表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王候補と勇者候補  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
2・War and brave man.
21/43

EPISODE20 「僕は――『勇者』さ」

PVが110000アクセス、ユニークが11000を超えていました。皆様本当にどうもありがとうございます。




「こうも早く、またここに来るとは思ってもいなかったな……一昨日まで戦争をここでしてたって言うのに、今じゃ静かなもんだ」


 草原だったはずのこの場所は、ほとんど焼土となっている。

 こうなる前のこの場所を見たわけではないが、自然が無くなってしまうというのは嫌なものだとナツキは思う。

 そんなナツキを察したのか、アイザックが言う。


「ご安心を、ナツキ様。後日、魔術師たちが元の形にとは無理ですが、新たな生命が育まれるようにしますのでご安心を」

「そういう問題じゃあない気がするんだけどな」

「リリョウ、アイザック、そんな話をしている場合じゃないだろう! 特にリリョウ、貴様はもっとこう、威厳のある顔をして捕虜どもを睨め!」


 無茶を言うなとナツキは苦笑する。


「何をどうすれば、一七しか生きてない俺が威厳のある顔をできるんだよ……というか、威厳がねえよ」

「それをどうにかするのが“魔王候補”だろが!」

「いや、それが本当なら“魔王候補”って何でもありだな、オイ!」


 相変わらずになりつつある二人のやり取りにアイザックは苦笑しながら、列になって歩く捕虜たちに目をやった。

 捕虜の数は約千五百人。

 つまり、先日の戦争でノルン王国の投入してきた兵士の半分が命を失ったということだ。

 捕虜の多くは喜んでいる。多くが家族がいる者や、無理やり徴兵された者たちだろう。


「問題は……あちらですか」


 最後尾に目をやると、が最後の抵抗をしようとしている。だが、魔族もそれをさせるほど馬鹿ではなかった。

 サイザリスの命によって、彼等は拘束され、猿轡も噛まされているので喋ることはできない。

 それでも何かを言っているのだろう。

 命乞いか、懇願か、慈悲を求めているのだろうか、それとも後悔か? もしかすると、魔族に対して呪の言葉を叫んでいるのかもしれない。

 だが、彼等が何を叫ぼうと魔族には関係がない。それだけのことをしてきたのだから。

 そんなことを考えていたアイザックの横を誰かが歩いていく。もちろん、それが誰かはすぐに分かった。


「ナツキ……様?」

「お、おい、リリョウ?」


 掛けられる声を無視してナツキは歩く。そして、“勇者候補”のかつての腹心たちの所まで行くと、緋業火の柄に手を掛けて一言。


「今なら、ここで殺してやる。苦しませることはしない」


 あまりにもの一言に、彼等はもちろん、アイザックとティリウスを始め、聞こえた者が目を見開いた。


「どうせ死ぬなら俺がここで殺してやる。正直、お前たちなんかクソくらえと思っていたけど……見ていて嫌になった。ずっと見ていないふりをしていたかったけど、限界だ。これが俺ができる唯一の優しさだ」


 そして、緋業火を鞘から抜く。


「この場で楽になりたい奴は首を縦に振れ、嫌なら微動だにするな」

「待て、リリョウ! 貴様、何を考えているんだ!」


 追いかけてきたティリウスがナツキの方を掴み、振り向かせようとするが――できなかった。

 本気だ。

 ティリスは心の底からナツキの本気だということを理解した。

 すでにナツキは身体強化の魔法を体に掛けている。これで刀を一閃されれば、本当に苦しまずに死ねるだろう。

 同時に、自らの国に戻り、“勇者候補”は殺されましたが、自分は生き残ってしまいましたと言う必要もなければ、非難されることもない。そして、無残に殺されることもないだろう。


「これは俺の独断だ。止めに来る人数が多くなる前に早く決めろ」


 そして、頷いたのは二人だった。

 ヒュン、という音がした。

 ティリウスにはナツキの動きが見えなかった。だが、頷いた二人は丁度心臓の位置を貫かれ、血を流し絶命している。


「……リリョウ……貴様」

「罰は受けるよ」


 緋業火を鞘に収め、今にも泣いてしまいそうな顔をしてナツキはそれでも笑って見せたのだった。



 *



 ウェンディ・ウィンチェスターは父親にこってりと絞られた後、兄クレイと共に捕虜を国境まで連れて行く役割を父から手伝うように言われ参加していた。

 “勇者候補”の腹心たちがノルン王国へ帰りたくないことは聞いていた。ウェンディ自身、帰ればどうなるか分かっているのでそのことに関して感想も何もなかった。

 “勇者候補”が全ての兵を殺されて国へ戻った場合はまだ利用価値があり、それほど罰せられることは無いだろう。だが、これが逆だと軽くて極刑だ。酷ければ、家族いや親族も巻き添えになり、惨たらしく殺される場合がある。

