EPISODE17 「あの人みたいに裏切らない?」
ナツキたちに開放されている宿泊施設に巫女たちは軟禁されている。
保護をするといっても、戦争が終わったその日から街を歩かせるわけにはいかない。
味方の兵にしてみれば、人間の巫女たちは数時間前までは侵略者という敵であったのだから。
それに、保護されることを知ったノルン王国の兵などが口封じなどの意味を込めて襲ってこないとは言い切れない。
最も危惧しているのは、国へ返された結果どうなるのか分からない兵士たちと違い、保護された巫女たちは安全なのだ。
そのことを妬む者なども出てくるかもしれない。だからこそ、隔離の意味も込めてこうしているのだった。
コンコンと、ナツキは一つの部屋をノックする。
「開いています、どうぞお入りください」
返事が聞こえ、ナツキは部屋の中に入った。
部屋の中には二人の少女がいた。一人はナツキと共に“勇者候補”に刺された巫女、ユーリ。まだ十三歳と幼い。もう一人は巫女の中では十七歳の最年長である、ルリ。
「ユーリの具合はどう?」
「はい、怪我の方はすぐに手当てしていただいたおかげで傷も残っていません。本当にありがとうございます。ですが、裏切られたのがやはりショックなのでしょう。口を聞いてくれません」
途中、ルリの声が涙声に変わっていった。
ユーリはベッドに寝ているが、ベッドの横にあるテーブルには手の付けられていない食事が二つ。
食事を取る気力も無いのか、自分たちが部屋に入ってきても反応が無かったユーリ。それに付き合い自身も食事を取らないルリ
まったく、と呆れそうになる。良い意味でも悪い意味でもだ。
「食事を取ったほうが良いよ、ルリ」
「ですが……」
「君もだよ、ユーリ」
そう言ってナツキはベッドに腰を掛けると、ユーリに声を掛ける。
その瞬間、ビクリと怯えるようにユーリの体が反応した。
「俺が怖いか? 聞いているか? 君が守ろうとした“勇者候補”は俺が殺したよ」
「な、何も、そんなことを今言わなくても!」
ナツキの言葉に反応したのはユーリではなく、ルリだった。ユーリはというと、今度は無反応でどこか遠くを見ているようだ。
ふむ、とナツキは考える。
とりあえず、傷口は傷跡を残さずに綺麗になっていると聞いている。出血した分の血液も、巫女たちによって元に戻されているので問題はないだろう。
余談だが、巫女たちの術を見ていた医術師が今後この術が伝わるのだと聞いて狂喜乱舞していた。
「ユーリ、君は巫女という立場だがどうして巫女になったんだ? 神に仕えようと思ったから? それとも“勇者候補”と共に何かを成し遂げたいと思ったからかな?」
ルリの声を無視してユーリに言葉を掛ける。
だが、答えたのはルリだった。
「私たちの多くは孤児です。酷い子供は親を殺されて強制的に巫女にされることもあります! 他国ならいざ知らず、ノルン王国において信仰などはありません。ましてや“勇者候補”と共になどと、ヤマト様ならともかくレイド様がその様な人物だとは到底思えません」
ルリの言葉に納得してしまう。少なくとも、レイド――先ほど自らが殺した“勇者候補”はお世辞にもまともな人格の持ち主ではなかった。
「俺もそう思うよ、少なくともさっきの馬鹿はクズだ。しかし、大和はずいぶんと人気があるじゃないか? ルリ、君は大和について何か知っているのか?」
「え? ええ、一応は私も巫女ですので知っていますが……お知り合いなのですか?」
少し驚いた顔で尋ねてくるルリにナツキは頷く。
「ああ、親友だよ」
その言葉に、信じられないという表情をしたルリだった。もっとも、この世界に置いて“魔王候補”と“勇者候補”が親友だとは誰もが予想すらしないだろう。
そして、ナツキのその言葉に、ずっと無反応だったユーリがようやく反応してくれた。
ナツキの袖を握り、尋ねてくる。
「本当に……親友なの? “勇者候補”と“魔王候補”なのに?」
「お、ようやく声が聞けたな。ああ、俺と大和は親友だ。ガキの頃から知ってるよ」
