EPISODE12 「それだけの理由だって良いじゃないか!」
すでにスウェルズ領では戦いが始まっているという。とはいえ、総当り的な戦いではなく、まだ力の試し合い程度のようであるが、もう時間の問題になりつつあった。
スェルズ領は魔国の西側にあり、人間の国々との境にある。ゆえに、このようなことは少なくない。
だが、今回のように“勇者候補”が戦いに投入されたのは初めてであった。そして、同様に“魔王候補”が戦場に立つのも。
「問題は、移動手段だ。ここからスウェルズ領までは走りに特化した馬を走らせても四日から五日、普通に行ったら七日は掛かってしまう」
ティリウスは懸念する。
“魔王候補”とは違い、“勇者候補”は必ずしも強力な力を持っているという。中には文字通り、一騎当千の実力者までいるのだという話もある。
無論、魔族は洗礼があるが、それとはまた違う力だと聞いている。
真偽は定かではないが、事実が確かめられない以上、一刻も早く戦場に赴くのが一番だった。
ちなみに、ナツキが戦場へ行くこととなったことにより、ティリウスも同行して良いこととなった。母子でどのような話をしたのかはナツキやアイザックには分からないが、そういう話になったという。
「では、馬以外で行動されてはいかがでしょう?」
「馬以外だと? ……まさか魔獣や精霊か?」
「そうです、契約者の方に力を借り」
「ちょっと待て、アイザック! それは無理だろう! 魔獣は契約者以外に背を貸したりはしない誇り高き生き物だ。そんな規格外……は、まさか……」
アイザックの言葉を遮ったティリウスだったが、自分の言葉でだんだんと青くなっていく。
「なんだよ、そんな規格外の知り合いがいるのか?」
蒼白になって固まってしまったティリウスに変わり、アイザックに尋ねるナツキ。とはいえ、どうしてティリウスがこんな反応をしているのかはまったくわからない。
「はい、ヴィヴァーチェ・スウェルズ様なら可能です。幸い、まだ王都にいらっしゃいますし、これからスウェルズ領に向かうとのことなので同行させていただくのが一番かと。一応、連絡はしてあります、まだお返事をいただいてませんが」
ヴィヴァーチェ・スウェルズ――家名から分かるように、ティリウスの姉だ。
魔王ストロベリーローズの娘でもあり、会ったことはないが、どうやらティリウスは少々苦手意識を持っているらしいことは気づいている。
「で、そのヴィヴァーチェさんは契約者なのか?」
「はい、それも高位のです。私もそれなりに生きてきましたが、彼女ほどの契約者にはお会いしたことがありません、これからもお会いすることはないと思います」
アイザックがそこまで言う、ヴィヴァーチェがどのような人物なのか、少し気になった。
その時だった。
轟音、風が咆哮を上げたような轟音が城内に響く。さらにはナツキたちのいる部屋の窓が割れるのではないかと思うほど揺れたのだった。
思わず、耳を塞ぐナツキたち。
「あ、姉上だ……」
耳を塞ぎ、テーブルの下にいつの間にか隠れているティリウスの顔色は、蒼白を通り越して、もう白い……本当にこの怯えようは一体なんだろうか?
