EPISODE14 「やってやろうぜ、二人で!」
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スウェルズ領アイマト。魔国とノルン王国の国境近くにある中規模の街であり、現在進行形で戦争という被害を一番に受けている街であった。
不幸中の幸い――そのような言い方をすればきっとアイマトに暮らす人々は怒るかもしれない。だが、街の住人に死者は愚か、怪我人も出ていない。
だが、住人は怯えている。
十二貴族であり、領主でもあるサイザリス・スウェルズが戦場に出ながらも状況は劣勢。いつ、街に大きな被害が起きてもおかしくはないと恐怖しているのだった。
そんな中、それでも住人たちはただ隠れるのではなく、怯えるのではなく、負傷した兵士の手当てを手伝い、賄いの準備をしたりとできる限りの協力をしていた。
決して強制されたわけではなく、自分たちの街を守ってくれる領主とその兵士たちの力に少しでもなりたいと思うからだ。
サイザリス・スウェルズは領民から慕われる領主であった。
「ああ、サイザリス様、どうかご無事で……!」
誰の声だったのだろうか?
領主を案ずる声を誰かが上げたその瞬間――純白の巨大な虎がもの凄い速度で戦場になっている国境へ向かって空を駆けていった。
「何が……」
驚くという範疇を超えてしまっているせいか、まともに声も出せない。
だが、多くの者は分かった。
先ほどの巨大な虎は魔獣であると。
そして、この戦争を終結するために力を貸してくれるのだと。
――どうか、これ以上の被害がでませんように。
そう願わずにはいられない、住人たちだった。
どうして人間たちはこうも簡単に戦いを始められるのだろうか?
戦争は多くの人が傷つき、そして亡くなる。犠牲者が増えれば、悲しむ人も多いだろう。ならば、どうして戦争などを起こすのだろう?
そう思わずにはいられない住民たちであった。
*
鼻や口をバンダナで覆っているというのに、血の匂いや、焼けた焦げた匂いがして酷く不快だった。吐いてしまわないのが不思議なくらいだ。
そんなことを考えながら、緋業火の柄を握り締め白虎の背から飛び降りたナツキ。それに続く、アイザックとティリウス。
ヴィヴァーチェは白虎と共に、敵をできるだけ倒すと言い放ち、戦場を駆けている。
「もうすぐ地面ですよ!」
アイザックの声に反応して、ナツキは浮遊魔術の初歩中の初歩である浮かぶということをイメージする。
すると、地面にぶつかる瞬間、ふっとナツキの体は重力を無視し、空中に止まる。もちろん、衝撃も体への負担もない。
さすがに、巨大な白虎の上から飛び降りるなどということは想定していなかったので、ぶっつけ本番となってしまったが、上手くいってホッとしていた。
しかしホッとできるのは、その一瞬だけだった。
「リリョウ!」
ティリウスの叫ぶような声に顔を上げると、大剣を振りかぶった鎧を纏った騎士が目の前に一人。
振り下ろされた大剣を後ろに軽く飛ぶことでかわすと、緋業火を一閃。
高い金属音が響くと同時に、大剣の半分が飛ぶ。ナツキが両断してしまったのだ。
「……降参する気は?」
「ない!」
半分となった大剣で再度襲い掛かってくる敵騎士。
「馬鹿野郎が!」
きっと、敵騎士には何が起きたのか分からなかっただろう。
ナツキが叫び、改めて刀を一閃した瞬間、敵騎士の大剣を持った腕は二の腕から切り飛ばされ、その勢いで体は吹き飛ばされたのだった。
「大丈夫ですか、ナツキ様!」