「どうして?」
「ん?」
「どうして親友になったの? 本当なら敵なのに」
ユーリはどこまでも本気の表情でナツキを見つめていた。
彼女だけじゃない、ルリもだ。
だから、ナツキも本気で答える。
「俺が悲しくて、悔しくて、痛くて、泣いているばかりだった時、誰も助けてくれなくて、でも誰かに助けてとも言えなくて……そんな時、唯一手を差し伸べてくれたのが大和だった」
世界中が真っ暗に思えたそんな時、唯一一人だけ「大丈夫?」と心配そうに声を掛けてくれた。
自分よりも弱そうで、小さくて、そんな大和だったけど、真っ暗闇の中、彼の差し出してくれた手が一筋の光となった。
光は少しずつ広がっていき、闇を払ってくれた。全てではない。自分からあえて闇の中にいるようにしてしまったが、それでも世界に光を手に入れることができた。
「差し伸べてくれた手を握ってから、今までずっと俺と大和はお互いに認める親友だ。それは誰にも否定させない」
そこまで言って、自分の口下手さに嫌気がさしてしまう。本気で答えたつもりだったのだが、これじゃあ上手く伝わってないかもしれないと。
「……大和様は優しかった。だけどいつも家族や友達のことを心配してたよ。あなたはユラ・ナツキ?」
「ああ、ああ! そうだ、俺は由良夏樹だ。今は、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターって名乗ってるけど、大和の知ってる俺の名前は由良夏樹だ。会ったことあるのか?」
ユーリは頷く。
「私を可愛がってくれたお姉ちゃんが大和様の巫女になったから」
「姉?」
「血は繋がってないけど、ずっと一緒にいたから家族みたいだった」
「そうか、大和がついていれば心配はないさ。いつか、その姉ちゃんとも会わせてやるよ」
「本当?」
ああ、とナツキは頷く。
「あの人みたいに裏切らない?」
あの人とは、彼女を刺した“勇者候補”だろう。
「俺はそんなことは絶対にしない。あんなのと一緒にするなよ」
「うん……でも、信じてたんだ」
すっと、一筋の涙が頬を伝った。
「嫌な人だったけど、それでもいつかは勇者になって、世界を国を良くしてくれると。みんなを守ってくれると思ってたんだ……だけど、だけどッ!」
裏切られたことが辛かったのだろう、悔しかったのだろう、涙がボロボロと零れ落ちてくる。
そして大きな声で泣き始めてしまった。
ユーリだけじゃない。ルリも静かに涙を零している。彼女も自分のことをを選んだ“勇者候補”が仲間である巫女を裏切り、失望していたのだろう。
「大丈夫、俺は裏切らない。ユーリを、いや、みんなを守ってやるよ」
ナツキはユーリの体をそっと抱きしめて頭を撫でると呟やいた。
そして、彼女が泣き止むまでずっと抱きしめ、頭を撫で続けるのだった。
*
「随分と時間が掛かったな……落ち着いたのか、巫女どもは?」
部屋に戻ったナツキに掛けられたのはそんな一言だった。
「ああ、一番心配だったユーリはもう大丈夫だろう。幸い、ルリをはじめて他の巫女も着いてるから」
「そうか……」
なにやら歯切れの悪い返事をするティリウスにどうしたのかとナツキは尋ねる。
「いや、なんと言うか、巫女はともかく、貴様は平気なのか?」
「……何が?」
「僕は魔族として、貴族としていつかは誰かの命を奪う覚悟をしていた。狩りなどをしたことがあるから、慣れているわけではないが命を奪ったこともある。だが、貴様はどうだ?」
ナツキは答えない。
「僕は正直、戦いが終わった後、吐いたぞ。情けなかったが、血と人の焦げた匂いに我慢ができなかった。何よりも、戦場だと割り切っていたのに、人間を殺してしまったことへの嫌悪感で気持ち悪くて仕方がなかった!」
「死んでたらそんなことすら思えない。俺たちは間違っちゃいない」
「そんなことは分かっている! 僕がいつ、間違えたなどと言った! そうではないだろう、貴様は今まで世界は違っても人間として生きていただろう、誰かを殺すなど想像ができない世界で暮らしていたんだろう!」
