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第91話「深淵の炊飯器、あるいは裏切りのしゃもじ」

ここは都内某所、老舗料亭の奥座敷。 立ち上る湯気は、本来なら誇り高い日本米の香りを運ぶはずだった。しかし、そこに集まった「米派連合」の重鎮たちの顔は、炊き損じたおかゆのようにドロドロに沈んでいた。


「……また、一人やられた」


沈黙を破ったのは、東北の米どころを牛耳る「コシヒカリの虎」こと大沼だった。


「うちの孫が、朝から『今日はロティがいいな』などと抜かしおった。あろうことか、あの『あかり』とかいう小娘の配信を見ながら、空中を目がけて口を開けておるんだ。……『散パン待ち』だと。米は……米はどうした、と聞いたら『重い』と言われましてな」


「うちもだ」と、西の重鎮が湯呑みを震わせる。「若手農家の連中が、田んぼの隅で隠れてブリオッシュを食っていやがった。理由を聞けば『にゃん監督の清掃活動を見習って、畦道を綺麗にしたいからパン教に入る』と……。もはや、米の粘り気では引き留められんのか」


お通夜モードが加速する。彼らにとって、あかり様の「人類パン化計画」は冗談ではない。現に、若者たちは米を研ぐ手間を惜しみ、袋を開ければすぐ食べられるパンの「機動力」に屈服しつつあった。


その時だった。


「……おい、それは何だ」


大沼の鋭い視線が、末席に座る最年少の幹部・佐藤の懐に向けられた。 佐藤は顔を真っ青にして、何かを隠そうとするが、震える指先から「それ」が滑り落ちた。


畳の上に転がったのは、あかり様と、新任のうほちゃんが並んで笑う、コンサート限定の**「黄金のパン型キーホルダー」**。


「な、……貴様ッ! 敵のグッズを、あろうことか聖なる米派の会合に持ち込むとは!」 「い、いや、これは、その! 敵情視察というか、そのフォルムの完璧さを分析するために……!」


「嘘をつけ! それに付いているのは『人類パン化後世界創造責任者』就任記念の限定タグじゃないか! オークションで高騰しているやつだぞ!」


重鎮たちの追及が始まるが、ドタバタの中で別の幹部の懐からも「にゃん総監督の指先イメージ耳かき」が飛び出し、座敷はパニックに陥った。


「お前もか!」「いや、私はただ、パンくずを拾う精神だけは学ぶべきかと!」「うほっ、と言えば孫が喜ぶと思ったんだ!」


罵声と弁明が飛び交う中、料亭の大型モニターには、今日もあかり様のゲリラ配信が映し出された。 そこには、新メンバーのうほちゃんが、美味しそうにおにぎり……ではなく、丸い白パンを頬張りながら、幸せそうに「うほっ」と微笑む姿。


「……なんていい子なんだ」


一人の重鎮がポツリと漏らした。 その無垢な食べ方に、米派の頑固な心までが、じわじわと「二次発酵」を始めてしまう。


「あかり様は仰った……私はパン、あなたもパンだと。……米も、炊き上げれば白パンに似ていなくもないのでは……?」


「バカなことを言うな! ……いや、待てよ。米粉パンという道があるか?」


米派のプライドと、あかり様が振り撒く圧倒的な慈愛(と、うほちゃんの可愛さ)。 最強の敵を前に、米派の結束は「おこげ」のようにボロボロと崩れ始めていた。

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