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異世界ざまぁ短編集

無能扱いされた令嬢ですが、実は聖女でした〜ざまぁはこれからです〜

作者: 葉月いつ日
掲載日:2026/02/17

「……公爵家から追放? 冗談はやめてください、お父様」


 冷え切った大広間に、エルゼの震える声が響いた。

 しかし、父であるバルト公爵は、眉ひとつ動かさずに娘を見下ろしている。


「冗談なものか。お前は我が公爵家に伝わる【神聖魔法】を一切使えぬばかりか、魔力測定でも歴史上最低の数値を叩き出した。妹のミリアを見ろ。彼女は弱冠十六歳にして、次期聖女の筆頭候補に選ばれたのだぞ」


 父の傍らで、妹のミリアが勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「お姉様、ごめんなさいね。無能な家族を抱えていると、私の聖女としての評価に傷がついてしまうの。これは公爵家の、ひいては王国のための決断なのよ」

「ですが、私は……!」


 言いかけて、エルゼは口を閉じた。

 彼女が毎日、領地の外れにある荒れ果てた教会で何をしていたか──。


 枯れた大地に祈りを捧げ、人知れず傷ついた動物たちを癒やしていたこと。

 それを話したところで、派手な光の魔法こそが“正義“だと信じる彼らには届かない。


「荷物をまとめて即刻立ち去れ。婚約者であるアルフレッド王子も、無能な女との婚姻など望んでおられない」


 その言葉が、最後の一撃だった。

 エルゼは静かに頭を下げ、冷たい石畳の床を後にした。



 ◇



 追放されたエルゼが辿り着いたのは、国境付近にある【死の森】と呼ばれる禁忌の地だった。


 かつては豊かな森だったが、今は瘴気に侵され、草木は枯れ果て、魔物さえも寄り付かない絶望の土地。


 エルゼは、ボロボロになった修道服に身を包み、かつての聖堂の跡地に腰を下ろした。


「……さて、ここなら誰にも迷惑はかけないわね」


 彼女は地面にそっと手を突き、目を閉じた。

 エルゼの中に眠る“力“を解放する。


 公爵家で“無能“と判定されたのは、彼女の魔力の質が、既存の測定器が測れるような“攻撃的で表面的なもの“ではなかったからだ。


 彼女の中にあるのは、万物の根源に語りかける“生命の慈愛"そのもの。


「芽吹きなさい。ここはもう、寒くも痛くもないわ」


 彼女が祈りを捧げると、指先から淡い、真珠のような光が溢れ出した。


 その瞬間、足元から爆発的な速度で鮮やかな緑が広がっていく。

 黒ずんだ枯れ木には瑞々しい若葉が宿り、濁った泥水はクリスタルのように清らかな泉へと姿を変えた。


 瑞々しく蘇った泉のほとりで、エルゼは力なく横たわる巨大な影を見つけた。


 それは、かつてこの森の主であったはずの【白銀の狼】だった。

 全身が瘴気に侵され、美しい毛並みは泥に汚れ、命の灯火は今にも消え入ろうとしている。


「痛かったわね。でも、もう大丈夫よ」


 エルゼが優しくその傷口に触れると、溢れ出した黄金の光が狼の体を包み込んだ。

 腐敗した傷跡は瞬く間に塞がり、不浄な毒が霧散していく。


 やがて目を開けた狼は、自分を救った少女のあまりに清らかな魔力に驚愕し、静かにその足元に跪いた。


 森の王が、新しい主への忠誠を誓った瞬間だった。


 森が浄化されるにつれ、どこからともなく小さな光の粒が集まり始めた。

 それは、長らく瘴気に怯え、姿を隠していた森の精霊たちだった。


 エルゼが微笑みかけると、精霊たちは嬉しそうに歌い、彼女の周囲を舞い踊る。


「お礼に、これを……」


