EPISODE11 「まったく、前途多難だな」
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あれから、魔王城へ戻った夏樹は、学者たちが集まる部屋の一室で本を読みふけっていた。
「ここに居たのか、リリョウ。まったく、探したぞ。よりにもよってこんなところにいるとは思わなかったが」
呆れたようにそう呟くのはティリウス。
「アイザックは?」
「母上と、他の貴族たちと会議をしている……困ったことが起きた」
「困ったこと?」
何かあったのだろう、ティリウスは不機嫌というか苦いような顔をしている。
「何があったんだよ?」
「……侵略だ」
「侵略? 人間か? 竜人か?」
「人間に決まっているだろう! いや、そうか貴様はこちらの事情はまだ知らないんだな。大声を出してすまない」
ナツキにはティリウスが酷く焦っているような印象を受けた。
とりあえず、山積みになっている本をどかして、学者たちが差し入れてくれた紅茶をカップに注いでティリウスに座るように促す。
「すまない」
向かい合うように座る、ティルスの顔色はやはり悪い。どうやら気のせいではなかったようだ。
「どうしたんだよ?」
「侵略されているのは、我がスウェルズ領なんだ」
「……お前、それは」
「ああ、母上……いや、父上が治める領地だ。幸い、兵はいるし、何よりも姉上が帰ってきているので、姉上も加われば早い解決ができるとは思うが……」
「ならどうして、そんな顔をしてるんだよ?」
「僕はスウェルズ領へ戻ってはいけないと言われた……母上にだ」
なるほど。それで理解できた。
まだ本当に短い付き合いでしかなく、どうしてティリウスが一緒に行動しているのかいまいち分からないナツキだったが、ある程度の予想はつく。
ティリウスは洗礼の儀式を受けたことで戦える力を得た。完全にとはいえないかもしれないが、戦場に出れる条件はクリアしているのだ。
だが、それを駄目だと言われた。
民を守るということを義務にしている貴族らしいティリウスからしてみれば、力があるのに戦うどころかその場に行くことすらできないのは屈辱に近いのかもしれない。
「母上、いや魔王様のご命令ならば僕は従うしかできない。納得できなくてもだ。僕自身、カッとなりやすい性格だということはわかっている。力を得て、調子に乗っていると思われているのかもしれない。とにかく、僕は今回も蚊帳の外だ」
拗ねたような態度のティリウスを見て、屈辱とまでは思っていないだろうと考えを直した。
とはいえ、不満は全開だろう。
「ところで、貴様は何をしていたんだ?」
「ああ、クレイ・ウィンチェスターにもらった刀を調べてたんだけど……」
「ほう、それで名は分かったのか? しかし、こちらの世界の字を読むことができたのだな」
そのことに関してはナツキ自身も驚いてはいた。洗礼前に本をめくったが、意味不明だったのだが……洗礼後、つまり先ほどだが、子供向けという字を覚える本を読むと問題なく読めてしまったのだ。
まさかと思い、色々な本を手に取ると、文字が全部読めることを確信した。
それをティリウスに説明すると、興味深そうに返事をする。
「なるほど、もともとイシュタリアの生まれの貴様だから、もしかしたら洗礼時に何かあって文字が読めるようになったのかもしれないな」
「そういうものか?」
「そういうことが無いとは言い切れない。それで、結局、刀の名は分かったのか?」
「ああ、『緋色の業火で切り裂く刃・緋業火』って名だった。なんだよ、この仰々しい名前は……」
そう言って、本を渡すと、ティリウスは本とナツキの顔をいったりきたりしてから、大声を出した。
「緋業火……緋業火だと! 大業物じゃないか!」
「らしいな、売れば一財産だな……武器屋はどこにある? 案内してくれ」
「き、貴様! 母親の遺品を売り飛ばすつもりか!」
「冗談だ、ムキになるなよ」
「あまり冗談には聞こえなかったんだが……」
呆れ気味のティリウスにナツキは苦笑してしまう。
なんだかんだいって、コイツは良くも悪くも素直で面白い奴だと。
そして、聞いてみたかったことがあった。
「なぁ、どうしてお前は俺と一緒にいるんだ?」
