しておきながら特に何かをするわけではなく、今までと同じ暮らしをもう三年もしている、まったく信じられん。よく、巫女が“魔王候補”として認めたものだ」


 ブツブツと文句を言うティリウスにウェンディは思った。詳しい……と。

 そして思い出す。ティリウスこそ、一番“魔王候補”という立場に執着していたことを。

 思い出してしまったからこそ、気になることもあった。


「ねえ、どうして“魔王候補”に立候補しなかったの? あの男でさえ認められるなら、あなたでも」

「違う!」


 認められたに――そう言おうとしたウェンディの言葉を大きな声でさえぎった。


「僕は選ばれたかっただけだ。母上のように国のために、民のために、と思っていた。だけど、リリョウを見て僕は気づいた。いや、気付かされた」

「……何を?」

「例え『魔王』でなくても、“魔王候補”でなくてもできることはある、と。今更ながらに気付かされた。僕は良くも悪くも『魔王』に、母上に憧れ過ぎていたのかもしれない」


 そう言ってティリウスは苦笑する。


「僕は、今はただ、リリョウの力になりたいと思う。リリョウの支えになりたいと思う。信頼して欲しい、共に歩んでいきたい。そう思っている」


 だから、と彼は続けた。


「貴様がリリョウを利用することは絶対に許せない。だが、もしも事情を話し、リリョウが協力してくれるなら僕は何も言わない。仮に、貴様が本当にリリョウに惹かれれば、それもそれでいいかもしれない」

「……」

「幸いなことに、魔族は一夫多妻が認められている。もっとも、一夫多妻は女性に有利システムだが、気付いている男はあまりいないな」


 妻たちが協力関係にあれば、これほど男に不利な条件はないだろう。


「あなたはどうなの?」

「何だ?」

「結婚とか、そういう話はないの?」


 彼女の問いに、しばらく黙った後、少々自嘲気味な声で彼は答えた。


「僕には色々問題があって、自分で相手を見つけなければいけないんだ。姉上もそうだ」


 貴族にしては珍しいとウェンディは思う。

 相手が決まっているのではなく、相手を自分で探さなければいけないとは。問題とはなんだろうと気にもなったが、聞けなかった。


「話を戻すが、まず最初にリリョウに謝るんだ。貴様もあの場所にいたからリリョウの本音は聞いただろう?」


 ウェンディは頷く。

 アイザックたちについてナツキを追いかけてしまったが、まさかあのような場面をみることになるとは思ってもいなかったのだ。


「後は貴様次第だ」


 それだけ言うと、ティリウスは不機嫌そうな顔をして馬車の窓に顔を向け、ウェンディを振り向くことはなかった。

 そして、誰にも聞こえないようにそっと呟いた。


「……僕は、貴様が羨ましい」



 *



 王都に戻った時には夕方だった。

 馬車の移動でゆっくりしていたことから一週間は移動していたことになる。だが、ナツキはその間ほとんど寝てばかりだった。

 王都に着いた今も、眠たそうに目を擦っている。


「さあ、着きましたよ。これからストロベリーローズ様と面会をします。巫女たちは魔国の巫女が面会します。その後、フレイヤード領にある孤児院へ移されるでしょう」

「王都にはないのか、孤児院は?」

「ありますが、王都の孤児院は国営ですので私の権限で何かをというのはできません。フレイヤード領は王都のすぐ隣ですし、馬車で半日も掛かりません。魔力で強化した体であれば一時間と少しくらい走れば着いてしまうくらいです」

「そうか、じゃあ俺もフレイヤード領で生活させてもらうでいいのか?」

「はい、本来ならウィンチェスター領で生活していただきたいのですが……ナツキ様のご希望通りにさせていただきます。明日になれば弟が王都まで迎えに来てくれますので」


 弟?

 アイザックの口から家族に関することがはじめて出たので、つい興味をそそられてしまう。


「アイザックは、弟がいたのか?」

「はい、フレイヤード家当主を務めています」


 自慢の弟なのだろうか、アイザックの笑みも声も親しみがこもっている。

 だが、逆に気になった。

 トレノ、サイザリスという領主からアイザック殿と呼ばれている彼は一体どのような人物なのだろうか?