「じゃあ、まだ返事ももらってないし、俺からも頼みに行くか……」
まるで興味を持ったようにナツキが言うと、ティリウスが泣きそうな顔で大きな声を上げる。
「貴様は自殺志願者かッ? やめておけ、姉上は実力は確かに最高かもしれないが、性格は最低なんだぞッ!」
「なるほど、親愛なる弟にそう思われていたとは……これは少々、調きょ……もとい、お仕置きが必要のようね」
「ヒィッ……ま、まさか、姉、上?」
突然の誰かの声に振り向くと、一人の女性がいつの間にか部屋の中にいた。
二十歳くらいだろうか、青いドレスを身に纏い、亜麻色の長い髪、やや不機嫌そうな顔をしているが、それでも十二分に可憐でありながらも美しさを感じさせる容姿を持つ美女であった。
これがリリョウ・ナツキ・ウィンチェスターとヴィヴァーチェ・スウェルズとのファーストコンタクトだった。
*
ヴィヴァーチェの登場と同時に、小さな悲鳴を上げてティリウスは机の下でガタガタ。
一体この怯えようはなんだろうか? トラウマでも持っているのかと、ナツキはもちろんアイザックすら気になってしまう。
そんな中、怯える弟はとりあえず無視して、ヴィヴァーチェはナツキを見定めるように見てから、笑顔になった。
「君がリリョウ・ナツキ・ウィンチェスターね。母から話は聞いているわ。アイザックから連絡が着ていたけれど、どうせなら直接会ってみたいと思って来ちゃった」
来ちゃった、と可愛らしく言われても……そう、突っ込みたかったがやめた。
「はじめまして、俺はリリョウ・ナツキ・ウィンチェスター。それで、スウェルズ領まで送ってくれるのかな?」
「うん、それは良いんだけど……ちょっと確認したいことがあったの」
「確認?」
「そう、確認。それは、君がどうして“勇者候補”ヤマト・コバヤシを助けたいと思っているのかを」
それは、散々言ってきた気がする。
――親友だからだ。
それ以上も以下もない。
「親友という言葉はあくまでも君の中での括りよ。私はちゃんとした言葉で、親友だなんて簡単な言葉で説明されたくないの」
「簡単な言葉だと?」
「そうよ。だって、世の中には親友を平気で裏切る者は多いわ。それは魔族だろが人間だろうが変わらない。時には親が子を、子が親を、裏切り、陥れ、殺す。君がいた世界ではそんなことは一切なかった?」
「いや……そんなことはない」
どちらかといえば日常茶飯事だった。
現代の地球で生活していたナツキにとってはもう日常過ぎて麻痺してしまっていた。ニュースで親が子を、子が親を、時には生んだ赤ん坊をゴミ箱にという報道は何度も見た。
初めて見た時はどう思っただろう? もう、覚えてはいない。最後の地球でそんなニュースを見た時は……吐き気がする、くだらない、人としてクズだと思ったが、その程度でおしまいだ。その後、犯人がどうなったのか、事件がどうなったのか、知らないし、知りたくもない。そもそも興味がそれ以上になかった。
「だから私は聞きたいの。君はどうして、たかが親友程度のために、必死に助けようとしているの?」
「必死に見えるか? 俺は最近までずっと眠っていただけだ。それに、俺はこの世界に血縁者がいると知って少しだけど喜んだりもしていた。そんな俺が必死か?」
あえて皮肉ぶるように答えるナツキ。いや、これは大和を助けると言っておきながら、自分のことに欲を出してしまった自分に対する皮肉でもあるかもしれない。
だが、ヴィヴァーチェは首を横に振るう。
「いいえ、とても必死に見える。君は馬鹿じゃないし、結構冷静よね。これが一直線のただの馬鹿なら自分の立場などお構いなしに、何もかも放り出して親友に会いに行くでしょう? でも、君はそれをしない」
「それがどうした」
「私にはね、そのこと事態が必死に見えるの。アイザック、母、ティリウス、トレノ様など知り合った人たちの気持ちをないがしろにできない。自分が“魔王候補”という立場であることも放棄してない。むしろしっかりと役目を果たそうとする覚悟もあるみたい。だけど、そのせいで親友とはいまだに会うことができない。だけど、それをジッと耐えて、堪えて、最良の形で会いたいと思っている。違う?」
返事はしなかった。
いいや、できなかったと言うべきか……
「そんな君がそこまで助けたいと思っている相手をただの親友という言葉ですませてほしくないの。教えてくれたら……連れて行ってあげる」
机の下でティリウスが「最悪だろう、性格が……」と呟いた声が聞こえたが、ヴィヴァーチェが机を蹴り飛ばすと静かになる。
「どうするの、教えてくれる?」
どうしてそこまでして助けたいか――ほとんど勢いでイシュタリアにやって来たナツキだったが、そのことをゆっくりと考えることはなかった。
否、考える必要がなかった。
地球で探しているときもそうだ。
答えは昔から決まっている。
