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魔王候補と勇者候補  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
2・War and brave man.
19/43

EPISODE18 「だって、リリョウは私がもらうんだから」



 部屋に戻ろうとしたナツキだったが、ふと人の気配を感じたので足を止めると、アイザックと少し気まずそうなティリウスが現れた。


「よう」


 軽く声を掛けてみる。

 そんなナツキに、ティリウスが少し言い辛そうにしてから、口を開いた。


「その、さっきはすまなかった」


 ナツキがヴィヴァーチェと話したように、彼もアイザックと話をしたのだろう。


「いや、俺もだ。だけど、もう少し色々と整理する時間をくれよ。そうしたら、いつか、いつかきっと話せるかもしれないから」

「分かった。だけど、無理はするなよ」


 ああ、とナツキは頷く。

 それ以上の言葉はいらなかった。ティリウスも頷き、お互いに納得――というまではいかないものの、折り合いは付けられたのだろう。

 ティリウスはあくまでもナツキを心配し、そして頼られないことが嫌だった。

 ナツキは心配させたくないという気持ちと、弱音を吐いたら立ち止まってしまいそうなのが怖くて嫌だった。

 それだけ。たったそれだけの話だ。


「で、だ。お前はなんで、そんなに微笑ましい顔をしてるんだよ!」


 もちろん、アイザックだった。

 ニコニコとまるで不器用な我が子を見守る親のような顔をしている。


「いいえ、実際微笑ましいですよ。人は一人一人違います。だからこそ、ぶつかることもあります。時には道を違えてしまうことも。ですが、こうしてちょっとしたことでお互いを認め合うことができます」


 言い聞かせるように優しい声だった。


「だから私は和平を望みました。お二人を見ていると、選択を間違っていないと思いますよ」

「そりゃどーも」

「いちいち僕たちで確認をするんじゃないっ!」


 一人納得しているアイザックに二人は気恥ずかしさもあってか、その後も色々と文句を言った。

 だが、全部アイザックにとっては微笑ましいものでしかなかったようだった。

 そして、いつしかナツキとティリウスの言い争いなどが無かったように、二人は部屋に戻り、まだ疲れがたまったのかアイザックが朝になって起こしにくるまで眠り続けたのだった。



 *



 翌日、アイザックからウィンチェスター領から応援物資が届いたと聞き、さらにトレノやクレイも同行しているとのことなので顔を見せに行くことに。

 もっとも、あまり会いたくはないというのがナツキの本音だったのだが、アイザックとティリウスに挨拶だけでもしておけと強く言われたので渋々とである。

 ナツキにしてみれば、トレノやクレイは嫌いじゃない。だが、自分が関わった結果、色々と揉めてしまう理由がありそうなので距離を置きたいと思っているのだ。

 一方、アイザックやティリスウにしてみれば、トレノたちがナツキを気に掛けているのに、そのナツキが彼等と距離を置こうとするのは今後のことを考えると良いことだとは思えない。だからこそ会うようにと強く言ったのだった。

 もしもウェンディ・ウィンチェスターも同行していれば話は変わったかもしれないが……

 結果として、ナツキはアイザック、ティリウス、そしてヴィヴァーチェとサイザリスと共にトレノとクレイの下へ出向いたのだった。


「おお、リリョウ! 無事で何よりだ! アイザック殿、ティリウス様、ヴィヴァーチェ様、サイザリス殿、皆様も無事で何よりです!」


 ナツキたちの無事を確認して、笑顔を見せるトレノ。


「トレノ殿、応援物資の提供感謝します。正直、備蓄だけでは長くは持たなかったので……。医術師を始めとする人材も連れてきてくださり、本当に助かっています」


 サイザリスがスウェルズ領の領主としてトレノに深く頭を下げた。

 トレノは物資だけではなく、必要であろう人材もかき集めてやってきたのだった。

 まだ怪我人は多く、街の住民の力を借りているものの、やはり専門の訓練を受けた兵たちの方が助かるのは事実。何よりも、せっかく戦争が終わったのだ、住民たちにこれ以上の負担は与えたくないという気持ちも大きい。


