EPISODE0 「――そう、決めたんだ」
市村鉄之助です。
他に書いている物がありながら、異世界物を書きたいなとチョコチョコと書いている内に始めてしまいました。
色々と未熟なところがございますが、どうぞよろしくお願いします。
家族がいないと馬鹿にされた。
友人がいないといじめられた。
暗いと悪口を言われた。
守ってくれると思っていた人から心ない暴力を受けた。
――だけど、助けてくれないと思ったアイツから俺は助けられた。
だから決めたんだ。
いつか俺が守ってやろうって。いつでも、どんな時でも、アイツが困っていたら飛んでいって。
俺が友達でよかったって笑顔で言わせてやるんだ。
――そう、決めたんだ。
*
由良夏樹にとって、親友と呼べる人間は一人しかいない。それが小林大和だった。
夏樹とは見た目も性格も正反対に近い二人だったが、彼らは心の底からお互いを信頼し合い、親友だと思っている。
長身痩躯、短気、成績はまあまあだが不真面目、元ヤンキー。それが由良夏樹という人物だった。
対して小林大和は正反対で、小柄、穏和なせいかく。成績はあまりよくないが真面目で教師、クラスメイトから好かれていた
そんな二人がどうして親友となったのか?
それは、夏樹が弱くて、大和が強かったからだ。
かつて夏樹は孤児だということでいじめられていた。子供だからこその純粋な悪意だった。心無い言葉の暴力を浴びせられ、実際に暴力を振るわれて、毎日が地獄だと思った。
何度も死んでしまいたいと思って、そんな勇気もなくて、どんどん自分が嫌いになっていた。
そんな時だ。夏樹を助けてくれたのが、唯一手を差し伸べてくれたのは、何にも力がない一人の少年だった。
それが大和だった。
大和は夏樹を庇い、喧嘩などしたこともないのに庇って殴られ、蹴られ、そして夏樹と一緒にいじめの対象となった。
いじめのせいで心が少しずつ荒れていった夏樹だったが、大和は違った。毎日を笑顔で過ごしていた。辛いはずだというのに。
その時だろか? 夏樹が、大和のことを強いと思ったのは。
結局、いじめは夏樹が相手を徹底的に黙らせるという方法を思いつき、それができるまで何度もやり返され、そして終わった。
同じ頃、夏樹が手の付けられない問題児となっていくことになる。
そんな夏樹から誰もが離れていった。過去にいじめていた奴らでさえ夏樹の顔をうかがい、少しでも怒りを買わないようにと怯えていた。
夏樹にとって、そんな奴らに興味も沸かず、関心さえ抱かなかった。いじめられようが、いじめられなくなろうが、決して友達などできないと思っていた。
しかし、大和だけが変わらぬ笑顔で接してくれた。友達だと言ってくれた。
簡単な話だった。大和にとって、最初から夏樹は友達だったのだ。いままでずっと。辛い経験を一緒にしたことも理由にあるかもしれない。でも、その前に庇ってくれている。
本当に簡単な話だ。夏樹にはずっと前から友達がいたのだ。
それにただ気づかなかっただけ。たった、それだけの話だった。
*
そんな小林大和が消えてしまってから一ヶ月が経った。
失踪や家出ではない。文字通り消えたのだ。しかも、夏樹の目の前で、だ。
信じられなかった。信じられるはずがなかった。だが、現実……なのかもしれない。夏樹自身が未だに理解ができないのだ。無理もない、目の前から人か消えたのだから。
これが赤の他人でも十分に混乱はするだろう。親友ならばなおさらだ。
大和が消えた日は、普段と何も変わらない日常だった。同じ高校に入学した二人はクラスも一緒で、登下校も基本的に一緒だ。
そしていつものように大和の自宅へ寄ろうとした時……いきなり大和の体が光に包まれたのだった。
周囲に誰もいなかったのが幸いだったのか、不幸だったのかはわからない。だが、その光に包まれ、夏樹が大和の、大和が夏樹のことを互いに叫び手を伸ばした。しかし、二人の手は届かずに夏樹を残して大和だけが消えてしまった。まるで最初からいなかったかのように。
目の前で起きたことが信じられずに、それでも必死に探した。探して、探して、探し回った。
寝食すら忘れて数日後に倒れてしまうまで、夏樹は大和のことを探し回った。
大和の家族は情緒不安定な夏樹を心配した。無論、自分たちの家族である大和のことももちろん心配であったが、それ以上に息子の親友が見ていられなかったのだ。
大和の家族は決して夏樹を責めることはしなかった。無論、責められる理由自体夏樹にはないのだが、一緒にいながら大和だけ消えてしまったという話自体がありえないのだ。きっと、大和の家族以外の人間なら酷いことを言われていたかもしれない。