 ノルン王国の現女王はそれだけのことを平気でやってみせるのだ。

 なによりも、ノルン王国――いや、人間の世界では“勇者候補”は希望と力の象徴であり、その“勇者候補”を“所持”する国の利益は大きい。同盟内での発言権も大きくなると聞く。

 だからこそ、今回“勇者候補”を失ったノルン王国はきっとこの捕虜たちを許さないだろう。

 帰国できる者たちの中には帰国を喜んでいる者も多いが、帰国してその喜びが続けば良いと、皮肉などではなくそう思いたくなる。


「そんな顔をするものじゃないよ」


 兄が声を掛けてきた。


「キツイ言い方をしてしまうけど、魔族の方が被害が大きいんだ。これが強硬派であれば彼等は無残に殺されていたよ」

「でも、実際には国へ帰っても同じじゃない?」

「故郷が見れるだけ、マシじゃないかな?」


 兄は時折、冷たいことを言う。だが、それが現実だ。くだらない戦争という殺し合いで無駄に散ったことを考えれば、故郷で死ねるほうがマシなのだろう。

 そう思っているからこそ、信じられないと思った。

 ウェンディは見てしまった。聞いてしまった。

 ナツキが行った“勇者候補”の腹心たちへの行動を。


「リリョウ、その選択は辛くなるだけだよ……」


 兄が悲しそうに呟くのが印象的だった。

 そして、捕虜の内、二人が死んだ。


「ば、馬鹿なこと……どんなに哀れと思っても、さすがに罰せられるわ」


 せっかく父が目を掛けていたというのに、とも思ってしまう。

 だが、クレイは妹の言葉を否定する。


「いや、リリョウが罰せられることはないだろうね。注意くらいはされると思うけど」

「どうして!」

「考えてごらん、他の“魔王候補”の方がもっとやりたい放題だよ」


 その言葉にウェンディは反論できなかった。


「とりあえずは、二人死んだことで混乱が起きなければ良いんだけどね。その前に、さっさと国境に待つノルン王国の迎えに引き渡した方が懸命だね」


 クレイはそう言って行動をいち早く起こそうとした。


 ――その時だった。


「こちらとしてはねぇ、二人分殺してくれたことに感謝しているよ。ありがとう、“魔王候補”君。って、こっちの声は聞こえているかな?」


 どこか遊んでいるような子供のような声だった。

 ウェンディはそう思った。

 瞬間、目の前にいる捕虜たちの体がバラバラにはじけた。


「え?」


 瞬間、ギンッと音を立ててナツキが彼女の前で光の刃を刀で受け止めていた。



 *



「こちらとしてはねぇ、二人分殺してくれたことに感謝しているよ。ありがとう、“魔王候補”君。って、こっちの声は聞こえているかな?」


 その声を聞いた時、ナツキは体の心からゾッとし、体中が逆立った。考える間もなく、何かしなければ、どうにかして対抗しなければという自分の思考でありながらまるで別人が思考しているような感覚に捕らわれていた。