「別に俺の世界にだって戦争はあったさ」
「そうじゃない! なぜ貴様は弱音を吐かない? 例え僕に弱音を言うことができないのだとしても、アイザックなら言えるだろう! どうして何も無いようにしていられるんだ!」
ティリウスは自分のことを心配してくれているのだと分かった。
だけど――
「なら、俺がもう嫌だと言えばお終いになるのか?」
「なんだと?」
「俺が人を殺してしまったことで、死んでしまいたいくらい後悔をしているのだとしたら、もう戦わなくて良いのか?」
「それは……」
できないことはナツキにだって分かっている。そこまで馬鹿じゃない。
だけど今は無理だ。
「弱音を少しでも吐いたら、俺は折れちまうんだよ! だったら、駄目になるまで我慢して、駄目になっても我慢し続けるしかないだろうが!」
「それは違うぞリリョウ! 僕らは仲間だ。アイザック、姉上、母上、父上、トレノ様などまだ少ないが頼れる人はいるだろう!」
ナツキはティリウスには答えず、部屋から出て行こうとする。
「リリョウ!」
「お前が気を使ってくれてるのは痛いほど分かるよ。だけど、俺は一ヶ月しかこの世界にいない、その一ヶ月も寝っぱなしだ。俺にあるのはあっという間の数日間と、地獄のように続いた悪夢、そして人をたくさん殺したという事実だけだ。弱音だろうが、泣き言だろが、どこから吐いていいのかわからねえよ」
それだけ言うと、ナツキは部屋から出て行く。
ティリウスが再び自分のことを叫ぶように呼んだが、ナツキは無視して外へ出た。
途中、酒のビンを拝借して宿泊施設の外にあるベンチに腰を掛けて酒を一口。
……咽た。
思えば、酒などまともに飲んだことはなかったと思い出す。とりあえず、ボトルは横に置き、煙草を取り出すと火を着けて吸い、紫煙を吐き出す。
「何やってんだか……」
その何さえ、自分には分からない。
「何人殺したんだろうな……」
数えるほど酔狂ではないし、覚えるには辛い。そもそも人など殺したくはない。
ナツキは紫煙を吐きながら、街を見つめる。
多くの人たちが喜び宴を開いている
負傷していた兵も体中に包帯を巻いて参加している。
――戦争が終わった、もう誰も傷つかなくて良い、死んだ奴らの分まで――
そんな声が聞こえてくる。
だけど、みんなが笑顔だった。
戦争というくだらないことを乗り切った、生き抜いたことを証明する笑顔だった。
「この笑顔のために役に立てたのかな……」
そうであれば良いと思う。
「皆の笑顔はナツキとティリウスのおかげよ、キミは何を今更なことを言ってるの? 胸を張れば良いのよ!」
「アンタ……」
「アンタじゃない、私はヴィヴァーチェ・スウェルズよ。ちゃんと、覚えておきなさいよ」
「いや、名前は覚えてる」
そういう意味じゃなくて、どうしてここにという問いだったのだが……。
ヴィヴァーチェはナツキの横に座ると、置いてあったボトルに口をつける。
「あー、おいし」
「アンタ、もう少し上品に飲めよ……」
貴族の、それも十二貴族という最も歴史ある貴族の令嬢が酒のラッパ飲み……そんな姿でも絵になってしまうのが少し癪だった。
「ティリウスと喧嘩したの? 内容は聞こえなかったけど、何か大きな声だなって思ったんだよね」
「そう思うなら弟の方へ行ってやってくれ」
「そうしようかと思ったんだよね。アイザックも着てたし。ティリウスって頭に血が上るのが速いから、部屋を飛び出したのがそうだと思ったんだけど、逆だった見たい」
何が面白いのかケラケラと笑うヴィヴァーチェ。
ナツキは反対に不機嫌だ。
「で、結局間違えていたのに、隣に座った理由は?」
「んー、まずはお姉さんが慰めてあげようかなって思ったのが一つ」
「二つ目は?」
「反応悪ッ! もう少し、喜ぶとかしてよね!」
「で?」
続きを促すナツキにヴィヴァーチェはため息を吐く。
「二つ目は、勧誘使用かなって思ったの」
「勧誘?」
「そう、かんゆー」
グビリと酒を飲み、彼女は笑う。
「何の勧誘だよ?」