大和が消えてから、せっかく無理して入学した高校にも行っていない。
意味が感じられないのだ。大和がいない高校などに通っても。
別に友人がいないわけじゃない。大和と親友の関係になったときから少しずつ夏樹は変わった。周囲はピリピリしていた夏樹を少しやわらかくなったとも言った。
高校に入学してから、大和を通じて親友とは呼べないものの、多くの友人ができた。
だからこそ、友人がいてもそこに大和がいない高校に行くのは嫌だったのだ。
夏樹は今日もこうして大和が消えてしまった公園のベンチに座って、公園全体を睨みつけるかのように、ただじっとしていた。
警察は当てにならない。いや、自分が警察であったとしてもきっと自分が伝えた内容は信じられないだろう。人が消えた……一昔前の神隠しじゃあるまいし。
だからこうして今日も夏樹は公園に来ていた。
朝からずっと、あの時に大和を奪った光が一瞬でも現れたら見逃さないようにと、夜遅くまで。きっと大和の家族が心配して迎えに来なければ二四時間中公園にいただろう。
どうせ家に帰っても居場所なんてないのだから。
書類上は家族である人たちのことを少しだけ思い出して、公園を睨みつけながら自嘲気味に笑った夏樹だったが、次の瞬間夏樹は大きく目を見開いた。
いつの間に現れたのだろうか、目の前に一人の男性が立っていたのだった。
二十代後半だろう男性。彼の服装は別におかしくはない。普通のスーツ姿だ。だが、あきらかにおかしい面もあった。
まず、いつの間に、どこから現れた?
間違いなく、夏樹は目の前を睨み続けていた。瞬きはしたが、その瞬間にどこからともなく現れることの出来る人間などいないだろう。
そんなことを思いつつも、いや……と考えを改める。
ここは人が一人消えてしまったおかしな場所だ。このように理解できないことが起きても仕方ないかもしれない。
そして、目の前で優雅に微笑む長身の男性の髪の色は異常だった。銀色だったのだ。
染めているのか?
だが、年齢的にもそんな馬鹿げたことをする年齢にも見えない。見た目二十代後半のスーツ姿の男性……頭が悪過ぎるにもほどがある。
黙っていても埒があかないので、夏樹は声をかけようとする。見た目が異常でもなんでも、なんらかの情報を得ることができるかもしれないと思ったから。
そう思って、口を開こうとした……その前に、先に声をかけられた。
「お初にお目にかかります。私の名は、アイザック・フレイヤードと申します。お迎えに上がりました、我が主」
銀髪の青年は、その場に膝を着き頭を垂れて夏樹にそう告げたのだった。
*
頭を垂れる銀髪の青年に困惑する夏樹を他所に、青年――アイザック・フレイヤードはようやく夏樹に話しかけることができたことに歓喜していた。
アイザック・フレイヤードは人間ではない。いや、より正確に言うならばこの世界――地球の住人ですらなかった。
きっと、夏樹に自身のことを告げても信じないだろう。そう思いながらも彼は語りかけた。
「私はこの世界、地球の人間ではありません」
「悪いけど病院へ行ってくれ」
間一髪もなくそう言われてしまい、さすがに苦笑いをしてしまう。
「別に頭がおかしいわけではありません。とりあえず、話を聞くだけでも聞いてもらえないでしょうか? きっと、貴方の今の悩みを解決するきっかけにはなるかと思います」
「アンタ……その言い方だと俺の悩みを知ってるみたいに聞こえるぞ?」
「はい。貴方は行方が分からないご友人を必死に探しています」
その言葉に驚かなかったと言ったら嘘になるだろう。事実、驚いたのだから。
とはいえ、夏樹が大和を必死で探しているというのはある程度の人間なら知っていることだ。学校関係者、周辺の住まいの人間など。
「で、アンタはどんなきっかけをくれるんだよ。くだらないこと言いやがったら――殺すぞ、お前」
ゾッとするほど、静かな声だった。
からかうのうであれば、絶対に許さない。夏樹の言葉はそう言っている。
だが、アイザックはそんな夏樹をなだめるように優しく微笑んでみせると、言葉を続ける。
「小林大和様は私たちが暮らす世界――イシュタリアへ召喚されました。貴方が見た光は対象を強制的にイシュタリアへと召喚する力の残滓です」
「どこのRPGだよ……」
「私は一ヶ月と半月前にイシュタリアから地球へやってきました。私の目的は、貴方を――由良夏樹様をイシュタリアへお招きすること」
一度は突っ込みを入れた夏樹だったが、さすがに二度目の突っ込みをするつもりはなかった。なんだ、その設定は?
