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魔王候補と勇者候補  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
2・War and brave man.
23/43

EPISODE22 「それが、貴様の本音なんだな……」

お気に入り300件突破しました。皆様どうもありがとうございます。



「それじゃあ、僕は行くよ。君に会えてよかった……本当にそう思うよ、リリョウ君」

「俺もアンタに会えてよかった気がするよ」


 テントなどを片付けたウィリアムは少しだけ名残惜しそうな顔をした。

 ナツキは少々複雑であったが、会えてよかったと思う気持ちは本当だった。

 敵でなければ、と思ってしまうほどの人物だった。

 捕虜を殺したことは許せない。だけど、話を聞いてしまった以上、こちらだけの都合で勝手に怒ることもできない。いや、本来なら怒ってもいいだろう、だが、ナツキにはそれができなかったのだ。

 なぜなら、百人いれば百通りの正義と目的、そして理由があるのだから。


「実を言うと、君みたいな若者と戦いたくはないんだよ。まぁ、君自身を気に入っちゃったのもあるんだけどね」

「でも、アンタにはアンタの守るものがあって、その為には戦うんだろう?」

「ああ、そうだね」

「じゃあ、戦場で再会しても殺さないでやるよ」


 不敵に、そんなことを言って、ナツキは笑う。

 三日前に負けたとは思えない発言だった。


「ハハハ、あっははははははははッ!」


 ウィリアムは大きな声で、本当におかしそうに楽しそうに笑う。


「おっさん、なにがそんなに面白いんだよ?」


 大笑いされて不機嫌そうにいうからには、本気で言ったのだろう。

 ウィリアムが出会った魔族の中で、いや出会ってきた多くの者の中でこんな人物はナツキだけだ。


「いやあ、本当に君はおもしろいね。お互いの立場がなければ、友人として楽しくやっていけただろうに。いや、残念だよ」


 だからこそ、だからこそ、本当に思う。心から。


「仕方ないさ、お互いに立場があるから出会えたんだからな」

「そうだね……仕方がないか」


 笑うのをやめて、そう呟いたウィリアム。

 その背中は、どこか諦めたような、それでもまだ何かにすがりたい……諦め切れていないとう感情が伝わってきそうにナツキには見えた。


「リリョウ君」


 彼は背を向けたまま、ポツリと名を呼ぶ。


「気をつけるんだよ、勇者は僕だけじゃないよ。人間の国は多く、僕自身、名前は知っていても良くわからない国もある。そんな国々が全てではないけれど、勇者はいるんだ。例えば、唯一現在人間の世界で王として君臨する『勇者王』エンゼンや少女でありながら数え切れない数の人を救った巫女『神の子』イルスを始めとした『勇者』は『勇者』の中でも飛び抜けている」


 『勇者』というのは人間をやめちゃっているね、とウィリアムは笑う。どこか寂しそうに。


「まぁ『勇者』というのは意外と有名だから、魔国でも情報は手に入れているんじゃないかな? 人間の国に同盟国もあるしね」

「わかった。少し調べてみるさ。悪いんだけど、聞きたいことがあるんだ、いいか?」


 ウィリアムは首だけ振り返る。


「なんだい?」

「ノルン王国に召喚された“勇者候補”小林大和いや、ヤマト・コバヤシを知ってるか?」


 ナツキの問いに、ウィリアムは少しだけ複雑そうな顔をして躊躇ってから頷いた。

 そして、振り向いてナツキの顔を真剣に見つめる。

 その瞳には、色々な感情が込められていた。哀れ、不憫、悲しみ、そして……わずかな希望。


「ヤマト君ね、何度も会っているよ。いや、君の聞きたいことは分かる。まず、彼はとても元気だ。王女様に気に入られているというのもあるけれど、そうそう危険な目にはあっていないよ“勇者候補”の中ではね」


 その言葉を聞いて少しだけホッとした。

 巫女たちから大和の話を聞いていたので、安否は底まで気にしていなかったのだが、また違う誰かから聞くと安心感が得られる。

 そんなナツキを見つめながら、彼は続ける。


「彼はとても強いよ。僕なんかじゃ足元にも及ばない。経験の差で今戦えば勝てると思うけど、彼の成長速度は凄いの一言だよ。そして、何よりも心が強い」


 心が強い……そんなことは知っている、と言おうとして言えなかった。

 ナツキは唖然とする。今、ウィリアムはなんと言った?