 精霊たちが枯れていたはずの古い樹木に触れると、エルゼの魔力と共鳴し、見たこともないような【黄金の果実】が実を結んだ。

 一口かじればあらゆる病を癒やし、魔力を回復させる伝説の果実。


 公爵家が“無能“と切り捨てた彼女の手によって、失われた神話の光景が現実のものとなっていく。


 数時間後、そこには【死の森】の面影など微塵もない、神々しい楽園が誕生していた。



 ◇



 一方その頃、王都では異変が起きていた。


 エルゼを追い出したバルト公爵家、そして婚約を破棄したアルフレッド王子は、焦燥に駆られていた。


「ミリア! どういうことだ! なぜ結界が維持できない!?」


 王子の叫び声が神殿に響く。

 ミリアは青ざめた顔で、光を失いつつある聖石に必死に手をかざしていた。


「わ、分かりません……! 私の聖女の力は完璧なはずなのに……!」


 エルゼがいなくなった公爵邸では、庭園の花々がまたたく間に枯れ、豪華な調度品さえも輝きを失っていった。


 これまで誰もが“公爵家の格が高いから“だと思い込んでいたその輝きは、実はエルゼが毎日、掃除のついでに込めていた浄化の祈りによるものだった。


 “汚らわしい無能の部屋“として封鎖された彼女の旧室からは、最後に残っていた微かな温もりが消え失せ、代わりに屋敷全体に嫌な冷気が立ち込め始めた。


 彼らが“当たり前だ“と思っていた安らぎは、すべて彼女の献身の上に成り立っていたのだ。


 王都の広場にある【癒やしの泉】も異変をきたしていた。

 これまでどんな怪我も癒やすと謳われていた聖水が、泥のように濁り、悪臭を放ち始めたのだ。


「聖女ミリア様が祈ればすぐに元通りになるはずだ!」と期待を寄せる民衆たちの前で、ミリアは必死に光の魔法を放つが、表面的な光はすぐに消え、濁りはますます酷くなるばかり。


「偽物の聖女ではないか」「本物の聖女エルゼ様を追い出した報いだ」という不穏な囁きが、少しずつ、しかし確実に王都の隅々まで広がり始めていた。


 実は、バルト公爵家が長年“聖女の家系“として君臨できていたのは、歴代の誰よりも強大な魔力を持っていたエルゼが、無意識に屋敷全体の、そして王都の結界を肩代わりしていたからだった。


 本物の聖女を追い出したことで、守護の均衡はもろくも崩れ去った。

 王都の周りには魔物が溢れ、作物も育たなくなった。

 太陽の光さえも、どこか薄暗く感じられる。


「……エルゼだ。エルゼを探し出せ! あの女が何か呪いをかけていったに違いない!」


 父のその言葉は、もはや醜い悲鳴に近かった。



 ◇



 追放から数ヶ月。

 エルゼの住む【聖域】には、噂を聞きつけた人々が集まっていた。


 病を患う者、行き場を失った騎士、そして森に住む精霊たち。

 彼女は彼らと共に、穏やかで満たされた日々を過ごしていた。

 そこへ、土足で踏み込んできた一団があった。


「エルゼ! こんなところにいたか!」


 豪華な馬車から降りてきたのは、やつれ果てた父、王子、そしてミリアだった。

 彼らは目の前に広がる、伝説の黄金郷のような景色と、神々しいまでのエルゼの姿を見て絶句した。


 彼らは聖域に足を踏み入れるなり、その美しさを称賛するどころか、略奪者のような目を向けた。


「この花も、この水も、公爵家のものである私のものよ!」と叫びながら、ミリアは足元に咲く七色の花を踏みにじり、強引に引き抜こうとする。


 アルフレッド王子もまた、エルゼが大切に育てた薬草を剣の鞘で払い除けながら、「無能の分際で、これほど贅沢な隠れ家を作るとは不敬であるぞ」と、かつて自分たちが彼女を死の森へ追いやった事実を棚に上げて罵声を浴びせた。


