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第79話「究極の指先、あるいは喝采のフィセル」

「パンに祝福を! さあ、ついにこの時が来たわ。第一回・全日本パンくず拾い選手権、決勝戦の開幕よ!」


画面の中のあかりは、いつになく凛とした表情で、一本の細長いパンを掲げていました。


「今夜、運命を左右するパンは、この**『フィセル』**よ。フランス語で『紐』を意味するこのパンは、バゲットよりも細く、その分、外側のバリッとした香ばしさが際立つの。この細く鋭いフィセルのように、研ぎ澄まされた感覚を持つ者だけが、今夜、私の目の前で奇跡を起こせるわ」


あかりの背後には、予選を勝ち抜いた精鋭たちが並んでいます。


「競技を始める前に、ルールの再確認よ。私がこのフィセルを豪快に食べ進める間、あなたたちは一切道具を使わず、その指先のみで『収穫』を行いなさい。パンくずを床に落とすのは論外。そして……ただ拾うだけじゃダメ。私の食事を邪魔せず、かつ舞うように美しく、私の福音を指先に吸い寄せること。理解できたかしら?」


あかりが隣に座る選手にマイクを向けます。「意気込みをどうぞ?」


「……あかり様のパンくずを、一粒たりともゴミとは呼ばせません! 私は、あかり様の影になります!」


熱狂的な宣言にチャット欄が沸く中、最後にあかりの視線が、圧倒的なスコアでトップ通過した「俺」へと注がれました。


「さて、最後は……予選でバグみたいな数字を叩き出したあなた。準備はいい?」


(……言葉はいらない。ただ、あかり様が望む『聖域』を作るだけだ)


俺は無言で、深く一礼しました。その静かな、けれど研ぎ澄まされた所作に、スタジオの空気が一変します。


「ふふ、いい面構えね。……では、全教徒に見せつけなさい。収穫開始ハーベスト・オン!」


あかりがフィセルを思い切り齧った瞬間、無数の破片が火花のように飛び散りました。他の参加者がその勢いに一瞬圧倒される中、俺の指先はすでに空を切り裂いていました。


(遅い。床に落ちてからでは、あかり様の福音は汚れてしまう……!)


俺の指は、まるで重力を無視するように、空中で舞うパンくずを次々と吸い寄せていきました。あかり様が動くたびに、その軌跡をなぞるように俺の腕がしなり、テーブルに落ちる音さえさせない。


「……な、何!? 彼の周りだけ、時間が止まっているみたい!」 「……おれにも見えない。指先が、あかり様の呼吸と完全に同期している……」


ココとゆんが息を呑む中、あかりが最後の一口を飲み込みました。テーブルの上には、塵一つ、パンくず一粒すら残っていません。俺の掌の上には、収穫された全ての欠片が、まるで一つの宝石のように積み上がっていました。


静寂がスタジオを支配しました。あかりは、目の前で跪く俺を、じっと見つめています。


「……驚いたわ。私のパンくずが、床に触れることさえ許さないなんて。ねえ、あなた……名前は?」


俺は深く頭を垂れ、震える声で、けれどはっきりと答えました。


「……せーとにゃん、と申します。あかり様」


あかりは一瞬、きょとんとした顔をした後、これ以上ないほど華やかで、征服的な笑みを浮かべました。


「ふふ、せーとにゃん? 妙な名前ね。でも……その指先、そしてその狂気。あなた、最高にいいわよ」


あかりは俺の肩に優しく手を置くと、カメラに向かって高らかに宣言しました。


「決定したわ! 第一回・全日本パンくず拾いチャンピオンは、この『せーとにゃん』よ! あなたには私の傍らで、世界中のパンくずを愛へと変える権利を授けてあげるわ!」


降り注ぐ拍手と歓声の中、俺はあかり様の足元で、自らの指先を静かに握りしめました。 あかり様が選んだチャンピオンとして。これから始まる終わりのない収穫エンドレスに、俺の心は最高の熱量で発酵していました。


「明日も、あなたというパンに豊かな発酵があらんことを。――パンに祝福を!!」

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