EPISODE19 「ティリウス・スウェルズの言葉が忘れられなかった」
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ヴィヴァーチェの爆弾発言の後、ナツキたちは宿泊施設に戻った。そして、何事もなかったかのように振舞うヴィヴァーチェによって何も言うこともできず、四人で先ほどのことなどなかったように他愛ない話をして食事をとった。
ふう、とティリウスはナツキがいない部屋でため息を吐いた。
「姉上は……本気であのようなことを言ったのだろうか?」
だとしたら本当にナツキを、言い方は悪いがモノにしてしまうだろう。
――有言実行。
この言葉が姉ほど似合う者はいないと思っていた。幼い頃から一緒に育ったからこそ良くわかる。
だが、納得できない自分がいる。
「クソッ! 忌々しい体だ!」
自身の胸を服越しに強く握るティリウス。
「姉上があんなことを言ったからか? それとも、そんなことなど関係なく、僕自身が惹かれているからなのか?」
握る力が強くなっていく。
だが、その程度では気持ちが落ち着くことなどはなかった。
ティリウスは今もまだ一階でクレイとアイザックと酒を飲んでいるナツキを思い浮かべた。
少し歪んだ心を持つ、痩身痩躯の“魔王候補”。自分の立場を理解しながら親友である“勇者候補”を助けたいと言う本当に馬鹿な男だった。
先の戦争ではナツキがいなければ自分があそこまで力を使うことはできなかったと思う。
あの土壇場で、自分のことを無条件で信じてくれたナツキがいたからこそ、まだ不完全な力をあそこまで使うことができたのだ。
そこまで思い返して、胸から手を離すと部屋に備え付けられているテーブルをドンッと叩いた。
「だけど“今の”僕は男だ!」
言い聞かせるように、自身で確認するように、あえて言葉に出すティリウス。
だがしかし――彼の体は丸みを帯び、女性を感じさせるしなやかさが現れていた。そして何よりも、女性特有の膨らみが胸にあったのだった。
「……本当に、忌々しい体だ」
*
ナツキは自分の食事を終えた後、ユーリの部屋に行き、食事を取らせて、彼女の話を聞き、自身の話を少しだけした。
あまり軟禁とされている巫女たちと長くはいれないために短い時間しか過ごせなかった。
名残惜しそうな彼女に、おやすみと言葉を残すと、食堂で待っていてくれたクレイとアイザックと一緒に酒を飲みながら今後の会話をしていたのだった。
「つまり、明日には捕虜は解放ってことか?」
「はい、そうなります。立場が逆なら処刑されてしまう可能性が高いのですが、我々は無駄な殺しはしません、これは和平派の信念です。無論、時と場合によりますし、甘い考えだとは分かっていますが、それでも流れる血は少ないに越したことはありません。それが例え、魔族を敵視する人間の敵兵であってもです」
「ご立派な信念だ」
別に馬鹿にしたわけでも、皮肉を言ったわけでもない。純粋にそう思っただけのナツキだったが、言ってから少し言い方に問題があったのではと思わなくもなく、少し気まずそうな顔をする。
なぜこうも素直に言葉がでないのだろうと。
「しかし、明日とは急ですね、アイザック様。何か問題でもおきたのですか?」
クレイの疑問にアイザックは曖昧に頷いた。
「ええ、まぁ問題と言えば問題ですね」
そして彼は、覚えていますか? と、ナツキに問う。
「ナツキ様が戦った“勇者候補”の腹心たちです。覚えているでしょうか?」
「あー、ああ、覚えてる。全員は死んでないだろ」
「はい、それが問題であるといえばあるのです」
「どういうことだよ?」
アイザックの言葉にナツキは首を傾げる。
確かに、“勇者候補”の腹心で生き残っている者はいる。それは知っている……というか、思い出した。
だが、捕縛の際に抵抗したものはいないと聞いていた。
だからこそ、今更その腹心たちが問題あるのか? と、思ったのだ。
「巫女たちの処遇と自分たちの処遇の違いに不満を持ちましたか?」
クレイの言葉に、それも一つですと答える。
「くだらねぇ……じゃあ、他には何が問題なんだよ?」
「実は、国へ帰りたくないと騒いでいるのです」
少しの時間、沈黙が続いた。
そして――
「ふざけんじゃねえぞ!」
