第8話「境界線の消失と、茶褐色の咆哮」
「……また、補欠か」
放課後の校舎裏。俺は部活の掲示板から目を逸らし、一人でベンチに座っていた。レギュラーにもなれず、かといって勉強で突き抜けているわけでもない。何の色にも染まりきれない、中途半端な自分。そんなもどかしさを抱えながら、俺は昼休みに売店で争奪戦の末に勝ち取った、最後の一つである「焼きそばパン」の袋を開けた。
イヤホンから流れてくるのは、白髪のVTuber「あかり」の声だ。今日はいつになく厳かな、トングがカチカチと鳴る音から始まった。
「皆さん、静粛に。今、皆さんの手元にあるそのパンを、慈しみの目で見つめてください。……見てください。この、あまりにも無作法で、あまりにも愛おしい、炭水化物の暴力的な重なりを」
あかりが画面に突き出したのは、パンパンに膨らんだコッペパンの隙間から、茶褐色の麺が雪崩のように溢れ出した**『焼きそばパン』**だった。
「いいですか? 米を愛する者たちは言うでしょう。『焼きそばはおかずだ』と。パンを愛する者も言うでしょう。『パンと麺を重ねてどうする』と。……愚かですね。境界線なんてものは、超えるためにあるんです! 聴いてください、この『禁断の融合』が放つ声を!」
彼女が焼きそばパンを、大きく口を開けて、迷いなく頬張った。 ──もふっ、じゅわぁ……。 マイクが拾ったのは、柔らかなコッペパンがすべてを包み込み、その奥から濃厚なソースの脂と、弾力ある麺が暴れ出す重厚な音。
「……っ、最高! 甘く優しいパンの生地が、スパイシーで攻撃的なソースの刺激を受け止める。主食と主食が手を取り合って、一つの宇宙を形成しているんです! どっちが主役かなんて、矮小な問いに意味はありません。混ざり合うことでしか辿り着けない『強さ』が、今、わたしの口内で爆発しています!」
あかりの瞳が、狂信的なまでの輝きを放つ。
「何者かにならなければいけない? 完璧に整っていなければいけない? ……いいえ、違います! 中途半端だっていいんです。混ざり合って、欲張って、自分だけのカオスを作ればいい。この焼きそばパンのように、泥臭く、たくましく、すべてを飲み込んで生きる。それこそが、パン教が示す一つの真理なんです」
彼女がそのまま、すべてを肯定するような、泥臭くも力強い賛美歌を歌い始めた。その歌声は、自分の立ち位置に迷っていた俺の胸の奥を、熱いソースの色に染め上げていく。
俺は、手元の焼きそばパンを大きく、全力で齧り付いた。
「……うまい」
ソースの香ばしさとパンの甘みが、口の中で境界線を失って溶け合っていく。 何かの専門家にならなくても、器用じゃなくてもいい。この焼きそばパンのように、自分の「中途半端さ」を誇りにして、泥臭く生きていけばいい。 そう思えた時、オレンジ色に染まり始めたグラウンドが、昨日よりもずっと力強く見えた気がした。