「どういう意味だ?」
「そのままだよ。初対面の時に、喧嘩売ってたくせに、目を覚ましたらいつの間にかお前がいるし、っていうかアイザックに聞いた話だとほぼ毎日のように見舞いにも来てくれたみたいじゃないか?」
ナツキの疑問に、ティリウスはなんだそんなことかと鼻を鳴らした。
「フン、結局僕には“魔王候補”になる資格がないと分かった。だから、この国のために、民のために、“魔王候補”と共に国のために何かしたいと思ったんだ。だが、真剣に国のことを考えている者は少ない。そして、皆が好戦的であったり、自身が次期魔王と疑ったりしていない。そういう者は僕の好みじゃない」
「我がままだな……そいつらに活を入れて、良い方向へ持ってってやれよ」
「なんだ、まさか……貴様、僕に不満があるというのかッ!」
「いやいや、そんなこと言ってないから! ていうか、どうしてそうなるんだよ! つまり、“魔王候補”の中じゃ、お前に一番会うのは俺ってことか?」
そうだと頷く。
「お前だけが、人間や竜人と戦いたいと思っていないからな。後は、見極め中だ!」
「まぁ好きにしてくれ」
「言われなくてもそうするつもりだ」
「お前って結構、いい性格してるよな?」
「……貴様だけには言われたくないぞ」
*
「ここに居ましたか、ナツキ様!」
ナツキは約一時間くらいだろうか、ティリウスと共にあのまま紅茶を飲んでいた。ティリウスが飲んでいるばかりもつまらん、と言ってクッキーなどを持ってきたのだが、いままで食べたことのない美味しさでナツキを大いに驚かせた。
そんな中、慌てて部屋に飛び込んできたのは長く銀色の髪を持つ、美青年アイザック・フレイヤード。
しかし、その慌て方が尋常ではない。
「どうしたよ?」
「ノルン王国です」
「ノルン? ああ、大和を拉致した馬鹿な国か。それがどうした?」
「スウェルズ領を攻めているのがノルン王国なのです!」
一瞬、言葉を失ってしまうナツキだった。
アイザックや、ティリウスから見ても顔はあっという間に蒼白になっている。
「まさか大和が、アイツが侵略なんていう馬鹿なことをしてるっていうのかッ!」
「いいえ、違います。ですが他の“勇者候補”が侵略に着いてきている可能性があるのは確かです。なので、“魔王候補”であるナツキ様にスウェルズ領へ行っていただかなくてはならなくなってしまいました……申し訳ありません」
そのまま放っておいたら、膝を突いて謝罪しそうな勢いだったので、とりあえずナツキはアイザックを開いている椅子に座らせると、紅茶をカップに注いだ。
「とりあえずちょっと落ち着けよ、ほら」
「すみません……いただきます」
熱い紅茶を飲み、ホッと一息入れるアイザックだったが、その心中は穏やかではいられなかった。
そして上手く質問ができないでいるナツキの代わりにティリウスが問う。
「それで、アイザック。どういうことだか説明してもらおうか? リリョウはまだ“魔王候補”としてどのように活動するのか魔王様に報告すらしていない。それだというのに、いきなり戦場か? 話がおかしいだろう? 僕は行くなと言われたんだぞ、僕の暮らすスウェルズ領だというのにもかかわらず!」
「おっしゃりたいことは分かります。ですが、これには少々問題がありまして……」
「ならばその問題を説明しろと言っているんだ!」
立ち上がりアイザックに今にも掴みかかりそうなティリウスだった。
「よせよ、ティリウス」
だが、ヒートアップしているティリウスに声を掛けるナツキ。
ティリウスは一瞬、言葉に詰まるとナツキを一睨みして、おとなしく椅子に座りなおす。
「話してくれ、できるだけ分かりやすく頼む」
「はい、では――」
そしてアイザックは説明を始めた。
リリョウ・ナツキ・ウィンチェスターは“魔王候補”である。これは変えようも無い事実であり、つい先日にその身に秘める力が鋼だということも分かっていた。
本来なら、その後、“魔王候補”は自分が今後どうしていきたいのかを魔王に伝え、そしてその了解を取って魔国の為に動き、時には戦い、民のために行動しなければいけない。
では、なぜ突然ナツキが戦場へと行かなくてはならないのか?