「おい、リリョウ! どうした! くそ、この声は誰だ! アイザック!」

「分かっています……もしかすると最悪の場面が訪れるかもしれませんね」


 瞬間、捕虜たちがバラバラにはじけた。まるで出来の悪いおもちゃの人形が落ちて手足が飛んだかのようにも見える。

 同時に、ナツキは飛ぶように駆ける。

 一瞬で腰に戻していた緋業火を抜き、クレイとウェンディを今にも襲い掛かりそうな光の刃を斬った――はずだった。

 だが、ギンッという音と、弾き飛ばされてしまいそうな力を感じるだけだ。そう、斬ることができなかったのだ。

 ウェンディとクレイが驚きを隠せない顔をしているが、今のナツキにはどうでもよいことである。


「うぉおおおおおおおおおおおおおっ!」


 魔力を込めて、刀と拮抗する光を斬ろうとするが、斬ることができない。

 そして、光は弾け飛び、緋業火は弾かれナツキの手を離れ飛んだ。


「やるねぇ、“魔王候補”君」

「誰だ、テメェは……馴れ馴れしく声を掛けるんじゃねえよ、友達だと思われるじゃねえか」


 ナツキ以外は、その声の持ち主の接近が分からなかったのだろう。驚いた顔をで信じられないものを見るようだった。

 そんな周囲を無視して二人は会話を続ける。

 声の主――男は三十代後半くらいだった。紳士というよりも、金の掛かった遊びが似合いそうな甘い容姿をした男だった。


「それは失礼。じゃあ、自己紹介しようかな、僕は――『勇者』さ」


 どこか楽しそうに、甘い容姿をした男は笑う。


「……へぇ」

「あ、あれぇ? 驚かないのかい? 本当だよ、ノルン王国と同盟を組んでいる国の一つ、ロアゼロットって国のウィリアム・レクターと申します」


 人に警戒心を持たせないように、それでいて自分だけはしっかりと警戒心を持つ人間の仕草だった。きっと分かる者にしか、分からないだろう。


「それで、君の名前を聞いていいかな、“魔王候補”君?」

「俺の名前は、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターだ」


 ナツキが名乗ると、ウィリアムは「ああ、君が!」と大げさに手を叩いた。


「なるほど、なるほど、君がレイド君を倒した“魔王候補”なんだね。君が“魔王候補”だというのはすぐに分かったんだけどねぇ、そこまでは分からなかったよ」


 ヒュン、とウィリアムの剣がナツキを襲う。

 それをさけて、拳を握る。


「ぬかせ! “魔王候補”と思ったら、あの野郎を殺したってすぐに分かるだろうが!」


 放った拳は安々とかわされ、最後に受け止められてしまう。

 瞬間、刀が欲しいと思ったが、目の前の男が本当に『勇者』なら――正直、見せたくない。


「おやぁ、君は知らないみたいだね。そちらさんはこっちの“勇者候補”みたいに、仲間を作ってとかしないじゃない? だから意外と、“魔王候補”同士でいることもあるんだよ?」

「よく知ってんじゃねぇか!」


 握られている拳を中心として、飛んで弧を描くように蹴りを放つが、拳を離されてしまい蹴りが届くことはなかった。

 だが、これで掴まれているという不利な状況からは脱した。


「まぁね、これでももうすぐ四十になっちゃうからねぇ。何度も“魔王候補”とは戦わせてもらったよ」

「そいつはよかったな! おかげで勇者様ってわけだ!」


 ダン、と地面を踏みつける。無論、ただ踏みつけたわけではない、魔力を込めて踏み込んだのだ。

 そして、地面から黒い鉄の蛇がザワリと無数に生まれ、ウィリアムに纏わりつく。


「お、おお、これは凄いね。土かな? 土に魔力を込めて……いや、違うねぇ、これは砂鉄だね、若干土も混ぜているけれど」


 思わず舌打ちしてしまう、ナツキだった。

 砂鉄の蛇は『勇者』の体をバラバラにするほどの力で纏わり着いているはずだ。だが、当の本人は驚いてはいるものの、砂鉄を見抜く始末だ。


「余裕じゃねえか、勇者様」

「そうでもないよ。ちょっと無理してるかな、年配者を労わりなさいよ」

「で、アンタの目的は? どうして解放するはずの捕虜を殺しやがった?」


 大体の予想が出来ているが、聞いておきたかった。


「ナツキ様!」

「リリョウ!」


 アイザック、ティリウスを始めとした多くの魔族が集まってくる。

 だが、


「来るな!」

「な、何を言っているんだ貴様は! 刀も拾ってきてやったのだぞ!」

「刀は俺に投げろ! そうしたら、近づくな」


 ティリウスは文句を言おうとしたが、結局ナツキに従った。

 ナツキは緋業火を受け取ると、ウィリアムに切っ先を向ける。


「さぁ、答えろ」

「怖い怖い、そんなことされちゃあ僕も口を割らないと。ノルン王国の女王様にお願いされたんだよ、ノルン王国の“勇者候補”が負けたという事実を消して欲しいってね」

「なるほど……」

「でも、魔族まで相手にはできないから、悪いとは思ったけど捕虜になっている皆は全員殺さないといけないんだよ。僕の国は、ノルンに比べると軍事力は若干弱い、もちろん僕という力があるから負ける気はしないけど、それでもあの女王を相手にするほど馬鹿じゃないさ。それなら、千五百人殺したほうが楽だよ」