ナツキが叫び、酒瓶が数本置いてあるテーブルをバンッと叩く。
「帰りたくねぇだと、帰りたくても死んじまった奴はいるんだ、もしかしたら俺の殺した奴がそうかもしれない。だけど、ソイツらは生きてるじゃないか、どうしてそんなに帰りたくなんだよ? 帰ると不都合でもあるっていうのか?」
「いいえ、ナツキ様。彼等には帰れない理由があるのです」
「理由?」
「はい、彼等は“勇者候補”の腹心として人間の国々で好き勝手やってきたようです。ですが、“勇者候補”が死に、自分たちは生き残ってしまった……」
「帰らせろ」
アイザックの言葉の途中で、静かな声で、しかし確実に聞こえる声でナツキは呟いた。
「ナツキ様?」
「リリョウ?」
一体、どうしたのかと顔を見合わせる二人。
そんな二人にナツキは静かに、だが怒りを込めた口調で続けた。
「自業自得だろう、本当に腹心だったら“勇者候補”が殺されても俺に向かってくるべきだった。甘い汁だけ啜っておいて、都合が悪いから国へ帰りたくないだんなんて言わせない。そもそも、魔国に“勇者候補”の甘い汁を啜った腹心を保護する理由は無いだろ?」
「はい、ナツキ様の仰る通りです。扱いが酷かった巫女はともかく、彼等を保護することは不可能です」
「だったらさっさと国に送り戻しちまえ!」
アイザックが、無論そのつもりであると告げると、クレイはようやく話が理解できたように頷いた。
「なるほど、話が脱線したのかと思いましたが、つまり……国へ戻ればどうなるか分からないという不安を持つ“勇者候補”の腹心たちの不安が他の兵に伝染してしまう前に捕虜を解放してしまう、ということですね?」
「その通りです。無論、多くの捕虜を賄える備蓄がもったないないという意見もあるのも否定しません」
トレノ・ウィンチェスターが中心となって応援物資を持ってきてくれたが、それは捕虜を生かすためではなく、戦争の被害者である魔族たちを生かすためだ。
そのように大事な物資を、捕虜とはいえ多くの敵兵に撒き散らすことはできない。
「やってられねーぜ」
それだけ言うと、ナツキは瓶の中の酒を全て喉に流し込んだ。
その後、飲みなれていない酒を多めに飲んでしまったナツキはいつの間にか眠ってしまい、アイザックが部屋に運ぶことに。
クレイの部屋も宿泊施設にあるのだが、彼は一言。
「妹と少し話をしてから、部屋で休ませてもらいます」
と、言い残して行ってしまった。
アイザックは、内心ありがたいと思った。ウェンディ・ウィンチェスターが何故、この場に現れたのか?
それが不思議でしかたがなかったのだ。
初対面の態度を考えると、ナツキを心配してという理由はありえないだろう。同時に、それならばもっと早く駆けつけるはずだ。
ならばどうして?
「……わかりませんね。もしかしたら、心境の変化が起きたのか、それても誰かに何かを言われたのか、それとも自身で何かをしようとおもったのか。とりあえずはクレイ殿にお任せしましょう」
そして、先に部屋に戻ったティリウスが待っているであろう、部屋のドアをアイザックは軽くノックした。
*
「どうしてこの街に、しかも『風の狼』を引き連れてまでやってきたんだい?」
尋ねてきた兄の第一声の言葉だった。
だが、ウェンディ・ウィンチェスターは答えない。
「さすがに全員を連れてきたわけじゃないだろうけど、理由が分からないよ。これでは何のためにウェンディに『風の狼』を任せたのか分からなくなってしまう。良いかい、『風の狼』は。ウィンチェスター家の私兵であって、ウェンディの私兵じゃないんだよ? それを勘違いしてはいけない」
「……そんなこと、分かっています」
ようやく口を開いたウェンディだったが、いつもとは違って口数が少ないことに兄であるクレイは少し心配になった。
妹は、良くも悪くも素直だ。ナツキとの出会いは素直ゆえに、心情をぶつけてしまい悪い方向へ出てしまったのだ。
だが、そんな妹がこうも黙っているというのは珍しいことだった。
「どうしたんだい、ウェンディ? 私はもしかしたら、リリョウ絡みでやって来たんじゃないかなと思ったんだけど?」
リリョウ、その名前を聞くと、ビクリと反応をするウェンディ。
ふむ、と少し考えると、クレイは続けた。