「いえ、困ったときはお互い様です」


 そのままサイザリスと今後についての話を始めるトレノ。アイザックもそこへ交ざる。

 残されたナツキたちは、挨拶や礼を述べたものの、その後はどうしようかという感じである。

 ヴィヴァーチェとティリウスは領主の子であり、戦争の功労者と言っても良い。そんな彼等にゆっくり休みを取ってほしいというのは多くの兵の願いでもある。

 ナツキはナツキで勝手を知らないし、“魔王候補”という肩書きが兵を萎縮させてしまうのでこれもまた厄介だった。

 とはいえ、このまま突っ立ているわけにもいかないので、ナツキたちはクレイを連れて宿泊施設へ戻ることにした。


「そうだ、クレイさん。あの刀は俺の助けになってくれたよ、ありがとう」

「クレイで良いよ。リリョウの助けになったのなら、メリル様もきっと喜んでくれているだろうね」


 途中、母の遺品である緋業火を渡してくれたクレイに礼を言うナツキ。

 実際、あの刀に助けられていた。

 というよりも、鋼の力を得たというのに、その力を使わずに緋業火で戦場を乗り切ったのだ。


 ナツキは思う――鋼の力とは何か?


「どうかしたのかい?」


 顔に出ていたのだろうか、クレイが覗き込むようにして尋ねてくる。


「いや、鋼の力ってなんだろうなって思ったんだ」

「どういうことだ?」

「興味深いわね、試練で力を得たのに分からないの?」


 ナツキの言葉に、ティリウスとヴィヴァーチェも首をかしげる。

 ナツキにとって、試練は地獄だった。だが、考えてみると、少しおかしい。

 何がというと、漠然としないのだが――戦わせられて、武器破壊を始めとした多くの技を会得した。刀などを生み出すこともできる。だが、それが鋼の力なのか?

 わからない。


「鋼の力か……」


 クレイは何かを思い出すように呟く。


「メリル様が亡くなる前、まだ僕が小さかった頃に尋ねたことがあるよ。鋼とは何かと」

「それで何と答えたのだ、リリョウの母上は?」

「鋼とはもっとも鋼を上手く使えると力であると同時に、生み出し、創る力でもあると答えてくれたのを覚えているよ」


 なんだそれは、と思う。

 しかし、ふと気づくこともある。

 いくら体感時間で長い間、刀を振るっていたナツキだが、実際に体を何年も使ったわけではない。だが、戦場でナツキは緋業火を刀技の心得があるものと同等に扱った。

 ならば、それが「鋼を最も上手く使える」という鋼の力なのか?

 やはり分からない。


「だけどね、リリョウ。これはあくまでもメリル様の力の話だ。同じ力でも一人一人が大きかったり、小さかったりと違いがある。もしかしたら、君の鋼はまた別物なのかもしれない」

