EPISODE13 「さあ、戦いの時間よ!」
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ヴィヴァーチェに遅れ、魔王城の中庭にやってきていたナツキたちは驚き呆然としていた。
「こいつは……凄いな」
かろうじて出てきた感想がこれだ。それ以上の言葉が出なかっただけだ。
そこには巨大な虎がいた。それも、美しいくらいに純白な虎だった。
二十メートルはあるだろう全長。正直、驚きか恐怖以外の感情を抱かせない。いや、落ち着けば、その美しさに心奪われるかもしれない。
「これは見事ですね、話では聞いていましたが実物を見るのは初めてです!」
アイザックはやや感動したように大きな声を出した。
「――魔獣、白虎」
ティリウスが体を震えさせながら呟いた。
「んー? 魔獣? 白虎?」
たしか地球だと白虎は四神や十二天将などの一つとして数えられる、いわば神の一柱なのだが、どうやらイシュタリアでは魔獣らしい。
どうも“魔”という文字がつくと、マイナス面に感じてしまう。それも地球で“魔”の扱いがそういう感じだからかもしれない。
とはいえ、今まで出会った魔族や今目の前にいる魔獣も、マイナスをイメージさせる感じはまったくしなかった。
――その内、気にならなくなるだろう。
ナツキはそう結論付けた。
「ところで、どうしてお前は一人でブルブルと震えているんだよ……」
若干ジト目でティリウスを見るナツキだが、正直彼の怯えようは凄い。
「ぼ、僕は、コイツに飲み込まれたことがあるんだぞッ!」
「あー」
何と言って良いのか悪いのか。涙目でそう叫ばれると返答に困る。
とりあえずはご愁傷様と言いたい気分だ。
しかし、どうすれば魔獣に飲み込まれることになるのか不思議でしょうがないナツキだった。
そんなことを考えている時だった。
べろん。
そんな感じがしそうな大きな舌で、ティリウスの顔面が舐められた――白虎に。
「ヒィイイイイイイイイ!」
飲み込まれたトラウマか、それとも純粋な驚きか、または両方か、とにかく絶叫するティリウス。
そんな弟を見てケラケラと笑うヴィヴァーチェ。
「昔からこの子はティリウスが好きなのよね」
もしかしたら彼女にとっては微笑ましい光景かもしれないとナツキは思う。無論、ナツキもこれが二十メートルの巨大な虎ではなく、子犬や子猫ならそう思っただろう。
「助けてッ! 誰かッ!」
舐めるから、口に含まれつつあるティリウスが命の危険を感じでか、必死に助けを求めている。
そして心底思う。
これから戦場に行くというのに、なんだこの雰囲気は……。
呆れるナツキに、恐れ助けを請うティリウス、その光景を見て笑うヴィヴァーチェ。
このくだらない光景は、呆然としていたアイザックがティリウスの叫びによって我にかえり、彼を救出するまで続いた。
*
「貴様……覚えていろよ!」
白虎の背の上で、ナツキが持っていたハンカチを強引に奪ったティリウスは顔や髪を拭きながらナツキを睨みつける。
「俺だけかよ……ハンカチ貸してやったじゃん」
「助けようとしなかったことだッ!」
いや、確かに呆れてしまい助けることを放棄していたけれど、ここまで攻撃されるのはどうしてだろうか?
そんなことを考えつつも、もっと気になることがある。もちろん、ティリウスのことではない。
――この魔獣についてだ。
「アイザックさ、俺の勘違いだったら悪いけど、魔獣ってのは誇り高く、めったに背中を貸したりはしないんだよな?」
「はい、合っていますよ」
「ってことは、アレだ。ええと、ヴィヴァーチェは、なんだっけ」
「『偉大なる契約者』です」
「そう、それそれ。に、なるわけか? でもそれだと、背中を貸してもらえるのはヴィヴァーチェだけなんじゃないのか?」
俺たちは契約者じゃない。
ナツキは素直にそう思った。いや、思うというよりも、完全なる事実である。
「だからこそヴィヴァーチェ様が、その言い方は悪いですが先ほどティリウス様が言われたとおり規格外たる所以です」
「規格外? どういう風に?」
「そうですね、まずヴィヴァーチェ様の方を見てください」
そう言われ、ナツキは唯一、白虎の背ではなく頭に乗って、このモフモフの毛を撫でてご満悦の様子だ。確かに、白虎の体毛はモフモフとしていて心地よい。
「契約者であれ、『偉大なる契約者』であれ、魔獣に対してあのような態度をとる者はいません」
そういえば、と思い出す。
魔獣は魔族にとって聖なる獣と言っていた。そして、魔獣自身も誇り高いと。
「彼女は魔獣と友人として接することができるのです」
「……それは、契約したからこそ友人として接しているってことか?」