それは、現在の十二貴族を始めとする、貴族たちや官僚たちの派閥争いの被害だ。
「くだらなさすぎる」
これはナツキの感想である。だが、そんな者に巻き込まれた当事者であれば文句の一つでも言いたいだろう。
話を戻すと、現在派閥は三つ。
魔族という種族に括らずにイシュタリアから戦いをなくしたいと思っている和平派。
魔族という種族を最も大事に思い、害する者には容赦をしない。また、敵視する者にも同様にという姿勢をとる強硬派。
どちらにも着かずに、ただただ現状を見守り、本当にどうするべきかを決め悩んでいる者たちを、一応中立派としている。
いままでナツキが出会った者たちは皆が和平派だった。
それが逆に問題があったのかもしれない。
現在の“魔王候補”の多くは、強硬派である。とはいえ、自らがそう思っていないのだが、戦いに勝ち、そして武勲を挙げようとすることで国を守ろうとする姿勢は強硬派と思われても仕方が無い。まだ前線で戦うならいいが、強硬派の多くの貴族や“魔王候補”は自分では戦わないということで非難される場合もある。
逆に和平派の多くの者は、地位に関係なくやれるべき者はそれに見合ったことをするのが基本だ。
そして、最後の“魔王候補”であるナツキは多くの貴族に和平派と見られている。実際、大和と会い、助けようとするならば立場的には和平派が望ましいのでナツキ自身もそれには異論はなかった。誰も好き好んで戦いなどはしたくはない。
だが、それがいけなかったのだ。
鋼という攻撃に最も特化している力を持ちながら、和平派に所属する。これは宝の持ち腐れに見えてしまったのだろう。
だからこそ、多くの貴族たちが今回、ナツキの力を見極める為に、様々な理由をこじつけて戦場へ向かわせるようにしたのだった。
無論、アイザックを始めとする者たちは反対したが、そうすればそうしたで本当に試練に合格したのか、ウィンチェスターの血を継いでいるのかと嫌味を言われ、結局賛成した者の数に押し切られる形になってしまったのだった。
「結局、また俺は問題の種か……」
「いいえ、そうではありません!」
貴族たちは知りたいのだ。次期魔王として一番有力なのは誰かと。
保身の者もいれば、本当に国のためを考える者もいる。甘い汁をすすろうという者もいるのも事実だ。
だが、結局としてナツキは戦わなければいけない。和平をするに当たっても、言葉だけで和平ができるのであればとっくにできているだろう。
そしてなによりも、悪魔の存在もある。悪魔から民を守るのも勤めの一つだ。だからこそ、戦いながら、少しでも平和な世の中になるようにしなければいけないのだった。
「まったく、前途多難だな。いつになったら大和と会えるんだか……」
“魔王候補”といしての義務を怠るつもりは無い。だからこそナツキはこんなくだらないことに巻き込まれながらも戦うことを選ぶ。
まだ試練から目覚めて二日目だ。体は重い感じはするし、気分は未だに最悪に近い。
従兄弟の件も気分転換どころか、自分の存在が嫌になってしまいそうな気分にすらなった。
正直、こうして口は悪くても傍にいてくれるティリウスや、気にかけ続けているアイザックの存在は嬉しい。
だからこそ――
「行くぞ、スウェルズ領へ。敵がノルン王国だったらそれ以上の理由はいらねぇ、ぶっ潰してやる!」
ナツキはそう言って、母の形見である緋業火を強く握り締めた。
若干短いですが、最新話です。人間の侵略が小規模ですが起こりました。
次回は地形などを説明できたらと思います。
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