アイザックは夏樹が黙ってしまったことをこれ幸いと話を続けていく。
「本来なら、すぐにイシュタリアへお迎えしようと思っていましたが、こちらの世界で貴方が幸せなら接触しないで私は帰還する予定でもありました。ですが、貴方の家庭環境はあまりにも悪かった。正直に言ってしまうと、すぐにでもイシュタリアに連れて行こうと思いました、それが貴方のためになると。しかし、貴方には掛け替えのない親友がいた。だから私は見守りました」
――ですが、小林大和様はイシュタリアへと強制召喚されてしまったのです。
「そして貴方は消えてしまった小林大和様を必死で毎日探しておられました。だからこそ、こうして現れたのです」
「……つまり、なんだ。アンタなら大和が消えた、じゃなかった、連れて行かれた世界へ俺を連れて行くことができるってか?」
「はい」
「そっか、じゃあ行くか」
「え?」
アイザックは耳を疑った。
「申し訳ございません、今……なんと?」
「行くって言ったんだよ。アンタの世界へ」
あまりにも簡単にそんなことを言う夏樹に、アイザックの方が慌ててしまう。
「お、お待ちください。私は半分も事情をご説明していませんよ。来てくださるのは個人的には喜ばしいことですが、行けば貴方には義務と試練が訪れます。そもそも、貴方がどうしてイシュタリアへ行かなければならないのか説明もしていません!」
アイザックの意見はもっともだった。だが。夏樹はあえて笑った。
そして言ったのだ。
「そんなことはわかってる。別に、アンタたちの事情を知ったこっちゃねーなんていうつもりもない。だけどな、俺は昔決めたんだ。アイツがどこかで困っていたら、いつだろうと、どこだろうと助けに行くってな」
「……」
まさかたったそれだけの理由で、とアイザックは絶句してしまう。
「まぁ、アイツが現状で困ってるかどうかはわからない。だけど、大和の家族は困ってるし、悲しんでる。俺にはそれが辛いし、助けたいと思う。理由なんてそれだけで十分だろ? アンタはきっと本当のことを話しているんだと思う、凄く真剣だし、嘘ついているようにはみえないから。だからさ、何か一つ証拠をくれないか? アンタの話が本当で信じられるという保障が欲しい」
夏樹の言葉にアイザックは、少し考えてから、いいでしょうと言った。そして、立ち上がり周囲を見回し人がいないことを確認すると、右腕を真上に掲げた。
「これが一番分かりやすいと思います。危険はありませんが、少々離れてください」
何をするのだと思いながら、とりあえず素直に言うことを聞き、数歩下がる。
「では……」
その声と同時に、上げた右腕の手のひらに轟と炎が生まれた。
赤く熱を持ったまぎれもない本物の炎。
「おいおい、マジかよ」
これには夏樹も驚くしかない。
「炎の魔術です。といっても、炎を出しただけですが。これが証拠です。こちらの世界では魔術という言葉はあるそうですが、実際に使える者はいないと聞いています。もちろん、手品でもありませんよ。これで信じていただけましたか?」
「……信じるしか、ないみたいかな」
呆然とする夏樹に、アイザックは微笑んで頷いた。
*
「それで、出発時間はどうする。早く行きたいんだけど」
焦っているのだろうか、それともようやく手に入れた手がかりを手放したくないと思っているのだろうか、夏樹は一秒でも早く異世界イシュタイアへ行きたいと口にする。
そんな夏樹を落ち着かせるように、最良の判断をしてもらえるようにアイザックは訴える。
「夏樹様、来ていただけるのはありがたいのですが、本当によろしいのですか? せめて説明くらいはさせてください! 後で後悔をして欲しくはないのです!」
「うるさいっ! アンタは俺を迎えに来たんだろう? だったら早く俺を……いや、悪い。アンタは俺のことを考えて言ってくれてるんだよな。でも、さっきもいったけど俺の意見は変わらないよ、でも、説明をしてくれ、できれば短めに」
頭に血が上っていた夏樹であったが、自身の言葉で冷静になる――いや、冷静であろうとした。
深呼吸を繰り返し、冷静になれと言い聞かせながら、近くベンチに腰を下ろす夏樹。
早く大和のいるであろう世界へ行きたいのかアイザックの説明をあまり聞きたがらない夏樹だったが、内心はそうでもなかった。
知ってしまいたくない。
そんな感情が心の中に渦巻いているのだった。
――どうしてか?
