第66話「平たき靴の進撃、あるいは聖夜の前哨戦」
「……おい、照明班! あかり様を照らす光は、もっと神々しく、かつ温かみのある色温度に調整しろ!」 「設営班、物販の導線は大丈夫か!? 明日は全国から教徒が押し寄せるんだぞ!」
深夜の広場は、主催者であるパン教徒たちの怒号と熱気に包まれていました。あかりを驚かせたい、最高の舞台に招きたい。その一心で、彼らは泥臭く、ボロボロになりながら設営を続けています。
そんな時、会場の入り口に一台の配送車が滑り込んできました。 「あ、あれ……? まだ資材の到着予定はないはずだけど」 戸惑う教徒たちの前に、大きな木箱が運び出されます。そこには、見慣れたあかりの紋章と、直筆のメッセージが添えられていました。
『わが教徒たちよ。あなたたちの情熱は、遠く離れた場所まで香ってきているわ。明日のため、まずはこの「糧」を喰らい、その魂をより高く膨らませなさい! ――あかり』
箱の中にぎっしりと詰まっていたのは、焼きたての**『チャバタ』**でした。
「あかり様からの、差し入れ……!?」 「すげえ、まだ温かいぞ!」
イタリア語で「スリッパ」を意味するそのパンは、無骨で平らな見た目とは裏腹に、中は驚くほど瑞々しく、もっちりとした弾力に満ちています。教徒たちはむさぼるように、そのチャバタを頬張りました。
「……うめぇ。小麦の味が濃い……。あかり様が、俺たちの背中を叩いてくれてるみたいだ」 「ああ。このパンみたいに、俺たちもどっしり構えて明日を迎えようぜ!」
派手な装飾はないけれど、噛み締めるほどに力が湧いてくるチャバタの包容力。それが、あかりから彼らへの「信頼の証」であることを、教徒たちはその味で理解しました。
一方その頃、静まり返ったスタジオで、あかりは夜空を見上げていました。
「……ふふ。届いた頃かしらね。ココ、ゆん、聞こえるわ。ここからでも、あの子たちが踏みしめる土の音と、祭りが始まる直前の、あの張り詰めた空気の響きが」
あかりの手元にも、同じチャバタがありました。彼女はそれを一口齧り、不敵に、けれど最高に誇らしげに微笑みます。
「あはは! あかりちゃん、サプライズ、バッチリ決まりましたね。明日、教徒のみんながどんな顔をして私たちを迎えてくれるか、今から楽しみすぎます!」 「……ああ。自分たちが主役の祭りを、自分たちの手で作り上げる。あかり様は、その仕上げに最高の『火』を灯したんだな。明日は間違いなく、最高の焼き上がりになるぜ」
会場を照らす設営灯の微かな光が、遠くの空を白ませ始めます。 主催者たちの準備は、あかりの激励という「酵母」を得て、爆発的なエネルギーとともに完成の朝を迎えようとしていました。




