EPISODE9 「……貴様が謝ることではないだろう」
目を覚ましたナツキは、誰にも言わずに部屋からでると、偶然見つけたテラスで朝の街を眺めていた。
活気付いていて、笑っている人々が多い。
「本当に、目が覚めたんだな……」
改めて自分がしっかりと目を覚ましたのだと分かると、ホッと息を吐いて苦笑する。
昨日、“本物”のアイザックたち相手に現実の区別がつかずに襲い掛かってしまったことも覚えている。
長過ぎる試練のせいで、ほとんど錯乱状態だったせいで“アレ”を使わなくて良かった、と心底思う。
「……ここにいたのか、リリョウ・ナツキ・ウィンチェスター」
振り返ると、少女に見違えそうな可憐な容姿を持つティリウス・スウェルズが不機嫌な顔をして腕を組みながら立っていた。
「お前か」
「お前か、はないだろう。わざわざ探しに来てやったんだぞ! 昨日まで昏睡していて、しかも目覚めた同時に暴れだした貴様が部屋にいないのだから、皆が大慌てで城内を探し回っている。アイザックなど、ご乱心だ」
ティリウスの言葉に、「そうか」と返すと、また街の方へ目をやった。
「貴様は三十日間昏睡していたぞ。前例が無いほどの時間だ。一体、どんな試練をしていたんだ?」
「……お前はどうなんだよ?」
振り向きはしないものの、一応返事は返ってくるので今日はまともだろうと思うティリウスだったが、どうも初対面の時に感じたモノを感じない。
「あまり話したくはないが……正直言って、みっともない試練だった。僕は何の力も持たないまま、ひたすら雷の獅子から逃げ続けること一ヶ月。恐怖心を捨てて、向かい合うこと一年間。ようやく認められて、力の使い方を少し学んだのがその後、約一年だ」
始めの一ヶ月は、何もできないまま恐怖に怯え、泣き喚き、助けを求めて逃げ回った。
恐怖心が完全になくなったわけではなかったが、向かい合わなければいけないと思って、捨てれるだけ恐怖心を捨てて向かい合うこと一年でようやく認められたのだ。
正直、もう二度とゴメンだと思う。
「僕は言ったぞ、貴様も答えろ」
ティリウスの言葉に、煙草を取り出して火をつけると紫煙を吐き出してナツキは答える。
「俺は地獄だったよ」
「なに?」
「本当に地獄があるか知らないし、地獄がどんなところかも知らない。だけど、俺にとっては地獄だった」
苦笑することもできずに、無表情のまま答える。
「一体、何があった?」
「別に……親友や、クラスメイト、親友の家族、アイザックを始めたイシュタリアに来てから知り合った人たちに――十年以上、殺され続けただけだ」
「……」
「始めは逃げ回ったさ、試練だって理解していてもあんな目で見られて襲われたら逃げたくなっちまう。しかも、ご丁寧に全員が刀を持って刀技を使って襲い掛かってくるんだぜ。本当に笑えるよ」
ティリウスは笑えなかった。
ナツキの口にした親友とは、助けにきた“勇者候補”だろう。それに、その家族やアイザックたちに殺され続ける十年――ゾッとしてしまう。それのどこが試練だ?
「いつの間にか、自由に刀が現れたり消えたりできるようになって、その内やったこともないのに使い方が分かって、抵抗ができようになっちまった」
まるで、その言い方は抵抗できなければ良かったように聞こえてしまう。
「最初は、イシュタリアに来て始めて知り合った小さな女の子だった。まだ、感覚がしっかり残ってるよ」
「殺された時のか?」
「違う、俺が殺したんだ」
自分がしたことを嫌悪するように吐き捨てる。
「何回も殺されて、また殺されて、それがどうしようもなく怖くて、やり返したんだ。持っている刀をはじくつもりだったのに、首を斬っちまった……」
「もう良い」
「どうして? って、目で見るんだよ。それで、俺が呆然としている内に、また殺されてやり直しだ。そんなことが続いて、気づいたんだ。俺が死ねば、力の使い方が、相手を殺せば、その非ではないくらい使い方を覚えるんだ」
「もう良い、話さなくても」
「だから、俺は殺されることを選んだ。だけど、無防備で殺されては意味がなかった。抵抗して、抵抗して、俺自身が覚えた力を使ったりしないと次には進めなかった。結局、死ぬことも楽にはできなかった。だけど、俺は一度しか殺していない! 後は、全部、武器を破壊して、破壊して、破壊し続けて、殺されて、何年も何年も何年も!」
「もう良いと言っているだろうッ!」
ナツキを気遣ってか、自身が聞きたくないのか、それとも両方なのか、ティリウスは怒鳴りつけることでナツキの話をやめさせた。
同時に、昨日のあの錯乱していた理由がわかった。だが、本当の意味では分からない。
ティリウス自身、まだ魔族はもちろん、命を奪ったことがないからだ。もちろん、命を奪われたこともない。
