第67話「大地の咆哮、あるいは祝祭のバゲット(前編)」
雲ひとつない青空の下、広大な公園の広場は、早朝から異様な熱気に包まれていました。 入り口には小麦の穂で編まれた巨大な門がそびえ立ち、そこを潜り抜ける人々の鼻を、会場中のブースから漂う数千個のパンが放つ芳醇な香りがくすぐります。
ステージ中央。この日のために寝食を惜しんで奔走した、主催者代表の教徒がマイクを握りました。
「……パンに祝福を! 本日、わが教徒たちの悲願であった『青空大収穫祭』を開催いたします! 私たちは今日、消費する者ではありません。パンを愛し、パンを崇め、パンを世界へ広める……表現者なのです! さあ、焼き立ての福音を、心の底から分かち合いましょう!!」
その宣言とともに、会場のボルテージは一気に爆発しました。
広場は、パンの香りと共に、多様な人々の歓声に満たされていました。 「パパ、見て! あのパン、顔より大きいよ!」 「本当だね。あっちのクロワッサンも層が綺麗だ……。ほら、並んで買ってみようか」 家族連れやカップルが穏やかにパンを選んでいるすぐ横では、教徒たちが一段上の「熱狂」を撒き散らしています。
「おい、このカンパーニュの気泡を見ろ! まるで深淵を覗いているようだ……!」 「こっちのバゲット、クープのエッジが立っていて最高に攻撃的だぞ! これぞ、私たちの掲げるべき聖なる槍だ!」
ある者はバゲットを日光にかざして焼き色を鑑定し、ある者は焼きたての香りを胸いっぱいに吸い込んで恍惚の表情を浮かべています。
「大変です! Aエリアの天然酵母パンが残りわずか! 一般のお客様の列が想定の三倍に膨れ上がっています!」 「誘導班、しっかりしろ! パンの香りに当てられて理性を失うな! あと、そこの教徒! バゲットを振り回すんじゃない、子供に当たったらどうする!」
そんな喧騒の中、キッチンカーからは香ばしいバターの匂いや、スパイスの効いたカレーパンの香りが立ち上り、広場全体が巨大なオーブンの内部であるかのような錯覚さえ覚えさせます。
会場の一角に設けられた「パンへの願い事ボード」は、すでに数えきれないほどの付箋で埋め尽くされていました。 『毎日美味しいパンが食べたい』という素朴な願いから、『小麦粉になりたい』という教徒の切実な叫びまで。そのすべてを包み込むように、会場のBGMとして軽快なアコーディオンの調べが流れていました。
午後。太陽が真上に差し掛かった頃、突如、会場の巨大スピーカーから、空気を震わせるような重厚なパイプオルガンの音色が流れ始めました。
賑やかだった会場が、一瞬で静まり返ります。 一般客も、騒いでいた子供たちも、そして血眼でパンを選んでいた教徒たちも、吸い寄せられるようにステージを見つめました。
「……来るぞ。我らが教祖様が」 「ひれ伏せ! あかり様の降臨だ!」
数千人の視線がステージに集中し、広場に走る緊張感さえもが香ばしく熱を帯びていきます。 ステージの幕が、ゆっくりと、けれど威風堂々と左右に開き始めました。
逆光の中、三つのシルエットが浮かび上がり――。
いよいよ、降臨の時。




