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第83話「琥珀の洗脳、あるいは熱狂のバタール」

深夜。まったりとした空気で始まった配信が、一つのコメントを境に「沸騰」した。


『あかり様、相談です。彼氏がパンがあんまり好きじゃないって言うんです。どうすればパンを好きになってくれますか?』


画面の中のあかり様が、ピクッと眉を動かした。手に持っていた**『バタール』**――バゲットより太く、中身のモチモチ感が強いそのパンを、ガシッと鷲掴みにする。


「……あら。パンが好きじゃない? その彼氏、もしかして自分がまだ『小麦粉』だと思い込んでるんじゃないかしら?」


あかり様の瞳に、怪しい光が灯る。


「いい? 染め上げるのよ。まずは朝。目覚まし時計の音を『パンが焼ける音』に変えなさい。カーテンを開けたら、太陽の光じゃなくてトースターの熱光線を浴びせるの。寝ぼけている彼の口に、このバタールを無理やり……いえ、優しく差し込むのよ。この中身の瑞々(みずみず)しいクラム(中身)が、彼の乾いた魂に浸透していくまでね!」


『あかり様、目がガチだwww』 『洗脳開始の合図きたああああ』 『彼氏、逃げてえええええ!』


「次はインテリアよ。ソファを食パンに、クッションをメロンパンに変えるのは基本。彼のクローゼットの中身を、全部パン生地に近いベージュ色で統一するの。彼が『今日は何を着ようかな』と悩んだら、『今日はフランスパンにする? それともクロワッサン?』って選択肢を与えてあげるのよ。逃げ場なんて、小麦の層の中にしかないんだから!」


あかり様はバタールを振り回しながら、スタジオ内を歩き回る。



「究極は名前よ! 彼の名前を呼ぶのをやめて、毎日『私のパンドミ』『私のブリオッシュ』って呼び続けなさい。彼が鏡を見たとき、自分の顔がこんがり焼けたバタールに見えるようになったら……おめでとう! 洗脳完了よ! 二人で一生、パンの海を泳ぎ続けなさい! パンに祝福を! パンに救済を! パンに埋没しなさーい!!」


あかり様の絶叫と共に、チャット欄は未曾有の「お祭り状態」に突入した。


『草不可避』 『これパン教じゃなくてパン刑務所だろwww』 『彼氏の人間権が消失した瞬間である』 『あかり様の狂気、今日キレッキレだな!』 『バタール(物理)で殴るスタイル好き』 『うほっ』 『↑誰だ今「うほっ」って言った奴www』 『パン……パン……(洗脳済み)』


「はぁ、はぁ……。……あら、少し熱くなりすぎちゃったかしら? でもこれが私の理想の『ブレッド・ライフ』よ。明日も、あなたというパンに豊かな……いえ、強制的な発酵があらんことを! パンに祝福を!!」


狂乱の配信が終了した後も、チャット欄の勢いは止まらなかった。

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