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第89話「王冠の行進、あるいは君臨のクグロフ」

チャリティーコンサートの情報解禁から、わずか一時間の出来事だった。 当初の想定では、少し話題のインフルエンサーを呼ぶ小規模な地域イベントのはずだった。しかし、蓋を開けてみれば事務局の電話回線は即座にパンク。メールサーバーはダウンし、担当者は鳴り止まない問い合わせに顔を真っ青にしていた。


「駐車場は?」「パンの販売は何時から?」「教祖様の散パンはどの席まで届くのか?」


秒単位で殺到する問い合わせの嵐。事務局の業務は完全に停止し、現場は混乱の極みにあった。事務局長からあかり様へ、切迫した連絡が入る。


「あかりさん、お耳に入れたい事態が発生しました。情報解禁直後から想定の数十倍の反響があり、現状、事務局のキャパシティを完全に超えています。このまま当日を迎えれば、会場周辺の混乱は避けられません。……安全を優先し、中止を含めた検討が必要かと考えています」


その報告を、あかり様は画面越しに優雅に、けれど冷静に受け止めた。


「状況は把握しました。パンを愛する者に、無秩序は似合いません。……にゃん、あとの実務は任せたわよ」 「御意。事務局の皆様、これよりパン教運営局がバックアップに入ります。回線復旧、動線確保、すべて私たちが引き受けましょう」


それからの3日間、パン教の組織力は凄まじかった。 あかり様の招集により、全国の熱心な教徒リスナーから、IT、警備、物流のプロフェッショナルたちが「ボランティア」として集結。特設FAQサイトは数時間で立ち上がり、会場周辺には騒音対策を兼ねた「お詫びのパン配布ルート」が完璧に策定された。


そして迎えた当日。 会場周辺には、黄金色のスタッフジャンパーを着た信者たちが整然と並び、混乱一つなく観客を誘導していた。


配信がスタートすると、あかり様の手元には、粉糖が美しく振られた**『クグロフ』**が鎮座していた。


「パンに祝福を。今夜の救済パンは、このクグロフよ。王室でも愛された、気高く、完璧なフォルムを持つパン。見て、この一分の隙もない曲線。……今、この会場に満ちている『秩序』そのものだと思わない?」


あかり様は誇らしげに会場を見渡す。そこには、数日前のパニックが嘘のような、静謐で熱い期待に満ちた空間が広がっていた。


「さあ、お待たせしたわね。……散パンの儀式、始めるわよ!」


コンサートが最高潮に達し、あかり様の歌声と共に聖なるポンデケージョが夜空を舞う。地鳴りのような歓声が上がるが、それでも誰一人として押し合う者はいない。皆、あかり様が示した「パン教の品位」を体現していた。


売上金は、主催側の震える手では数えきれないほどの巨額に達した。事務局長は、あまりの完璧な運営と、目の前で繰り広げられた「パンによる世界の浄化」を前に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


その熱狂の最前列。 飛んできたパンを、吸い込まれるような美しい動作でキャッチし、大事そうに胸に抱える少女がいた。彼女の口元が、わずかに動く。


『うほっ』


その一言は、スピーカーの爆音を通り抜け、ステージの上のあかり様の耳へ、真っ直ぐに届いた。


「……やっと、見つけたわ」


あかり様の唇が、確信に満ちた弧を描く。 コンサートは大成功。パン教の威信はこれ以上ないほど高まり、世界はまた一歩、小麦色に染まった。


「明日も、あなたというパンに豊かな発酵があらんことを。――パンに祝福を!!」


配信終了の合図と共に、あかり様はステージを駆け下りた。警備を固めるにゃん監督に目配せをし、彼女は真っ直ぐに「あの少女」の元へと歩き出した。

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