「ウェンディが父上からリリョウに関わるなと言われたのは僕も知っているよ。では、どうしてこの街へ? 好奇心? 敵対心? それとも、誰かに何かを言われたのかい?」
その言葉にも首を振るうウェンディだった。
最後に、まさかとは思ったが、クレイは半信半疑で言ってみることにした。
「もしかすると、父上が進めている、例の結婚話のせいかな?」
完全なる沈黙が肯定だと分かった。最初からあまり答えない妹だが、このくらいの些細な違いは長いこと兄をやっていれば分かる。
クレイはなるほど……と理解した。
ウェンディがナツキに向かって食って掛かった一件で、妹がナツキに関して関わることを父は禁じた。当初はナツキのために、そしてウェンディのために良かれと思ってのことだったのだが、それが悪い方向へ進んでしまったからだ。
父――トレノは反省をした。ウェンディの意思を無視してしまう形になってしまったことに。
当主の件はともかく、ナツキとウェンディを結ばせようとしたのは悪かったと思っていたのだった。だが、貴族に、特に十二貴族に自由な恋愛が許されることはそう多くない。
古い考えだ、とクレイは思うが、トレノはその古い考え方の一人であった。
「……私は嫌だった」
ぼそり、とウェンディが消えてしまいそうな声で呟いた。
「誰とも分からない、見たこともない相手と結婚しなければいけないことに……」
「ウェンディ……」
「貴族の義務であることも分かっていた。しかし、リリョウという男が本当にウィンチェスターの者なのか、私の夫となるに相応しい強き者なのか……今なら冷静に考えることができる。だけど、あの時は頭に血が上ってしまって、突っかかってしまった」
それは知っている。
さすがに言い過ぎだと思ったくらいだ。
「だけど、ティリウス・スウェルズの言葉が忘れられなかった」
ナツキが地球で孤児として扱われ、従兄弟と会えることを少なからず楽しみにしていたということを。そして、それを台無しにしてしまったのが自分だということ。
その結果として、ナツキに関することに近づくことを父に禁じられ――また新たに婚姻話が舞い込んできたのだった。
ウェンディ自身も冷静になった結果、色々と思うことはあったのだろう。
「また相手は“魔王候補”だった。もっとも、立候補者だけど……あまり良くない噂を聞く男だ」
「そうだね、同じ十二貴族でなければ父上もさっさと断っていたと思うよ。それで、ウェンディは思ったわけだ。それなら、まだリリョウの方がマシだと。少なくとも、これから人柄は悪くないし、血縁も魔神が探し当てたのだから確かだね。何より、もう武勲を立てた“魔王方候補”の一人だ」
兄の言葉に妹は頷く。
「……だから、私はあんな男と結ばれる可能性があるのなら……まだ」
「そこまでだよ、ウェンディ。君は何様だい? リリョウを利用しようとしたいのは分かるよ、誰だってあんな男は嫌だ。僕もあんな男を義弟と呼びたくないよ。だけど、それを理由にしてリリョウを拒絶した君が利用しようだなんて、さすがに許せない。仮に僕が許しても、アイザック殿とティリウス様が決して許さないだろう」
ウェンディの言葉をクレイの言葉で遮る。
「……」
もっとも、兄として、個人としてもそんなことは許す気はない。
仮にもウェンディはリリョウに対して、ウィンチェスターの者とは認めないと言ったのだ。それで今更などと都合の良い話だった。
だが、同時に妹の境遇は兄として放っておけなかった。
自ら“魔王候補”に立候補した十二貴族の一つ、ズックオム・トールクス。嫌な噂が耐えない男だった。以前より、ウェンディに対して色々とアプローチしてきていて、ナツキが見つかるという一件がなければ、婚約者くらいにはなっていたかもしれない可能性があったくらいだ。
だが、ウェンディがナツキを拒んだことで――どこから情報が漏れたか気になるが、ズックオムが再び動いたという訳であった。少し早過ぎると思うが、それは今回は考えないようにしている。
クレイは、面倒なことになったと思いながらも、妹に兄として助言をすることにした。正直、甘いと思わなくないが、家族の不幸を願うものはいない。
「ウェンディ、まずはリリョウと会ってしっかりと話をしなさい。もちろん、前のことを謝罪することを忘れてはいけないよ。彼はきっと話くらいは聞いてくれる。口は悪いけれど、根は優しく、誠実だからね。その後、どうなるかは分からないけれど、まずはそこから始めてみよう」