 この目の前にいる『勇者』よりも強い?

 自分があっという間に倒されたこの目の前の男よりも強いというのか?


「誤解の無いように言っておくけど、君自身も僕よりも強いよ。そして、今後成長するだろうね。今は経験で僕が勝たせてもらっているけれど、次は本当にどうなるかわからない」

「うるせぇ!」


 気休めなどいらない。

 ウィリアムとっては気休めではなく、事実なのだろうが……今のナツキには気休めとしか受け取れない。


「君の名前はヤマト君から聞いているよ。そして、君の噂も。彼を助けるために“魔王候補”となった変わり者……中には君を馬鹿と笑う者もいる。だけど、僕は決して笑わない。素晴らしいと思うよ、尊敬さえ出来る。誰かのために何かをしようと純粋にできる人は少ないからね」

「アンタだって、アンタだって国のために必死じゃねえかよ」

「うん、だけどね。僕は誰かが代わってくれるなら喜んで変われるよ」


 きっと本気で言ったのだろう。

 何かに疲れたような声だった。何気なく言ったつもりだろうが、まるで幾千の悲鳴のようだった。


「おっさん……」

「さっきも思ったけど、おっさんはやめて欲しいな。まだ三十代だからね」


 何事もなかったように『勇者』は笑う。

 だけど、ナツキには何事もなかったようには振舞えなかった。


「いいかい、リリョウ君。ヤマト君にも守りたい人ができてしまった。分かるかい? もう、彼には戦う理由があるんだ。いずれ彼は君の敵となって現れるよ、どんなに言葉を語っても、お互いが戦いを望んでなくても戦わなければいけない絶望がこの先待っている」


 ウィリアムは哀れみと心配がごちゃ混ぜになった感情で一杯だった。それでも、不覚にも気に入ってしまった若き“魔王候補”に言っておきたかった。


「君は、それでも進む覚悟はあるかい?」

「俺は……」


 助けるはずの大和は俺よりも強くて、守りたい人がいるんだと。俺が相手にならなかった『勇者』が強いと言う力を持ち、現在進行形で成長をしているんだと。

 無理だ。

 何が助けるだ。俺は邪魔なだけじゃないか?


「いや、違う!」


 いつの間にか地面を見つめていた顔を上げるナツキ。


「確かに俺はまだ弱い。だけど、俺にとって弱いとか強いとかじゃないくて、大事なのは気持ちだ。心だ! いいか、良く聞けよ、俺は大和を助けるんだ。誰が何を言おうが、絶対にやってみせる!」


 啖呵を切ろう。

 盛大に。


「絶望が待っている、上等だよ! どんな絶望だろうが、必死こいて堪えて辛くて泣こうがその先に待っているのは希望だ。ノルンの女王が恐ろしい、そんなこと知るかよ。前にも言ったな、俺の限界を勝手に決めるんじゃねえよ。アンタのモノサシで俺を計るな!」

「……こりゃあ参ったね」


 “魔王候補”の啖呵に『勇者』は笑う。

 実に楽しそうに、実に愉快そうに、心から、心の底から微笑む。


「ヤマト君とは違う意味で、君は心が強いのかもしれないね」


 ウィリアムは微笑えんでいる。だが、せっかくの微笑みも不安に陰る。


「これはヤマト君にも言えることだけれど、君たちのように心が強く強過ぎる者が心が折れた時にが一番心配だよ。彼には守りたい人が傍にいてくれるからいいだろう。けど、君は?」


 啖呵を切ったばかりだというのに、その問いにはすぐに言葉が返せなかった。

 なぜ、いまさらそんなことを言う?