「そういう意味とは違います。『偉大なる契約者』であっても例え対等という立場だとしても、魔族にとって聖なる獣ということには変わりがありません。なので、無意識に一歩引いてしまいますね。まぁその辺りは、人それぞれですが、彼女を規格外と言わしめる所以は、意思の疎通ができることです。契約している魔獣以外とも」
それは確かにと思うナツキだった。
先ほど、ティリウスがナツキのところにやって来た際に、読んだ本の中に魔獣契約などに関する物があったのは覚えている。
軽く読んだ程度だが、覚えているところは覚えていた。
まず、契約者にとって魔獣との意思疎通ができることが第一である、と。魔獣に意思があり、契約者にも意思があるのだから、互いの意思を疎通できなければいけない。
だが、続きがあった。必ず誰もが魔獣と意思疎通ができるわけではない。そして、契約者が魔獣全てと意思疎通ができるわけではないのだ。
自身が契約できる可能性がある魔獣とだけ意思疎通ができること。それが適正。
その適正を持って、意思疎通を経て契約にいたるのだと。そして、契約は生涯に一体としかできない。
「言い方を変えましょう。ヴィヴァーチェ様は全ての魔物と意思疎通を可能にします」
読んだ本が間違っていなければ、確かに規格外だ。
「もっとも、それだけで終わるならただの規格外程度だったのですが……彼女の規格外さはそれだけに留まりません。契約している魔獣は十二体と異例中の異例です。さらに、契約していない魔獣から一時的に力を借り得たりすることもできます。わかるでしょうか、この異常さが?」
「……分かる」
「そして、多くは語れませんが、魔獣たちもヴィヴァーチェ様を友人のように思い、慕っています。ゆえに、彼女の頼みであるからこそ、私たちが現在白虎の背をお借りできるのです」
なんだかヴィヴァーチェに秘密がありそうな言い方だったが、あまり突かない方が良い気がした。
誰だって、知られたくないとや隠したいことはあるのだから。
とりあえず、ヴィヴァーチェの規格外さは分かったところで、少しクエスチョン。
「で、ティリウスはどうして飲み込まれるほど白虎に懐かれてるんだ?」
ナツキのどうでも良い疑問に、ビクリと震える。
「それはですね」
アイザックは少し苦笑して。
「ティリウス様が、ヴィヴァーチェ様の弟だからですよ」
なんだかとっても簡単な理由だった。
*
「準備は良いかしら?」
先ほどまでの雰囲気とは違く、ナツキ、アイザック、ティリウス、そしてヴィヴァーチェは真剣な表情で向き合っていた。
もうスウェルズ領は目と鼻の先だ。
戦闘を行っているのか、閃光や炎が立ち上がるのが見える。焦げ臭い匂いもする。
「驚いたことに、小競り合いから本格的な戦闘――いいえ、戦争に変わりつつあるわ。正直、父上に挨拶してから対策をなんて考えていたんだけど、そうもいかなくなったみたい」
「そうですね」
アイザックは頷く。
すでにナツキたちは戦闘の準備をしていた。
とはいえ、驚くほど軽装である。三人とも、城で過ごしていた時の服装の上にコートを着ているだけだ。ナツキは黒、アイザックは赤、ティリウスは青といったそれぞれのコートには実は魔術が掛けられていた。
対魔法などを始めとする防御系魔法を掛けられているコートであった。そんなコートの下に、ナツキとティリウスは剣帯に刀とサーベルを差している。
アイザックは武器は持たないが、三人とも軽装なのはそれぞれの動きに合わせたからである。三人にとって、鎧を始めとした重く、動きを鈍らせるものは邪魔なのだ。
同様の理由で、ヴィヴァーチェも変わらず青いドレス姿だった。
少し話はずれるが、魔族は物や自身に魔術を掛けることができる。例えば、自身に身体強化の魔術を掛け、身体能力の向上。物に魔術を掛ける例は三人のコートが分かりやすいだろう。
一方で、人間たちは逆に、魔術をあまり得意としないが、代わりに魔力を秘めた道具――魔道具の製作を得意としている。
もっとも魔術も魔道具も魔力を持たなければ使えないし、魔力の強弱によってまた変わってくる。そういう意味では、戦場に置いてどちらもそう変わらないものと思える。
だが、魔道具は――魔力さえあれば強弱はどうあれ誰でも使えるのだ――
ゆえに、戦場で何種類もの魔道具を所持する者がいる。ただし、魔道具は性能が良いほど、希少なほど値が張り、安易に手に入れれるものではないという面もある。
魔道具を自在に使う者を、魔道具使い。魔術を使う者を、魔術師と人間たちは呼ぶのだった。
閑話休題。
「君は身体強化魔術とか、浮遊魔術、遠見魔術などは使える?」
尋ねてきたヴィヴァーチェに頷くナツキ。
「いつの間に貴様はそんな魔術を覚えたのだ?」