だからこそ、掛ける声が見つからなかった。
「悪い……」
「……貴様が謝ることではないだろう」
ナツキは決して、一回以外相手を殺さなかった。
例え偽者とはいえ、姿形、声までも同じであるのだ。できるはずもなかった。これは現実じゃない、と割り切り、刀を振り下ろそうとして、できずに殺されもした。
武器破壊の技を覚えてからはそればかり使っていたが、時には殺さないまでも傷つけなければいけない時もあった。
結果として、殺してはいない。が、数え切れないほど斬ってしまったことには変わりはなかったのだ。
「もう行くぞ、貴様に朝食が用意されていることを伝えに来たんだった。僕もそうだったが、ずっと胃に物をいれていなかったからな。しばらくは胃に優しい野菜のスープなどが中心だ。始めは良いが、途中で飽きるぞ」
そう言うと、ティリウスは無理やりナツキの腕を掴んで、食事の準備されているであろう部屋に向かった。
*
「そういうこと、でした……」
当初、周囲の者に乱心したと思われるほどの慌てっぷりで城内を探し回っていたアイザックであったが、ティリウスと話しているナツキを見つけ、ようやくホッとした。そして、悪いとは思ったものの盗み聞きをしてしまったのだ。
「無理もないわねー」
「ま、魔王様! いつから、ここに?」
いきなりストロベリーローズに声を掛けられて、驚き飛び上がりかけるアイザック。ナツキたちに自分が盗み聞きしているのがバレはしないかとヒヤヒヤしてしまう。
「アイザックちゃんと同じ頃だよー。アイザックちゃんは二人の話に夢中で気がつかなかったけど」
どうやら本当に自分は夢中になり過ぎていたようだ。
「だけど、リリョウちゃんの昨日の態度も分かったね。多分、全部話したわけじゃあなかったと思うけど、仲間に殺されるって最悪だよ。それを続けられたらおかしくもなっちゃうよ」
「しかし、その逆であれば心はとっくに壊れていたでしょうね」
逆とはつまり、ナツキが偽者とはいえ大和たちを殺していたらということだ。
ストロベリーローズは同意するように頷く。
冷たい言い方をすれば、ナツキは楽な道を選んだのだ。
もっともそれがループされるのであれば、どちらも苦しいという一言では解決できない問題でもあるが。
「しかし、ティリウス様がお聞きしてくださって助かりました。多分、私には話してくれないと思いますので」
自分自身を責めるような言い方をするアイザックに、ストロベリーローズはクスリと笑った。
「なんだー。一応は自覚があるんだ? アイザックちゃんはメアリちゃんとリオウちゃんの言葉を守ろうと必死。でも、それってリリョウちゃんにしてみると、ちょっとウザイかもしれないよねー。リリョウちゃんはそんなアイザックちゃんを、無意識にだと思うけど、心から信頼できない」
「そう、ですね……」
「別にねー。私はメリルちゃんへの想いや、二人との約束をなかったことにしちゃえーなんて言う気はないよ。でもね、本当にリリョウちゃんが大事なら、そういうことをあまり気づかせないで、最低限のお手伝いをしてあげればいいんじゃないかな?」
過保護になる必要は無い。なっても、それをナツキに気づかれないようにしろということだ。
「リリョウちゃんは、精神的に参っちゃってる。だからこそ、しばらくは心に余裕が無いかもしれない。だからこそ、アイザックちゃんの自己満足をリリョウちゃんに押し付けちゃ駄目よ」
「私は!」
違う、と言おうとして……言えなかった。
ストロベリーローズが、この幼い少女にしか見えない魔王が、見透かすようにアイザックを見つめていたから。
そして、自分でも自己満足とまではいかなくても、リリョウのためにと思ったことでも自分のためにでもあることくらい始めから分かっていた。そして、気づかないふりをしていたのだ。
「責めてはいないよー。でもね、本当にリリョウちゃんを思うなら、そういうこともできるんだよ?」
「……はい」
「じゃあ、私たちも朝ごはん食べに行こう!」
若干、うな垂れてしまったアイザックを引っ張るようにして、ストロベリーローズは息子たちの後を追った。
*
「リリョウちゃんに会わせたい人がいるの」
食後、ストロベリーローズのそんな一言で、ナツキの一日が決まってしまった。
どうやら、会わせたい人物は三人。
伯父である、トレノ・ウィンチェスターの娘ウェンディ・ウィンチェスターと、息子クレイ・ウィンチェスター。ナツキにとって、この二人は従兄弟に当たる。
そしで、ストロベリーローズの娘ヴィヴァーチェ・スウェルズ。こちらは、ティリウスの姉だ。
「誰から会いたい?」
そう聞かれても、困ってしまうナツキだった。
本来なら、血縁者にあってみたいと思うのだが……