「うん、世界中を回って、子供を保護するお仕事。違うな……仕事じゃないね、私の自己満足でやってること」
少し、本当に少しだけ、ヴィヴァーチェの顔に影が差す。
それをナツキは見逃さなかった。
「君は悪魔の子って知ってる?」
「いいや、知らない」
初めて聞く言葉だった。
それに、悪魔というと、一番最初、初めてイシュタリアに来た時のことを思い出す。
あれから一ヶ月以上経っているとは未だに信じられないことだった。
「悪魔の子――人間でも、魔族でも、竜でもない別の生き物。その悪魔の影響を受けてしまった子供たちのことを、悪魔の子って言うの」
主に人間社会で使われる言葉らしい。
「酷い時には穢れとか、汚れとか言われたりして殺されたりするんだよ、それも実の親に」
最低だね、と彼女は言う。
同感だとナツキも思った。
「私はね、そんな悪魔の子なんて呼ばれちゃってる子供たちを保護しているの。そして、その子供たちにできることをさせてあげるの。どう、自己満足でしょう?」
「……さぁね。わからねーや」
「ふうん。でも、自己満足でも良いんだ。保護した子供たちはみんな笑顔でいてくれる。時間は掛かったりするし、特定の人にしか心を開こうとはしなかったりするけど、それでも時間をかければ自分のことを悪魔の子なんて思わなくなるんじゃないかなと思ってる」
「……そうなるといいな」
「うん、ありがと。でね、人間のしかも敵対していた巫女のために本気で怒ることができる心を持ってるキミにちょっと手伝って欲しいなって思ったの。それだけ!」
考えておいてね、というとヴィヴァーチェは立ち上がる。
「後ね、大きなお世話だって分かるけど、心が折れるまで無理しちゃったら折れた後はどうするのかな? 心配してくれる人をないがしろにしていい理由はないよね。もちろん、勝手に心配してるんだからキミがそれにあわせる理由もないけどさ」
「しっかり聞こえてたんじゃねーかよ」
「アハハハハ。でもさ、私もこれでも心配してるんだよ」
じゃあね、と立ち去ろうとするヴィヴァーチェをナツキは引き止める。
「待てよ」
「何かな?」
「どうして悪魔の子を保護することにしたんだ? 自己満足にしろ理由はあるだろ?」
ナツキの問いに少しだけ、ヴィヴァーチェは嬉しそうに笑う。
「それって、少しは興味を持ってくれたってことかな?」
「さぁね」
「そうだね、もう少し仲良くなったら教えてあげるよ。私自身の話にもなるから、簡単には教えて上げられないんだ」
「それで手伝えってか?」
「うん」
我がままだな、と文句をいうと、そうだよと彼女は笑った。
その笑顔がまた可憐だったので、ちょっと腹が立ってしまった。
「ティリウスと仲直りしてあげて。あの子、友達らしい友達ってきっとキミが初めてだと思うの。だから心配もしてるし、怒りもするんだと思うよ」
「友達? 友達なのか?」
「少なくともティリウスはそう思ってると思うし、私にもそう見えるよ」
「ふーん」
「あ、少し嬉しそうな顔してるかも?」
「してねーよ!」
クスクスと笑うヴィヴァーチェは今度こそ宿泊施設の中へ戻っていってしまった。
「ボトル持って行きやがった……」
しかたなく、煙草を一本取り出して火をつける。
「色々と考えなきゃならないことは多いみたいだな。めんどくせーって叫びたいよ」
独り言を言いながら、そんな自分に苦笑する。
ここで一人でウジウジしていても始まらない気がする。
「とりあえず、ティリウスに謝るか……心配してくれたことは素直に嬉しいから。だけど、俺はそういうのにどうこたえていいのか良くわからねーんだよ」
ナツキは夜空を見上げて、言い訳するようにそう呟いた。
人間の巫女、ユーリとルリとのやり取りでした。ヴィヴァーチェもナツキにからんでいきます。
もう少し話を進めたら大和サイドもかけたら良いなと思っていますが、あえて書かないのもありかなと思っていたります。
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