「この大馬鹿者! もうここは戦場だ! 相手は貴様の心情など気にはしてくれないんだぞ! 良いか、貴様は親友を助けるのだろう! ならば、敵を殺してでも、決して貴様は死ぬな!」
アイザックが駆け寄り、一歩遅れてきたティリウスがナツキを掴み怒鳴った。
「ナツキ様、後で私たちを責めてください。私たちのせいで貴方は戦わなければいけないのですから……」
「ふざけんな! 俺は絶対に、そんな卑怯なことはしない!」
「当たり前だ! アイザック、今のはリリョウに対する侮辱だ! 誰が好き好んで人を殺したいものか! ここに居るすべての者がとは言わないが、少なくとも僕たちは人間を殺めても心が痛むだけだ!」
すでに返り血を浴びているアイザックとティリウス。
そして何よりも、ティリウスにとっても戦争は初めてなのだ。
「申し訳ありません」
謝罪するアイザックだが、ナツキが言葉を返す前に槍の形状をした炎を作り出すと、前方に投擲する。
背後になっていたナツキとティリウスが振り返ると、敵騎士が近くまで来ていたのだった。そして、アイザックの炎で胸を貫かれ、絶命し燃えた。
「謝罪は後にしろ! 良いか、リリョウ、さっきの言葉を忘れるなよ! ここは戦場だ! 生きるか死ぬかだ! 僕たちは作戦もなく、いきなり戦場に放り込まれたんだぞ。とにかく生きることをだけを考えろ、後は二の次だ!」
「ああ、分かった」
「では、あの青い旗を目指しましょう。あの旗はスウェルズ家の家紋が刻まれた旗です。旗は多く立っていますが、あの旗だけが違います。きっと、そこにサイザリス様がいるはずです」
「そうだな、“魔王候補”として戦場へ行けと言われたのだから、父上たちに顔を見せておかないと。それに、無作戦よりマシになるかもしれない」
三人は顔を見合わせ、頷いた。そして走る。
旗の周辺はさすがに敵はいない。強固に守られているのだろう。だが、そこまでは少なくとも一キロはありそうだ。
ナツキはティリウスに言われたことを心に留めて、刀を振るった。
剣を折ったり、鎧を切断するのは平気だ。だが、その次にやってくる、人の肉を切る感覚が酷く不快だった。もしかしたら、この戦いで慣れてしまうかもしれない、慣れたくはないと思う。
洗礼の儀式では、自分が殺されることを選び続けたナツキだったが、こんな所で死ぬわけにはいかない。ここは、この場所は現実なのだから。
「悪いけど、俺はお前らに殺されてやるわけにはいかないんだ!」
自分に言い聞かせるように、叫ぶように声を張り上げて刀を振るう。
我武者羅に振るったわけではない。刀技――武器破壊、である。
もっとも初歩的な技術であるが、戦場で武器や防具を失った者が戦えるわけではない。殺さないためではなく、自分に敵が近寄らないためにそうしているのだ。
生き残る為になら、嫌だが敵を殺そう。だが、現状は領主であるサイザリス・スウェルズの元へ向かうことだ。
ならば目の前に障害物が少ないほうが良い。
「まる裸にされたくなったら退け!」
もちろん、そう怒鳴ったところで退くような敵はいないだろう。
ナツキは身体強化魔術を使い、身体能力を大幅に上げる。敵の武器を折り、強化された足で強烈な蹴りを食らわせる。その勢いを生かして高く飛ぶと、宙で一回転して勢いをさらにつけて緋業火を次の敵に振り下ろす。
魔力を込めて振り下ろされた緋業火は刀身を炎で纏い、緋色の刀となる。
「うらぁあああああああああああああ!」
斬るというよりも、炎の刀身で相手その者を吹き飛ばす。
その威力は語らずとも、足元にできたクレーターをみれば一目瞭然だった。
そして、少しでも早く、このくだらない戦いを終わらせるために、ナツキは敵を斬りながら青い旗に向かって走るのだった。