 人柄は全てではないが、分かる。立場も孤児院の院長ということは聞いている。だが、それだけだろうか?


「弟は少々生真面目な面を持っていますが、根は優しく、思いやりがあります。もっとも、不器用でそれを表に出すのが苦手なのですが……」


 なんだか悩める父親のようだなと思った。

 話を聞いている限りだと、弟が当主を継いでいることに不満を持っているようにも聞こえない。

 一体、ここの国では家の当主はどう決めているんだろうか? そんな余計なことに興味を覚えるナツキであった。


「さぁ、ストロベリーローズ様とお会いになりましょう」


 結局、アイザックの弟自慢? や、幼少時の苦労話を聞きながら時間は過ぎ、ナツキたちは魔王城の中にいた。


「リリョウ・ナツキ・ウィンチェスター。アイザック・フレイヤード、入ります」


 ゴトン、と扉が開かれて中に進む二人。

 玉座には桃色の髪を持つ少女――『魔王』ストロベリーローズが既に待っていた。

 そして、ティリウス、ヴィヴァーチェ、サイザリス、クレイ、ウェンディ、トレノと先の戦争に関わった任物も既に集まっている。


「みんな、本当にお疲れ様。被害は少なくなかったけれど、国境は無事に守られたわ。ノルン王国軍が壊滅、というのは喜んでいいのか悪いのかわからないわね。私は和平派だし、しかも殺してしまったのが『勇者』だし」


 久しぶりのストロベリーローズの話し方は、相変わらず堅苦しくはなかった。だが、そこまで砕けてもいない。


「特に、リリョウちゃんとティリウスちゃんはお疲れ様。“勇者候補”を倒した功績は多くの魔族が認めているわよ。そして『勇者』と渡り合ったリリョウちゃんの株も鰻上りよ! ……でも、リリョウちゃんはそんなこと嬉しくないわよね」

「……いえ、別に」


 どうでもいい、と言おうとして堪えた。

 “勇者候補”を殺したことで認められたくもないし、『勇者』と渡り合った――そんなことはない。あれはボロ負けだ。


「ヴィヴァーチェちゃんも、応援ありがと。本当に助かったわ!」

「ありがと、お母様」


 軽く手を振って返事をするヴィヴァーチェに、「姉上!」とティリウスが嗜める声を上げる。


「アイザックちゃんもお疲れ様。ノルン王国の巫女の待遇については分かったから、取引をしたらすぐに連絡するからね」

「はい、よろしくお願いします」

「トレノちゃん、クレイちゃんも、応援物資をはじめ、色々の援護ありがとう」

「いいえ、共に歩む仲間として当然のことです」


 トレノ、クレイは深く頭を下げる。


「最後に、ダーリンは国境を守り抜いてくれてありがとうね。まさか“勇者候補”がいるとは思わなくて、スウェルズ領の兵に任せきりにしちゃったのは私の落ち度、ごめんなさい」


 ――今、ダーリンって言わなかったか?


「お気になさらないでください、魔王様。リリョウ殿とティリウスのおかげで事なきを得ましたので」


 答えたサイザリスだったが、ストロベリーローズは若干不満顔だった。


「もう、ダーリンったら、これは公式的な面会じゃないんだからいつものように呼んでよッ!」

「わかりました、ハニー」


 ――ハニー? ハニーって言ったぞッ!


 ティリウスに似て甘い容姿をしていながら、それでも貫禄などを持ち合わせている男がハニーといったこと驚きを隠せないナツキ。

 そんなナツキの肩をポンとティリウスは叩く。


「リリョウ、気にするなというのは無理だと思うが、気にしないほうが良い。十二貴族はもちろん、このやり取りを知っている者は皆聞こえないふりをしているのだから」


 どこか遠くを見ながらティリウスは呟く。

 ナツキはふとヴィヴァーチェを見ると、彼女は羞恥のせいか赤くなってプルプルと震えていた。

 ついでにウェンディは笑うのを必死に堪えている。


「そうそう、いつものようにそう言ってくれなきゃ! ね、ダーリン」


 なんだか、ドッと疲れてきたナツキであった。






次回から新急激に話が変わるわけではないですが、徐々にしい話へ進みます。

地球での閑話用意しました。投稿タイミングは随分と先になりそうです(汗)

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