「……大和は、俺にとって恩人だ。怖がりで、臆病で、逃げ出したいと思っていた俺を唯一守ってくれた大切な友達だ。そんな大和が目の前で消えたんだ! 家族は心配している! 俺だってどうしているか心配だ! そんな俺に大和に会えるチャンスがあるんだ、助けてやれるかもしれないんだ、それ以上の理由がどこにある!」
これ以上もない叫びだった。
「駄目なのか、親友を助けたいっていう簡単な理由じゃ。恋人なら良いのか? 親なら良いのか? 兄弟なら良いのか? そうじゃないだろう! 例え、助けを必要とされてなくても、俺が助けてやりたいと勝手に思っているだけかもしれなくても、それだけの理由だって良いじゃないか!」
「うん、そうね」
あっさりとそう答えたヴィヴァーチェは満面の笑みだった。
状況が状況でなければ恋に落ちてもおかしくないほどの、まるで花が咲いた瞬間のような美しい笑顔だった。
「良いのよ、それで。誰かに何を言われても、どんなに馬鹿にされても決してその意見を変えないと言い切れる?」
「ああ、当たり前だ」
「じゃあ決まり。行きましょう、スウェルズ領へ! 中庭で待ってるわ!」
そう言うと、スキップしそうな勢いで部屋から飛び出していく、ヴィヴァーチェ。
「何だったんだ……アレ? 俺、今……凄く真剣に……」
「諦めろリリョウ。アレが姉上だ。母上とは外見はまったく似ていないが、中身はかなり似ている。しかも、悪いところばかりだ。基本的に、姉上は自分が気に入った者意外と行動はしないという癖のある人だ」
癖があるのはお前もだろ、と言おうとしてやめておいた。そんなことを言う元気もない。
だが、つまり気に入られたということか、どの程度かはさておき。
「アイザック」
「はい」
「知ってただろ、こうなるの?」
椅子に座ってからジト目でアイザックを睨みつけると、視線をナツキとは合わせずにゴホンと一回咳払いをした。
「申し訳ありません。ストロベリーローズ様からもこうなることは分かっていたみたいで、止めるなと言われていましたので。それに、ナツキ様のお心を知りたかったということもあります」
「フン、聞きたければ始めから聞けよ」
「それに素直に応じてくださるなら今後はそうしますよ」
そう微笑まれると、言い返す気にもならない。
なんだか今日は、口では勝てない気がするナツキだった。
*
ヴィヴァーチェ・スウェルズはとても上機嫌だった。
その理由は先ほど会った、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターにある。
あの“魔王候補”になり母のような魔王になることしか頭になかった弟が共に歩んでも良いと思えるという“魔王候補”だというのだ。母から聞いた時は驚き過ぎで、しばらく呆然としてしまった。
そしてその“魔王候補”は現在、最も敵対しているノルン王国に強制召喚された“勇者候補”の親友であり、その親友を助けたいのだという。
そんな話は聞いたことがない。
前代未聞すぎる。
だからこそ、直接会ってみたかった。そして、弟が認めるほどの、母が気に掛けるほどの人物なのか確かめてみたかった。それで、あの意地の悪い質問をした。
「……気に入ったわ」
答えもそうだったが、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターを気に入ってしまった。
彼には魅力がある。同時に、危うさも。
だが、その危うさも魅力の一つだと思う。
どこまでも親友を心配しながらも、他人に興味の無い顔をしていながらも、それでも親友への心配を堪え、他人へも気を配いながら考えて行動している冷静さ。
親友と戦わなければいけない可能性の高い自分の立場も理解している。ヴィヴァーチェの知る限り、それを望んでいる魔族が少なからずいる。
――きっとそうなるだろう。
前線に立つ“魔王候補”は少ない。だが、“勇者候補”は戦場に必ず立つ。
ならば自然と導かれるだろう。
「私は気に入った者は贔屓するし、幸せになって欲しい。それ以外はどうでも良いとは言わないけれど、優先順位は低いの。でも、それは誰でも一緒。リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターがヤマト・コバヤシを思うように」
だからヴィヴァーチェはナツキに力を貸そうと決めた。
石頭の弟が認めつつある“魔王候補”。母が気に掛ける“魔王候補”。自分が気に入った“魔王候補”。
誰もが至極簡単な理由で行動をするのだ。
新しい登場人物、ヴィヴァーチェです。少し癖のあるキャラです。
ナツキが大和を助けたい理由は言葉ではとても簡単ですが、思いは違います。それが伝われば良いなと思っています。
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