*
アイザック、ティリウスの二人は、戦いながらもナツキのその実力に驚きを隠せないでいた。
「まさか、あれほどの実力とは……」
アイザックは炎の魔術を放ちながらも、そう呟く。
「だが、まだ本気じゃないみたいだな……無論、僕もだ!」
ティリウスもサーベルを振り、雷の魔術を放つ。
「しかし、まさかナツキ様が緋業火をあそこまで使えるとは思いませんでした。もちろん、あの刀技も見事ですが……」
ナツキよりも数歩離れた場所にいるアイザックたちだが、実戦を経験しているアイザックはもちろん、訓練の経験があるティリウスもまだ冷静でいられた。
しかし、ナツキは二人からすれば、冷静ではない。混乱しているわけではない、視界が狭いわけでもない。だが、全体を見るほど余裕がないのはたしかだった。
だが、現状では心配はない。
ナツキの攻撃力に恐れているのか、先ほどよりも敵の勢いが大人しくなっている。
三人は走る。
時に、敵を斬り、燃やし、雷を放ちながら。
そして、ようやく目的の場所までたどり着いた。
「父上!」
ティリウスは父親を見つけると、大きな声を上げる。
その声で反応したのは、亜麻色の髪を持つアイザックよりも少し年上だと感じさせる男性だった。
青いコートを肩に掛け、ところどころ傷を負っているのか、包帯を巻いている。
「ティリウス! それに、アイザック殿! どうしてここに……なるほど、君がリリョウだね。最後の“魔王候補”よ」
ナツキとアイザックも、男性――サイザリスに傍へと行く。
「申し訳ありません、サイザリス様。ご子息を戦場へと連れてきてしまいました」
「構わないよ。あのお転婆娘も暴れまわっている」
若干、呆れたように、諦めたように苦笑するサイザリスだった。そして、ナツキと向かいあう。
「挨拶を交わすのは初めてだね。私はティリウスとヴィヴァーチェの父親のサイザリス・スウェルズだ。今回は、この戦争に君を巻き込んでしまって申し訳ないと思う、できればこのような形で挨拶はしたくなかったのだが」
「お初にお目にかかります、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターです。ティリウスには色々と世話になっています」
「うん、そう言ってもらえると嬉しいよ。何かと問題のある子だが、よろしく頼むよ」
本当に嬉しそうに微笑むサイザリスに、ナツキは思う。先ほど彼が言ったように、戦場ではない場所で会いたかったと。
そうは思いながらも、現状ではこのくだらない戦争を終わらせなければいけない。
「父上、そんな話は今しなくてもいいでしょう! 現状について教えてください!」
「ふむ、そうだな。正直言うと、君たちが来てくれたことは助かる。“魔王候補”が共に戦場に立つだけでも士気は違うのでね。もっとも、現在戦っている兵たちはスウェルズ領に属する兵だ。彼等にも守るべきものがある。どうか、力を貸して欲しい」
サイザリスはナツキ、アイザックに頭を下げる。
「おやめください、サイザリス様。国境を守る貴方の責務は存じております。私も微力ながらお手伝いさせていただきます」
「俺がどの程度役に立てるかはわからいですけど……やれる限るのことはやります」
「ありがとう、二人とも!」
その時だった。
「来たぞ! 例の炎だ! 障壁を張れ!」
少し離れた場所で兵士が叫ぶ。
同時に、近辺にいるほとんどの兵士たちが障壁魔術をそれぞれに展開した。
そして――
「なんだあれは!」
それを見て、思わずティリウスが叫んだ!