クレイの言葉に、こくりとウェンディは頷く。
そして、一言付け足した。
「後、魔王様に言われたの」
「……魔王様に会ったのかい?」
流石に驚かずにはいられなかった。いつの間に、と思ってしまう。
「うん、リリョウのことを知ってあげて、そして助けてあげたいと少しでも思えたなら助けてあげて欲しいと」
この街に来た理由の一つがそれだと言う。もちろん、ウェンディ自信が、リリョウを見極めたかったという純粋な思いもあったのもあるだろう。
ならば、なお更ナツキに会うべきだとクレイは思う。
ナツキが歩もうとしている道は、どの“魔王候補”よりも険しい茨の道だ。ならば一人でも支えることができる者が必要だと思える。
(もっとも、リリョウとウェンディを合わせるなら、色々と解決をしなければいけないことが多いな……)
ティリウスやヴィヴァーチェだ。特にティリウスが問題ではと思える。
はぁ、と一つため息を吐くと、妹のためにも、何よりもナツキのためにもとりあえずはアイザックあたりに話を通して力になってもらおうと思うクレイだった。
*
翌朝、酒を――それほど飲んだつもりはないが、自分にとっては多かったみたいで、ナツキは頭の痛みを抱えて起床した。
「まったく、酒に飲まれるとは情けない!」
「……頼むから、でかい声を出さないでくれ……頭が割れる、トマトみたいに……」
「二日酔いでそんな割れ方をするのなら、世界中で酒が禁止だ!」
くだらないことを言ったせいで、ティリウスに怒鳴られ、結果としてまた頭に大声が響くという馬鹿なやり取りだった。
だが、そんなやり取りのおかげか、一晩寝たおかげか、昨日のイラつきは小さくなっていた。
「とりあえず、食事は持ってきてやったぞ。軽く食べれるものを用意してもらった。食後には、コレを飲むと良い」
そう言って、粉状の薬をテーブルに食事と一緒に置く。
「何コレ? 悪いけど、無駄にハイになれるクスリには手を出さない主義だから……」
「? 何を言っているんだ、貴様は? これは二日酔いの薬だ。即効性があるが、とてつもなく苦いぞ」
「ああ、こっちにも二日酔いの薬ってあるんだ」
どこの世界でも同じような物はあるんだなと、二人は笑う。
食事は野菜が多めのリゾット風なもので、胃にも優しそうだった。ペロリと平らげて、二日酔いの薬を飲むナツキ。
「さてと、今日は何をするんだ? とりあえず、捕虜を解放するって話は聞いてるけど、俺にできることってあるのか?」
「正直に言ってしまうと、貴様にできることはない」
「正直に言い過ぎだろ、テメェ……」
だが……と、ティリウスは続けた。
「あの“勇者候補”を倒した貴様がいれば、無駄に馬鹿なことをする者はでないだろうな。つまり、その場にいるだけで良いということだ」
「俺としては、“勇者候補”の腹心が素直に帰るかどうかが見物だけどな」
「ああ、あの話か。それなら僕も聞いたぞ。まったく馬鹿な人間だな。仮に魔国で保護したとしても、そういう馬鹿共はいずれ他の場面で裏切るだろう。保護など考慮するだけ無駄だ」
「そのくらい、言われなくても分かるって。それじゃあ、さっさとアイザックの所へ行ってやるべきことをやりますか」
「だから、貴様にはやるべきことは無いと言っただろうが!」
「立ってるだけでも十分に仕事だろうが! なんだったら、捕虜が解放されるまでずっと逆立ちで見送ってやろうか?」
「魔族の恥になるからやめろ!」
そんな口喧嘩のようで、そうでない。もう一種のコミュニケーションのようなやり取りになっているそんな言い合いをしながら、ナツキは食べ終えた食器を持った。
「さてと、今度こそ行きますか」
「そうしよう」
この時、今日、これからあんなことが起こることになるとは、ティリウスはもちろん、ナツキも夢にも思っていなかった。
ウェンディが街へとやってきた理由でした。少し自分勝手感がありますが、それだけ相手が嫌なのだと切羽詰っていると思ってください。
ティリウスにも秘密があります。こちらに関しても徐々に明かしていきますので、楽しみにしていただけたら嬉しいです。
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