 なるほど、とナツキは思う。

 先ほどの光の刃――一本の光の刃が波を鞭のように動いていたのを思い出す。

 確かにあれなら千五百人殺すのは……難しくはないだろう。

 だが、気になるのはそこじゃない。


「まるでノルン王国の女王は強いみたいな言い方だな?」

「……卑怯なほど強いよ。それじゃなきゃ、周囲の国々がいつまでも続けている“強制召喚”などを始めとする禁忌を行っているあんな国を許すわけないじゃないの」

「正直、俺はアンタに勝てる気はしない……」

「相手の力量が理解できるということは、素晴らしいことだと僕は思うけどね」

「だけどな……」


 柄を強く強く握り締める。


「いくら魔族を、魔国を攻めた国の兵士であっても、そんな理由で殺させたりはしないぞ!」

「若いってのは良いね、うん。でも、君はさっき二人殺したよね、リリョウ君」

「アンタが俺に立場だったらどうするよ?」

「僕なら、意思など聞かずに殺しているよ。そちらの方が慈悲深い。問うのは結構意地悪だ、人間は、いや魔族もそうかな、人の意思は意外と弱いんだよ」


 バラバラと、砂鉄の蛇が砕けていく。

 きっと、蛇自身が砕けるほどの力を込めたのだろう。そして、相手を砕くことはできなかったのだ。


「勇者ってのは化け物か?」

「いやいや、そんなことはないよ。砂鉄の蛇か、良い魔術だったと思うよ。だけどね――やっぱり君と僕とじゃ、差が大き過ぎるんだよ!」


 ウィリアムが剣を振るう。対するナツキも緋業火で受ける。それを何度も繰り返す。

 そして、そのやり取りは捕虜たちを巻き込み始めた。


「テメェ!」

「悪いけど、こっちも最低限のお仕事はしないといけないからね」


 ナツキが振るう緋色の炎は、ウィリアムの光の刃を弾く。だが、その弾かれた刃が捕虜たちに襲い掛かる。

 悲痛な叫び声が響き渡る。


「だからやめろって言ってるんだよッ!」


 炎を纏った緋業火から放たれた爆炎を受けるウィリアム。


「やったか!」


 そう、誰かが叫んだが、クレーターの真ん中に無傷ではないが軽症のウィリアムが立っていた。


「これはなかなか……」


 まるで、どの程度のものかとわざと食らったかのように、ウィリアムは棒立ちだった。

 思わず唖然としてしまうナツキだった。ここまで実力差があったのか?


「いや、結構本気で障壁を張らせてもらったよ。だけど、やっぱり君と僕とじゃまだまだ差が大きいみたいだね」


 そして、ウィリアムの姿がナツキの視界から消えた。


「な……」


 ありえない。

 俺は一瞬たりとも目を離していない!

 ちくしょうッ!


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 自身の右腕が二の腕から下が無くなっているのが分かる。

 腕が一瞬、軽くなり、鮮血が噴出したのが分かる。

 分からないほうが良かったのだろう。だが、分かってしまった。


「すまないことをしたね、だけど綺麗に切っておいたから医術師に見せると良いよ。簡単にくっつくから。それじゃあ、こちらもことを進めよう」


 ナツキにそれだけ言うと、ウィリアムは閃光を空に向けて放った。

 瞬間、数多の炎が捕虜たちに降り注ぐ。


「て、てめぇ……一人じゃ、ねえのかよ……」

「もちろん、一人で全てができれば良いとおもってんだけどね、君を相手にしながらというのはちょっと難しいからね。用意していた保険を使わせてもらったんだよ」

「この、クソ野郎……」

「君はおもしろい魔族だね、人間のために心から怒ってくれている。さっきの二人に関してもそうだね、慈愛すら感じるよ」


 だけど、とウィリアムは悲しそうな顔をして告げる。


「きっとそれが君の良いところだろう、しかしそれでは心が持たないよ。いつか壊れてしまう。僕たちは線引きするべきだ。和平が嫌なわけじゃない、だがあまりにも時間が掛かるだろう。魔族や竜は良いかもしれないけれど、人間の寿命は短いんだよ? 言っている意味、分かるね?」