理由は分からない。もしかすると、理由はないのかもしれない。ただ、本能が知りたくない、聞きたくないと思っているだけなのかもしれない。
「では簡潔に。まず、私たちの世界イシュタリアへ転移された場合、夏樹様はもう二度とこちらの世界に戻って来れない可能性が非常に高いです。それは、もともと貴方がイシュタリアの生まれだからです。そして、私たちは人間ではありません」
「はい、ちょっと待った! アンタはともかく俺も人間じゃないとかいう設定なのか?」
いきなり人間ではないと言われ、慌てるなという方がおかしい。
それ以上に、アイザックの言葉の中にあったこと。それは、
「俺がイシュタリアの生まれ?」
「はい。夏樹様はイシュタリアの生まれです。そしてある事故でこちらの世界へと来てしまいました。だからこちらの世界に貴方のご家族はいないのです」
「それも本当なのかよ?」
「はい、私の命に誓って」
「そっか……」
それ以外にどう返事ができただろうか?
あまりにも真剣な表情で言われたものだから、冗談だとは思えず、だからと言って笑い飛ばす余裕も夏樹にはなかった。
「まさかとは思うけど、大和も人間じゃないなんてことはないよな?」
「ええ、大和様はれっきとした人間です。そうでなければ強制召喚をされることはありませんので」
大和が人間だということに、ホッと胸を撫で下ろす。
別に大和が人間だろうがなかろうがどうでもいいと思う、少なくとも自分はそれだけで付き合いを変えない。決意を変えたりしない。だが本人が知ったら悩むのでは? 家族とのつながりは? そんな色々を考えてホッとしたのだ。
「驚いてばかりだけど、教えてくれ。じゃあ、俺とアンタは何者だ?」
「魔族です」
「……魔族?」
「はい、魔族というのは人間と同じに見えますが、人間に比べると長寿である一族です。世界に光と闇が太陽と月があるように、神にも裏表があります。私たち魔族は、魔神から生まれた一族なのです」
魔族……いまいちピンとこないのは仕方がないだろう。
頭に浮かぶのはコミックやゲームなどで登場する魔族というキャラクター。どう考えても敵側だ。
「そして、これはとても言い辛いことですが、魔族と人間は敵対しています。無論、魔族と人間の全てが敵対しているわけではありませんが、イシュタリアでは現在そういう認識とされています」
「おい、それって……」
酷く嫌な予感がした。
「つまり、魔族である夏樹様は人間である大和様とはイシュタリアでは敵となる可能性があります。いえ、敵になるでしょう」
大和と敵対する……笑えない冗談だった。
「人間が行う強制召喚というものは、旧い遺産を使った魔術です。しかし、この魔術は禁忌の魔術とされています。なぜなら、相手の意思など関係なく、『勇者』となる可能性を持つ者を強制的に連れてきてしまうのです。つまり、現在、大和様は『勇者候補』として魔族と戦うことを求められて――」
アイザックはそこまで言葉を続けていながら、ゾッとして言葉を止めた。
目の前の青年が怖かったからだ。どれだけ怒りの感情を持てばこうも無表情になれるのだろう。
もっと大声を出したり、激昂するとは予測していたが……こんな目を、恐ろしいほど冷え切った目をするとは思わなかった。
「つまり、勝手に連れてきて戦えと……お前らの世界に人権侵害って言葉はないのか?」
「……返す言葉もありません」
深く頭を下げ謝罪するアイザック。
別に彼が悪いわけではないが、イシュタリアに暮らす一人の魔族として、同じイシュタリアの人間の行為を恥じたのだ。
「いや、アンタが悪いわけじゃないよ。だけど、やっぱり話を先に聞いてよかった。早くイシュタリアに俺を連れて行ってくれ。俺が魔族だろうと、なんだろうと関係ない。とりあえずは、人攫いの大馬鹿野郎を全殺しにして、大和を家族の下へ連れて帰る」
立ち上がる夏樹。そして、まだ冷え切った目をしたまま尋ねた。
「ところで、大和が『勇者候補』なら俺の役割はどうなるんだ?」
少しためらってから、アイザックは答えた。
「夏樹様は『魔王候補』としてイシュタリアへ来ていただきます」
お読みくださってどうもありがとうございました。
基本的に夏樹を中心に物語は進んでいきます。
ご意見、ご感想、アドバイス等がございましたらどうぞよろしくお願いします。