「病み上がりでここに来るまで辛かったろう? 守れなかった捕虜だけじゃない、前の戦争も、私のことも思い出しただろう? そんな時に、君が心の中で誰にも聞かれないように必死で隠している悲鳴に……気づく人はいないのかい?」


 だとしたら、これ以上は進まないほうが良いかもしれない。ウィリアムはそう言った。


「すまないね、君を責めるつもりじゃないんだ。ただ、思いのほか気に入り過ぎてしまったから、心配になってしまったんだよ」

「……大きなお世話だ」

「僕が言わなくても、君自身が一番気づいているんだね。改めて気づかせるべきじゃなかったみたいだ、ごめんよ」

「謝るな!」


 ナツキは叫んだ。


「謝るんじゃねえ!」


 まるで血を吐くように、叫んだ。


「心が折れるとか折れないとかじゃねえんだよ。折れたって構いやしない。俺の心はもともと折れるほどの心じゃなかったんだ。そんな心の光をくれたのは、力をくれたのは、大和だ! だから、そんな大和のためなら心が折れるのだって喜んでやってやるよ! 何が必死で隠している悲鳴だ、俺は悲鳴なんて上げない! 誰にも助けなんて求めない! なんだ、なんだよ、その目は……俺を、俺をそんな哀れな者を見るような目で見るんじゃねえ!」


 絶叫し、と肩で息をするナツキ。


「俺は……俺は、闇の中から引っ張りあげてくれた大和さえ笑っていてくれれば、それだけで良いんだ」


 きっと、それが心からの本音だったのだろう。

 イシュタリアという異世界で、“魔王候補”として義務をこなすと言ったナツキ。大和を助けるけれど、魔族として行動すると言ったナツキ。戦うことも、絶望も耐えてみせると言ったナツキだったが、結局のところ支えはそれだけだった。


「素晴らしき友情……なのかな? 君のその思いは友情かな? 私にはまるで借りを必死で返そうとしているように見えるよ」

「黙れ」

「君は強い、心も強いだろう……だけど、それはあくまでも見た目だ。どんなに必死に補強をしても、その補強が崩れれば心は簡単に折れる――かつての私みたいね」

「……」

「年長者として、経験者としてアドバイスをしておくよ。リリョウ君、ヤマト君の他に理由を作るんだ。恋人でも良い、友人でも良い、心を強く持てるきっかけを手に入れるんだ。そうすればきっと――例え世界中が敵に回っても、その心は折れることはないよ」


 深い、とても深い微笑だった。

 そう言うウィリアムの言葉を、表情を、ナツキはきっと生涯忘れることができないだろう。

 経験者として、そう言ったウィリアムはどのような道をあるいてきたのだろうか?


「最後に謝っておくよ。さっきも言ったけど、君を責めるつもりも、心を折ってやろうというつもりもなかったんだ。ただ、あまりにも君が、昔の僕に似ていたから、立場上お互いに敵だけれど、何か残してあげれるものはないかと思ってね」


 不器用ですまない。そう謝った。


「いや、いいんだ……本音はあんまりよくねえけど、結局、自分が何を考えていたのか分かったから、アンタの想いも全部じゃないけど伝わったから」

「そうやってすぐ、許してしまう。そんなところも、昔の僕にそっくりだ」


 不器用だね、と笑みを浮かべる。

 そして今度こそ、ウィリアムは背を向けると歩き出す。


「僕はもう行くよ、そろそろ痺れを切らした魔族さんたちが今にも襲い掛かってくるんじゃないかと怖いからね」


 その言葉に、後ろを振り向いてハッとする。

 気づかなかった。

 アイザック、ティリウス、クレイ、ウェンディの四人が離れた後ろに居たのだ。


「ちくしょう、気づかなかった……」


 先に言えよ、とナツキは呟く。


「まだ、病み上がりってことさ。じゃあ、“またね”リリョウ君」

「ああ、“またな”ウィリアム・レクター」


 こうして、後に「とあるきっかけ」となる、“魔王候補”と『勇者』は出会い、別れたのだった。





「それが、貴様の本音なんだな……」


 ティリウス・スウェルズはこの感情が何なのかようやく理解できた。


 ――嫉妬だ。


 間違いなく、そうだ。

 この胸の中で、身を焦がしてしまいそうなほど熱く、疼いている炎のような感情は――嫉妬だ。


 ――僕は、ヤマト・コバヤシに嫉妬している――


 まだ顔さえ知らない、ノルン王国の“勇者候補”に、この押さえきれない感情を抱いている。


「ティリウス様?」


 アイザックが声を掛けてくるが、返事ができなかった。いや、したくなかったというべきか。

 あのリリョウの叫びを聞いて、血を吐くような叫びを聞いてアイザックは一体何を思ったのだろうか?

