第82話「鋼鉄の遊戯、あるいは断絶のクネッケブロート」
深夜。待機画面のチャット欄は、いつにも増して高速で流れていた。 今夜は教祖あかり様と二人の大司教、そして例の「総監督」による、新作ゲーム『そろそろパン食べないと死ぬぜ、エンドレス』の対戦モード実況だ。
「パンに祝福を! さあ、今夜は賑やかに行くわよ! ついに実装されたこの対戦モード、ルールは簡単。画面の端から次々と流れてくるパンを、誰よりも早く、美しく『収穫』して食べるだけ!」
画面には、教祖あかり様、ココ、ゆん、そして新参の「にゃん」が並んでいる。 このゲーム、実はかなり狂っている。空腹ゲージがゼロになる前にパンを食べ続けないと即ゲームオーバーなのだが、対戦モードでは「他人のパンを奪う」ことが可能なのだ。
「今夜の気分は、この**『クネッケブロート』**。叩くとコンコンって音がするほど頑丈なこのパンみたいに、一切の妥協を許さない鉄壁の布陣で挑むわよ!」
あかり様が意気揚々と対戦を開始した――が、開始30秒でチャット欄が凍りついた。
『……え、今何が起きた?』 『にゃんのキャラ、全レーンのパンを一人でキャッチしてるんだが』 『仕様の穴を突きすぎwww』
このゲームには「ジャスト・ハーベスト」という、落ちる直前のパンを拾うとスコアが倍になるシステムがある。にゃんはその極小の判定を、4人分すべてのレーンで完璧に合わせ、あかり様の口元へ運ばれるはずのパンを、物理法則を無視した超高速移動で次々と掠め取っていくのだ。
「……ちょっと、待って。にゃん、あなたおかしいわよ! なんで私の画面にパンが一粒も流れてこないの!? 教祖である私のキャラクターが餓死寸前でフラフラしてるじゃない!」
「申し訳ありません、あかり様。……ですが、この『落下判定1フレーム』の瞬間にパンを救わずにはいられないのです。これが、総監督としての私の本能です」
『本能www』 『にゃん監督、あかり様のパンまで「清掃(収穫)」してて草』 『これ、教祖様が飢えていくのをにゃんが眺めるシュールストレミング級のバカゲーになってない?』
「にゃん、あなたちょっと加減しなさい! ほら、ゆんもココもパンに触れもしないで画面外に弾き飛ばされてるわよ!」
「……おれも全力で挑んだが、彼の指先はもはや物理演算を超えている。……クネッケブロートより硬い壁だ」 「あはは、あかりちゃん、にゃんさんの指先が速すぎて、私のコントローラーが悲鳴を上げてます……!」
画面の中では、あかり様のキャラクターが「空腹だ……パン……」と絶望の吹き出しを出している横で、にゃんのキャラクターが「完璧な清掃完了」のポーズを決め、山のようなパンを独占している。
「むぅ……! にゃん、あなた今夜の晩ごはん抜きよ! ……冗談だけど! でも、そんなに硬い意志でパンを独占するなら、私も**『教祖様の権限』**を使わせてもらうわ!」
あかり様はついに、ぷくーっと頬を膨らませると、にゃんのコントローラーを横から無理やり掴んで妨害し始めた。教祖による直接的な物理介入である。
「あはは! これでどう!? パンは私のものよ! ……あぁっ、にゃん、片手でも『ジャスト・ハーベスト』決めてる! なんでそんなに速いのよ!」
「……あかり様。この妨害(慈愛)すらも、私にとっては魂の発酵に過ぎません」
『魂の発酵いただきましたー!』 『にゃん、片手プレイで教祖様を圧倒するなwww』 『あかり様、ガチでむくれてて可愛い。これが救済か』
「……もう、可愛くないわね! にゃんのバカ! 硬い! あなたの指先、クネッケブロートより硬いわよ!」
あかり様がコントローラーを投げ出すと、チャット欄は「wwwww」の嵐で埋め尽くされた。結局、全勝したにゃんが、申し訳なさそうに最高級のジャムを塗った本物のクネッケブロートを捧げると、あかり様は「ふんっ」と鼻を鳴らしながらも、嬉しそうにそれを齧っていた。
「ふんっ、美味しいから許してあげるわ。……でも次は、教祖である私にちゃんとパンを譲りなさいよね、にゃん?」
最後は、少しだけ顔を赤らめたあかり様が、カメラに向かってVサインを掲げた。
「明日も、あなたというパンに豊かな発酵があらんことを。……負けないんだから! パンに祝福を!!」
画面が暗転した後も、俺の心は温かかった。あかり様のわがままと、それを完璧に(過剰に)受け止めるにゃん監督。この凸凹なチームプレイこそが、今のパン教の「硬い」絆なんだろう。