「……あ、姉上が戻られているんですか!」
と、驚愕に近い反応をするティリウスの姉に会ってみたというのもある。
「うん、帰ってきてるよ。昨日帰ってきたんだけど、昨日は色々とあったからねー。でもしばらく滞在しているっていうし、ヴィヴァーチェちゃんは後回しでも良いかな? 今日は忙しいかもしれないし」
ストロベリーローズの言葉に頷いたのはアイザックだった。
「そうですね。それに、トレノ殿もナツキ様をご心配していましたし、早くお子様をお会いさせたいと言っていらっしゃいましたので」
「じゃあ、そうするか」
血縁者に会えるというのに、どうにも気乗りしていないナツキだったが、あえてそのことに誰もが触れなかった。
「では、その前に、ナツキ様にこの街のことをご説明させていただきます」
「この街のこと?」
「はい。この王都カッシュガルドは円を描いています。中心に魔王城があり、その周囲を十二貴族が十二等分して街を治めています。そして、現在も円状に街は少しずつ大きくなっています」
「えっと、なんだ? じゃあ、十二貴族は全部この街にいるのか?」
ナツキの当たり前な質問に、アイザックはそうではないと返事をする。
「十二貴族の本家はカッシュガルドにあります。が、治めている領地も別にあるのです。この辺りは少々まだナツキ様には難しいかもしれませんね」
「つまりだ、このカッシュガルドは魔王城を中心に街を十二等分して、その一つを十二貴族の一つが管理している。そして、十二貴族は本家をカッシュガルドに置くが、収める領地は別にあるんだ。本家は基本的に滞在などで使われたりすることが多いが、現在は“魔王候補”のお披露目もあったので全ての十二貴族当主が集まっている。貴様も挨拶周りはしたほうがよいぞ」
丁寧だが、回りくどい説明に苛立って、簡潔に話してしまうティリウス。
実際には、色々ともっとあるのだが、その辺りは現在のナツキには説明する必要はないとティリウスも思っている。
まずは自分の家からだ。そこから少しずつ知っていけば良い。それに、知らずとも生きていることであるし、教えられずにいる者もいる。
「挨拶ってした方が良いのか?」
嫌そうな顔をするナツキに、困った顔をしてしまうアイザックとストロベリーローズ。どうやらあまり言いにくいことがあるらしい。
「フン、十二貴族といっても現在では民から搾取する馬鹿貴族もいるようになったんだ。そして、“魔王候補”に媚びたりするのは良くあることだ。まぁ、貴様はウィンチェスターの家系だから面倒なことには巻き込まれないかもしれないが、お前が魔王になることを良く思っていない者もいるということだ。挨拶しろと言ったが、別に本気にとるな。挨拶が必要なら向こうからくるさ。アレを見ているんだからな」
「アレってなんだ?」
「その内分かるさ」
若さゆえに言いたいように言ってしまうティリウスだったが、その言いたい放題に思わず苦笑してしまう。
とはいえ、実際そうなのだ。
腐敗しているわけではない。十二貴族は誇りを重んじているので、そこまで馬鹿にはならない。だが、派閥があったり、権力争いをしたりと無駄に忙しかったりもしている。
そして、“魔王候補”というのは必ず十二貴族から出るものではない。相応しい者であれば、魔族の血が流れている者の中から選ばれるのだ。そうなると、“魔王候補”に婚姻を進めたり、自らの家の者を立候補させたり、したりと“誇り”に重みを置き過ぎているのが現状でもあった。
ティリウスの言ったアレとは、ナツキの力のだ。
分かる者は分かっただろう。
ナツキの力は――鋼だと。
鋼の属性は、本当に珍しい。攻撃系では最強を誇り、魔術自体はそう多くはなく、使える者も少ない。基本的に、洗礼時に自身の力として持っている者でなければ使えないというほどだ。
その力をナツキは持っている。それも、母子続けてだ。
遺伝と思う者もいるかもしれない。そうなると、その血を駄目もとでも欲しがる輩が出てくるかもしれない。
何よりも、初代魔王を初め、多くの英雄や、人間にとっての英雄、そして勇者など過去に名前が残っている者を調べると、鋼の力やそれに似た力を持っているのだ。
トレノが言った“魔王候補”の序列が変わるかもしれないというのは、こういう意味も含まれての言葉だった。
そんな中、鋼の力を間違いなく持つリリョウ・ナツキ・ウィンチェスターは、王都カッシュガルドの地図を眺めてポツリと呟いた。
「……まるでピザだな、こっちの世界でも食べれるのか?」
ようやく次話から話が進んでいきます。登場人物も徐々に増えていきます。
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