 その傲慢な振る舞いに、静寂を保っていた森の空気が一変した。

 エルゼを愛する無数の小精霊たちが、怒りによって紅く燃えるような光を放ち始めたのだ。


「お姉様の力は私に譲りなさい!」と詰め寄るミリアに対し、風の精霊は鋭い鎌となって彼女の豪華なドレスを切り裂き、大地の精霊は王子の足元を泥濘へと変え、無様に這いつくばらせた。


 精霊たちは、自分たちの最愛の主を傷つけ続けた者たちを断じて許さなかった。

 木々はざわめき、まるで巨大な獣が唸るように地面が激しく振動し、一団を拒絶した。


「お姉様……その力、どうやって盗んだの!? それは私のものよ!」


 ミリアが逆上して掴みかかろうとするが、エルゼを守護する騎士たちに阻まれる。


「エルゼ、戻ってこい。お前を王太子妃として正式に迎えてやろう。この力を、すぐに王都のために使うのだ」


 アルフレッド王子が、さも慈悲深いかのような笑みを浮かべて手を差し出してきた。


 エルゼは、心の底からおかしくなって、クスリと笑った。


「お断りします、殿下」

「……何だと?」


「私は『無能』なのでしょう? 魔力測定でも最低値。そんな女が王都へ行っても、皆様の足を引っ張るだけですわ。それに、私はもう──この地の民と精霊に、忠誠を誓っておりますの」

「黙れ! 貴様は公爵家の道具なのだぞ!」


 父が逆上して杖を振り上げた瞬間、森全体が怒りに震えるように鳴動した。

 巨木が意思を持つように彼らを包囲し、エルゼから放たれる圧倒的な神聖な威圧感が、彼らを地面に這いつくばらせる。


「ひっ……、あ、ああああ!」


 彼らは、自分たちが捨てた“無能“こそが、世界の均衡を支える本物の聖女であったことを、その身に刻まれる絶望と共に理解した。



 ◇



 彼らは命からがら逃げ帰ったが、待っていたのは没落への坂道だった。


 結界を維持できなかった公爵家は民衆の怒りを買い、爵位を剥奪。ミリアは“偽聖女“の烙印を押され、王子もまた、自国を危機に晒した愚か者として廃嫡された。


 爵位を剥奪されたバルト公爵は、もはや維持できなくなった広大な屋敷を追われ、借金取りに追われる日々を送っていた。


「私は聖女なのよ!」と叫び続けるミリアは、かつてエルゼが着ていたよりもボロボロの服を纏い、酒に溺れる父の世話をしながら、あの日踏みにじった七色の花さえ買えない極貧の生活に身を落とした。


 彼女が光の魔法を放とうとしても、返ってくるのは冷たい風と、かつて自分たちがエルゼに向けた“無能“という蔑みの言葉だけだった。


 廃嫡されたアルフレッドは、一兵卒として辺境の警備に駆り出されていた。


 彼が任務で【死の森】の境界付近を通りかかると、そこにはかつて自分が捨てた女が治める、目も眩むような黄金の楽園が見える。


 しかし、その地を囲む強大な聖なる結界は、汚れた心を持つ彼を二度と受け入れることはなかった。


 かつて自分の婚約者であった女性が、今や世界の希望として崇められ、自分には決して届かない高嶺の花となったことを、彼は乾いた土を噛み締めるような思いで見上げることしかできなかった。


 一方、エルゼの住む森は、世界で最も豊かで平和な【新聖域】として周辺諸国から崇められるようになった。


「さて、今日はどの区画の精霊たちとお話ししましょうか」


 窓の外では、豊かに実った果実を精霊たちが楽しそうに運んでいる。

 かつての苦しみは、今では遠い思い出。彼女を愛する人々に囲まれ、聖女の本当の人生は、まだ始まったばかりだ。



              〜〜〜fin〜〜〜




貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。

ブクマ頂けたら……最高です!

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