イシュタリアに来てから数日で昏睡となり、その後目覚めてすぐに現在にいたる。魔術の天才ならともかく、まったくの基礎ができていないナツキがそれらの魔術を使えることにティリウスが疑問を持ってしまうのはしかたのないことだった。
実際にいっていしまうと、アイザックも疑問に思っていたが、先にティリウスに問われてしまっただけである。
どうも最近、アイザックよりもティリウスの方がナツキを気にかけているように周囲に見えているらしい。
「洗礼で寝てた時に、試練の中で使ったんだよ。無理やり覚えさせられたっていうか……それで、目が覚めて使えるかなって覚えたものを一通りやってみたら、全部使えるんだよね。体がって言うか、もう本能とかのレベルで覚えているみたいだ」
「……すまん」
「謝るなよ。別に、試練は最悪だったけど、そこで覚えたものが役に立つなら……少しでも楽になる」
先日まで洗礼の儀式によって三十日間という異例の昏睡状態にいたナツキ。彼はその昏睡の間、試練を受けていたのだ。助けたいはずの親友、クラスメイト、こちらの世界に来て出会った人たちを殺し合いをさせられたという地獄のような試練だった。
だが、ナツキは一人を一回だけ殺してしまったものの、その後は防戦しつつ、自らが殺されるということを選び、それを十年以上もの体感時間の中でやらされたのだ。
目覚めた時には現実との区別がつかずに暴れてしまったりもした。
だからこそだろう。ティリウスがナツキの口から試練と聞き、苦虫を噛み潰したような表情をしてしまったのは。
「……なんかあったみたいだけど、大丈夫?」
ヴィヴァーチェもその雰囲気に心配して思わず声を掛けてしまう。
ナツキは軽く笑って大丈夫だと答えると、腰に差している母の遺品でもある刀を強く握り締める。
――くだらない、殺し合いが始まる。
正直、憂鬱な気分になってしまう。
覚悟をしていなかったかと問われれば、まだそこまでできていなかったと素直に答えるしかない。
まだあの地獄のような試練が脳裏から離れない。そんな中、戦場などに立てるのだろうか、という不安もある。
「すみません。今、伝言がはいりました。ヴィヴァーチェ様、ティリウス様の父上であらせるサイザリス・スウェルズ様も前線にて交戦中とのことです。しかし、劣勢であり、至急力をお借りしたいと」
「劣勢だとッ? 父上が前線に出ているというのにか?」
「はい、問題は人間が全戦力を投入しているとのことです。そして、“勇者候補”も」
“勇者候補”という言葉に、ナツキの胸が跳ねる。
大和ではないと聞いていた。だが、嫌な感じがしてしょうがない。
「ナツキ様、“魔王候補”として力を求められています……どうなさいますか? こうなってしまうと、相手を殺さないという甘い考えは……」
「気を使ってもらって悪い。だけど、大丈夫だ。俺は戦う――“魔王候補”としてそれを求められているなら絶対に逃げない」
さすがに笑顔をつくることなどはできないが、真剣にアイザックに伝えることはできた。
本当なら笑って安心させてやりたかったんだけれど、とナツキは思う。
「いいか、気をつけろよリリョウ。中にはこの戦いでお前に死んでもらったほうが好都合だと思っている者もいるんだぞ。絶対に死ぬんじゃないぞ!」
「分かったよ。サンキュー」
「さんきゅう?」
どうやら伝わらなかったみたいだ。
「ありがとう、って意味さ」
「ふん、だったら始めから素直にそう言え」
礼を言ったというのに、何が気に入らないのかそっぽを向くティリウスに苦笑してしまう。
「リリョウ、これを付けていって」
「ん?」
手渡されたのは、バンダナを思わせる物だった。
「これで口元を隠しておいて。“魔王候補”の顔をそうそうに広めるのを防ぐっていうのもあるけれど、戦場で毒を使う者もいるからその対策よ」
「助かる」
素直に礼を言って、鼻から下が隠れるようにバンダナを巻く。
「さあ、準備は良いわね。覚悟は決まっている? もう、ここまできたら戻れないわ。このまま一気に、前線へ突っ込むわよ!」
「姉上、作戦は?」
「とにかく先手必勝ってことよ!」
「作戦じゃないですよ! それに先手も何も、戦いが始まって劣勢なのですから、もう後手じゃないですか!」
その通りな意見を言うティリウスを無視して、青いドレスを翻したヴィヴァーチェは戦場を睨んだ。
「さあ、戦いの時間よ!」
その言葉と同時に、白虎が今まで以上のスピードで、戦場のど真ん中に向けて下降して行ったのだった。
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次回は戦闘がメインとなります。
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