それは炎だった。だが、ただの炎ではない。
紅のどこまでも紅く、そして強大な魔力を秘め、そして広範囲に甚大な被害を与えることが間違いない、巨大な炎。
「クッ……急げ! 障壁を張れる者は障壁を早く張るのだ! できないものは、隠れろ!」
サイザリス自身も叫び、障壁を張る。それに続けて、アイザック、ティリウスも障壁を展開していく。
「リリョウ、貴様はアイザックの後ろに隠れろ!」
障壁を展開できないナツキは素直にしたがってアイザックの後ろに隠れた。
次の瞬間。
紅の炎がナツキたちを襲った。
「な、なんだ、このでたらめな火力は!」
熱い、熱い、熱い。
体が焦げてしまいそうだ。息を吸うことすら辛くて仕方がない。
障壁がなければ、魔法が掛けられたコートを着ていなければ、バターのように溶けてしまっていてもおかしくないかもしれないと思えてしまう。それほどの熱さだった。
炎がナツキたちを襲ったのはそう長い時間ではない。だが、ナツキたちにはとても長く感じてしまった。
そして、炎が消え、紅一色だった視界が徐々に晴れていく。
「こ、これは……」
アイザックは呆然と呟いた。
ナツキはもちろん、ティリウスも言葉が出てこない。
だが、それは無理もなかった。
目の前が焼土と化していたのだから。
それだけではない。多くの兵が倒れ、生死は不明だ。中には燃えている者もいるが、もうすでに絶命しているだろう。
「一体、なんだんだこれは!」
ナツキは叫ぶ。この無慈悲な光景に。
それに答えたのは、サイザリスだった。
「これが“勇者候補”の力だ。現在、攻めて来ているノルン王国の兵士は三千。スウェルズ領の兵士が五千と数的に有利だ、いや有利だった。だが、あの強大な炎によって現在は劣勢だ」
多くの兵士が死んだという。
多くの兵士が負傷したという。
不幸中の幸いで、炎は街までは届かないものの、スウェルズ領の兵士を焼き払うことには問題がないようだ。
「一つだけ、この炎には弱点がある」
「弱点、ですか?」
「そう、これだけ強大な炎の魔術だ。一発一発を放つのに、ある程度の時間が必要らしい。無論、その間に責めたいのだが、そう簡単に向こうも“勇者候補”には近づかせてはくれないのだ」
その“勇者候補”が未熟ゆえか、それとも純粋に強大な力を放つゆえか、連発はできない。
だが、一発と一発の間を攻めたくても、三千の兵士が邪魔をしている。
後ろには街があるので、引くことはできず、攻めるには地形の問題でぶつかり合うしかない。
さあ、どのような手を打てば良いのか。
「もう、なんなのさっきの炎は!」
四人を中心に兵士たちが頭を悩ませていると、怒り狂う一歩手前のヴィヴァーチェがやって来た。
「無事だったか、ヴィヴァーチェ!」
「はい、お父様! しかし、なんですか、さっきの炎は! あれじゃあ、魔獣に乗っていたら狙い打ちされてしまいます!」
「あれが“勇者候補”の力だ。連発はできないようだが、用意周到に守りも固めてあるので迂闊に手が出せん……」
その時だった。
考えるように黙っていた、ティリウスが口を開いたのは。
「父上、僕になら“勇者候補”に近づくことができるかもしれません」
「なに、本当か!」
頷くティリウスだが、そこには自信があるような表情はしていなかった。
逆にどこか不安な表情である。
「ですが、僕では“勇者候補”は倒せません。あくまでも近づくことができるだけです」
ティリウスは説明する。自分の考えを、そのリスクを。
そして、“勇者候補”を倒すのは同行できる一人だという。だが、それも成功する確率は五分だという。
「なら俺がやるよ」
「リリョウ……良いのか? 必ず成功するわけではないんだぞ?」
自分で考えた作戦が不安なのか、ティリウスは何度もナツキに確認をした。
だが、ナツキの意見は変わらない。
「成功する、だなんて根拠の無いいい加減なことは言えない。だけど、どうせここで何もできないままやられちまうなら、思い切りやってやろうぜ!」
信じているとは言わなかった。負担になってはいけないから。
正直に言えば、出会って間もないし、ティリウスの力をナツキが把握しているわけではない。だが、出会って間もないが、ティリウスのことは気に入っていた。
友人のように思えてしまっていた。
だからこそ、ナツキは不敵に笑ってやった。
「やってやろうぜ、二人で!」
そんなナツキの言葉に、ティリウスは決意したように頷いた。
戦闘シーンは難しいですね。次回も続きます。
さらに勇者候補も敵として登場しますので楽しみにしてくださると嬉しいです!
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