「……そう、だよな」

「ゆっくりと、少しずつ見極めると良いよ。誰でも始めから強いわけではないから」


 クレイは兄が弟を気に掛けるように話す。

 だが、ナツキにしてみればゆっくりとしている時間が惜しかった。


「ふん、どうせ時間が惜しいと思っているのだろう」

「……なんだよ、ティリウス」

「フフフ、リリョウは気づいていないけど、キミって顔には出てなくても、なんとなく雰囲気で分かっちゃうのよね」


 ティリウスにまさに図星を突かれて、不機嫌そうな声を出すナツキ。

そんな二人を見てヴィヴァーチェは笑う。

 ナツキは思う。戦争というものを経験したからこそ、強く思う。

 こんな笑っていられる時間が続けば良いと。


 ――しかし、一人の少女の登場によってナツキの願いは壊されてしまった。



 *



「さっそく“勇者候補”を殺したみたいね。さすがは“魔王候補”サマね」


 そんな言葉と共にナツキたちの目の前に現れたのは――ウェンディ・ウィンチェスターであった。

 彼女だけではない、彼女の後ろには十数人の様々な武器をもった者たちが控えている。

 彼等こそウィンチェスター家の私兵である『風の狼』である。


「ウェンディ・ウィンチェスター……」


 ナツキが苦虫を噛み潰したように彼女の名前を呼ぶ。

 すると、ウェンディは嬉しそうに、歳相応に嬉しそうに笑顔を見せた。


「あら、他人行儀に呼んでくれるのね。嬉しいわ」

「よさないか、ウェンディ!」

「お兄様……」


 妹の態度にさすがの兄も笑顔を消して怒鳴る。

 兄の態度でウェンディが顔を曇らせるが、それも一瞬のことだった。


「ウェンディはもちろん、『風の狼』もウィンチェスター領で待機のはずだ。どうして父上の命に逆らった?」


 先ほどまでのクレイとはまったく違う。本当に怒りを込めた声で妹に問う。


「それは……私も手伝いにと思って」

「お前にはそれ自体を禁止されているだろう。今は見なかったことにしてあげるから、早くウィンチェスター領へ戻りなさい」


 何をどう禁止されているのかナツキには分からない。そもそもどうしてウェンディがこの場に来たのか、わざわざ自分の前に顔を出したのか、思いもつかなかった。

 だが、一つだけ思うことは……また、自分のせいで面倒なことになりそうだ、ということだった。

 そんなことをナツキが思ったその時だった、クレイが次の言葉を妹に言う前に、今にも噛み付かんとしていたティリウスが口を開こうとする前に、青いドレスを翻してヴィヴァーチェが一歩前に出た。

 それだけ、たったそれだけで時が少しだけ止まった気がした。


「な、何よ!」


 いち早く、反応ができたウェンディが焦りと不快感などを込めた声で尋ねると、ヴィヴァーチェは、彼女は笑った。


「キミね? リリョウに突っかかったというウィンチェスター家のお嬢さんは。ふうん、『風の狼』を率いるくらいの力はあるみたいだけど……でも、それだけじゃあ、彼の奥さんになるには相応しくないわね」


 そしてそんなことを言い放ってしまった。

 ナツキ、ティリウス、クレイがウェンディがカッと顔を真っ赤にしたのが分かった。


「貴方、私を馬鹿にしてるの?」

「馬鹿にはしていなわ。ただ、単に我侭なお子様が嫌いなだけよ」


 ヴィヴァーチェは笑顔のままだった。

 だが言葉が冷たい。

 まだ出会ってそんなに時間が経っていないナツキであったが、彼女がこのような一面を持っているとは思いもしなかった。


「お子様ですって?」

「ええ、そうよ。貴族が結婚する相手を選べないのは珍しくないこと、それを嫌だからと事情も知らないリリョウに怒りをぶつけているキミはお子様じゃないの?」

「もう一度言ってみなさい」

「嫌よ、面倒だもの」


 それだけ言うと、ヴィヴァーチェはウェンディの横を通り過ぎていく。


「行きましょう」


 振り向いてナツキたちに微笑む、彼女はナツキが知っている彼女だった。


「あ、ああ」


 まさかのウェンディの登場でどうなることかと思ったが、まさかこのような形になるとは思ってもいなかった。

 これは三人の共通の感想だった。

 口には出さないが、三人とも心臓がバクバクと音を立てている。


「……ウェンディ、父上に見つかる前に家に戻りなさい」


 かろうじて、クレイがウェンディにそう言葉を掛けていた。


「……」


 彼女からの返事は無い。

 怒りで黙り込んでしまっているのか? そんな心配をしてしまう兄だったが、それ以上にどう声を掛けて良いのかわからなかった。

 そして、そんな彼女に再びヴィヴァーチェが声を掛けた。


「ウェンディ・ウィンチェスター。安心して良いわよ、キミがリリョウと結ばれることは絶対に無いから」


 ヴィヴァーチェの言葉に、弾かれたように彼女は振り向いた。


「だって、キミではリリョウは支えてあげられない。キミではリリョウを理解してあげられない。できないことだらけだもの。何もできないなら結ばれる必要はないわ」


 そして彼女は楽しそうに、嬉しそうに、宣戦布告をするように爆弾発現をした。


「だって、リリョウは私がもらうんだから」





短いですが最新話投稿しました。

ウェンディ再び登場。ヴィヴァーチェ爆弾発言です。

ご意見、ご感想、ご評価をいただけると嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします。

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