「……わかりたくないね、時間とか、そんなの関係ないんだよ、アンタは戦争が好きか? 誰かの命を奪うことは楽しいか! 少なくとも、俺はそうは思わない!」

「若いね、でもその若さが羨ましいよ。だけど、君にこの捕虜たちは救えない、救えたとしても数人が限界だ。それでも立ち上がるのは美しいが、無謀だよ」

「……んじゃねえよ」


 出血のせいか、声が上手く出せない。

 それでも、言わなければいけないと思った。


「お前が、俺の限界を、勝手に決めるんじゃねえよッ!」


 その瞬間、『勇者』ウィリアム・レクターは自身の目を疑った。

 “魔王候補”である、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターが目の前から消えたのだ。


「ッ……」


 油断はしていなかった、相手を軽んじてもいなかった。

 いや、油断ができる相手でも、軽んじることのできる相手ではなかった。ナツキが放った、あの爆炎は魔力と炎の収束が甘かったからこそ障壁で防げたのだ。

 経験の差だ。下地は同等か、それ以上だ。

 だからこそ、ナツキが視界から消えた瞬間、来るかと身構えた。しかし、何も来ない。

 緋業火が拾われていることは確認している。なら、彼はどこに?


「やめるんだ、リリョウ!」


 その声で、初めてナツキが自分を相手にしていないことを気づいた。

 降り注ぐ魔術に向かっているのだった。


「ありえない……なんだ、彼の魔力は……」


 それは嵐のようだった。

 ナツキの感情によって、嵐のように大きく荒れ狂う魔力が蠢いているのが分かる。

 同時に、あれが異常だと分かる。


「だが、力が不安定過ぎて制御できていない、このままでは魔術の餌食になってお終いだ……と、そう思いたいけれどねぇ、可能性があれば殺しておけと命令されているんだよ。悪く思わないでくれよ、リリョウ君」


 そう、ウィリアムはノルン王国の女王からもう一つ命令を受けていた。

 それは――可能性が少しでもあれば、“勇者候補”を倒した“魔王候補”の殺害。

 今なら、可能だ。

 そして、ウィリアムは自身の力を解放しようとして――できなかった。


「これはこれは、サイザリス・スウェルズ殿に、アイザック・フレイヤード殿。何年振りでしょうか? 相変わらず、お変わりなく」


 雷を帯びた剣を構えるサイザリス、業火を纏うアイザックに接近を許してしまったからである。

 もっともこの場で会いたくなかった二人に同時に出会ってしまったことに、思わず舌打ちしたくなってしまう。


「貴方が捕虜たちを殺すのは、百歩譲って我慢しましょう、しかしナツキ様の命を狙うことだけは決して許しません」

「久しいな、ウィリアム・レクター。この数年で、貴様は志を失ったか?」


 二人と向かい合うこと数秒の後に、ウィリアムは剣を鞘にしまう。


「一番の目的は達成できたので、そろそろお暇させてもらいますよ」

「させると思いますか?」

「僕よりも、リリョウ君の方に行った方が懸命じゃないでしょうか? あれだけの魔術を思い切り食らって、まだ立ち上がろうとする生命力、気迫、一体どこからきているやら。僕にはそれが恐ろしくて堪らない」


 アイザックは舌打ちをすると、ナツキの腕を拾い、ナツキの元へと駆けていく。


「やはりアイザック殿は懸命だ」


 「では、失礼」と歩き出す、ウィリアムだったが、サイザリスを方を一度だけ振り返った。


「サイザリス殿は志は捨てたか、と聞きましたね?」

「ああ」

「答えはいいえです、捨てるわけないじゃないですか。でもね、諦めたんですよ。ノルン王国の女王は化け物だって分かってしまったから」

「どういう、意味だ?」

「いずれ分かります。あの狂った女王と、狂った国が、何をしたいのか、何をするのか……」


 ウィリアムはそう言い残すと、サイザリスが何度呼びかけても振り向くことはなかった。


「何が起きているんだ、人間の国々では……」


 そう呟いてから、サイザリスはナツキたちの方に目をやる。

 息子であるティリウスが必死で意識を失っているナツキに呼びかけている。アイザックが、医術師を呼ぶ声が聞こえる。

 ナツキ自身は、腕は斬られなくなり、体中に魔法を受けて重傷だった。


「だが、それでも……救えた人間は一人もいない! 私たちは、ウィリアムとリリョウの戦いどころか、魔術から自身を守ることで精一杯だった! ノルン王国の女王よ、民をなぜこうも簡単に殺す判断が出来るのだ!」


 サイザリスの叫びは魔法によって殺された人間たちが転がる大地に響き渡った。





『勇者』の登場、ナツキの敗北でした。

戦闘シーンになるとなかなか他のキャラが上手く活躍できませんね。力不足を感じながら、最新話お届けしました。

ご意見、ご感想、そしてご評価をしていただけるととても嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