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第75話「野性の息吹、あるいは純朴なリュスティック」

最近、SNSやニュースで妙な噂を耳にするようになった。「街が異様に綺麗になったのは、どうやらパン教とかいう集団のせいらしい」と。 最初は冗談だと思ったが、近所の公園の砂場からタバコの吸い殻ひとつ消え、ショッピングモールのフードコートがホテルのロビーのように輝いているのを見て、俺は興味本位でその「教祖」の配信を開いてみた。


画面に映ったのは、透き通るような美貌を持ちながら、ゴツゴツとした岩のようなパンを掲げる少女だった。


「パンに祝福を。……あら、今日は随分と接続数が多いわね。私のパン教へようこそ。私はパン! あなたもパン! よろしく!」


あかりと名乗った彼女は、迷い込んだ俺たちを突き放すどころか、全人類を等しくパンとして受け入れるような、あまりに突飛な挨拶を投げかけてきた。


「今夜の救済パンは、**『リュスティック』**よ。見てなさい、この飾り気のない無骨な姿。水分を極限まで含ませた生地は、成形することすら拒んで焼き上げられる。……けれど、だからこそ誤魔化しが効かない。パンの『本質』が剥き出しなのよ」


あかりが一口食べると、バリバリという野性味あふれる音が響き、中から宝石のように瑞々しく輝く気泡が現れた。


「……ん、最高。外側はこんなに厳格なのに、中は驚くほど優しくてモチモチしている。これは、自分を飾ることをやめ、ただ愛に身を委ねた者の姿よ。……ねえ、最近街を掃除している教徒たち。ポイントのためにゴミを拾っているなら、まだまだ甘いわ。リュスティックの気泡が不規則なように、人生も、掃除も、予測不能な愛に溢れているべきなのよ」


「あはは、あかりちゃん。初めて見た人たちが、その哲学に圧倒されてチャットが止まってますよ」 「……おれはリュスティックになった。迷わず拾い、迷わず食う。それが真理だ」


画面の中では、美しい少女と、それを支える二人の大司教が、パンの断面の美しさについて、まるで世界の真理を発見したかのような熱量で語り合っている。 善行の報告会か何かだと思っていた俺は、背筋にゾクりとしたものを感じた。彼女たちは別に「良いこと」をしたいわけじゃない。ただ、自分たちの愛するパンの世界を証明するために、狂おしい情熱で世界中を「パンの聖域」に変えようとしているだけなのだ。


「いい? ゴミを拾う指先は、明日、パンを掴むための神聖な道具よ。我が教徒達よ心得なさい、一粒のパンくずすら愛せない者に、救済なんて訪れない! もっと、もっと狂おしく拾いなさい!」


あかりが最後に、最高に楽しそうに笑いながらカメラを指差した。


「明日も、あなたというパンに豊かな発酵があらんことを。――パンに祝福を!!」


配信が終わり、俺は呆然と暗くなった画面を見つめていた。 ただの掃除ブームだと思っていたものの正体は、あまりに純粋で、あまりに身勝手な「愛」の爆発だった。


「……何これ。パン教……最高にイカれてる(笑)」


気づけば俺は、明日食べるためのリュスティックを検索し始めていた。この狂気の端っこに、自分も触れてみたいと思ってしまったのだ。

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