第74話「慈愛の収穫、あるいは団結のバタール」
「パンに祝福を! ……ちょっと、みんな、落ち着きなさい! 私は想定を甘く見積もっていたようね!」
画面に現れたあかりは、珍しく少しだけ狼狽した表情を見せていました。手元の端末には、パンくず拾い選手権へのエントリー数が、数万件という途方もない数字で表示されています。
「あかりちゃん、これ、スタジオだけで予選をやるのは物理的に不可能です。スタッフ全員がパンくずの下敷きになっちゃいますよ」 「……おれも警備の計画を立て直した。だが、この熱量は無視できないな」
あかりは、手元の**『バタール』**をどっしりとテーブルに置きました。バゲットよりも太く、中身が詰まったそのパンは、まさに「団結」の象徴のようです。
「いいわ、こうしましょう。これはもう、ただの選手権じゃない。パン教の真髄を世界に示す、聖なる巡礼よ! 全国のパン教徒たち、聞きなさい! 予選は各地の街角、全ての飲食店、ショッピングモール……あなたが今いるその場所で開催するわ!」
あかりが打ち出したのは、前代未聞の予選ルールでした。
「名付けて、『徳積み収穫祭』! パンくずはもちろん、街に落ちているゴミ全般を『感謝ポイント』としてカウントするわ。専用のポイントカードを発行するから、清掃活動を通じて徳を積み上げなさい。期間中、日本全国で最も多くのポイントを集めた上位5名だけが、私の目の前でジャッジを受ける決勝戦へと進めるの!」
この宣言により、選手権は一気に「慈善活動」の側面を帯び始めました。あかりをジャッジに迎えたい教徒たちは、血眼で街の美化に乗り出し、各地で「パン教徒がいる場所は世界で一番綺麗」という噂が立ち始めます。
(……ポイント制、そして上位5名。あまりに狭き門だ)
俺は、手元のカードを見つめ、静かに息を吐いた。 近所の公園、ショッピングモールのフードコート。俺は指先の感覚を研ぎ澄ませ、パンくず一粒、紙屑一つ逃さず収穫し続ける。
「バタールのように、外側(見た目)は厳しく、けれど中身(心)はふっくらと温かく。……さあ、私に最高の『収穫』を見せてごらんなさい! ――パンに祝福を!!」
画面の向こうで不敵に笑うあかり様。 俺は立ち上がり、深夜の街へと繰り出した。ポイントなんて関係ない。ただ、あかり様が愛する世界を、あかり様の代わりに俺が美しく保つ。その純粋な執念だけが、俺を突き動かしていた。