 自分は何を思ったのだろうか?


「ティリウス様、アイザック様は気づいてはいなかったのですね。リリョウの孤独に」


 ティリウスがそう考えたのと同時に、クレイが呟いた。


「なら、貴様は気づいていたというのか?」

「ええ、彼の風は孤独だった。初めて会った時に気づきました。だからこそ、私は緋業火を彼に渡しました」


 しかし、彼の風は変わることはなかった。

 そんなことを呟くクレイにティリウスは何も言えない。

 風など知らない。

 それに悩みを抱えているのはリリョウだけではない。自分だって悩みを持っているし、切実な問題も一つ抱えている。

 だけど――少しでも信頼してくれているのだと思っていた。ヤマト・コバヤシの代わりになろうと思ったことはない。ただ、気に入ってしまったリリョウを隣で支えるくらいにはなりたいと思っていた。


「僕は、先の戦いでリリョウと距離が縮まった気がした……それは気のせいだったんだな。リリョウは、結局……ヤマト・コバヤシという“勇者候補”が一番なんだ」

「ティリウス様……」

「お前は良いのか、アイザック!」

「私は、最初から分かっていました。ナツキ様が、“魔王候補”を手段として使おうとしていることを、本人もそう言っていましたので。ですが、それでも責任は果たすと言ってくださいました」


 そこで一度言葉を止めると、去っていくウィリアムの後姿を見つめるナツキの姿を見つめる。


「本音が聞けて良かったではないですか。こちらの世界へ来て一ヶ月以上経ちましたが、起きていたのは数日です。どう信頼関係を築けと? 試練のせいで昏睡していた時間の方が長いのですよ、体感時間はもっともっと長かった」

「そんなことは知っている!」

「ならば、私たちから少しずつ、少しずつゆっくりと歩み寄りましょう。ナツキ様が、無理をするなら支えてあげましょう。確かに、ナツキ様が一番大切にしているのはヤマト様です。ですが、ノルン王国の侵略でいきなり戦争に放り込まれながらナツキ様は文句を言わずに戦ってくださいました。酷い扱いを受けていた巫女たちを保護なさいました。無慈悲に殺されていく捕虜のために怒り、数多の魔術に立ち向かいました。それも皆、ナツキ様です」


 そう、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターにとって、小林大和の存在が一番かも知れない。

 だが、それ以外がどうでも良い訳ではない。誰かのために行動し、怒り、悲しむこともできる。

 それらを全てひっくるめて、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターだ。


「うるさいっ! そんなことは言われなくても分かっている! ただ、僕が気に入らないのは、『勇者』にペラペラと本音を話したことだ! 僕には隠したくせにだ!」

「――嫉妬ですか?」

「嫉妬ですね」

「嫉妬よね」


 アイザック、クレイ、ウェンディに突っ込まれ、ティリウスは整った容姿を赤く染めて怒鳴る。


「黙れ! アイザックも同じだろうが!」

「否定はしませんよ」

「さらりと流すな!」


 大人と子供の差だろうか、アイザック自身、ティリウスと感情の方向は違うが、それでもナツキに頼って欲しいと思う。

 ウィリアムではなく、その弱みを自分にさらけ出し頼って欲しかったと思う。


「そろそろ、迎えに行きましょう。あの男、立っているが辛そうよ?」

「だから、貴様がそれを言うな! ウェンディ・ウィンチェスター! ちゃっかり着いてきて何のつもりだ!」

「そ、それは……って、すぐ絡むのやまてくれませんか? 私も私なりに、あの男を見極めようとしているので」

「だから、貴様が見極めて何をするつもりだと聞いているんだ……まさか、先日の話の件か! 許さないぞ僕は!」


 口論を始めてしまった、ティリウスとウェンディは放っておくことにしてアイザックとクレイはナツキの元に向かうことにした。

 話を盗み聞きしてしまったことに、罪悪感を覚えながらも、自分たちが少しでも支えになり、いつかは彼の大切なものの一つになれれば良いと思わないではいられないアイザックであった。





勇者の退場です。今後は、ナツキが魔王候補として他の魔王候補に出会います。

もう少ししたら地球の話も投稿してみたいと企んでいます。

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