第90話「第九回 聖パン大ミサ ~至福の連帯と無垢なる福音~」
「パンに祝福を。今宵、この熱狂の余韻に包まれた聖域へようこそ」
あかり様の、澄み渡る鐘の音のような声が響きます。スタジオには、ココとゆん、そして不動の姿勢で控える総監督にゃん。しかし、あかり様のすぐ隣には、もう一人。コンサート会場から導かれた、小柄で、どこか浮世離れした清らかな空気を纏う少女が立っていました。
「今夜は本題に入る前に、皆さんに紹介したい『奇跡』があるの。……先日のコンサート、私の放った散パンを、まるで吸い込まれるような優雅さで全て受け止めた子がいたわ。……あかり、一瞬で心を奪われてしまったの。さあ、あなたの言葉で、皆に挨拶を」
あかり様に促され、少女は一歩前へ出ると、丁寧に、けれど迷いのない動作で胸元を**「ポカポカ」**と叩きました。
「……うほっ」
チャット欄には驚きと歓喜のコメントが猛烈な勢いで流れ去っていきます。あかり様は少女の肩に優しく手を置き、画面を見据えて告げました。
「今日、あなたにこの役職を授けます。あなたは今日から、パン教の**『人類パン化後世界創造責任者』**よ」
スタジオに緊張が走ります。あかり様は、その理由を深く、慈しむように語り始めました。
「みんな、聞いて。私が進める『人類パン化計画』によって、いつか全ての人は肉体を脱ぎ捨て、芳醇な香りと柔らかな生地を持つパンへと昇華されるわ。けれど、それは終わりではないの。……その『焼き上がった後』の世界で、誰が私たちを導き、誰がパン同士の純粋な語らいを司るのか。……私は、彼女の『うほっ』という声の中に、その答えを見つけたのよ」
あかり様は少女の瞳を覗き込みます。
「彼女の言葉には、嘘も、衒いも、憎しみも存在しない。ただパンを愛し、パンとして存在する喜びだけがある。……全人類がパンになった後、この世界を『争いのない黄金色の楽園』として再構築できるのは、彼女のように汚れなき魂を持つ存在だけ。……うほちゃん、あなたに、私たちの『その後』のすべてを託したいの」
少女は静かに、けれど誇らしげに「うほっ」と応えました。にゃんが「……全人類がパンとなった後の清掃体制、今から構築に入ります」と、もはや人類の枠を超えた決意を口にします。
あかり様は白布の上に恭しく置かれた、山が連なったような形の美しいパンを手に取りました。
「今宵の救済パンは、**『ブリオッシュ・ナンテール』**です。見て、この一列に並んで仲睦まじく膨らんだ黄金の山を。……これは、現世での私たち、そして彼女が創る『パン化後』の世界で並び立つ、新しい人類の姿そのもの。……さあ、皆、用意はいいかしら? 聖餐の儀を執り行います」
五人が同時に、バターの香る贅沢なブリオッシュを高く掲げました。
「これは、次元を超えて繋がる、もちもちとした愛の鎖。……今、同時に。……いただきます」
五人が一斉にパンを深く噛みしめた瞬間。少女が幸せそうに「うほっ」と声を漏らし、あかり様の唇についた小さなパンくずを、横からにゃんが音速の指先で「収穫」しました。
「……んんっ、最高。バターの風味が、新しい世界の夜明けを告げているわ。……見て、彼女が笑っている。人類がパンになる日は、そう遠くないわね」
あかり様は満足げに微笑み、新たな「責任者」を抱き寄せながら、最高に輝かしい笑顔をカメラに向けました。
「迷えるパンたちよ! 私はパン! あなたもパン! そして今日、私たちの未来を担う『人類パン化後世界創造責任者のうほちゃん』が誕生した! 恐れず、自分という生地を信じて突き進みなさい! 明日も、あなたというパンに豊かな発酵があらんことを。……よろしく! パンに祝福を!!」




